国の崩壊
「リィちゃんとアカマルは何処…?ロナウドさんはどうしてここに…?」
「オイオイ、質問は一つに絞ッてくれヨ!俺様の頭じャパンクしちまウ」
そんな冗談を飛ばしながらもロナウドさんはニヤニヤと笑っている。そんな彼に、私は強い警戒心を抱いていた。明らかに異常な状況なのだ。
そうして怯える私を見て、ロナウドさんはより一層楽しそうに笑う。
「ヨシ!じャあこの俺様が今の状況を簡単に教えてやろウ!」
「良いの?私に話しちゃって」
「自分から聞いておいてそりャあねェだろウ?というのもわざわざおめェに話してやンのには理由があル」
「理由…」
「単刀直入に言おウ。今、俺達ネバーランドの住人達は騎士団と協力関係を結んでいる」
「え!?」
その発言に私は耳を疑った。騎士団は国を守り、人類にとって最大の脅威である魔族を滅ぼす為に存在する組織だ。にも関わらず、魔族と協力しているというのは随分と妙な話だ。あのシャンさんの殺意を見てしまったからには、どうしても騎士と魔族が手を組む未来が見えないのだ。
「混乱しているようだナ!無理もねェ、俺様も混乱したからナ!」
「でも、どうやってそんな事…!」
「蓋を開けば理由は単純ダ。『魔族以上の脅威』が共通の敵として存在していたからダ」
「魔族以上の…脅威?」
「国王リィハー・エイレイト。骸骨の魔人、プラント。そして存在してはならぬ天才、イヴ・ヴゥイム。俺達はこの三人を始末する為に手を組んだのヨ」
「どうしてその三人が…いや、そんな事はどうだっていい!」
私はロナウドさんにくるりと背を向け、一歩を踏み出した。
「皆んなが狙われてるなら早く助けに行かないと…!」
「お前みてェなちッぽけリトルガールじャ俺様からは逃げれねェヨ。どうせ逃げれねェならせめて話だけでも最後まで聞こうゼ?」
「…話って何?」
「よくぞ足を止めてくれタ!聡明だぜェ、お前」
ロナウドさんはもたれかかっていた木から離れると、落ち着いた足取りで私の方へと向かってくる。そしてうねうねと腰を動かしながら両手を広げた。
「えッと、ギャギャだったか?」
「キャロです」
「ギャロ。お前俺達の仲間になれ」
その発言に、私は眉をぴくりと動かした。
「その誘いに乗る訳ないのは明白でしょ?」
「ンな事は俺様にだッて分かるゼ?ただ、このままだと大事な仲間達が死んじまうゾ?ターゲットである三人以外の事なら俺様が何とか庇えル」
「リィちゃん、プラントさん、グロテスクさんを見捨てろと?」
「全員を見捨てるか三人を見捨てるかッつう話だゼ?ザッと二十分前ぐらいだッたかな、シャンッて奴がお前らの国の結界を破壊し、大勢の騎士と俺様の仲間を連れて突入していル。話によるとおめェら、シャン一人の手で全滅しかけたそうじャねェカ」
「………」
「騎士団とネバーランド、両方を敵に戦えンのカ?」
彼の言葉に私は黙り込んでしまう。確かに彼の言う通りだ。アカマルは鬼の力を失い、シャンさんだけで手一杯なのに他の騎士達も攻め込んでおり、更にはロナウドさんの仲間も加勢しているというのだ。彼の仲間達がどれ程の実力者なのかは知らないが、少なくともメアリーさんもその中には含まれているのだろう。
もう、何がどう転んでも事態が好転する事はない。そもそも向こうは何の利があって私を仲間に引き込もうとしているのかも分からない。だからせめて、今の私に出来る事と言えば…
「…分かった」
「オ?」
「あなた達の仲間になる…だからお願い、皆んなの事は見逃して」
「ガッハ!やッぱり賢いぜお前ェ!」
「ただ…条件がある」
「ン?」
〜〜〜〜〜〜〜
「はぁっ…はぁっ…!」
「『レインボーレインアロー!』」
「しつこいぞ…!たわけが…!」
破損したボディーから回路が剥き出しとなり、ワシが身体を動かす度に中から垂れたコードが揺れる。しかしそんなワシにさえ情けをかける事なくワシに向かって無数の魔法が降り注いでいた。
