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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
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最終兵器始動

「ん、おかえり」


広いソファーに腰掛けながら芳醇な香りと一言では表せないような複雑で奥深い味の珈琲を楽しむ私の元に、一人の男性がやってきた。それは生気を失ったような瞳の、緑髪の青年。彼は何か一言発する訳でもなく私の隣へと座り込んだ。


「…ミサンガ、一つ無くなってるね。待ってて、すぐ新しいの作ってあげるから」


お気に入りのコーヒーカップを机に置き、私は綺麗に整頓された棚の方へと向かう。そして赤色の毛糸と鋏を取り、再び彼の横へと座る。その一連の流れを彼は相も変わらずにただ見ていただけであった。


そうしてミサンガの作成に取り掛かろうとした私は、返事など貰える筈がないのに口を開いた。


「それにしても変だね。ミサンガが切れたのに、手ぶらで帰ってきたなんて」


「………」


こう見えても魔法に関して長けている私は、魔力の籠ったミサンガを作る事が出来る。使う毛糸によって効力は異なるが、私は事前に彼へ青のミサンガと二つの赤のミサンガを与えていた。そして今はその腕に青と赤それぞれ一色づつしか無いのを見て、赤のミサンガが一つ切れたのだと察する事が出来る。


青と赤のミサンガ。その二つは私の与えた命令を忠実に遂行するという呪いの籠ったものだ。青のミサンガは『命令を遂行し続ける』という代物。例えば一生同じ椅子に座り続けろ、といった命令を受け付けてくれる。だがしかし、その命令を遂行出来なくなった場合。先程の例で言うならば座る為の椅子が壊された場合はその青のミサンガは切れてしまう。


そして赤のミサンガは『与えられた命令を一度だけこなす』というものだ。椅子に三回座れと命じれば椅子の前に立った時点でミサンガは切れ、その後命令を実行してくれる。私は彼の持つ赤のミサンガに『キッズが捕えられなかった者を捕らえろ』という命令を与えたのだが、彼が誰かを捕まえてきた様子は無い。


「まさか、逃げられた?でも今までチャシが誰かを取り逃した事なんてないし…」


私は緑髪の彼、チャシ・スパティフィラムの実力を信頼している。もし彼が逃がしたのだとすればそれは隊長レベルの騎士か、あるいは…


そう思考を回し始めた瞬間、着ている白衣のポケットに仕舞っていた洋緑色の魔石が光っている事に気が付いた。私はポケットのそれを取り出すと、魔石を口元に持っていく。これは遠隔で他者との会話を可能にする代物だ。


「キッズ、どうしたの?」


私は連絡をとってきたであろう人物の名前を呼ぶ。すると、魔石の中から聞き覚えのある声がしてきた。


『アセツかい?大変な事になった』


「野草に恋でもした?」


『えっ…いや、違うんだよ。脱走者が出たんだ』


「脱走者…成程ね。チャシが取り逃した奴か。特徴は?」


『とにかく白い女の子だよ。多分まだ十代にすら達してないような子だった』


「白い…その子は魔法が得意だったり?」


『え、うん。天下を取れる程の実力者、とはいかずとも中々のやり手だ。中堅ぐらいの魔法使いの水準には達してる。よく分かったね?』


「白という言葉で連想されただけ。じゃ、切るね」


『あ、ちょ…』


魔石に魔力を軽く流し込んでやると、魔石は輝きを失った。私はそれを再びポケットに仕舞うとソファーから立ち上がる。


「チャシが逃がしたんだから…やっぱり、『白の魔石』の関係者か…」


何かを理解している様子もなく、チャシはただ目をぱちくりとさせていた。そんな彼の頭を私は優しく撫でる。


「チャシはここで待ってて。ちょっと行ってくるから」


「………」


「…一緒に来たいの?まぁ、正直助かるけどね」


「………」


「それじゃチャシも一緒に行こっか。今度こそ捕まえよ」


頷くでもなく、彼は私の後をついてくる。私はそんな彼に優しく微笑みかけた。


〜〜〜〜〜〜〜


「…凄い所」


まるで夜空のようだ。真っ暗な円形のホール、よく分からない歪な機械が至る所に点在するその空間にて辺りを見渡した私はそんな感想を抱いた。闇に包まれた壁や天井には無数の光があったのだ。そしてそのどれもに生物の影のようなものが見える。


