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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
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研究者

「一体どうやって抜け出したんだい?興味が湧くよ。過去にそこから抜け出せたのはお前とそこの男だけだ。是非話を聞かせてくれよ!」


低くしゃがれたような声。彼は二本の触手をまるで足のように操りこの真っ白な廊下を歩いていた。生まれて初めて目にする電灯という光に照らされた彼の肉体はうねうねと蠢き、まるで内蔵が歩いているかのようだ。そんな醜い身体についた四つの青い目は興味深そうに私の事を見つめている。


簡単に形容するならば、蛸の化け物。彼は人間らしく歩き、人間らしく手の代わりに触手を広げるが、どうにも拭い切れない嫌悪感に私は一歩後退りをした。


「ずっとキッズさんは人間だと思ってた…!まさか、魔族だったなんて…」


「だーかーら。どうやって抜け出したのかを聞いてるんだ。早く答えろよ。なぁ!答えろって言ってんだろうが!」


そうヒステリックに叫ぶと、彼は壁に触手をぶつけた。すると頑丈な筈の壁には簡単にヒビが入り、壁の破片がぱらぱらと床に落ちた。そのあまりの怪力に私は固唾を飲み込む。


「どうやってって言われても…私でさえ抜け出せたんだから、あそこから脱出するのは容易だと思うけど…」


「そんな事はぼくにも分かってる!ぼくが言いたいのは…何でその部屋から抜け出せるのに、地上でゾンビ達に捕まったのかって事!あんなトロい奴らから逃げる事なんて簡単だったろ?」


そこで私は彼の真意を知り、ハッとした。そして浮かんだ仮説を元に口を開く。


「まさか…選別してたって事?ゾンビさん達に捕まるような弱い人ならここへ、そしてそうでないなら緑髪のあの人を使う。緑髪のあの人が現れたのがゾンビさん達より少し遅れていたのはゾンビさん達から逃れられるのかどうかを確かめていたから…?」


「随分と頭が回るね!さっきは怒鳴ってごめんよ、君みたいな子は大好きだ!」


彼は先程とは一変した態度の猫撫で声で話し始めた。こちらへと向かってくる足取りも心做しか踊るような動きになっている。


「そう、弱い被検体と強い被験体は役割が違うんだ。だからこそ捕らえる前に分別をしているのさ」


「あなたの目的は何なんですか…?」


「素晴らしい!その疑問を待っていたよ、やはり興味と探求というものはなくてはならないものだ!そうだよ、それこそが生物を次のステップへと連れて行くものだ!探求により得た知識によって生物は進化するんだ!」


「…何となく、あなたの目的が分かった気がする」


「えぇ?どうして?」


私は目の前の異型に、かつて見た青年の姿を重ねた。私がプルアさんを利用し、真っ二つに両断した彼の姿を。


「キッズさんは…もしかして、誰かに見てもらいたかったんじゃないかな…?」


「………」


「私の知ってる人に、アシュさんって人が居るの。その人はキッズさんと同じで、好奇心こそが最も大事なものだと考えてた。だからその為に何かを犠牲にするのは当然だと、そう思い込もうとしていたんだ。…自分が恵まれない、愛を与えられない存在だったから」


「…へぇ」


「出会ったばかりの私が言えるような事じゃないけど、キッズさんも同じなんじゃないかな…?アシュさんはグロテスクさんの代わりに発明をするのが使命だと感じて、それを完遂する事で誰かに認められたかった。私から見ればアシュさんとキッズさんは似てるから、もしかすると…」


