『番外編』静かな灰色
今回は本編とは直接関係の無い、番外編となります。よく一緒に性癖について語り合う友人から『シズグレまだ?』と言われまして、恋愛話が好きな私はウニストスでの話が終わったら書こうと決めておりました。
よって、今回はシズカとグレーの恋愛話となります。読まなくても物語上支障は出ませんが、良かったら是非読んでいって下さい。
「はぁ…全く何を考えてるのよ…」
生徒会室にて。俺、アガリ、グレーさんの三人で黙々と作業をしている時の事であった。一言も発さずにひたすら書類を整理していたグレーさんは突然ため息を漏らす。そんな彼女の声には呆れたような感情が入っていた。
その独り言に、俺とアガリは顔を上げた。
「グレーさん、どうかしたのか?」
「悩み事があるなら俺達が何でも聞くぞッ!」
「あ、ごめん声に出ちゃってた?別に大した事じゃないよ」
「そうか?なら良いんだけど…」
「うむ…だが何かあったら気負わずに相談するんだぞ?俺達は仲間なんだからなッ!」
「うん、ありがと」
そうして話が纏まり、一同が再び作業を再会しようとしていた時であった。俺はふと壁時計を見て呟く。
「そういえば会長まだ来てないな…」
「会 長 ?」
会長という単語に反応し、グレーさんは恐ろしく低い脅すような声で、俺の方をギロリと睨み付けた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、俺の背筋は恐怖で凍る。
そんな中、アガリは冷静に口を開いた。
「何か会長が関係しているのか?まさか…喧嘩でもしたのか?」
「いや違くて…あぁもう!こうなりゃ話してスッキリしてやる…」
持っていた書類を机に置き、グレーさんは隣同士で座る俺達の方を見る。そんな彼女に、俺達も動かしていた手を止めた。
彼女は語り始める。
「さっきね…部費について美術部に相談しに行ったの」
「美術部?…確かテンメイも通っていた部だな」
「そうなの!そのテンメイなの!はぁ…」
「グレーさん、少し落ち着いてくれよ。気を紛らわす為に俺がハーブティーを淹れてくるからさ」
「茶葉ならメアリー君が全て去り際に持って行ったぞ。王都にしか売っていない高級品故にまだ補充していない」
「ぐっ…メアリーの気を引こうとお茶の淹れ方を完璧に仕上げてきたのに…」
「普段お茶を淹れてくれたのはメアリー君だからな。お茶を淹れる際二人きりになろうと画策していたのだな」
「…と、話が脱線しちゃったな。グレーさん、続けてくれ」
俺がそう言うと、彼女はまた大きな溜め息をついた。
「いや…あながち脱線もしてないんだよ」
「「え?」」
「…あれはそう、美術部の部長と話し合いをした帰りの時の事だった」
〜〜〜〜〜〜〜
『ふぅ…何とか話が纏まったわ。満足満足』
美術部の部員達がそれぞれ一心不乱にデッサンやら陶芸やら粘土作りやらをしている中、私は伸びをしながら美術部の部室を後にしようとする。後は生徒会室に戻って作業をするだけ。もう少しだけ頑張ろうと思い拳を握りしめていた時の事であった。
部屋を出ようとする私を、一つの声が呼び止める。
『やぁ、グレー君。丁度良かった』
その声の主はこちらを見る事もなく、ただただ絵を描いていた。女性らしい手入れのされた長い金髪に、真っ赤なベレー帽。その人物が私のよく知るテンメイだという事は後ろ姿だけでも直ぐに理解出来た。
『精が出るね。けど、丁度良かったって?』
『ボクは今、新しいジャンルに挑戦しているんだ。その題材として、君が相応しいかと』
『何?美少女の絵でも描こうとしてるの?』
『その必要は無い。ボクは女性以上に美しい、よってその場合は鏡を見れば良いだけだ』
『実際見た目が女の子らしいだけに腹立つな…』
私はテンメイの方へと歩み、彼の隣に立つ。
『それで、どんな絵を描こうとしてるの?』
『愛だ』
『は?』
『ボクは今まで、洗脳してきたメアリー君を除けば芸術に対する愛しか抱いた事がない。しかし…人という生き物は人を愛するように出来ている。もし全人類がボクのように他人に興味が無ければ人間は滅んでしまうからね。だが、その一方不思議な事もある。どうやら最近、とある有名作家の書いたラブロマンスが生徒達の間で流行っているようだ。自分に関係の無い、ただのキャラクターである男女が結ばれるのを見て人々は喜び、感動で涙さえ流す。その光景を見て、ボクは愛という概念は侮れないと感じたんだ。だからこそ、一つ試しに愛をテーマに作品を作ろうかと考えている』
『あんたが人の心が無くてお喋りって事は分かったけど…その流れでどうして私に流れ弾が行くのよ?メアリーに恋してたタクアガリとか居るじゃん』
『本当にそうかな?ボクが愛について考えた時、一番最初に浮かんだのが君の顔だ』
『はぁ…?』
『シズカを愛しているんだろう』
