首輪
「契約魔法というものを知っているかしら?それは魔法の使用者と被験者、お互いの同意の上で初めて発動出来る魔法よ。その魔法により使用者は被験者を好きなように扱う事が出来る。言い換えれば口約束を強制させる魔法ね」
「………」
「セクシーは魔族になる前、詳細は知らないけど信じていた用心棒に見捨てられたみたい。その経験から魔法の使えない彼は唯一契約魔法だけは使えるようになった」
「………」
「貴方のその『首輪』もキャロ、貴女が契約魔法をセクシーと交わしたという証よ。その首輪はどんな手段を用いても壊したり外したりする事は出来ないの。本来は約束を果たせば外せるんだけど、仲間になるという約束の場合は一生外す事は出来ないわ」
虚ろな目で動く景色を見ながら私は彼女の話を耳に入れる。私はロナウドさんが時間稼ぎをしてくれる事を条件に、仲間になるという提案を飲んでしまった。あの時は皆んなの安否が最優先で、後はなるようになるだろうと信じていたのだ。だがしかし、想像だにしていなかった状況に私は不安を抱えていた。
今、私は馬車に乗せられている。真っ白な木材で造られたこの馬車を馬の形をした透明な魔族が引き、従者が居ない代わりに一人の人物が馴れ馴れしく肩を組みながら私の隣に座っていた。
どうやらその人物は仲間達からビレッジと呼ばれているようだ。彼女は全身が白く発光し、素顔どころか姿すら見えない。唯一分かる事と言えば、声だけだ。そしてその声だけで、私は彼女の正体に気付く事が出来た。
「…ねぇ」
「うん?どうしたの、キャロ」
「何でそんな姿になっちゃったの…?『お母さん』」
私の疑問に、彼女はほのかに頭を揺らした。そして優しく私の頭を撫でると、ご機嫌そうな声で言った。
「あぁ、魔族になっても気付いてくれるなんて、私嬉しいわ。やっぱりそうよね、どんなに変わり果てても愛する者の事が分かるのね」
「そんな話をしたいんじゃないの。お母さん、どうして?何でこんな事をしてるの?」
「そうね、少し昔話をしましょうか」
お母さんはごほんと小さく咳をすると、思い出すかのように空を見上げた。
「あの日、魔鋼の群れによって私達の村は焼き払われた。白い光線が飛んでくる様を今でも鮮明に思い出せるわ」
「私はもう、皆んな死んじゃったのかと思ってた。お母さんにだって、もう二度と会えないと…」
「えぇ、本来ならあのまま死ぬ筈だったわ。けど、生命活動を終える直前に奇跡が起こった。風が吹いたと思ったら、突然透明な石が現れたの。そしてその石に触れた結果、私はこの姿となった」
「魔族になる時、自分の願いがその姿に反映されるって聞いたよ。どうしてそんな姿なの?まるで…『村を焼き払った光線』の塊みたいな…」
「正解。別に話すような事じゃないから今まで話さなかったけど、私の本音を言う時が来たようね」
「本音…?」
「私はあの村が大っ嫌いなのよ。だって皆んなしてキャロの悪口ばっかり言うんだもの。だからあの光線が村を崩壊させた時感銘を受けたわ。あぁ、嫌いなものを一瞬で消せるような凄い力があるんだって。そうして光線を固めたこの姿になった訳なのだけれど、キャロも魔法という形であの光線を我が物にしてくれて嬉しかったわ。やっぱり私達、家族なのね」
「最近…夢を見たんだ。私がまだ赤ちゃんだった頃の夢。おじいちゃんと話してたよね?『アースの儀式』って何?私が奇形児ってどういう事?」
「人の記憶力っていうのは案外馬鹿に出来ないわね…もう忘れてるかと思ったのに」
「お願い、教えて」
真剣な眼差しを向け、私は彼女に頼む。しかしお母さんは頬を膨らませて思案するように指をクルクルと回していた。
「どうしよっかなー」
「…話しちゃいけない理由でもあるの?」
「奇形児の方は貴女の認識そのものが変わるだろうし、あまり言いたくはないわね。ただアースの儀式に関しては話せるわ」
「…分かった。じゃあ、その儀式について教えて」
「アースの儀式。それは神様に生贄を捧げ、厄災が訪れないようにする為の儀式。私達の村では十年に一度、村の子供を一人捧げる事によって儀式を成功させるのよ」
