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少女は魔族となった  作者: 不定期便
箸休め編
85/123

ある日森の中熊さんと

「ふぬ…ふぬぅ…!」


ぷるぷると腹の回路が震えるのを感じる。にも関わらず腹筋を酷使し続け、ワシが身体を動かす度に身体が悲鳴をあげているのが感じ取れた。しかし、止める訳にはいかない。太陽は高く登っているが、朝方から続けているこの腹筋を辞めてしまえば…隣で同じく腹筋をする茶色のずんぐりむっくりに敗北した事になってしまう。


「ふぅ…ふぅ……お主もそろそろ…限界じゃろう…!」


「グルル…!ガウッ!」


「強情な奴じゃ…!ワシがそう簡単に諦めると思うなよ!」


「ガァウ!」


ワシ、機械人形プルアはミチバという老人とウェハヤという名のイヴの父を元にした機械だ。そして隣で対抗心を燃やす巨大な熊、クママルは生前のミチバと因縁がある。よって、熊はどうにもワシの事を好かず、寧ろ敵対心を抱いているようなのだ。


そうして敵視されているうちに…ワシもいつの間にか彼に対して因縁を感じ始めてきたのだ。その結果…キャロ、リィハー、アカマルの三人がムッテへ旅立ってからというもの毎日のように彼と何かしらの名目で勝負するようになったのだ。現在の勝率は半々。ここで彼より先に腹筋を止めてしまえば負け越してしまう。そしてそれは向こうも同じで、だからこそ引き下がれずにここまで戦いが長引いているのだ。


いくらワシが機械の身体と言えども、流石に限度というものはある。それにイヴの天才的な頭脳によってほぼ人間と変わらないような身体なのだ。筋肉が限界を迎え、体内から滝のように湧き出るオイルがワシの肌と軽装であるタンクトップをびっしょりと濡らした。ふと隣を見てみると筋肉隆々の獣も流石に疲れてきたようで、彼の体毛は汗でスベスベになっている。


まさにプライドを賭けた、負ける訳にいかぬ男と男の真剣勝負。どっちが勝ってもおかしくない、まさに名勝負だ。もう少し、せめて一回だけでも奴より多く、そんな信念を抱えてワシは腹筋を続ける。


だが…根性だけで動かし続けてきた身体はとうと限界を迎えた。ほんの少しも身体を動かせなくなり、ワシは大の字になって倒れ込んだ。そう、ワシは負けてしまったのだ。思わず悔しさで歯を食いしばってしまう。


しかし…そこでワシはある事に気が付いた。ふと隣を見てみるとそこには同じように大の字で倒れ込む熊の姿があったのだ。どうやら彼もワシと同じタイミングで限界を迎えて倒れてしまったらしい。


「引き分け…か。お主も中々やるのう」


「ガウッガウッ!」


「ふっ…一旦今日の勝負はお預けじゃ。また明日決着を付けるぞ」


「アオッ!」


震える拳を彼に向けると、奴はワシの拳に肉球を優しくぶつけた。これは好敵手として互いを認め合っている証、そして良い勝負であったという感謝の印でもある。こんなにも疲れているというのに、妙な満足感があった。


そして、その心地良い気持ちに導かれるままにワシは腕で大地を弾いて立ち上がった。その後倒れ込む熊の腕を掴み、彼が起き上がるのを手伝う。


「クママルよ」


「グル…?」


「良い勝負をさせて貰った礼じゃ。戦友として、一緒に美味いもんでも食いに行かぬか?お主の大好きな魚でも獲りに行こうではないか」


「ガウッ!バウワウ!」


「ふぉっふぉっふぉっ。そうと決まれば善は急げじゃ。この出入り専用の魔石を使って外の世界へと出向くとするかのう」


左の手首を掴んで力むと、左手はパカリと良い音を立てて外れる。そして手の中に収納してあった紫色の魔石を取り出すと、外していた左手を元に戻した。


ワシは取り出した魔石に魔力を込める。すると魔石は白く輝き、いつの間にかワシらの事を白い霧が包んだ。そしてその霧が晴れるや否や、ワシらは外界の森の中に立っていた。移動は成功したのだ。