「この数…百で済むかな?この光の一つ一つに、命が閉じ込められてる…」


滅多に見る事の叶わないであろう壮観。だが、その実は残酷なものである。感動と寒気が同時に襲いかかるのを全身で感じながら私は歩いた。


コツンコツンと足音を慣らし、ゆっくりと歩く。光の中に閉じ込められた魔族達の視線が私に集中する中、私は最も近くにあった光に近付く。するとそこには明かりの付いた硝子の中に閉じ込められた、二足歩行の豚さんが居た。


彼は腹部に生えた茶色の毛を撫でながら、かけている丸眼鏡越しに絶望を宿した瞳で私を見る。


「…誰だっパナ」


「あ、初めまして。キャロと申します」


「名前は聞いてないっパナ。お前は研究員達の何パナか聞いているんだっパナ」


「いや、私も捕まったの。けど何とか抜け出せたから他の人も助けようとして…」


「悪い事は言わないっパナ。逃げ出せたんなら自分一人で逃げるんだっパナ」


そう言って、豚さんはヤケになったように俯いた。その様子に私は硝子に触れて出来る限りの優しい声色で話す。


「人間だけど、魔族が悪い人ばかりじゃないって知ってるよ。だから怯えなくても…」


「違うっパナ。パナ達を解放したとしても、この大人数じゃどの道逃げられないっパナ。それに…もう、パナ達は心を打ち砕かれたっパナ」


「…何があったの?」


「元々、ここには今の倍以上の魔族達が囚われてたっパナ。そいつらは今何処へ行ったと思う?」


「何処へって…そんなの分かんないよ」


「処分されたよ」


軽く発せられるその言葉に、私は酷く気分が悪くなった。その反応を見て満足したのか豚さんはそっぽを向く。


「パナ達もどうせ死ぬだけっパナ。必死に逃げて、再び捕まってあの絶望を味わうのはもう充分。今はせめて…過去の楽しかった記憶に縋ってその時を待ちたいんだっパナ」


「良いの…!?ここに居たら同じ目に遭うかもしれないけど、逃げ出したらチャンスがあるんだよ!?みすみす命を奪われていいの!?」


「この研究所に連れられた時点でパナ達は死んだも同然っパナ。…隣の奴を見てみろ」


言われるがままに私は豚さんの右の部屋に閉じ込められてる人の事を見てみる。するとそこには、全身が紫色の髪の毛で包まれた人間の子供のような姿をした魔人が居た。


だがそんな彼は、ぴくりとも動かない。全身を脱力させたままその場に倒れ込んでいた。そんな彼を横目に豚さんは鼻で笑う。


「辛い現実を受け入れたくないが為に思考を放棄した奴も沢山居るんだっパナ。パナみたいに会話が通じる奴の方が少ないぞ」


「でも…!」


「でもじゃない。キッズは悪魔のような奴なんだ。そんな事、ここに居る全員が理解している。…パナは目の前で、キッズの実験の為に弟が命を落としたのを見ている」


「………」


「下手に反抗すればどうなるか、想像は難しくないっパナ。もし仮に運良く逃げ出せたとして、外は地底人達の集落。奴らは余所者に容赦ないらしいっパナ、弱いパナ達じゃ外で殺されるのがオチだパナ。そしてそれはパナ達だけじゃなく、地上の人間であるあんたも例外じゃない」


「どうしても、一緒に来ないんだね…?」


「あぁ。この場に居る全員が…」


「わちゃはいくっぺ!」


その声は可愛らしく、元気が有り余っているかのようなものであった。まるで妖精さんのような声だなと感じながら上を見てみると、豚さんの真上に閉じ込められた者の声であると理解する。


そんな彼女に、豚さんは呆れたように言った。


「気狂いの小娘の戯言がまた始まったっパナ。お前はどうして静かに出来ないっパナ?」


「わちゃきぐるいじゃねぬ!しんけんそのものだっちゃ!」


「はぁ…寧ろ有難いっパナ。これで騒音に悩まされる事も無くなるっパナ」


豚さんは深い溜め息をつくと、私の方を見た。


「キャロ…だったパナ?」


「うん」


「そこの操作盤に数字が打ち込めるっパナ。『六十六』の数字を入力するとあいつの硝子が開くっパナ、入力してくれ」


「わ、分かった」


私は豚さんの言う通りに近くにあった操作盤へと近寄る。すると確かにそこには零から九の数字の描かれたボタンが配置されており、六のボタンを二度押すと空中に六十六の数字が浮かび上がった。


