邂逅(前編)Ⅲ
「じゃあ、奴を止める手立てはある?」
先程の力強い目はどこへやら。彼らは顔を見合わせ、しょんぼりと俯いてしまった。
「この世界が破壊されていくさまを、黙って見てろってことなのか?」
ヴィクトは頭を抱え、声にならない声を発する。アイリスの瞳からは涙が零れ落ちる。
自分たちの力では、どうすることも出来ないのだろうか。この世界では王たち以外で、唯一、私たちだけが魔法を使えるのに。こんな時に力を発揮出来ないなんて、間違っている。
唇を噛み、スカートを握り締める。
「あっ、あの方なら……」
声を上げたのはロイだった。
もしや、何かを閃いたのだろうか。
「皆様に魔法を与えて下さったあの方なら、絶対に何か知っている筈です」
「『絶対に』って言い切れる理由は何だ?」
「それは……皆様には言えませんが……」
何故かロイは口籠る。
「この際、藁にでも縋ろう。とにかく、今はあの塔に」
「私もそれが良いと思う」
今は話し合っている時間さえ惜しい。リエルと頷き合い、ヴィクトとアイリスを見遣る。
「仕方ねぇ。アイリス、行ってみよーぜ」
「分かった」
アイリスは涙を拭い、ヴィクトは我先にと立ち上がった。何も言わず、この場から姿を消す。
アイリスもこちらをチラリと見たけれど、嫌な物でも見るかのような瞳を向けられただけだった。
こんな時にまで――。
溜め息を吐く気にもなれず、無言で椅子から立ち上がる。
逃げるようにやってきたのは、五年前に魔法を授けられた謎の場所だ。木々は鬱蒼と生えている――筈だった。見る限りでも、七本程が根元から倒れている。被害は、密かに存在していて、こんな所にまで及んでいるらしい。
目の前に立ちはだかる、巨木のような塔に世界を託し、確実に足を踏み出した。入口をくぐれば、初めてここに来た時のように魔方陣が輝いている。
「お願い、教えて」
呟き、魔方陣の文字を踏んだ。
そうして来たのは、緑のカーネーションが咲き誇る花畑だった。何も知らないように風がそよ吹き、花弁が舞う。
今回も、誰の姿も無い。
「急いでるの、靄みたいなのを止める方法は何かあるの?」
ただ空を見上げ、虚に叫ぶ。
「お願いだから、答えて……!」
「それなら、お前たちが倒せば良い」
「えっ? どうやって?」
「こうやってだ」
言われた瞬間、脳裏に映像が思い浮かぶ。赤、青、黄、緑――四色の羽根は重なり合うと、白色の羽根に変化した。それは光の矢となって靄の身体を突き抜ける。
「私たちに出来るの?」
「出来るから教えている。お前には緑の羽根を授けるから、その時が来たらなら、『影』を倒したいと念じなさい」
「『影』?」
「人の形をした、世界の闇の怨霊だ」
恐らく、靄のことを言っているのだろう。なんとなく理解し、何度か頷いてみる。
ふと、緑の淡い光を感じ、顔を上げた。空の上で何かが光っている。それは徐々に落ちて来ているようだ。
その正体は、緑の羽根だった。掌に収まる大きさで、私の顔の前で停止する。
そして、一瞬にして、閃光が放たれた。瞼を瞑っているうちに、羽根は目の前から掻き消えた。
「えっ? 今の羽根は?」
「言っただろう。その時が来たら念じなさいと」
「じゃあ、もう……」
「その気になれば、影は倒せる」
ということは、世界はこれ以上破壊されずに済むのだろう。
急いで皆の元に戻らなくては。
「ありがとう!」
礼だけ言うと、ダイヤの会議室を思い浮かべる。次の瞬間には使い魔たちが待つ元の場所へと帰って来ていた。
ヴィクトだけが戻って来ている。私が帰って来たのを見ると、彼は前のめりになる。
「羽根はもらったか?」
「もらったかどうかは分からないけど、念じれば良いみたい」
「そーか、あとはアイリスとリエルだな」
そう言っている傍から、アイリスが戻って来た。その表情は明るい。
「やったか?」
「うん、赤の羽根はもらってきたよ」
リエルも姿を現す。
「倒し方を教えてもらってきた。皆は?」
「あぁ、勿論だ」
駄目だ、涙が出てきそうだ。まだ脅威は取り払われていないのに、達成感を覚えてしまった。
「安心すんな。オレらの行動で、世界が変わっちまうんだ。エメラルドの北部、だったよな?」
「はい、そうです」
「アリア、魔方陣は出せるか?」
エメラルドの地を完全に熟知しているのはアリアだけだ。早速、アリアは転移の準備を始める。
魔法の力を持っているとは言え、一度でも行ったことがある場所でなくては瞬時に移動出来ない。こんな時になればなる程、不便さを感じてしまう。
「良いか? すぐにでも攻撃出来るように、心の準備だけはしとけ」
「分かってる」
あっという間にアリアは八個の魔方陣を描き上げ、私たちに目で合図を送った。
「行くぞ!」
ヴィクトを筆頭に、八人で魔方陣を踏んだ。その先には影がいる筈だ。
その場所は、ただ草原が広がるばかりで、人っこ一人いない。形跡はあったのだ。辺りを見回してリエルが駆けていった先に、両手を広げた程の円状に草が踏まれ、枯れていたのだ。
「奴はどこに!?」
「嘘だ」
後方でカイルのか細い呟きが聞こえた。
「奴は今、サファイアにいます」
「クソォっ!」
失念していた。影も魔法を使える。ワープが出来る。悔しくて、膝から崩れ落ちる。
このままでは影に追いつけない。希望が掻き消えた瞬間だった。




