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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
96/123

カリウドカリウド

「はぁ…まだ……もっと…遠くへ行かないと…」


棒のようになる足を酷使し、私はひたすら先へ先へと進んでいた。一歩を踏み出せば踏み出す程得体の知れない恐怖が湧いてくるのだ。もう何度引き返そうかと思った事か。だが、今足を止めればきっとお母さんに追い付かれてしまう。彼女は魔法で常に私の居場所を把握していると言っていたから。


皆んなはどうなったのだろうか。私の代わりに首輪を着ける事となったプラントさんはどうしているのだろうか。このまま歩き続けたとして…私は何かを成し遂げられるのであろうか。私の心の中は今私が歩んでいる荒地のように荒んでいた。


「はぁ…一旦落ち着かないと。このままじゃずっと悪い方向にばっかり考えちゃう。少し休もう…」


手頃な岩を発見し、私はそこに腰を降ろす事にした。思えばこの二週間、ろくに休んでいない。睡眠も必ず仮眠程度で留めていた。それなのにまだ足が動くのは、きっと白の魔石を食べたからだ。


「…白の魔石って何なんだろ。それに、お母さんは私の事を異形児って…私はまだ、自分の身体の事を何も知らない」


グウ。


身体の事を考えるなら先ず俺の事を何とかしてくれ!と私のお腹が音を鳴らして訴えてくる。そういえば逃げてる最中に目に映ったベリーやら美味しそうな葉っぱやらは食べたが、しばらくきちんと何かを食べてはないような気がする。荒地ではあるが、何かしらの食べ物は無いかと周りを見渡した時であった。


私は近くにお皿に乗ったステーキが置いてある事に気が付いた。


「…何で?」


口にした疑問には誰も答えてくれない。私の認識が間違っているだけで、お皿に乗ったステーキというものは自然に群生しているものなのだろうか。誰かの落し物…にしても妙だ。私はステーキを持ち歩き、更にそれを落としてそのまま忘れてしまう事例など聞いた事がない。


「ま、まぁいいや。とりあえず食べちゃおう。きっと天からの贈り物だよ。うんうん」


最早思考放棄とも言えるような結論に至り、私はお皿に手を伸ばした。見た目も香りも何処からどう見てもステーキでしかない。お皿はあるのにナイフもフォークも無いのは残念だが、贅沢を言う前にこの状況を喜ぶべきであろう。


空腹に耐えきれず、私は水魔法で手を洗うと素手でステーキを掴んで口の中へと運んだ。だがしかし、一口食べた時点である違和感を感じ、私は目を丸くしてそのステーキを見つめた。


「味がしない…こんなにも良い匂いなのに」


加えて、食感も悪い。このネチョネチョとした食感はまるで粘土をステーキのように見せているだけのように思える。実際に粘土であるという訳ではないだろうが…限りなくそれに近い何かに思える。


だが…それだけならなんて事はなかった。真に恐ろしいのは、私の身体は味のしない粘土をもっと食べたいと、そう主張している事だ。どう考えても美味しくもないそれを求め続ける私自身に、得体の知れない恐怖を感じる。


「きっと…お腹が空いてるからじゃない。美味しいと錯覚させる謎の力が働いてるんだ…!」


警戒心が働き、私は思わずそのステーキを離す。そしてステーキがそのままお皿の上にベチッという音を鳴らして落ちたその瞬間。


私の周りを囲うように、地面の中から複数の何かが現れた。


「えっ…?」


「ツレテクツレテク」


地面から這い出てきたのは長身の男の人達であった。だが彼らは普通の人と言うにはあまりにも妙な姿だ。彼らは全員肌が紫色に変色しており、目の焦点が合っていない。それに全員研究者のような白衣を着ているのも気になる。正直…グロテスクさん以上にゾンビのような存在だ。


彼らはピクピクと全身を痙攣させながら口を開く。


「オカシイオカシイ」


「ステテルステテル」


「タベナイタベナイ」


「ニンゲンニンゲン」


「タシカニタシカニ」


「ヒキエビヒキエビ」


「人間?…もしかして、動物を捕まえる為の罠で、人が釣られるのは想定外だったとか?さっきやけに食べたくなったのは獲物が食いつくようにそういう病みつきにさせるようなものが使われてるからなのかな…」


「チガウヨチガウヨ」


「マゾクヲマゾクヲ」


「トラエルトラエル」


「魔族を…?」


魔族を討伐ならばまだ分かる。だが、捕らえるというのはどういう事であろう。それに彼ら自身も魔族ではないのか。一体どうして魔族が魔族を…と考えた時、私はある事を思い出した。


