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風Ⅲ

 何のために、こんなものを見せたのだろう。私の想像とは全く違う。


「影のことが何か分かるんじゃなかったの?」


「それは、もう少し先だ」


「じゃあ、また過去を見なきゃいけないの?」


「ああ、あと三つだな」


 まだ三つもあるのか。溜め息を吐きたくなってしまう。痛みが強まりそうな頭を軽く抱え、唸り声を上げた。


「ミユ、頭、痛む?」


「うん」


「ちょっと我慢しててね」


 人が立ち上がる気配、遠ざかっていくヒールの音、夢に見た光景が思い出される。

 瞬間的に、ピリッとした頭痛に襲われた。


「痛っ!」


「大丈夫!?」


「ミユ、布団捲るぞ」


 頭を覆っていた布団はゆっくりと剥がされ、心配そうな青と黄色の瞳がこちらを覗く。


「まだ痛む?」


「うん、ちょっと」


「フレアが水嚢持ってきてくれるからな。もう少し我慢してくれ」


 アレクは右手をこちらに伸ばすと、わしゃわしゃと私の頭を二、三度撫で、苦笑いをする。

 その隣では、クラウが悲しそうな表情のまま俯いてしまった。直前に「ごめん」と呟いていた気がするけれど、何に対して謝っているのか理解出来なかった。

 顔をしかめたまま、小首を傾げてみせる。


「そんな顔すんな。余計にミユが不安になっちまうぞ?」


「うん⋯⋯」


 クラウは首を横に振り、ピシャリと自分の頬を両手で叩いた。


「私、どうしてここに?」


「風の塔の中で倒れちまったからよー、コイツがここまで運んできたんだ」


「クラウが?」


「あぁ」


 アレクが肘でクラウの腕を小突くと、クラウは頬をほんのりと赤く染める。


「ごめんね」


 私が至らないばかりに。申し訳なく思い、口を結ぶと、クラウは首を大きく横に振った。


「あれを見せられて、倒れない人なんていないんだ。だから謝らないで」


「うん⋯⋯」


 「ふぅ⋯⋯」と息を吐き、また天井を眺めてみる。

 そこへフレアが戻ってきたようだ。足音が近付くと、額の上に冷たい何かが乗せられた。


「これで少し良くなればいいけど」


 痛む頭がすうっと冷えていく。口から息を吐き出し、そっと瞼を閉じる。


「七日間くらい様子見てみよーぜ。急かしても良いことはねーだろーしな」


「そうだね、ゆっくり行こう」


「ミユ、お腹空いてない?」


 大して空腹は感じていない。

 フレアの声に対して首を横に振ると、額の上の何かがプルプルと揺れた。


「腹空いたら言えよ」


「うん」


 言うよりも先に、お腹が鳴ってくれると思う。

 時計の針が刻々と進み、お腹が雷のような音を鳴らすと、アレクがミルクリゾットを食べさせてくれた。そうしている間も、クラウもフレアも傍で見守ってくれていた。

 三人が夕食を摂る暇はあったのだろうか。

 フレアがラベンダーのアロマを焚き始めた頃、ようやく瞼が重くなり、すっと眠りの世界へと移動した。


 * * *


 走っても追い付けない。誰を追っているのかも分からない。ただただ月明かりも無い暗がりの草原を駆ける。

 届いてと願って伸ばした手も、何かを掴むことはない。


「ねえ、皆、どこ!?」


 元の世界にいた人たち――お父さんやお母さん、それに妹、友達、仲間――誰も私に気付いてくれない。


「私はこの世界に居るしかないの?」


 息が上がり、足が止まる。

 無数の気配が私を取り囲んだ。


「元々、実結は地球にいるべき人間じゃないでしょ?」


「何言ってるの!? 私は地球で生まれたのに!」


「身体はね。でも、心は地球にはないもん」


「意味分かんないよ!」


 叫んでも、私を肯定してくれそうな人物はいそうにない。


「自分の心に聞いてみなよ。そのうち、地球なんてどうでも良くなるんだから」


「そんなことないもん!」


「なんで言い切れるの?」


 言われてはっと気付く。ただ、勢いに任せて言ってしまっただけではないだろうか。

 即答出来ないあたり、自分の心に聞いてみても自信なんてないのだろう。


「そっちで悠々自適に過ごしなよ」


「悠々自適なんて⋯⋯。大変なことに巻き込まれてるのに」


「まあ、頑張って生き残りな」


 勢い良く瞼を開ける。

 目に映ったのは真っ白な天井で、聞こえるのは私の苦しそうな呼吸音と時計の音だけだ。

 最悪だ。何故、あんな夢を見てしまったのだろう。

 水嚢を退けながら額の汗を拭っていると、鈍い音を立てながらドアが開いた。隙間からは、下からフレア、クラウ、アレク――三人の顔が並んでいた。

 私の様子を見た三人は、慌ててこちらへと駆け寄ってきた。


「ミユ、何かあった?」


「ううん、嫌な夢を見ただけ」


 実際では言われそうにない言葉を浴びせられ、未だに心臓がバクバクと激しく脈打っている。

 三人は顔を見合わせ、次に私を見詰める。どこか不安げな表情だ。


「過去の夢か?」


「ううん、元の世界の人たちの夢。あんなに冷たい声、初めて聞いた」


 大きく息を吐き出し、右の手の甲を額に当てる。


「夢はその時の精神状態を表してるかもしれねーしな。とりあえず、今はゆっくり休め」


「うん⋯⋯」


 こんな夢を打ち消してくれるような出来事があれば良いのに。

 嫌な頭痛は三日三晩続き、その間は殆どベッドの上にいた。その間も、欠かさず三人は傍に居てくれる。それが本当に心強かった。

 四日目にようやくベッドから抜け出し、フルートの練習もすることが出来た。

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