「さて…それじゃあ川まで行くかのう。とは言っても川が何処にあるのかも分からん訳じゃが」


「グル…」


「まぁ、歩いていればそのうちどっかしらの川には着くじゃろ。さて、現在時刻は…」


手の甲を爪で叩くと、皮が開いて中から小さな時計が現れる。現在時刻は十四時四十六分。魔族の国へと入る際には時刻がゾロ目でなければならぬルールがあり、次に戻れるのは十五時五十五分だ。まだまだ一時間以上時間は残っている。


「うーむ、それにしても妙じゃなぁ」


「ガル?」


「わざわざ限られた時間にしか入れないようにしているのは、何者かに出入り用の魔石を奪われても簡単に侵入されないようにする為じゃろう。しかしわざわざゾロ目の時刻を条件にするというのは引っかかるなと思ったんじゃよ」


「ガウ」


「何じゃったかなぁ…確か昔の伝承にな、幸運を司る不思議な民族の存在があったような気がするんじゃ。そして確かそこではゾロ目というものは特別な数字とされており…とかなんとかっちゅう話があったんじゃよ」


「グオォ…」


「む、すまんつまらん話をしたな。ふと思い出した話を口に出してしもたわい」


やはり老人になるとお喋りになってしまう、そう思いながらワシは熊と共に森林の中をゆったりと進む。やはり、自然の中を散歩するというのは気分が良いものだ。加えて水場を探すという目的があるのも良いモチベーションとなる。


そうして機械と熊という歪な組み合わせの二人でしばらくの間森の中を歩き続けた。不要な言葉は交わさず、ワシらはただただこの時間を楽しんでいたのだ。時折ワシが茶や薬に使える野草を集めたり、熊の方は蝶々を追いかけて走り回ったりもするその時間も気楽で何だか芯からほっと出来た。


そう、森の中であるものを見つけるまでは。


「ん?向こうで何か黒っぽいものが動いたような…」


「グウ?」


「気になるのう。どれ、少し追ってみるか」


ワシはひょっこりと木の影から身を乗り出し、視界の端で動いた黒い物体が移動した方を見てみる。するとそこにはパタパタと小さな羽を動かして宙に浮かぶ、黒と黄色が入り交じる鱗の生えた、見知った竜の姿があった。そういえば熊と同じく森で出会ったんだよなと思い返しながらワシは手を振る。


「ディドではないか。こんな森で一体何を…」


そこまで言葉を発した時、ワシは思わず青ざめて言葉を飲み込んだ。ディドが浮かぶ、その下の草むらに信じられないような物体が転がっていたのだ。あまりにも現実味の無いそれを見てワシは困惑の色を浮かべた。


その草むらに倒れていたのは…一人の女性であった。その女性の肌はまるで無機物かのように光沢があり、彼女の髪は赤と青のケーブルで構成されていた。そんな彼女は女性としてあまりにも完璧な、まるで作られた存在かのように見る者を魅了する美しさがあった。


…そう、そこに転がっていたのはプルアだった。自分自身が倒れている状況に、ワシは動揺を隠せずもう一人の自分を睨み付けていた。


「どういう事じゃ…?プルアはもう一体造られておったのか?いや、だとしても何でこんな場所に…」


「グル」


「む…気が動転して気付かなかったが、故障しておるな?四肢も外れている上、ボディーは穴だらけじゃ。焦げ目もあるのう」


「ガウッ!グォォオ…!」


もう一人の自分を観察していると、クママルはワシらの周りを飛び回るディドに向かって吠えた。彼がこのプルアを壊したと疑っているのだろうか?…いや、いつからここにあるのかは分からないが、ディドは既にこのプルアの存在を知っており、様子を見に来たという風にも考えられる。悪い奴ではなさそうだが、ディドの感情はどうにも読めないのだ。


