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火Ⅲ

 溜め息を吐く間もなく、次の言葉は紡がれる。


“では、過去を”


 頭痛だけは止めて。そう思う間に『実結』という意識は遠ざかっていった。代わりに、誰かの意識が私の意識を、感情を奪う。


 * * *


 今のは何だろう。ただの眩暈だろうか。ぐらりと視界が歪み、廊下で膝を付いてしゃがみ込んでいた。

 こんな事をしている場合ではない。アイリスに謝らなくては。深呼吸をしてからゆっくりと立ち上がり、廊下の先を見てみる。

 アイリスはもう部屋に戻ってしまったようだ。姿が見えない。


「アイリス、あれは勘違いなんだよ~……」


 頭を抱え、溜め息を吐く。


「何が勘違いなの?」


「アイリス!」


 顔を上げると、自身の部屋から顔を覗かせるアイリスの姿があった。その表情は強張っていて、私を睨みつけているようでもある。


「私、ヴィクトとそんな関係じゃ――」


「だから、何?」


 強い語気に、言葉が出てきてくれない。

 息を呑むと、アイリスは口をへの字に曲げた。


「あたしは貴女にヴィクトが好きなんて言ったことはないし、別に嫉妬はしてない。ただ……」


 続きは何だろう。恐る恐る首を傾げる。


「ヴィクトもリエルも振り回しっぱなしっていうのが気に入らないだけ」


「私、そんなつもりじゃ……」


「じゃあ、貴女の後ろにいるのは何なの?」


「えっ?」


 小さく声を上げて振り返ってみると、そこには花瓶の陰に隠れているつもりであろう金髪と薄茶の髪の人物――リエルとヴィクトの顔が並んでいた。

 呆れとも怒りとも言える感情がふつふつと沸いてくる。


「もう、あたしのことは放っておいて」


「アイリス! 待って!」


 何故、私のことを信用して、会議室で待っていてくれなかったのだろう。頬を膨らませて彼らを睨みつけると、二人はとぼとぼと物陰から出てきた。


「二人とも、何でここにいるの?」


「心配だったからに決まってるじゃん」


「そーだ」


 しかし、二人がいたからこそ、アイリスを余計に怒らせてしまったと思うのだ。「む~」と唸り声を上げて、更に睨み付ける。


「まぁ、オレもアイリスに振り回されてる感はあるけどな」


「うん、カノンだけじゃない」


「それよりよー、嫉妬してないってのが効いたな……」


 ヴィクトは大きく溜め息を吐き、肩を落とす。


「とりあえず、今はアイリスを一人にしてあげた方が良い」


 囁き声で「この会話も聞こえてるかもしれないし」と付け加え、リエルは会議室の方を向く。


「行くか」


「うん」


 リエルはヴィクトの背中を叩き、意地悪そうに笑ってみせる。ヴィクトも頭を掻くと、二人で足を前に踏み出した。

 私だけがここで粘っていても仕方が無い。気持ちを切り替えろ、私、と自分を鼓舞し、アイリスの部屋から離れた。

 いつまでこんなにも不穏な関係が続くのだろう。いつになく、気持ちが重くなっていくのを感じた。


 * * *


 またも、夢の中にリエルとヴィクト、アイリスが出てきた。それに、今回分かったことがある。私の名はカノンだ。人間関係のいざこざだろうか。夢の中でまで、言い争いに参加することもないだろうに。

 そういえば、カノンという名はどこかで聞いた事がある。そうだ、やはり夢の中だ。歓迎会を開いてもらった直後のことである。あの夢も、何か関係があるのだろうか。

 瞼を一気に開けると、視界には一面に白が映る。と同時に、一瞬、頭が割れそうな程の痛みが走った。


「った……!」


 私を呼ぶ声が聞こえても、それに答える事ことが出来ない。頭を抱え、瞼を強く瞑る。

 痛みは次第に弱まるものの、脈打つように痛むので、身体に力が入る。

 準備万端なようで、間を置かずに、額に水嚢が乗せられた。


「まだ痛む?」


「うん……」


 熱が水嚢に吸い取られて気持ちが良い。しかし、それよりも頭痛による不快さが勝っている。水嚢の効果があるのかすらも分からず、「うぅ……」と情けない声を上げていた。


「過去を見るのは一旦止めない? ミユの身が持たないよ」


 フレアの気遣いが嬉しい。それなのに、心がもやもやとする。


「こんな辛そうな姿、見てられないよ」


 布団の上に出した私の右手に、フレアの左手が乗せられる。

 煩わしい――。

 気付いた時にはフレアの手を退け、その甲を思い切り叩いていた。


「私に構わないで」


 意思とは関係なく、口から言葉が飛び出す。途端にフレアの顔は歪み、右目からは涙が一粒零れ落ちた。


「……ごめんね。あたし、ここにいない方が良いよね。先に部屋に戻るね」


 フレアは踵を返すと、視界からその姿は消えていった。


「……フレア!」


 その後をアレクが追う。頭痛がどうでも良くなってしまう程の罪悪感が襲い来る。


「何で……? 私、そんなこと言うつもりじゃなかったのに……」


 感情がついていかない。私はどうしてしまったのだろう。


「フレアのこと、傷付けちゃった……!」


 感謝はあっても、煩わしさは無い筈なのに。ショックが大き過ぎて、顔を両手で覆ってしまった。


「これは『過去』のせいだ。ミユのせいじゃない」


「『過去』? どうして『過去』が出てくるの?」


「それは……」


 言ってしまったのは私だ。過去なんて関係ない。

 今すぐにでもフレアに詫びたいのに。身体が言うことを聞いてくれない。

 とうとう私まで涙が溢れてしまった。指も濡れていく。


「今日は眠った方が良いよ。大丈夫、ミユはミユのままだから」


 クラウの声が酷く落ち着く。静かに頷くと、そっと瞼を閉じる。

 次の日まで目が覚めることはなく、翌日も、その次の日も寝込む私の部屋に、フレアが足を踏み入れることはなかった。

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