家族
「すー…んぅ…?」
ふかふかな感触に私は自分が眠りから覚めたのだという事を自覚した。ここは何処だろうか。自分は何をしていたのだろうか。そんな単純な事さえ思い出せない程に私はぼうっとしていたのだ。
「そうだ、確か昨日プラントさんと話して…それから…?」
ふと横を見てみるとそこには可愛らしい少女の寝顔があった。私が起きた事に気付いて居ないのか、すぅすぅと寝息を立てている。そこで私は昨晩の事を思い出した。
「あぁ、寝れないリィちゃんがやって来て私を部屋に引き込んだんだっけ。余ってた寝間着も貸して貰っちゃって…」
魔族の王とは言っても、やはり本性は甘えん坊の子供だ。隣で寝る友達を見てしばらくニヤニヤとしていたが、ここで私はとある事を思い出した。
「そうだ、服。元々着てた服には確かペンダントが…」
部屋を見渡すが寝る前に畳んでおいた服は何処にも無かった。あの時ホワイトさんを追うきっかけとなった白い宝石のペンダント。昨日プラントさんにあの宝石が何なのかを聞こうとしていたが、すっかり忘れてしまっていた。
「…今、聞けばいいか。とりあえずグロテスクさんの部屋にでも行こうかな。グロテスクさんならプラントさんが何処に居るのか知ってそうだし」
最後にもう一度だけリィちゃんの寝顔を見ると、私はそーっとベッドから降りた。眠りが深いのか目を覚ます予兆すら無く部屋を出る事に成功した私はそのまま昨日通った廊下を歩き始めた。こうして寝間着のままお城の中を闊歩していると何だか偉くなったような気分になる。
そうして例の螺旋階段へと辿り着いた時、私はアカマルと顔を鉢合わせた。
「おっ、キャロ!おはようさん!丁度良かったぜ!」
「アカマルもおはよう。丁度良かったって?」
「さっきからな、プラントの奴とグロテスクの奴が研究室で小難しい話をしてやがったんだよ。その間暇だったから腹筋してたんだがな、キャロを呼んでこいと指示されたから来たんだ!話によると王と仲良くなったみたいじゃないか?」
「うん、今や仲良しだよ。…それよりあの二人が私を?何で?」
「よく分かんねぇけど、お前の村がどうたらこうたら…」
村という単語に、私は目を見開いた。
「もしかして村人達の生き残りが!?」
「んー…あの感じ、多分違うな。殆ど聞き流してたから分かんねぇけどよ…キャロ」
「うん?」
「お前がどういう境遇なのかだけはちゃんと聞いた。辛ぇよなぁ。とーちゃんもかーちゃんも友達も死んじまってよ…」
「そう、だね。どうしてこんなにも明るく振る舞えてるのか、自分でも分からないよ。実は元々皆んなに対する情が薄かったのか。でも…今でもあの事を思い出せば胸が締め付けられるんだよ。出来るだけ考えないようにはしてたんだけど…」
「まぁ、なんつーかな。私もまともな環境では育ってないからよ。少しだけなら気持ちを分かってやれるぜ?」
「アカマルも?」
そうだ、未だに慣れてはいないがプラントさんが言うには魔族は生まれついての魔族ではないのだ。鬼、つまりは魔人であるアカマルだって元々は人間だったと考えると、異形である彼女の人間味が増していく。
「生まれた時にはもう既にとーちゃんは死んでた。かーちゃんも忙しかったからあんまり構ってくれなくてな…気が付けば死んじまってたよ。友達でさえも、魔族になっちまった以上もう会えやしない。そりゃそうだ、もう人間じゃないんだから」
「アカマル…」
「なぁキャロ、知ってるか?親を失った子供達が集まる施設があるらしいぜ。そいつらは共に暮らす赤の他人共を『家族』と呼ぶ。はぐれもんの私達も…そう呼びあって良いんじゃねぇか?」
そう言って彼女は笑う。たった一日の短い付き合いでも、彼女がどういう人なのかは分かる。今の私に残された唯一の仲間達。そんなアカマルにかける言葉はもう決まっていた。
「…うん!家族として、友達として、仲間として、改めてよろしくね!アカマル!」
「へっ、さっきより良い顔してるぜ!こっちこそよろしくな!」
「こら!お母さんに対してその口の効き方はなんなの!」
「お前がかーちゃん役なのかよ…!?す、すまねぇかーちゃん…」
「分かればよろしい」
つい冗談を飛ばしてしまったが、これは居場所を無くした私への彼女なりの気配りだ。会ったばかりの見ず知らずの子供を案じ、そこまでの事を口にしてくれるその行動は…素直に嬉しかった。心の何処かではまだ、『故郷が魔族に滅ぼされた』だなんて考えは捨て切れなかったのだ。だからこそ、彼女が改めて味方である事を告げてくれて、少し安心した。
娘役として縮こまっているアカマルに微笑みかける。
「ありがとう、アカマル。初めてアカマルが大人のお姉さんだって思ったよ」
「ったく、尊敬が無いからさん付けしないだか初めて大人だって認識しただか失礼な奴だな」
「褒めてるよ。それだけ親しみやすい人って事なんだよ」
「私様はもっとこうな…皆んなに恐れられる鬼の王になりたいんだよ!親しみは余計だ!」
正直、彼女の陽気さでは恐れられる存在になる事は不可能だろう。確かに彼女の姿を初めて見た時はそれなりに警戒したものだが、彼女と話している内にすぐ打ち解けてしまった。不貞腐れる今のアカマルの姿だって威厳もへったくれもない。
「アカマルはアカマルでいいんだよ。無理して怖くならなくたって」
「んあ…おう」
「うん?どうしたの?歯切れが悪いよ?」
「いや…懐かしい言葉だなと」
首を傾げる私に対し、彼女は頭を搔いた。バツが悪そうに目を逸らすと彼女は小さく言う。
「昔な…『お前はお前だ』って言われた事があってな…それがちょっと…トラウマで…」
「…何でそれがトラウマになるの?」
「まぁ良いだろ私の話なんて!いいからさっさと馬鹿共の方に行ってこい!」
そう言うと彼女は急かすように私の背中を押した。確かに彼らを待たせては悪い、最悪プラントさんに罵倒されてしまうと大人しく言う通りに研究室へと向かう事にした。
だが…どうしてもアカマルの様子が気になり、階段を少し降りた所で私は止まる。果たしてアカマルの方へと戻るべきかどうか悩んでいると、上の階層から独り言が聞こえた。
「なぁ…どう見ても違うだろ?私は私なんかじゃない…」
「………」
「私は魔人、オーガ。ただそれだけの存在だ」
その時のアカマルの声はまるで別人かのように冷たかった。会って初めて聞くような声。それに動揺していると脳裏にリィちゃんの言葉が響く。
『魔族という存在の根っこには深い闇があるから。あの三人も心が強いから今は何とかなってるけど、いつ心が壊れて人を襲うようになるかも分からない。魔族は普通の生物とは違う、矛盾だらけの生き物なんだ』
私は黙ったまま、階段を駆け下りた。アカマルの心にはまだ、私なんかじゃ触れられないから。