そして少し間が開き、ウィーンという機械音がする。ハッとして上を見上げると、無数にある小さな部屋のうち、豚さんの真上にある部屋の硝子が消えている事に気が付いた。そしてそれに気付いたと同時に、何かが部屋の中から飛び出してくる。


「わちゃひまでしぬかとおもったばい!じゆうじゃ〜!おまんさんあんがとだびゃ〜!」


「わっ!?」


飛び出してきたその影は私の顔に張り付く。ほのかに香る甘い花の匂い、そしてぷにぷにとした感触。おでこに何かを擦り付けられている事から恐らく頭ですりすりされているのであろう。行動、声、何から何までが純真で可愛らしい。


「で、でもとりあえずちょっと…は、離れて!」


「うみゃ!こりゃしつれいしたっぽい!」


彼女はパッと手を離し、私の顔から離れる。そうして地面へと華麗に着地した彼女を見て、私は思わず頬を綻ばせた。


彼女は子供である私のお腹程度までの身長しかない、小さな子であった。真ん丸な青色の頭、真ん丸な銀色のおさげ、真ん丸な緑色の身体、真ん丸な白色の手足、ピンク色のぷにぷにとしたほっぺた、ニコニコと可愛らしいひまわりのような眩しい笑顔。その姿は本当に妖精さんのように素敵であった。


そんな彼女はぺこりと頭を下げる。


「あんがとな!おみゃーいいやつだべや!おんにきるで!」


「別に大した事してないよ。私の名前はキャロ、あなたは?」


「うむむ!わちゃのなはじゃらもん!よろしゃ!」


「じゃらもんちゃん。こちらこそよろしくね」


「うみゃ!」


そうして微笑み合う私達に、豚さんは溜め息をついた。


「本当にそいつ連れてくっパナ?その騒がしさはお荷物でしかないパナ」


「しっけいな!わちゃものしずかなよいこさんだで!」


「大丈夫。この子を逃がせたら、また戻ってくるよ。今のうちに二人で脱出経路を確保しておくから」


「パナ達はもう諦めた。何度来てもそれは変わらないパナよ」


「まぁまぁ。とりあえず、また後でね!じゃあね豚さん!」


「ぶた、さらばじゃ〜!」


「豚じゃねぇ、パナの名前は…パニ」


「パナじゃないんだ」


「とにかく早く行くパナ。早くしないと誰か来るパナ」


「ありがとう、パニさん!」


「ふん…」


パニさんに別れを告げ、私とじゃらもんちゃんは彼に背中を向けた。じゃらもんちゃんは興奮が冷めきらないのか無駄に寄り道をしながら駆け回っている。


「よしゃー!よしゃー!たのしくなってきたっちゃ!うれしいのよ!うごきほうだいどうだいやっばい!」


「パニさんも言ってたけど騒ぎすぎには気を付けてね?ここの人達、私でも勝てないぐらい強いんだから」


「わかとる!わちゃはみなのためにがんばるのじゃ!うかつなまねはせんせん!」


「そうだね、皆んなの為に頑張ろう!…そういえばじゃらもんちゃんは魔法だとか、特技とかある?」


「まほーはつかえにゅ。とくぎはおとなしくしてることだにゃ!」


「え?…あ、うん。分かった。ありがとう」


「い〜〜〜っしょにがんばろなん!」


こうして騒がしい仲間の増えた私であったが…先行きが不安でしかなかった。子供の私でも、恐らくは彼女よりも年上だ。私がお姉ちゃんとしてしっかりしなければ…


(お姉ちゃん…か。アカマルみたいにこの子の事振り回しとく?)


アカマルと初めて会った時の事を思い出し、静かに苦笑した。

前半部分と後半部分のテンション感が違いすぎます。アセツさんがクールに決めていたのに変な奴が空気感をぶち壊しましたね。

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