その言葉に、背筋がゾクリとする。私は今九歳だが、未だにその儀式は行われてはいない。つまりあと一年で私、もしくはテト、ニオン、ロコのうちの誰かが犠牲となっていた訳なのだ。私は村が滅ぼされた事が最大の不幸だと思っていた。だが、もしあの魔鋼の軍勢が現れなかったとしても私はどの道大切な友人を失っていたという事だ。
私はその瞬間、アダムさんの言っていた『あの村は滅ぼすべきだった』という言葉の意味を知った。
「怖がらせちゃった?でもこれは紛れもない事実よ。現に子供の頃、私の親友は村人達に殺されて生贄として捧げられたわ。そしてその後も儀式が行われ続けた。そして今回、詳細は省くけど奇形児であるキャロを儀式に使おうと村人達は言っていた。けど愛する娘だもの、そんな事は何があっても許しちゃおけなかった。本来私がどうにかする予定だったけど…あの光線のお陰で助かったわ」
「儀式って何なの…?何でそんな事をするの?神様って?」
「そう熱くならないの。それに私だって知らないわ。大昔から存在している神様って事だけ共通認識としてあって、それ以外は知られていない。私にとってはそんな神様なんかより、貴女の方が余っ程大事だし、興味無いわ」
「私だってお母さんの事が大好きだよ。でも…お母さんの考えてる事が分からないの。今お母さんは何の為に動いてるの?」
「勿論、貴女を私の元に引き戻す為よ」
彼女は私の髪の毛を掴むと、長い髪の毛を優しく一つに結び始めた。
「私ね、実は貴女に魔法をかけてたの。貴女がいつ何処で何をしていたとしても監視出来るという魔法。だから村が滅んでから貴女が何をしていたのか、何を経験したのかも全て知ってるわ」
「まさか…私達の国が攻め込まれたのもお母さんが国の場所をバラしたから?」
「そう。私の目的は貴女を取り戻す事、たったそれだけ。その為にはキャロの周りに群がる邪魔者達をどうにかしなきゃいけなかったの。そして私の目論見通りに侵略は行われ、セクシーの協力もあって貴女を取り戻す事に成功したのよ」
「お母さん…酷いよ」
「きっとネバーランドの住人になった方が貴女も幸せだわ。今は辛いかもしれないけど、一緒に…」
彼女が文を最後まで言い終わるより先に、私は彼女の手を払い退けていた。彼女は初めて私が反抗的な態度を取った事に対し、困惑するような表情を浮かべる。
「キャロ?」
「お母さん…さっきも言ったけど、私は今まで育ててくれたお母さんに感謝もしてるし、好きだよ」
「私もよ。だから…」
「けど…私の居場所はもう、そこじゃないの」
「え…」
「私は外の世界に触れて、本当の暖かさっていうのを知ったよ。一人ぼっちで辛くてどうしようもなかった私を拾ってくれた人達。皆んなは本当の意味で私を家族として迎え入れてくれたんだ。決してお母さんみたいに私を飼おうとしてた訳じゃなくて」
「………」
「今はこの首輪があるから逃れられないのかもしれない。けどいつか、私は必ず皆んなの元に帰る。そこが今の私の居場所なんだから」
「キャロ…」
「その時は…お母さんも一緒に来てくれると嬉しい。色々あったけど、やっぱり私の本当のお母さんだから…」
「………」
今までの上機嫌な様子がまるで嘘だったかのように、彼女は黙り込む。娘を取り戻したという喜びから一転し、娘に拒絶されるという思わぬ事態に発展し、混乱しているのだろう。ただ、私はどうしても彼女に変わって欲しかったのだ。お母さんならきっと、その事を分かってくれる。
そう信じていた私の肩をお母さんは掴んだ。
「何で?」
「お母さん…?」
「何でそんな事を言うの?私は私達二人が一番幸せになる方へ導こうとしてるの。ネバーランドは全ての願いが叶う国よ。騎士達に攻め込まれた程度で崩壊するリィロントとは違うの。お母さんの言う事をちゃんと聞かなきゃ駄目でしょ?私から離れるなんて、二度と言わないで」
「違う…私はお母さんも一緒に…」
「私は人生の全てをキャロに捧げたわ。ほんの一時もキャロの事を忘れたりなんかしない。村の人達に異常者だって後ろ指を指されても貴女の為だから頑張れた。私の全てが貴女なの。冗談でも私の元から離れるだなんて…!」
「もうそいつは答えを出した。いい加減お前も大人になれ」
最後の一言は何だか聞き覚えのある声だった。その声にハッとした私は思わず声のした方を向く。
「プラントさん!」
