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少女は魔族となった  作者: 不定期便
箸休め編
89/123

黒い翼と奇形児

「死んでいた…か。クママルがのう…」


キラキラと空に浮かぶ満天の星空を見つめながらふと、言葉を零してしまう。イヴの言っていた突拍子の無い事実に胸がざわめいて、どうにも電源を切って夜を過ごす事に抵抗があったのだ。友が死ぬと告げられ、複雑な感情がワシの中に溢れる。


イヴはあの時、こう続けた。


『大空に羽ばたく真っ黒な翼を前に、クママルは心臓を貫かれて倒れた。たった三秒で得た情報はそれだけだ。…これはあくまでも、シロさんの世界で起きた出来事。絶対に阻止する、だから悲観しないでくれ』


「やっぱりイヴは強がってばかりじゃよなぁ。あんな顔で言われても安心出来んわい…」


当の本人であるクママルはイヴの告白に対し、何かを言うでもなく反応を見せるでもなくただ立ち尽くしていた。きっと、自分の未来に覚悟を決めていたのだ。だがそれでも…仲間を失うかもしれないという不安に勝つ事など、ワシには出来ない。


「黒い翼…か」


皆が寝静まる夜の中、ワシは朝日が昇るまでこの星空を見続けていた。


〜〜〜〜〜〜〜


『はぁ…』


扉の向こうでため息をついたその人物の足音は止まり、ガチャリと鍵を開ける音が部屋に響いた。ギィィという耳障りな扉の開く音にそちらを見てみると、そこには蝋燭を持ってこの部屋を照らす一人の中年女性の姿があった。彼女は転びそうになりながらもこちらの方へとゆっくり歩いてくる。


『よしよし…良い子にしてるわね。私の愛しい天使ちゃん』


私には似つかない、茶色い髪の毛の彼女は私と目線を合わせる為にその場へと屈む。そしてゆっくりと蝋燭を床へと降ろすと、彼女は私と外界を分断する『鉄格子』に頬擦りをする。


『ねぇ聞いて。村の人達ったら酷いのよ。口を揃えて《アースの儀式》にあなたを使おうですって。でも安心して、絶対にそうはさせないから。世界中が敵になったってお母さんだけはあなたの味方よ。愛してるもの』


『愛している者が自分の娘を地下牢に閉じ込めるのか?』


低く、とてもしゃがれた男性の声であった。その声に彼女が振り向くと、そこには廊下の明かりを背に受けながら私達の方を見る、腰と膝の曲がった老人の姿があった。彼は憎しみとも言えるような感情を瞳に宿らせ、牢に入れられた私の事を睨む。


そんな彼に、女性は反論した。


『違うわ。この牢は宝箱よ。誰だって大切なものは宝箱に仕舞うでしょう?私も同じ、宝物を大切に保管してるだけなの』


『そこまで大切なら何故食事を与えない?』


『ちゃんと与えてるわ。二日に一回。あんまり食べすぎて太っちゃったら嫌だもの』


『なら首に繋がれた首輪と鎖は?』


『愛の印よ。ああやって繋がれておけば、いつでも傍に私が居るって気持ちになって、安心するでしょ?』


『いい加減にしておけよ、ラディ』


男は感情を怒りに任せたように言葉を吐くと、骨と皮しかないようなその拳で鉄格子を殴った。その音に驚いて私は涙を流してしまうが、そんな事も意に介さずに彼は続ける。


『いつまでそうやって母親面しているつもりだ?こいつは儀式の為に産まれてきた、忌むべき存在だ』


『お義父さん、そんな酷い事言わないで』


『分かってるだろう?もしこいつを地下室から出せば他の村民達に何をされるか分かったもんじゃない。だから閉じ込めているんだ。こいつは人間の世界に必要の無い、《奇形児》だ』


『奇形児だったとしても私の娘だわ。…お義父さんでも、これ以上口を挟むなら許さないわよ』


『ちっ…』


苛立ちを隠せない様子で老人はドカドカと大きな足音を立てて部屋から出ようとする。しかし廊下に出る直前、彼は足を止めて彼女に指を指した。


『良いか?この世で最も重要な事は人間らしさだ。誰よりも人間の幸せを願い、誰よりも人間らしく生きる事こそが真の幸せだ。これはかつて騎士として魔族を何千体も殺してきた、ワシの言葉だ。人間こそが至高なんだ。人間でないものは命を天へと還元し、人として生まれ変わるしか救いの道はない』


『私の娘が人間じゃないって言いたそうね』


『歪に産まれたそいつが人間な訳があるか!』


そう吐き捨てると、壊れそうな勢いで彼は扉をバタンと閉めた。そんな彼を意に介さず、女性は私をうっとりしたような目で見つめる。


『奇形児でも良いじゃないの。だってあなたは私の血を引いた、世界一可愛い女の子なんだから』


彼女はにっこりと笑い、こちらへと微笑みかける。深い闇を含んだ目。だがそれでもその笑みは疑う余地が無い程に、幸せという感情を映し出していた。


『愛してるわ、キャロ』


〜〜〜〜〜〜〜


「お母さ…」


言葉を口にした事で、私は自分が夢から覚めたのだと自覚する。目を擦って周りを見渡しても日光を遮る壁なんてものは無い。何だか見覚えのあるような木々の並ぶ、強風の吹く森の中だ。


恐らく、私が今見ていたのは遠い昔の記憶。自分でも覚えていないような赤子の時の話だ。毎晩お母さんの言われた通り地下牢で過ごしてはいたが、日中は外で友達と遊べていた。以前はほんの一時でも外に出る事が許されていなかったのであろうか。


『奇形児』。身に覚えの無いその言葉が頭に過ぎった。


「…そうだ。そんな事より、私は今何をしてるんだっけ?確かムッテから帰ってる途中で…リィちゃんとアカマルは?」


しかし周りを見渡しても彼女らの姿は無い。それどころか乗っていた筈の馬車すらも消えており、私は地面に寝転がっていたのだ。私は何だか妙に痛む頭を押さえて立ち上がる。


「この森…多分私達の国の近くの森かな。二人が何処に行っちゃったのかも分からないし、歩いて帰らないと…」


そう思い、一歩を踏み出した時であった。私は前方に見える一本の木を見て思わず絶句した。


そこには…大木に寄り掛かる大柄の人物の姿があった。彼は腕を組み、軽いタップダンスをする陽気な佇まいの者だ。そんな彼は全身から毛を生やしており、その大きな口角を上げて真っ白な歯を見せ付けていた。


その人物からどことなく感じる面影に、私は恐る恐る口を開く。


「ロナウド…さん?」


「オウ。久しぶりだなァ!この姿で会うのは初めてだッたカ?」


「っ…」


ウニストスへ侵入していた魔族のうちの一人、セクシー。思わぬ人物との遭遇に私は冷や汗を流した。


リィちゃんとアカマルは何処へ行った?

『人間らしく』。それは少女が人生で最も聞いた言葉。

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