パールマッド。ユウドにて造られた、人工の魔族。明らかに人工物であるこのステーキ。そして明らかに魔族と敵対しているような目的。魔族を造る技術がある以上、もしかすると彼らも人造魔族ではないのか?そんな可能性を考えついたのだ。


しかしそんな事を考えている間にも気が付けば彼らは一歩、また一歩と少しづつこちらへと向かってきていた。ターゲットである魔族ではないのだが…とりあえず捕まえようという判断だろう。


「ツレテクツレテク」


「モッテクモッテク」


「嫌です!」


「ナンダトナンダト」


「コマッタコマッタ」


「メイレイメイレイ」


「シタガウシタガウ」


「ツレテクツレテク」


一瞬解決出来そうだったが、そう上手くはいかないみたいだ。正直、ナイトステップの魔法を使えば彼らの包囲から逃れる事は出来る。それに魔力を全て捨てて赤目になっても逃げ切れるだろう。そもそも魔法を放てば一掃出来る可能性も…最早何しても逃げられそうだ。


「トラエルトラエル」


「キャッチキャッチ」


「えっと…『ナイトステップ』」


「カクレタカクレタ」


「ドコナノドコナノ」


「イナイヨイナイヨ」


「オワッタオワッタ」


「ムノウダムノウダ」


私は影の中を移動し、先程まで自分が座っていた岩の裏に伏せて隠れる。距離的には彼らと少し近いが、それでも彼らは慌てながらキョロキョロと周りを見渡していた。


どうにか逃げられそう。そう、思った瞬間であった。私の上に陰が出来る。その人型の影に私は思わず振り向いて顔を上げた。


「あなたは…?」


「………」


その人物は緑髪の短い髪をした男の人であった。彼は茶色のコートをその身に纏い、光を失ったかのように深く静かな深緑の右眼で私の事を見つめている。血液が通ってないかのように顔色は悪く、更には眼帯で左眼を隠している事からも彼は病人なのだと察する事ができた。


そんな彼は無表情で私の事を見つめ続ける。その様子は先程のゾンビ達とはまた別の存在のように見える。


「あの…何か?」


「………」


「わ、私は行くので…それでは…」


恐る恐る立ち上がった私は、何もしてこずただ無表情に見つめる彼の横を何事もなく通過しようとした。威圧感に苛まれながらも何とか横を通り抜けられそうだと思った、その時であった。私はふと彼の腕を見た。


彼の腕は酷くボロボロだ。だからこそ、その腕には包帯がぐるぐると巻き付けられていた。それだけだとお労しいだけだが…彼の腕には包帯とは別に三つのミサンガも巻き付けられていたのだ。青、赤、赤。そのミサンガが気になり、何となく眺めていると…


そのうちの一つ、三つの中間にあった赤のミサンガが突然切れた。


「ひゃはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「んぐっ…!?」


静かに佇んでいた彼は突然奇声を上げた。そして、それと同時に横から鋭く腹に突き刺さる蹴り。予想だにしていなかった重い蹴りによる不意打ちに為す術なく私は宙を舞った。


更に宙を舞う私を、既にその先で待ち構えていた者が居た。それは…緑髪の彼だ。彼は蹴りの衝撃で飛ばされる私よりも早く動いていたのだ。彼は私を受け止めると、そのまま地面に向かって投げ捨てる。


このまま地面にぶつかれば先ず間違いなく首の骨は折れるだろう。だが魔力を捨てて赤眼になる時間は無い。一か八か、私は迫り来る地面に向かって掌を向けた。


「『ロブ!』」


「ナンダロナンダロ」


「ピカピカピカピカ」


例のゾンビ達は上空の私が放った光線を興味深そうに見上げる。彼らが地中から現れたという事は、この大地の下には空間がある筈だ。地表を魔法で突き破り、内部へと逃げ込む。その場合お母さんから逃げる足は止まってしまうが、少なくともあの緑髪の青年からは逃れる事が出来るだろう。


そう計画していた私だったが、予想外の出来事が起きた。なんと、緑髪の青年は光線の着弾地点へと陣取ったのだ。彼はその光線を一身に受けるかのように両手を広げる。


「う…そ…」


眩しい光線の光が消え、視界が鮮明になると同時に私は思わず絶句した。少し傷付きつつも、緑髪の青年は光線を食らう前と同じように何ともないような顔で両手を広げていたのだ。アカマルやその他の魔法使いと比べ洗練されている訳では無い。だがそれでも並大抵の物ならば消し飛ばす事が可能なこの魔法を耐えるのだ。その事実だけで、彼がアカマルと同等以上の肉体を持っている事が分かる。


