地Ⅰ
これからどうすれば良いのだろう。あの三人をずっと無視する訳にもいかないし、かといって許したいとも思えない。
アレクに運んでもらったカルボナーラを噛み締めながら、鼻で溜め息を吐く。
三人と仲違いをしてから、既に三日が経っていた。もう日が沈み、夜の七時を回っているので、まもなく四日が経過することになる。
私が納得してから、魔法のことを考えるのでは駄目だったのだろうか。
アレクが言っていたことも心に引っかかっている。
――オレら全員が自分のために、オマエに過去を見せようとしてる――
この中の『自分のために』という部分だ。私があの三人のために過去を見なければならない理由が分からない。彼らを怒りのままに追い出した時、話の続きを聞いておけば良かったのだろうか。
ううん、今更になって『ああしておけば』なんて考えても無意味だ。フォークを一度皿の上に置き、「う~ん」と唸り声を上げる。
このままでは、また頭が痛くなってしまう。何か楽しいことを考えたいなと、レモンソーダとレモンの輪切りが入ったグラスに刺さっているマドラーをくるくると回してみる。炭酸が弾ける小さな音が心地良い。そうしたところで、地球には帰れないかもしれないという重たい現実が圧し掛かり、気分が晴れることもなかった。
美味しい筈のカルボナーラも、時間が経ち過ぎて伸びてしまった。申し訳ないけれど、四分の一程残してしまおう。フレンチドレッシングのかかったグリーンサラダは食べ切ろうと、レタスにフォークを突き刺した。そのまま口へと放り込む。
もし、この皿を片付けに来るのがアレクなら、言いかけた話の続きを聞いてみよう。クラウかフレアなら――やっぱり聞いてみよう。それしか心の靄が晴れるような解決策は思い浮かばなかった。
最後のブロッコリーを味わい、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。テレビもないし、ゲームもないし、夜に楽器を吹くのは気が引ける。体調が万全な訳でもないから、日記を書いてぼんやりしたら眠りに就こう。テーブルの端に置いてあった、白い小さな錠剤を一粒飲む。鎮痛剤だ。明日は薬を飲まなくても頭痛が起きなければ良いな、などと考えながら、窓の外へと目をやった。
空一面に天の川が広がっているかのように眩しく輝く星空には、白と水色の満月が二つ――やはり、どう考えても、ここは異世界なのだ。小さな溜め息を吐くと、扉をノックする音が響いた。
「ミユ、入るよ?」
この声はクラウだ。アレク本人から聞き出せないのは不本意だけれど、仕方がない。
扉が開閉する音、続いて近付いてくる足音を聞きながら、話し掛ける勇気を奮い立たせるように、白いスカートを両手で握り締める。
「お皿片付けるけど、良い?」
視線は落としたまま、頷いてみる。
聞くなら今だ。頑張れ、私。
「あの!」
声を振り絞った。それは良かったのに、言葉が続かない。
「何?」
「えっと……その……」
額に嫌な汗がじわじわと出てくるのが分かる。緊張で口の中が乾いていくのも分かる。
「皆を追い出した時……アレクが言いそびれたことが気になって……」
背中も丸まっているのだろう。言い切った安堵と、どんな反応が返ってくるのかが怖くて、唇を噛んだ。
「うーん……」
クラウが小さな唸り声を上げると、部屋の時が止まってしまった。
お願いだから、早く答えて。心臓の鼓動は速まり、掌にも汗が滲む。
ところが、返ってきたのは期待外れなものだった。
「もっとミユを混乱させかねないから。ちゃんと心の準備が整ったら、また聞いて欲しい」
思い悩んでした質問なのに。心の靄を取り払いたかっただけなのに。もう心の準備は出来ていると、不服な顔を、傍らに立つクラウに向けた。
こちらを向いていた青い瞳は、私を避けるように左へと流れる。
「俺も、ミユに伝えるための心の準備が出来てないんだ。ごめん」
悲哀を感じているような表情に、何も言えなくなってしまった。
そうか、私は自分のことしか見えていなかったのだ。三人は騙したくて私に魔法のことを隠したのではないのだろう。そうと分かると申し訳なくなってくる。
クラウは小さな声で「ただ」と続ける。
「過去に出てくる人たちは、俺たちと何か関係がある。どんな関係かは……今はミユの想像に任せるよ」
微笑むその顔は、どことなく儚げだった。
「じゃあ、片付けちゃうね」
「うん」
想像に任せると言われても、全く想像出来ない。過去に出てくる人たちは、私たちと何か関係があると。異世界人である私と。
共通点と言えば、夢の中で私がなっているカノンという人物も、地の魔導師であろうということだ。それと、現実の私たちと、過去の人たちの容姿がアレクとヴィクト、フレアとアイリス、クラウとリエル、それぞれで似通っている。他は分からない。似ているからと言って、他人の空似ということもあるし、そもそも過去の人たちは百年も前に生きた人だ。
他に関係があるのだとしたら、何なのだろう。思考を巡らせていると、隣で金属の何かが床に落ちたような音が聞こえた。視線を移すと、音の正体はフォークだったようだ。それを拾おうと、クラウはゆっくりとしゃがむ。しゃがみ切ったところで、クラウの首元から小さな何かが外に飛び出した。シルバーのペンダント――その先に繋がれているトップは指輪だろうか。
クラウはフォークを拾うよりも、ペンダントトップを握る。
一瞬しか見えなかった。それでも予想は出来る。指輪は男性物のように大きいものではなく、女性用、しかもピンキーリングではないかと。




