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少女は魔族となった  作者: 不定期便
序章
8/119

自分が見る世界

「…何だか騒がしいな」


城の最上階の廊下にて俺は謎の騒音に気が付いた。グロテスクの馬鹿は夜中に騒ぐ程非常識ではない上に、オーガの大馬鹿野郎はトレーニングと称して大声を出して逆立ちをしながら町中を練り歩いてやがったので蹴りをお見舞いしてやったばかりだ。そうなると残された容疑者は一人しか居ない。


「馬鹿餓鬼の王か…こんな深夜に何やってんだ」


王の部屋に近付けば近付くほど確かに例の騒がしい音は大きくなる。オーガにもやったような蹴りの準備をしながら俺はその部屋の扉前に立つ。


「おい馬鹿餓鬼。あんまり騒…」


「私は風にたなびく野草です」


「もっと普通の役やってよ!何で私がするごっこ遊びは毎回野草が出てくるの…!?」


扉を開けた先の光景は正直、意外であった。部屋の奥に見える赤と黒のキングサイズなベッドにはリィハーだけでなく、キャロの姿もあったのだ。よく分からない茶番劇や床に散らばったら様々な絵本やらぬいぐるみやら玩具やらを見るに、ずっと二人で馬鹿騒ぎをしていたのだろう。子供同士打ち解けるのが早かったのかもしれない。


リィハーが同年代の子供と遊んでいる光景が何だか可笑しく、新鮮であった。言い表せぬ感情を抱きながら呆然と立ち尽くしていると、ガキ共はこちらに気付く。


「あ、プラントさん!」


「プラントも野草やる?」


「やると思うか?…お前ら、遊ぶのは結構だがあんまり騒ぐなよ」


「でもアカマルの部屋もグロテスクの部屋も遠い」


「夜中に騒がないのは最低限のマナーだろうが。餓鬼は寝る時間だ、いつまでもチビが嫌ならさっさと寝な」


「寝る」


「リィちゃんってそんなに素直だったの…!?」


いそいそと寝る準備に入るリィハーを見てキャロは驚く。そりゃあ『私は風にたなびく野草です』なんて言ってる奴は限界が近いに決まってる。…いや、眠気があろうが無かろうがそういう事を言う奴だったな。


クローゼットから寝間着を取り出しながら、リィハーは言った。


「それじゃあ、私は寝るから。楽しかったよキャロ。ありがとうね」


「こっちこそありがとうリィちゃん!それじゃ、私はこれで…」


キャロはベッドから降りるとそのまま部屋を出ようとする。そんな少女の腕を、俺は掴んだ。


「えっ…どうしたの?」


「丁度いい。キャロ、お前に話したい事がある。一緒に来い」


「う、うん」


了承を得た俺はそのまま彼女を連れて扉に手をかける。すると背後から突然リィハーの声がした。その声はいつもぼけーっとしているリィハーらしからぬ強さを含んでいた。


「プラント。…もしキャロの人生を奪うような真似をしたら、絶対に許さない」


「………」


その言葉には答えなかった。俺はキャロと共に部屋を出るとそのまま扉を閉じた。閉じる寸前、遠くに見えるリィハーの黒い瞳がこちらをじっと見つめていたが、それ以上気にする事は無かった。


そうして廊下を進もうとすると、キャロがこちらを見上げながら言ってきた。


「信用されてないんだね。リィちゃんに…」


「俺は人と関わらないからな。アイツが最後に見た俺と人間の関わりと言やぁ、一人の男を瀕死寸前までに追い込んだ時だ」


「プラントさんは…いや、魔族はさ。どうして人を襲うの?」


「………」


キャロの目を見れば分かる。こいつはただ純粋な好奇心にてこんな質問をしているのだと。そりゃあ理解していない事を知りたがるのは知能ある生物としては当然の事だ。ただ…何も知らない餓鬼が踏み込むにはあまりにも深すぎる疑問だ。そんな話題だからこそ、俺の中の悪い癖が止められなかった。