「最高だね、君」


そう言うキッズさんの目は酷く淀んでいた。その目にあるものは深い闇。たった一つの不純物の無い、底の見えない闇だ。その目が何だか恐ろしく感じ、私は身震いをする。


彼は嬉しそうに語り始めた。


「初対面の女子にここまで踏み込まれるとは思わなかった。そのアシュって人とも随分と気が合いそうだ。だが、君の考え方は少し違う」


「違う…?」


「愛だ何だより大事な物があるんだよ、この世には。ぼくは誰かに認められたくて研究を続けてきた訳じゃないんだ。ただ、満足に生きる為には周りが邪魔だったってだけさ」


「あなたにとっての大事な物って何ですか…?」


「神様さ」


私はその言葉にきょとんとする。そんな私とは対照的に、彼は声を荒らげながら興奮したように声を張り上げる。


「いいかい!?この世界全てが神という存在によって作られた!そして、生命というものを精霊達が作り上げた!我々より、上位なる存在がだ!本来我々は彼らの下でしかないようなちっぽけな存在である!」


「はぁ…」


「だが、そんなのは面白くないだろう?人間という種は当たり前にある周囲の物に対し、興味を持った!その結果、人々は科学によってこの世界の真実を解き明かしつつある。何となく付けていた炎も、どういった条件下で生み出せるようになるのかを知ったんだ!その行動の延長線。少しづつ全ての事象の謎を読み解く事が出来れば、神という存在に近寄る事も、そして神という概念を読み解いて自分が神に成り代わる事だって出来るんだ!」


「他人を犠牲にしてその夢を叶えたとして、それが何になるっていうんですか?」


「五月蝿いなぁ…」


先程までの上機嫌な姿は何処へやら、キッズさんは舌打ちをしながら苛立ったように触手を乱雑に振り回した。そして、私の事を睨み付ける。


「ぼくがそう言ったらそうなんだよ。黙っとけよ」


「黙らないし、それが正しいとも思わない。私は皆んなを助けてあなたの野望を台無しにするよ」


「チッ…はぁぁぁあ!?あぁ!もう!くそっ!あぁ!」


怒りが収まらないのか、彼は叫びながら地団駄を踏む。だがその次の瞬間、彼の動きは落ち着いた。


「良いね。君の行動原理が何なのか、興味が湧いてきたよ。どうしてそこまでぼくを否定したいのか、何故自分だけじゃなく周りの者も助けたいのか、全てが上手くいく自信の理由とは何か、どうしてただの女児がそこまでの思考力を得ているのか。気になる、気になるなぁ」


「………」


「うん?ぼくの顔に何か付いてる?と言っても、この姿じゃ何処が顔だかもよく分からないか」


「いや…ただ、本当にさっきと同じ人なのかなぁって」


「確かに腹は立ったよ。けどそれ以上に興味が湧いただけさ。君、面白いもの」


「どうも…?」


彼の情緒を掴めずに困惑していると、隣から硝子を叩く音が聞こえた。そちらの方を見てみると硝子の向こう側のクリさんが口を開いた。


「キャロ…は、早く逃げた方がいい…話しちゃい、いけな、い」


「うーん、確かにそろそろ逃げた方がいいかも。少しづつこっちに来てるし…」


「もう…お、遅いかも」


「え?」


「こ、この廊下は一本道だから…隠れられない、んだ」


「どういう意味?」


言葉の意味が分からずに首を傾げていると、キッズさんは叫んだ。


「『ハイドアンドシーク!』」


その瞬間、キッズさんはその場に倒れ込む。先程まであんなに元気だったのにも関わらずだ。何にせよ彼が気を失うのは都合がいいが…クリさんの表情は優れないままだった。


「キャ、ロ。は、早く逃げて…」


「ちょっと待って。何が起こってるの…?」


「き、キッズがま、魔法を使った。あの魔法は…使ったら十二秒間使用者が気を失う…け、けど、けど起きた後の七秒間で生物を見るだけで石化させる事ができ、出来る」


「見るだけで!?」


「だか、ら…見付からない所へ逃げて…」


「そうは言っても…この廊下は長いし…」


「い、急いで」


そんな話をされても、今こうしている間にも時間は過ぎている。恐らく魔力を捨てて赤目になったとして、この廊下を渡り切るには五秒程の時間を要するであろう。仕方の無い事とはいえ、説明を聞いた時点でもう間に合わない。