『は…』
予期せぬ言葉に、私の頭は真っ白となった。全身から力が抜け、まるで現実味を感じられない。今の私が感じているのは顔が熱くなるその感覚だけだ。
そしてようやく意識を取り戻した時、私は動揺して声を荒らげた。
『ななっ何を言って…!そんな訳ないでしょ!?シズ…会長とは家族みたいなもので…!』
『恋愛感情というものが分からないボクでさえメアリー君の下僕と化したのにも関わらず、君は常に平常心だったね?それはどう説明するのかな?』
『ぐっ…』
『という訳だ。君の事を題材として書かせて欲しい』
『でも…そんなの困るし…会長にも悪いし…』
『そうか。なら無理は言わない。その場合は代わりとしてもう一つ描きたかったテーマを形にすればいい』
『…もう一つのテーマ?』
『そうだ。シズカと結ばれる作品が彼に迷惑をかけるというならば、こちらの方にしておけば迷惑はかからない』
『で?それはどんなテーマなのよ』
私の問いに対し、テンメイは顔色一つ変えずに淡々と言い放った。
『愛というものは必ずしも成就するとは限らない。ズバリ、ボクは失恋にも興味があるんだ。君がシズカに求愛するが、彼には既に想い人が居る。そんな絵を描こうと…』
『…うの』
『ん?何か言ったかな?』
私はとぼけた顔のテンメイを睨み付けると、熱くなる目尻を指で拭きながら彼に怒鳴った。
『何でそんな事言うの!最低!』
『どうしたんだ、何をそんなに…』
『もう知らない!じゃあね!』
『待ちたまえ、グレーく…』
美術部部員達全員の視線が集中する中、私は走ってその場から逃げ出した。
〜〜〜〜〜〜〜
「うわぁ…テンメイあいつ人の心無さすぎるだろ…」
「ほんっとそうだよね!さっきまで冷静になってたけど…思い返すだけでムカムカしてきた!あぁもう今から街に出て子供成分吸収してこようかな…」
ナチュラルに犯罪予告をするグレーさんを前に、俺とアガリは顔を見合わせる。きっと、今アガリは俺と同じ事を考えているだろう。互いを理解し合って頷き合う俺達を、グレーさんは怪訝な目で見つめた。
「何?」
「いや…とうとう白状したなと思って」
「うむ…」
「白状?何の話?」
「だって…さっきの話で怒るって事は、シズカさんに恋してるって言ってるようなもんだろ?もし恋心を抱いてないなら別に自分が失恋する絵を描かれたってそこまで怒らないだろ」
「………」
グレーさんは何も答えず、くるりと回ってこちらに背を向けた。そうして黙り込む彼女の背中に俺は言葉を投げかけた。
「正直、前々から気付いてたぞ?」
「うむ。だからもう正直になって良いんだ、副会長」
「ふーん。知らないもんねー」
「何を子供みたいに…俺達に手伝える事があるなら何でもするぞ?」
「どうせ私は魅力の無い女ですよーだ。会長は他の女の子とイチャコラしてれば良いんだよ、ふん」
「アガリ、俺こんなグレーさん初めて見たかも」
「俺もだ…」
「会長はどうせ今もお似合いの誰かとラブラブしてて遅れてるに違いない。絶対そう」
「あーもう…機嫌直してくれよグレーさん」
「ふん」
そうして困り果てる俺とアガリ、そして当の本人であるグレーさんの間に気まずい空気が流れている時であった。ガチャリと扉を開く音が部屋に響く。
「………」
部屋に入ってきた人物、それは丁度噂をしていたシズカさんであった。当然何も知らない彼は相変わらずの無表情で自分の席へと向かう。
そんないつも通りに自分の仕事を始める彼を見て、グレーさんは立ち上がった。
「会長。…何かあった?」
突然そう切り出すグレーさんに、俺とアガリは目を丸くする。何も言わず、表情一つ変えないシズカさん。そんないつも通りな彼の姿を見て、彼女は違和感を感じたというのだ。流石にグレーさんの気の所為だろうと信じられなかったが…
シズカさんはこくりと小さく頷いた。
「やっぱり。悲しい顔してたけど、一体どうしたの?」
「………」
やはり、シズカさんは何も言わない。しかしそれにも関わらずグレーさんは納得したような顔でシズカさんに近付き、彼の手を引いて椅子から立たせた。
「ここじゃ話しにくいみたいだし、ちょっと会長と一緒に人気の無い所行ってくる。すぐ戻ってくるから待ってて」
「あ…おう」
「それじゃ会長。行こっか」
そう言い残し、グレーさんは会長を連れてスタスタと生徒会室を出て行った。そのあまりにも当たり前かのように行われた一連の流れに、俺とアガリは呆然としていた。
「…普通あれ見てシズカさんが落ち込んでるなんて分からないよな?」
「うむ…どうやら副会長には我々一般市民にはない機能が備わっているようだ…」
「正直、どう思うよ?」
「お似合い…としか言い様がないな。寧ろ他に選択肢が無いぐらいだ」
「そうだよな…」
〜〜〜〜〜〜〜
「よし、ここら辺でいいかな?」