「逃がすな!追え!」
「魔の手が民に迫る前に、ここで討つぞ!」
聞き慣れぬ声が辺りに響く中、ワシは近くにあった岩場に身を隠した。いずれここも見つかるだろう。だがせめて今は少しだけでも休みたいとワシは腰を降ろす。
ついさっきまで、この国は平和だった筈だ。強いて言うならプラントが姿を消し、シロという人物の出現によって少し気が張っていた程度か。黒い翼によってクママルが殺される、そんな知らせを聞いて気が気でなかった訳ではあるが。
始まりは数十分前。突然、『この世界』の空が割れたのだ。魔族の国と外界は確かに結界魔法によって分断されている筈。だが…その結界が破られたのだ。ワシは見ていた。結界を破壊し騎士達を先導したのは…シャンだ。
「逆さの砂時計をもっと早くに手に入れていればな…じゃがそんな事を言っても仕方あるまい。とりあえず今は状況を把握するのが先じゃ」
騎士達の突入により、この国は地獄と化した。何処へ行こうにも敵だらけ。魔法が飛び交い、誰も住んでいない民家が破壊されていく。特殊な素材を使っているのか城は傷一つ付いていないようだが、内部へと侵入している騎士達の姿も先程見かけた。
「確か城の中にはイヴが…」
そう呟いた瞬間、ワシはいつの間にか立ち上がっていた。
「安心せい、ウェハヤ。お主の息子はワシが守る!」
「出来ると良いね☆」
「っ!?お主は…!」
「やぁ、久しぶりだねっ」
いつの間にか背後に立っていた彼に、ワシは最大限警戒しながら跳ぶ事によって距離を離した。頬をオイルが流れる中、緊張するワシとは対照的に彼はニヤニヤと前と変わらぬ笑みを浮かべていた。
「シャン…!」
「そんな睨まないでよ。美しいお顔が台無しだよ☆」
「貴様…どうやってワシらの国の場所を特定した!?」
「ネバーランド、という組織からのリーク情報があってね。どうやら君らの内部情報に詳しいらしくてね。利用させてもらったんだ」
「何…?」
「ほら、噂をすればネバーランドの帝王様だ」
シャンが顎でクイと指した方角を見てみると、そこにはフードとローブで全身を隠した一人の男が立っていた。彼は二本の剣を両手に持ち、ローブの影から橙色の眼光を見せていた。
ローブの彼はぺこりと上半身を折って礼をする。
「お初にかかる。騎士達と情報共有をしたので知っている、貴様はプルアだな?」
「誰じゃお主は…」
「失礼した。俺はネバーランドの帝王、ドラゴだ。言うなればそう、貴様らの同業者と言った所か」
「…お主、魔族か?何故騎士と関わりを持っておる?」
「貴様らを滅ぼす為に手を組んだのだ。リィハー、プラント、グロテスク、その三名の首を取れば我々は満足する」
「………」
見て分かる。こいつは…とてつもない実力者だ。シャンに匹敵する程の達人であると、覇気で分かる。向こうが本気を出せばワシ程度一瞬でスクラップにされてしまうだろう。しかも、この場にはシャンも居る。
こいつらを自由にさせておく訳にはいかない。だが…想像し得る最悪の状況に、ワシはどうするべきかも分からずに立ち尽くしていた。そんなワシをシャンは鼻で笑う。
「絶望したかい?女性を苦しませる趣味は無いんだけどね…やれやれ」
「…一つ、聞いても良いか?」
「どうぞ」
「何故寄りにもよってその三名なんじゃ?全滅させるのが目的ではないのか?」
「話す義理はないよ。ね、ドラゴ」
シャンがドラゴに話しかけると、彼は無言で首を横に振った。怪訝そうな表情を浮かべるシャンの事を無視し、彼は口を開く。
「リィハーについてだけは話してやろう。自身の長が何者なのかぐらい、知っておくべきだ」
「ちょっとドラゴ、情報の漏洩は困るよ」
「一般論として、部下というものは主人の為に喜んで捨て駒となるべき存在だ。…果たして命を懸けて守るべき主人なのかどうか、それを知る義務がある」
「まぁいいさ。君の好きなようにしなよ」
少し拗ねたようにシャンがそっぽを向くと、ドラゴは話し始めた。
