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【完結・改訂版】異世界で魔法を手にしましたが、前世の記憶と呪いもついてきました~green side story~【第一部】  作者: 七宮叶歌
第12章 悪夢

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38/90

悪夢Ⅱ

 恐怖にただただ震える私に、クラウは優しく囁く。


「手当しなくちゃ」


「えっ?」


「足、怪我してるじゃん?」


 言われて初めて気づいた。右の脛に鋭い痛みを感じる。見てみれば、一筋の赤い線が出来ていた。


「これくらい、放っておいても大丈夫だよ」


 怪我なんてどうでも良い。首を横に振ると、クラウは目を吊り上げる。


「傷の跡が残るよ?」


「でも……」


「良いから、ここに座ってて。鏡の欠片を踏んだら大変だから」


 強い口調で言われ、しゅんとなってしまう。

 ゆっくりと腰を上げると、クラウは微笑みを残して部屋から去っていった。

 「ふぅ……」と吐息を吐き出し、膝を抱える。その上に頭を乗せた。

 私はこれからどうなるのだろう。このまま影が現れれば、また――。


「う~……」


 嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。何か、呪いを解く方法はないだろうか。思案してみるものの、何かを思いつく訳でもない。

 そうこうしているうちに、ドアの開閉音が聞こえた。クラウが戻ってきたのだろう。

 一旦冷静になると、どうしても意識してしまう。相手は前世での恋人だ。頬は沸騰したかのように熱を帯び始める。


「触るよ。痛くない?」


 声を掛けられても、顔を上げることが出来ない。小さく頷くに留まった。

 ガーゼを当てられる感覚、スルスルと包帯を巻かれる感覚、どちらも今の私には刺激的だった。手当が終わると、クラウは私の頭を撫でる。頬だけではなく、顔全体がカッと熱くなった。


「鏡も直しておくよ」


 一体、どうやって――一瞬だけ疑問が過ぎったけれど、私たちは魔法が使えるのだ。クラウが鏡に手を翳すと、パズルのピースが綺麗に嵌まるように、鏡の破片は小さな音を立てて元の位置に戻っていった。ヒビもすっかりなくなっている。

 私たちの魔法は無力だ。物を直すことは出来ても、人を治すことは出来ない。小さな掠り傷でさえも。

 用事さえ済ませてしまえば、クラウは自室に戻るのだろう。そう思っていた。

 しかし、彼はそうしなかったのだ。

 私の右隣に来ると、そっと腰を下ろす。私の顔を見て、優しく微笑んだ。


「やっとこっち見てくれた」


 心の中で悲鳴を上げる。もう、どう対処して良いのかが分からない。

 そんな私の心を知ってか知らずか、クラウは正面を向き、視線を下に落とす。


「辛くなったら、全部俺に言って良いから。その気持ち、全部受け止めるから」


 そんなことを言われなくても、いつかは皆に恐怖や不安を吐き出すだろう。私はカノンのように強くはない。

 また、顔を膝の上に乗せる。


「私、辛いの我慢出来る程、強くないよ。もう弱音吐いてるし……」


「そっか……」


 吐息混じりの小さな声が聞こえた。

 静まり返った部屋で、時計が秒を刻む音が耳に届く。顔が熱くなるだけではない。心臓の鼓動も早く、強くなっていく。

 この空気に耐えられそうにない。


「色々ありがとう。でも、ごめんね。一人で考えたいことがあるから」


「……分かった。でも、これだけは言わせて欲しい」


「えっ?」


 顔を上げてみると、クラウは私の正面に回り込む。膝の上に置いていた右手を取り、小さな何かを手のひらに置く。それが何かを見る暇もなく、ぎゅっと握らせる。


「これ、ミユが持ってて。今の俺には必要ないから。もう俺に返さないでね」


 意味が良く分からない。返した物なんて何もないのに。

 腰を上げると、クラウは愁いを帯びた笑顔を残し、そのまま立ち去っていった。ドアの閉まる音が部屋に響く。

 やっと一人になれた。これからどうすれば良いのか、少し頭の中を整理しよう。


「う~ん……」 


”う~ん”


 とその時、自分の唸り声と重なって、天井の方で女性の唸り声が聞こえたのだ。周囲を見回してみても、他に人の姿は無い。

 当たり前だ。ダイヤに一般人の出入りは全くない。他に該当者でありそうなフレアは、この部屋から飛び出していったのだから。

 だとすると、この声は――。

 閃いた瞬間、顔から血の気が引いていく。だって、その人はもうこの世にはいない人なのだから。


「カノン!?」


”うん、そう”


「何で!?」


 そんな事ってあるのだろうか。

 驚いたせいで、思わず右手に力が入り、中の物が掌から飛び出した。宝石質のような輝きを放ちながら、それは床を転がる。段々と勢いをなくしてカタリと倒れたそれは、円状の物、だろうか。

 この形状、深く考えなくとも分かる。


「指輪?」


 この小ささはピンキーリングだろうか。

 何故、こんな物を私にくれたのだろう。考えているうちに、一つの仮説が立った。

 もしや、これはカノンがリエルにもらった指輪だろうか。

 四つん這いで指輪の元に辿り着くと、それを指で摘み上げた。緑色の石が一つ中央に施された、銀のつるりとしたピンキーリング、どう見てもカノンの物だ。百年前の物とは思えない程に手入れされており、錆は一つも見当たらない。

 しかし、それを何故、今になってまた私の元に――。


”これ、大事に持っててくれたんだ……”


 感慨深そうに、カノンは呟く。


「どうしてカノンがここに居るの?」


”それが分からないの。気づいたら、実結の傍で宙に浮いてたから”


「それって完全に幽霊……」


”幽霊じゃないもん”


 実際に実体はないし、本当に宙に浮いているのだとしたら幽霊以外にはないと思う。

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