ならば少し、時間稼ぎをするまでだ。


「『ヘルフレイム!』」


獄炎を放つと、私とキッズさんの間の廊下は一瞬にして暖炉の炎のように燃え盛る。あまりに勢いの強い炎に、向こう側を見るのも至難の業だ。これならば少しだけでも時間稼ぎになるだろう。


「放火魔ってこんな気持ちなのかな…ちょっといい眺め」


「キャロ…!は、早く…!」


「大丈夫!」


「…ん、何だか焦げ臭いね」


どうやらキッズさんは目覚めたようだ。彼は寝起きのように覇気のない声を漏らすと、背伸びをしているのか『ん〜!』という声を出す。


「おや、随分と派手に燃やしてくれちゃってるね。目眩しのつもりかな?」


入れば一瞬でその身が焼き焦げそうな炎。だがそんな炎をものともせず、キッズさんは消火するでもなくその中を普通に歩いてきた。腕力だけでなく、耐性もかなり強いようだ。見た目通りの化け物じみた肉体である。


「さて…見た所、あの子はそこそこの魔法使いのようだ。身体能力を上げる魔法でも使って逃げたのかな?」


「きゃ、キャロを追いかける…な…!」


「引き留めようったって無駄だよ。君にはもう興味は無い。じゃあね」


クリさんが話しかけるも、キッズさんは一目見る事すらなく廊下を走り出した。そんなクリさんは彼の背中が視界から消えるまで眺めていたが、キッズさんが廊下を抜けると同時に振り返る。


「よ、良かった。出て…で、出てきていい、よ」


その言葉に、私は彼の影の中から姿を現した。


「ありがとう。またクリさんの影に助けられちゃったよ」


「キャロ凄い…や、やり過ごすなんて」


「普通はわざわざ目眩しまでしたのに逃げないなんて事しないもんね。クリさんも良い演技だったよ!」


「へ、へへ…」


クリさんはほのかに笑うと、真剣な眼差しをこちらに向けた。


「た、確かキッズの来た方…そっちに、皆んなは捕まってる、みたい」


「今あの人は逆の方向へと向かってるから…好都合だね」


「ただ…この研究所にはもう一人、怖い人が…」


「あの緑髪の人でしょ?」


「違う…その、もう一人…」


クリさんはまるで怪談を話すかのように恐ろしく大袈裟に話し始めた。


「アセツ・ラピスラズリっていう…こ、怖い人が居る。そのひ、とは…キッズよりもつ、強い」


「キッズさんも相当強いみたいだったけど…それよりも強いの?」


「う、うん。彼女は凄い、魔法使い。元々は王都の魔法学校をトップで卒業したエリート…だったみたい」


「…じゃあもしかしたら、アカマルと同等以上の魔法使いかもしれないのかな」


「彼女が一番得意…なのは氷魔法。け、けどキャロの炎魔法でも溶かせないかもしれな、しれない。ご、ごめん。おれ今失礼な事言った…?」


「いや、ありがとう。参考になるよ」


私はクリさんの影を使い、廊下へと出る。そして彼にニコリと笑顔を見せた。


「それじゃあ行ってくる!絶対、クリさんの事も助けるから!」


「あ…う……おれはいいから…き、気を付けて…」


「うん!行ってきます!」


正直私の力じゃキッズさんにも、緑髪の青年にも、話に出てきたアセツさんにも敵わないだろう。土地勘も無い上に、見つかればそう簡単には逃げきれない。かなり細い希望だ。


だが、私がやるんだ。今はリィちゃんや皆んなだって隣に居ない。私だけの力で、成し遂げなければならない。

アシュさんって誰ぞや?という方も多数いらっしゃると思いますので、少し振り返らせて頂きます。

アシュさんはユウド編にて二話だけ登場したもう一人のグロテスクさんです。彼は地上に出る事も許されず、グロテスクさんの偽物としてユウドの地下で発明を続けていました。彼はもう一度キャロと会う約束をしたのですが、果たして彼は助かったのでしょうか。

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