ここは校庭の端にある、小さな林。木々の間から射し込む木漏れ日と寝るのに最適なふさふさの雑草達。ここは私のお気に入りの場所ではあるのだが、どうにも人がやって来ない。来たとしても一ヶ月に数回誰かが休みに来る程度だ。恐らくは大規模なウニストスを彷徨い、ようやく外に出たと思ったら校庭の端まで来なければならない、ここはそんな場所であるからこそ滅多に人が寄り付かないのだろう。
先程のシズカの様子を見るに、どうやら話しずらい話題のようだ。よって、ここ以上に最適な場所はそうない。そんな静かな林にて、私はシズカの顔を見た。
「それで、話って…」
「…グレー」
突然襲う暖かい感触に、私は理解が追い付かずに目をぱちくりとさせた。普段はオドオドしていてあまり積極的に行動を起こさない、シズカ。そんな彼は…私の事を強く抱き締めていた。
「はえっ…え?どういう…急に…?シズカ…?」
「グレー…」
「な、何…?」
「僕は今まで、ずっとグレーに支えられてきた。僕にとってグレーは居なくてはならない、大切な存在だ。グレーはあの家から救ってくれたヒーローであり、ずっと一緒にやってきた相棒だと思ってる」
「シズカ…」
「だから、僕はグレーの役に立ちたい。頼りないかもしれないけど…辛いなら頼っていいんだ。泣いても良いから、何があったか話して」
「…ん?」
彼の発言の意図が分からず、私は目をぱちくりとさせた。
「何があったか話してって…どういう意味?」
「さっき美術部の人から聞いた。グレー、部室から怒鳴って逃げたんだよね?今までグレーがそんなに取り乱した事なんてなかったから、心配で」
「…あー」
私は思わず彼から視線を逸らす。確かに普段あそこまで感情的になる事も無ければ、今彼が話している事も全て事実である。しかし…『シズカに失恋する話をされて腹が立った』だなんて馬鹿正直に言える訳がない。この状況でそんな事を言ってしまえば恐らく恥で心臓が停止するだろう。
だがそんな事実も知らず、シズカは優しく私の事を抱き締めていた。これは私が期待していたような恋愛的行動ではなく、私を安心させようとしているのだ。彼の配慮は嬉しいのだが、何だか同時に期待させやがってという気持ちも湧いてくる。
そんな彼は心配そうな声で続けた。
「ホワイトさんとは連絡が付かなくて、他に家族も居ない。だから今グレーにとって一番身近な家族は僕だと思う。無理にとは言わないけど、苦しい事を晒してもいい仲だと僕は思ってる」
「はぁ…シズカって本当に、純粋だよね」
「え?」
「…一人で勝手に落ち込んでたのが馬鹿みたいに思えてきちゃった」
私の態度に、彼はぽかんとした。冷静に考えてみればそうだ。こんな一番近くに居る私の想いにすら気付かない、乙女心を何一つ理解していない口下手な彼が誰かのものになるだなんて、考えが飛躍しすぎていた。勝手に感情的になっていた自分を恥じてしまう。
だが…正直、悪くないとは思う。彼が私に抱いている感情は、私の彼に対する気持ちとは違う。しかし、彼は私の事を心配し、想ってくれていた。この今の抱き締められている状況だって…本音を言えば少し、心地良い。他の誰にこうされてもここまで満たされた気持ちにはならなかったであろう。
私はそっと彼の背中に手を回す。
「こうなったのもシズカが原因なんだからね。罰としてもう少しこうしている事。いいね?」
「僕が原因?…よく分からないけど、ごめん」
「謝らなくていいの。それでも半分以上は私が悪いんだし」
鈍感な彼はぽかんとする。全く…これだからシズカは困る。私の事を心配する癖に、私の気持ちなんて何一つ分かっちゃいない。本当に馬鹿で…実に彼らしいその行動が、愛おしかった。
そんな彼の大きな腕に包まれて芯から癒される温もりを感じていると、ふと私はある事が脳裏に過ぎった。
「そういえば…シズカってどうやってメアリーの洗脳から逃れたの?」
何気ない、真っ当な疑問であった。しかしそれにも関わらずシズカは逆に疑問を抱いたような声で返す。
「グレーが助けてくれたんじゃ?」
「…どういう意味?私は何もしてないわよ」
「おかしいな…」
彼は顔を上げ、何かを思案する様子を見せる。そして何気なくその言葉を呟いた。
「メアリーの事を見る度にグレーの事が頭に浮かんで、それで冷静になれた。てっきりグレーが魔法で僕を正気でいさせてくれてるのかと…」
「それって…」
『だから…メアリーが世界一の美人に見えていても、私の気持ちは揺るがなかった。メアリーを好いちゃうのが本能だったとしても、私の指にはもう…赤い糸が絡まってるんだ。…そう、願ってるんだ』
私は突然、メアリーに言ったその言葉を思い出した。私はシズカに対する想いで、彼女の洗脳から逃れた。それは疑いようのない事実であり、自分自身が一番よく分かっている。
だがもし…シズカも同じなのだとしたら…?