私がそう叫んだと同時に、私の乗っていた馬車は粉々に砕け散った。その際の風圧で私は宙に放り出されるが、そんな私を硬い腕が捕まえる。
「プラントさん…どうしてここに…?」
「勘違いするな。奴と手を組んで王都へと向かっていた最中にたまたま気が付いただけだ。助けに来た訳じゃない」
「奴?」
「質問をする前にちゃんと周りを見ろ節穴が。…あそこに居るだろうが」
プラントさんの視線の先を見てみると、そこには一人の女の人が立っていた。彼女は私と似た真っ白の髪に兎のような耳を生やした人物であった。彼女は私を抱えたまま着地をするプラントさんに向かって言い放つ。
「ねぇ!勝手な事しないで!誰にも接触せず移動する予定だったじゃん!」
「ゴタゴタ言うな、少しだけだ。これ以上寄り道はしない」
そう言うと、プラントさんは私を下ろしてその場を去ろうとする。そんな彼の背中に私は言葉を投げかけた。
「お願いプラントさん!今…私達の国が攻め込まれてるの!皆んなを助けてあげて…!」
「………」
「駄目だよ」
プラントさんの代わりに、見知らぬ女の人が拒否する。彼女は私とプラントさんの間に立つと、座り込む私に言った。
「引き返すのは私との契約違反。私達は今プラントさんの夢を守る為に動いてるの。だからこれ以上は貸せない」
「そんな…プラントさんはそれで良いの…!?仲間達の命が…!」
「勘違いするな」
プラントさんはそう冷たく言い放つ。
「俺はあくまでも目的の為に同行していただけだ。仲間内の情なんてものは無い」
「でも…それは…!」
「諦めろ。俺は何を差し置いても、願いを叶える。今日から俺はお前達の敵だ」
「………」
「…だからこれが最後だ」
「え…?」
プラントさんは兎耳の女性を押し退け、私の方へと歩み寄る。そして、私の首に固定された首輪に手を伸ばした。
すると彼が首輪に触れた瞬間、何だか身体が軽く感じた。その感覚に驚いて反射的に首元を触ってみると、例の首輪は消えていたのだ。
「無くなった…?」
「ちゃんと周りを見ろと警告したばかりだぞ、馬鹿野郎が」
「あ…」
視線を上げると、プラントさんの顔が目に映る。そして、彼が先程まで私の着けていた首輪を身に着けている様も。首輪は消えたのではない、彼の首へと移動したのだ。
「この瞬間、お前と交わされていた契約は俺のものとなった。…成程、今の奴らの仲間になるという契約か」
「プラントさん…!どうして…?」
「口を動かす前に足を動かせ。今、契約によって俺達は敵となったんだ。…お前への殺意が収まらない」
そこで私は、彼の腕がぷるぷると震えている事に気が付いた。恐らく寸前の所で意識を保っているのだ。まだ、私を攻撃しないように。
そうして苦しみで顔が歪む中、彼は言った。
「行け。引き返して仲間達を助けられると思うな、お前は弱い。たった一人でも生き延びろ。お前が無事に生きている事、それが奴らの『希望』だ」
「私が…」
「俺が最初にお前に言った事、覚えてるか?」
「最初に…言った事…」
「『生きてりゃ可能性は無限にあるが、死ねば骨しか残らねぇ』。お前が今すべき事は死にに行く事じゃない。生きて、逆転の可能性を掴む事だ」
「…ありがとう、プラントさん」
「チッ…黙ってさっさと行け」
「駄目よ…!」
過呼吸気味にそう叫ぶのは、お母さんだった。彼女は癇癪を起こしたように指と首をめちゃくちゃな動かし方をし、じりじりと歩み寄る。
「ようやくまた逢えたのに…再び私の元から離れてくというの…!?駄目よ…逃がさない…!」
「シロ」
「な、何?」
「お前との契約もここまでだ。俺は奴らの仲間となる」
「…君は相変わらず勝手なんだから!」
「じゃあな、シロ。…餓鬼、てめぇもせいぜい生き残れよ」
「うん…ありがとう」
彼らをその場に残し、私は一心不乱に走りだした。何処へ逃げるか、そんな事を考えている余裕すら無い。今私に出来ることはとにかく安全な場所まで逃げて、皆んなを助ける糸口を得ることだけだ。その為に、生きなきゃならない。
あの日、私は歩く事すら出来ずに泣いていた所をプラントさんに助けられた。だが今は違う。自分の足で、たった一人でやらなきゃいけないのだ。
…そして一人ぼっちのまま逃げ続け、二週間の時が過ぎた。