「まぁ落ち着けクママルよ。ディドも今発見した可能性だってあるじゃろう?そう吠えるんじゃない」


「グル…」


「な?そうじゃろうディドよ」


「ギャオ?」


「何の話をしているかよく分かってなさそうじゃな」


「ギャオギャオ!」


「…まぁ、敵意のようなものは見受けられんな」


どうやらクママルもワシと同じ見解なようで、彼はまるで謝罪するかのように弱々しい態度でディドの匂いを嗅いだ。そんな彼の鼻をディドは楽しそうに爪で突っついたりしている。


そんな彼らを他所に、ワシは改めてプルアの方を見た。


「とりあえずこれは持って帰るとするかのう。ワシにはさっぱりちんぷんかんぷんじゃが、イヴの奴ならば何か分かるかもしれん」


そう独り言を漏らしてプルアに触れようとした時であった。頭上で一瞬、ガサッという葉っぱが揺れる音がした。その音に嫌な予感がしたワシは考えるより先に足を動かしてプルアから離れる。


すると、ドンという激しい着地音と共に何者かが木の上から降ってきた。落ちてきた一応、そして地面に叩き付けたその拳を見るに明らかにワシの事を狙っていたのであろう。


「…お主、何者じゃ」


その人物は…スラリと背の高い女性であった。彼女は長い白髪をたなびかせ、真っ赤な瞳でこちらの事を睨んでいた。そんな彼女は…人間ではない。全身から白い体毛が生え、指先には獣のような鋭い爪がキラリと輝き、頭からは兎のような耳が生えている。魔族であるのは一目瞭然だ。


そんな彼女はワシの問いに対して言い放った。


「プルアとディド。私は貴方達の敵よ」


「何じゃと?どうしてじゃ」


「それは勿ろ…あっ言う訳ないでしょ!」


「言いかけたな」


「とにかく!私の目的は貴方達二人よ!熊さんは関係ないからそこで見てて良いよ」


「グオ」


「待て待て!少し話し合わんか?クママルを見逃す辺り魔族の国そのものに恨みを抱いていないのならば、何故よりによってワシとディドの二人なんじゃ?ここに落ちているプルアも関係があるのか?何も分かっていないうちに襲われるのも気分悪いぞ!」


「言う義理は無いね!とにかくそこで倒れてるプルアは私の物なんだから触らないで!」


「義理が無いのに教えてくれたのう」


「…揚げ足取らないでよ」


「それじゃあ尚更疑問じゃ。プルアを所有しているだなんてお前は何者なんじゃ?プルアはイヴの造ったワシ一人の筈じゃが…」


「イヴ…あぁ、懐かしいね」


彼女はフッと小さく笑って空を見上げた。その様子に、彼女が過去にイヴと何らかの関わりがあったと推測出来る。


だがそれだけでは足りない。イヴは記憶を失っているのだ。今はとにかくもっと情報が欲しい。何者かは分からないが、彼女は間違いなく我々にとっての重要人物だ。そんな人物を前に、ワシは息を飲んだ。


「情報を吐いてくれる気も、敵対するのを止めるつもりもないんじゃな?」


「当然」


「ならば…そういう事じゃな?」


「うん。私は今から襲いかかるから、そっちは情報が欲しければ私を捕まえる事だね」


「では、こちらから行くぞ!」


先手必勝を体現するかのように、ワシは持てる限りの速度で右脚を振る。すると空中にて右脚は分解し、コードに繋がれた三本の剣となり余裕そうに立つ兎の魔族を貫こうと彼女に迫った。


しかし、先手を取ったにも関わらず彼女はまるで予測していたかのように剣の間を潜り抜ける。そこでワシは彼女がもう一つのプルアの所有者である事、つまりはワシの取る行動を知っている事に気がついた。


そんな彼女は軽く飛び上がり、ワシに接近する。


「勝負ありっ!」


「…まだじゃ!」


彼女はワシの頭に遠心力を最大限使った回し蹴りを喰らわせようとする。ワシはこれまでで最も研ぎ澄まされた反射神経を使って回し蹴りを腕で受けるが、彼女の蹴りは強かった。蹴りの衝撃で足が地面から離れ、近くの木にぶつけられる。腕が痺れているのを感じていると、彼女は間髪入れずに追い打ちを仕掛けようと迫ってきた。