「………」
「…グレー?」
「抱き締めるのやめてこっち見たらヘヴンズフレア撃つ」
「何故?」
「良いから…もう…」
頭が熱気でやられそうだ、顔が信じられない程熱い。きっと…今の私は柄にもない表情をしている筈だ。こんな顔を見られてしまったらきっと変に思われてしまうだろう。それ程までに、私の心は動揺と驚きで溢れていた。
もし仮にシズカが私と同じ理由で洗脳を逃れていたとするならば、この恋は両想い…という事になる。だが、あのポンコツシズカの事だ。あの口振りから察するに自分が恋心を抱いていた事にすら気付いていないだろう。
本当に…世話が焼ける。
「シズカ」
「何?」
「…大好きだよ!」
「うん…?こっちも大好きだけど、どうして?」
「ふんっ。教えてあげないよーだ」
「意地悪…」
告白された事にすら気付かない彼は解せないように呟いた。全く、本当に鈍感な奴だ。両想いだったとしても、きっとこの先苦労するだろう。互いの気持ちに中々気付かないに違いない。
ならば…彼の方から気付いてくれるその時まで、ずっと隣に居てやろう。私の気持ちを伝え続けよう。恐らく彼が気付くまでは時間がかかるが…そんな彼を見続けるのも悪くはない。さて、この馬鹿野郎は一体いつ気付くのか、見ものである。
私は上機嫌で彼を抱き締める腕の力を強めた。
「シズカ、これからもよろしくね!」
「…何を当たり前の事を。さっきから何かグレー変?」
「今日はそういう気分だからいいのー。シズカも大人になったら分かるよ」
「大人…」
彼は少し考えると、口を開いた。
「最近グレーの事可愛いって思うようになったのも…大人になったからなのかな…」
「え」
「…グレー?」
硬直する私に、彼は絡めていた腕を離して私の顔を見た。そして目と目が合うと、彼は首を傾げる。
「大丈夫?顔赤いよ?」
「ばっ…かやろう…誰のせいだと思ってんの!かっ、可愛いってそんな…急に言われたら心の準備が出来てないでしょ!」
「グレーだって子供によく可愛いって言ってる」
「あぁもう…!シズカは本当に…!」
私は声にならない唸り声をあげてその場にしゃがみ込む。何も分かってないシズカのくせに、何故だか私の気持ちを翻弄してくる。しかも、真っ赤になった顔も見られてしまった。更に…私に向かって、可愛いと…!もうこの世界から消えていいかな。
そんな私をシズカは心配そうに見つめる。あまりにも純粋な子犬のような眼差しに腹が立ち、私は立ち上がってシズカに飛びかかる。
「こうなりゃ落ち着くまでハグに付き合ってもらうよ…!全部シズカのせいなんだから!」
「いいよ」
「もう…こっちの気持ちも知らずに…!」
両想いなのに遠い、微妙な距離感。やはり鈍感な彼との未来は困難も多い。本当にシズカは何一つ分かってないのだ。
だが…そんな慌ただしい未来も、シズカと一緒ならばきっと明るいだろう。馬鹿でどうしようもない、不器用なそんな彼を好きになったのだ。彼と歩む未来は、でこぼこの道だったとしてもきっと楽しい筈だ。
彼の大きくて逞しい胸の中、私はこれから訪れる未来ではきっと二人で幸せに笑えているだろうと、そう確信していた。そして…その日を、待ち望んでいた。
シズカと結ばれる、その時を。