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火Ⅱ

「オレだって花の名前くらい分かるぞ」


「そう」


 フレアはどこか満足げに笑う。

 では、あの眼下に見えた草原に咲いている白い花はコスモスだろうか。儚げに揺れる、可憐な花――自然と脳裏に白のコスモスの花が浮かぶ。

 とその時、眼前に何かが音も立てずに現れたのだ。


「えっ?」


 くるりくるりとゆっくり回転するそれは、コスモスだろうか。両掌を差し伸べると、そこにすっぽりと収まった。


「何でコスモスが?」


 ただ話題に出てきただけで、実際にここへ持ってきた人物はいない筈だ。

 コスモスを眺めながら、小首を傾げてみる。


「オマエだろ? コスモス摘んできたの」


「お、俺? いや……うん、そう」


 クラウの顔を見上げてみれば、苦笑いを返してくるばかりだ。きっと違うのだろう。そうは思っても、聞き返せずにいた。


 * * *


 皆の言う通りなら、今日が再び過去を見る日だ。

 また頭痛がするのなら嫌だな。考えながら、ベッドの上で大きな溜め息を吐く。

 時計を見てみれば、九時半過ぎ、か。今日はまだ誰も来ていないから、寝坊ではないだろう。

 ゆっくりと足を滑らせてスリッパを履き、いつもの白の服をクローゼットから引っ張り出す。


「ミユ? 入るよ?」


 声と同時にノックの音が響く。


「ま、待って!」


 脱ぎかけたナイトドレスを引き剥がし、慌てて衣服を整えていった。鏡をちらりと見て、寝癖がないことを確認し、ドアをそっと開けた。見知った顔が三つ並んでいる。一週間前と同じ光景だ。


「準備出来た?」


「うん、大丈夫」


 心の準備は――今は置いておこう。頭痛のことを考えるだけで憂鬱になってしまう。俯き、両手で拳を作る。その左手に、男性の手が添えられた。驚いて顔を上げると、その手の持ち主はクラウだったようだ。


「無理しなくても良いんだよ」


 若干辛そうに、こちらにそっと微笑む。

 元々は私の好奇心から始まった話だ。今更引き返すのも違うと思う。それに、本当に魔法を受け入れるかどうか、過去を見て自分の気持ちを堅めたいのだ。

 ふるふると首を振る。


「私、やるって決めた事を曲げたくないの」


「そっか……」


 消えそうな呟きと共に、クラウの手は離れていく。


「フレア、頼む」


「分かった」


 フレアは昨日のアレクと同じように、杖を持ち、先を床に向けて魔方陣を描いていく。それを眺める今の私は、きっと興味津々な瞳をしているのだろう。


「ミユ」


「ん~?」


 呼び声はアレクのものだった。顔を見てみると、なんだか浮かない顔をしている。


「何?」


 聞いても返事はこない。


「……いや、なんでもねぇ」


 アレクがようやく口を開いたのは、フレアが魔方陣を作り終える頃だった。何かを悩み、言葉を選んでいたように思う。どうしたのか聞きたかったけれど、アレクがそうさせてくれなかった。


「ミユ、行くんだ」


「えっ? う、うん……」


 言いながら背中を押すので、促されるまま足を進める。その先には、勿論魔方陣がある。

 魔方陣の縁を踏んだ途端に赤の光が満ち、浮遊感を覚えた。どうもこの感覚には慣れそうにない。足が地に着いたと感じた途端、熱風が襲い来る。

 ゆっくりと瞼を開けると、視界には陽炎が立っていた。砂漠の中にポツンと赤い煉瓦造りの塔がそびえている。周りにはサボテンが生えているものの、他の植物は見当たらない。

 体感気温は三十五度を超えている。北国に生まれて夏の暑さに慣れていないせいか、一瞬にして汗が噴き出す。


「さっさと行くぞ」


 同じく暑さに耐えられないのだろう。後ろにいたアレクの声に、クラウが塔へ向かって走り出した。

 私もなるべく日陰に入りたい。アレクとフレアを置いてけぼりにし、塔の中へと急いだ。中へ辿り着く前にへとへとになりそうだ。


「大丈夫?」


 先に到着していたクラウが、入口から顔を覗かせて手を差し伸べてくれる。


「うん、なんとか」


 気恥ずかしくて手を取れず、代わりに笑ってみせた。

 クラウは苦笑いをする。


「オマエら、どうかしたのか?」


「ううん、なんでもない」


 クラウが伏し目がちに首を横に振ると、アレクは納得がいかないようで、両腕を組む。


「ミユ、良いか?」


「うん」


 うんと言う以外にはない。フレアはすぅっと息を吸い込んだ。


「地の魔導師を連れてきたよ」


“地の魔導師、魔方陣の中へ来なさい”


 聞こえてきたのは、今度は若干低めの女性の声だ。

 床に目を落としていると、風の塔のモザイク模様とよく似ている。ただ、黄色だった部分が赤に変わっているくらいだ。

 その赤の部分がほわんと光を放ち始める。


「行かなくちゃ……」


 もう、これは使命感に近い。光の中へと足を踏み入れると、またしても浮遊感が身体を包み込んだので、きつく瞼を閉じた。


“いつまでそうしている?”


 慌てて瞼を開けると、赤の向日葵に似た花が咲く花畑の中にいた。塔の外とまではいかないものの、夏らしい日差しが私を照り付ける。

 やはり姿のない声の主に、小さく頬を膨らませる。


「姿くらい、見せてくれたら良いのに」


“それは出来ないのだ”


 やはり、自身の姿を見せる気はないらしい。

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