「リィハー・エイレイトには四つの罪がある」
「四つの罪じゃと…?」
「人間でありながら魔族に肩入れしている事、そして闇魔法の使い手である事。…この二つは言うまでもないな」
「うむ…周知の事実じゃな」
「では、あと二つの罪は何なのか。そのうちの一つの罪に関しては貴様もよく知っている筈だ、ウェハヤよ」
「…ワシについてよう知っとるようじゃのう。勿体ぶらずに話さんかい」
「血筋だ」
その言葉に、ワシは眉をひそめた。
「血筋?…まさか」
「そのまさかだ。心当たりがあるのだろう?血筋が罪であるという存在に…」
ワシはドクドクと高鳴る心臓を抑える。少し、回路がヒートアップしてきたのを感じる。それ程までに、ワシの想像は酷く動揺を誘うのだ。ハァハァと荒い息を吐きながらワシはぷるぷると震える舌を動かす。
「サエル…生まれついての罪人として、ワシらに仕えていた…!」
「そうだ」
「馬鹿な…リィハーも同じだと言うのか!?彼奴も、サエルのように…!」
彼はこくりと静かに頷いた。
「御明答。リィハー・エイレイトはサエル・シュトラールと同じく…」
「っ…」
「この世界を創った『精霊の末裔』だ」
想像通りの言葉。だがしかし、想像していたよりもその言葉はワシの心に重くのしかかる。覚悟は決めていたが、それでもやはり焦りは出るものだ。
「精霊…人知を超えた力を持つ存在で、人類を生み出した者…!そして同時に、人類を裏切った悪魔であるとおとぎ話で語られている…!その力は子孫に脈々と受け継がれ、彼らはその力を恐れた人間達によって支配されるようになったという…」
「『聖水』、という薬があったな。貴様ら貴族は何の罪の無い精霊の末裔を幼少期から働かせ、毎日聖水を飲むよう義務付けた。…寿命を縮める、毒薬をな」
「他の貴族に権威を見せ付ける為に精霊の力を持つ者を手中に収めておきたい、じゃがその強大な力が手に負えない程のものになるのは怖い。じゃから肉体、心、魔力を衰弱される代物である聖水を彼らに飲ませる風習が出来たんじゃ。貴族達にとっては当たり前の話じゃが、何とも後味の悪い話じゃのう」
「それが人間というものだ。全ての人間が悪とは言わない。…だが、大部分が腐っているのは事実だ。家に出来た蜂の巣を駆除する時、刺してくる蜂と刺さない蜂を選定しないだろう?俺達ネバーランドは全人類の排除を悲願としている」
「ならどうして人間と手を組む?」
「先程挙げた三人。…奴らは人間はおろか、魔族さえも滅ぼしかねない力を持っている」
「何じゃと…?」
「俺は魔族の幸せを願っている。だからこそ、危険な存在は排除しなければならないんだ。よって無駄な犠牲となる前に降伏する事を勧める。俺だって無闇に命を奪うような真似はしたくはないんだ」
彼がそう言い終わると突然、乾いた拍手が辺りに響いた。ドラゴがそれに対して不機嫌そうに顔を歪めていると、馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべたシャンが拍手をしながら口を開く。
「ご立派ご立派。ま、どうせ魔族は僕達人間によって滅ぼされるんだけどねっ☆」
「貴様は今魔族の帝王を前にしているという事を忘れるな」
「あら、怒っちゃった?」
「…まぁいい、今は協力関係だ。いがみ合うのは後にするぞ」
「そうだねぇ。それじゃ、とりあえずロボットガールちゃんをどうにかしよっか☆」
いがみ合う二人はそれぞれ剣先をワシに向ける。まさに絶体絶命、どうしようもない状況。全てが終わるかもしれないという焦りと共に足が竦むような恐怖がワシを襲った。
他の皆んなは無事であろうか。ちゃんと逃げ切れているだろうか。アカマル、リィハー、キャロの三人はちゃんと帰ってこれるのだろうか。そんな不安事が胸の中に渦巻いていた。
ユウド編にて軽く触れていたサエルの血筋についてのお話でした。とは言ってもまだまだ分からない事だらけですよね。