そんな彼の手に着目してみると、彼の指からは包帯を突き破って獣のように鋭い爪が生えていた。彼は太陽光の反射で爪をキラリと輝かせると、落ちてくる私に向かって飛んで来た。


「イェェェェェェェェェ!」


今目の前で行われようとしている『狩り』。獲物である私は生き延びる為の策を持てる全ての思考力を使って考え始めた。


迎撃するにせよ、ロブですら効かなかったのだ。恐らく大した有効打を与える事すら出来ずに接近されてしまうだろう。しかしかと言って逃げるのも不可能だ。宙に放り出された状態では満足に動く事も出来ない上、私の魔法ではどう足掻いても攻撃を防ぐ事は出来ない。


なら作るのだ。今ここで、新しい魔法を。私の意思を形にするのだ。この窮地を脱する事の出来るような、そんな魔法を生み出す為に。


緑髪の彼は目の前まで迫り、右腕を振ってその爪で私の事を貫こうとする。その爪を受け止めるかのように私は左腕を縦に構えた。


「『シークレット』」


ガキン、という金属と金属のぶつかる音が響いた。その音、そして不満気な彼の顔を見るに魔法は成功したようだ。


視線を自身の左腕に向けてみると、私の左腕は難なく青年の鋭い爪を受け止めていた。受け切れた理由は私の腕が変化したから。何と私の髪色と同じ真っ白な硬い鱗が腕を覆っていたのだ。まるで腕だけが化け物になったようだが、その様はウニストスにて見たあのリィちゃんの姿とそっくりであった。


「リィちゃんに隠したい秘密があるなら…私も同じ姿になる。私はまだリィちゃんの事を何も知らない。けど友達として、痛みを含んだ全てを共有したい…!だから、リィちゃんと一緒に怪物になったって構わない!」


「………」


「友達が待ってるんだよ…だからちゃんと生きて帰らなきゃいけないんだよ!」


私は鱗の生えていない、もう一方の腕を空に向けた。その様子に緑髪の彼は顔を顰め、上げた右腕を切り落とそうと腕を動かした。だが、彼が私の腕に触れるより先に魔法が間に合う。


「『ヘルフレイム!』」


そう高らかに叫ぶと、天に向かって火球が放たれた。そしてそれにより、反動が私を下へと押し込んだ。私はするりと青年の懐から抜けるとそのまま地面へと落下する。何とか青年からは距離を離せたが、結局着地に難があるのは変わっていない。


よって、私は地上に向かって叫んだ。


「とらえろとらえろ!」


「トラエルトラエル」


「フッテルフッテル」


「キャッチキャッチ」


徘徊していたゾンビ達は私の落下地点へと集まってくる。全ての衝撃を吸収出来る訳では無いにせよ、複数人の元へと飛び込めれば着地の衝撃を和らげる事は出来る筈だ。


そしてその思惑は成功し、私はゾンビ達の中心へと落ちた。彼らの腕や身体は程よく落下の勢いを殺し、痛みこそあれど私は何事も無くこうして五体満足で生きている。彼らが居たからこその幸運だ。


「トラエタトラエタ」


「モッテクモッテク」


「ヤッタゼヤッタゼ」


そんなゾンビ達は私を連れ、地面の中へと潜ろうとする。やはり地中に彼らの住処があるのだろう。だが私は逆らわず、そのまま彼らの行動に身を委ねた。


「強かったな…あの人」


地面に潜るその直前まで私は宙に浮かぶ例の青年の事を見つめていた。きっとあのままここに留まれば、死ぬのは私だ。私はまだ弱い。だからこそ戦闘は避けて逃げるべきなのだ。よって、ゾンビ達の住処へと逃げるという選択をしたのだ。


彼が何者で、どうして私を狙ったのかは分からない。緑髪の彼はただ、無表情に私の事を見つめるだけであった。

オマエラオマエラ、オレサマオレサマ、サクシャサクシャ。ココマデココマデ、ヨンデルヨンデル、アリガトアリガト、カンシャカンシャ。

コウイウコウイウ、カタコトカタコト、ムノウナムノウナ、カンジノカンジノ、ソンザイソンザイ、ダイスキダイスキ。

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