しかし、そんな彼女とワシの間に大柄の生物が割り込む。


「グォオ!」


「熊さん!?邪魔だから退いて!」


「グルル!」


「…ん?」


最初はワシを攻撃から庇おうとしているのかと思った。だが、どうにもクママルと兎の様子がおかしい。兎の方はクママルを攻撃するのを躊躇うかのような様子を見せており、対するクママルはというと敵意や攻撃をするような素振りを見せないのだ。互いに何もしないのを見て、ワシは首を傾げる。


「何じゃクママル、もしかして知り合いか?」


「グル!」


「となると…クママルが住んでいた森の住人か?」


「グウゥゥウ…!」


「…違うのか?ならば何処で知り合ったんじゃ?」


「もう、熊さんの馬鹿!正体がバレちゃうでしょ!黙って!」


「グオォ…」


怒られてしゅんとするクママルを横目に、彼女は言い放った。


「これ以上ここに居たらボロが出る!そのプルアはあげるから今日の所は引き返させてもらうよ!」


「な、何なんじゃ一体」


「けど諦めた訳じゃないから!また狙いに来るけど、君とディド以外の皆んなには手を出さないからそこは安心して欲しい!」


「お前さんは一体誰なんじゃ?」


「そうだね…本名を明かす事は出来ないけど、とりあえず今はシロとでも名乗っておこう!」


「白いからシロ…安直じゃな」


「とにかく!ここいらでおさらばさせて貰う!じゃあね!…と、その前に」


「ん?」


彼女はこほんと小さく咳をし、言い放つ。


「絶対にプラントと人間を引き合せるな!良いね?」


「む…何故急にプラントの名が?」


「忠告したからね!今度こそばいばい!」


「あ、おい!」


それだけ言い残し、彼女は飛び跳ねながら森の木々の間へと消えて行った。そのあまりに身軽かつ迅速な移動は追う事すら考えつかない程一瞬で姿をくらましたのだ。


…これが、シロという人物との出会いであった。

『シラツラ』。彼女も初期と想定が大きく変わった人物のうちの一人です。元々シラツラは魔族の国の住人となる予定でした。最初は彼女を余裕あるお姉さんとして登場させ、キャロやリィハーの面倒を見てくれる保護者枠として仲間にさせようとしていました。

しかし、元々彼女をムッテ編で出す予定はありませんでした。とある辺境の村で獣人である事から迫害を受け、彼女の住む家が放火されてしまい命を落とす。そして地縛霊となり幽霊屋敷となった建物へとキャロ達が足を踏み入れ…という話を考えておりましたが没になりました。その結果元々軽く考えていたウニストスに出せば良いのではと思い、その場合もう少し気弱な性格にして虐められている事にしようと決めたのです。そしてシークイと共に天国へと旅立った方が自然かつ本人も幸せだろうと思い本編のような流れとなったのです。

『シークイ』。彼女についてはより深掘りする予定でしたが、あまり時間が無くそのままとなりました。彼女は狐の獣人であるシラツラの無念を晴らすという想いから狐、そして涙を表す雨を合わせたような魔獣となりました。黄色い雨はいじめっ子に囲まれて動けないシラツラをイメージとした金縛り、強制的に切腹させる赤い雨や腹に穴の空いた鬼が召喚される黒い雨はシークイの自決の方法が関わっています。鬼というのは力の象徴ですから、アカマルと同じようにもし自分に力があればシラツラを救えたという念が込められています。

彼女の雨を使った戦い方も色々と想定しておりましたがあまり彼女が戦う場面はなく、きちんと戦ったのはシズカとの戦いぐらいになりました。赤い雨に当たれば切腹するというのをセクシーが身を持って教えてくれたのを見て、対策として切腹しても問題無いように甲冑を着てから戦いに行くというふざけた解決法も考えてたんですけどね。

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