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【完結・改訂版】異世界で魔法を手にしましたが、前世の記憶と呪いもついてきました~green side story~【第一部】  作者: 七宮叶歌
第8章 地

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24/90

地Ⅱ

 妙に何かが胸に引っ掛かる。


「それ……」


 思わず声を上げていた。あまりにも悲愴な面持ちに、続く言葉が出てきてくれない。


「ちょっとね」


 クラウは儚げに微笑むと、すっと立ち上がる。そのまま食器を手に取ると、何も言わずに廊下へと出ていってしまった。

 いつか消えてしまいそうで、いなくなってしまいそうで。心がほんの僅かに騒めく。

 多分、あの指輪はクラウの物ではないのだろう。失くした大切な人の物――それは家族だったのかもしれないし、恋人だったのかもしれない。分からないけれど、触れられたくないのは確かだ。

 失礼な事をしでかさなかっただろうか。考えてみたところで、やはり分からない。分からないことだらけだ。

 溜め息を吐きたくなりながらグラスを手に取り、部屋の傍らにあるデスクに腰掛けた。日記帳をパラパラとめくる。

 ここ最近は、大したことは書いていない。『朝起きたら頭痛が酷かった』とか、『暇だった』とか、その程度のことだ。過去を見せられた日のページですら、『訳の分からない過去を見せられた。頭が痛い』くらいしか記していない。

 今日も内容は変わらないだろう。ブルーブラックのインクに緑の羽ペンを浸す。

 『鎮痛剤を飲んだからか、頭痛は無い。日中はフルートの練習をしてた。あと、ケーキも食べた。後は……あんまり覚えてないや。朝食はパンとフルーツサラダ。昼食はマルゲリータ、夕食はカルボナーラ』

 すらすらと書き出し、ペンを置いた。ヌメ皮の表紙も閉じる。

 何となくグラスを手に取り、口へと運ぶ。酸っぱい。中身がレモンソーダである事を忘れていた。

 飲み込んでから口から息を吐き出し、背凭れに身体を預ける。

 明日は何をしよう。アレクに会ったら問い詰めてしまおうか。うん、そうしよう。後は、楽器の練習をして、美味しいものを食べて――アレクの話の内容が納得出来るものであるならそれで良い。

 窓の向こうの星空を眺め、ほうっと吐息をついた。


 * * *


 鳥の鳴き声を聞きながら、ぱっと瞼を開けた。ほのかにコンソメの香りが漂ってくる。昨夜にカーテンを閉め忘れたのか、部屋に朝日が差している。それに照らされているのはアレクとフレアの横顔だった。

 頭痛を感じることもなく、むくりと身体を起こす。

 どうしよう。まだ心の準備が整っていない。起き抜けにこの状況になるとは考えていなかった。


「あ、おはよう」


「ん? 朝飯持ってきたけどよー、何か言いたそーな顔だな」


 フレアに続いてアレクに声を掛けられても、反応らしい反応が出来ない。


「違ぇのか?」


「えっと……」


 昨日はクラウに聞けたのに。日を跨いでしまうと、意気込みは消えてしまうのだろうか。

 しっかりしなければ。両手でナイトドレスを握り締める。


「この前は追い返しちゃって、ごめんなさい」


 アレクとフレアは顔を見合わせ、苦笑いをする。


「あたしたちが悪いんだから、ミユが謝る必要はないよ」


「ホントに済まなかった」


 アレクとフレアは頭を下げる代わりに瞼を伏せる。


「それで、アレクが言い掛けてたことって……」


「あぁ、その話か」


 まずいことを聞かれたかのように、アレクは顔をしかめた。フレアもアレクを不安そうに見るばかりで、何も語ろうとはしない。


「先に、飯食わねーか?」


「今はご飯より、その話が気になるの」


「そーか……」


 アレクは片手で頭を軽く掻き、唇を噛む。


「アイツも呼んでくるか?」


「ここで話すつもり?」


「もう、話すしかないだろ」


 良く分からないやり取りをすると、彼らは頷き合う。私が不信感を抱きながら小首を傾げるところを、恐らくアレクは見ていない。足早に部屋から立ち去ってしまった。


「きっとね? あたしたちの話を、ミユは信じないと思う。でも、嘘でもなんでもないの。もう嘘を吐く必要はないから」


 フレアはぼそぼそと小さな声で言う。

 気になる話を伝えられる前に言われても、なかなかピンと来ない。フレアの自己満足だ。

 「う~ん」と小さな唸り声を上げる。そのまま何を話して良いのか分からずに、静かな時間だけが過ぎていった。フレアの頭越しに時計を見て、その場をやり過ごしていた。

 次にノックの音が聞こえたのは、十分程経ってからだっただろうか。姿を見せたのはアレクとクラウだった。二人はフレアの横に並ぶと、覚悟を決めたような目をこちらへと向ける。


「良いか? ミユ、話すぞ」


「うん」


 アレクは息を吐き出し、改めて姿勢を正す。三人の緊張感がこちらにも伝わってくるので、思わず生唾を飲み込んでしまった。


「簡単に言う」


 頷くのも躊躇われ、じっとアレクを見詰め返す。


「あの『過去』はオレらの中にある『記憶』だ。つまり、あの『記憶』に出てくる百年前のアイツらは、オレらの『前世』だ。だからよー、影に殺られた地の魔導師は、オマエ自身なんだ」


 受け入れられない訳ではない。否定したい訳でもない。ただ、酷く悲しい。心にぽっかりと穴が開いたような感覚だ。

 それなのに、何が悲しいのかが分からない。

 左目から涙が零れ落ち、過去を見た訳でもないのに視界が歪む。

 駄目だ、倒れるかもしれない。そう思った時には、視界は天井を捉えていた。

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