「そうだな…風にでも当たりながら話すか。この廊下を進むとベランダがある。この国を見渡せるんだ。そこでお前の質問全てに答えてやろう」


「分かった」


カツンカツンと靴を鳴らしながら二人で廊下を進む。骸骨の怪物といたいけな少女。傍から見れば可笑しい光景な筈だ。きっとこの状況を見た時、人々は武器を持って少女を解放しようとするだろう。それが人と魔族、つまりは人間と怪物の関係性だ。


「わぁ…!凄い、本当に国を丸ごと一望出来る!」


ベランダに着くや否や少女は絶景にはしゃぎ回る。月明かりに照らされただけの、真っ暗な町。建物群はあるが誰かが暮らした形跡の無いそこはまるで廃墟のように寂しい。住人が増えれば魔族達の将来は安泰だが、キャロが以前言っていた通りそれは人類の危機をも意味する。


目の前の少女は最早人でも魔族でもない。一体、彼女は何を考えてこの国を見下ろしているのか。


そう思った瞬間、ただの餓鬼がほんの一瞬だけ、自分より高貴な存在に思えた。動揺が顔に出ていたのか、キャロは俺の顔を不思議そうに見つめる。


「どうしたの?」


「…何でもない。気にすんな」


そう言うと俺は手摺りに身を預けるキャロの横へと移動する。そして誰も居ないこの国を見ながら言葉を零した。


「魔族は居ない方が良い存在だ。何が起源なのか、存在意義は何なのか、俺には分からない。いや、誰にも分からないだろう」


「居ない方が良い存在なんて…」


「いや、実際そうだ。…知ってるか?魔族ってのは後天的になるもんだ。生まれつきじゃない」


俺のその言葉に、面白いぐらいキャロは目を見開いた。


「そうなの…!?」


「鉱物が条件を満たせば魔鋼、人が条件を満たせば魔人なんて具合にな。安心しろ、大半の人間はその事実を知らない」


「じゃあ…プラントさんも元々は…?」


「そうなるな。俺どころかオーガやグロテスクも元は魔族じゃない」


「元に戻る方法は無いの?」


「無い。あったとしてもお断りだ。魔族の原点は、『想い』だ」


「想い…」


何だか感傷的になり勘違いをするキャロに、俺は冷たい視線を向けた。


「魔族が持つ強い想い。…それは悪意だ」


「悪意…?」


「さっき何故魔族は人を襲うのか、って聞いたな?別に魔族は人を襲わなきゃならない訳じゃない。ただ怒りのはけ口にしている場合もあるが、基本的には人間に恨みを持つ奴らが大半なんだ。それだけ、この世界には人間に対する憎悪で溢れている」


「プラントさんも…誰かを恨んでるの…?」


「あぁ。こんな世界なんて大嫌いだ」


感情を込めて強く言うと、キャロはしゅんと大人しくなる。隣に立つ悪意の塊を前に放つ言葉などそりゃあ無いだろう。彼女が今更何を言ったとして、何かが変わる訳じゃないのだから。


話を終え、キャロをその場に残して立ち去ろうとした時だった。町を一望したまま、少女は儚いその声で言葉を吐き出す。


「私は…この世界が好き。確かに辛い事も多いけど、皆んなが私の事を受け入れてくれた。かけがえのない、大事な世界」


「そう思わない奴も山程居るってこった。俺はこの世界なんて…」


「だから」


少女はこちらを向くと、にっこりと笑みを浮かべた。


「だから私がプラントさんを受け入れる。過去に何があったのかも知らない。どれ程踏み込んで良いのかも分からない。けど…私が信じた世界にはきっと、心から笑えるプラントさんの姿もある筈だよ」


「………」


「辛い時は寄り添う。それが友達でしょ?」


そう言うと彼女は悪戯っぽく笑った。この世界の残酷さも、狂気も、腐り方も、救いの無さも、俺の過去も、何も知らないただの餓鬼だ。本来ならば馬鹿げていると一蹴するであろう。


だが…その笑顔はまるで唯一この世界に残された希望かのように煌めいて映る。この瞬間のキャロの姿は何処か大人びており、先程までとはまるで別人のようだ。


「…ちっ、何も知らない癖に調子に乗りやがって」


「そうだよ知らないよ。でも恩返しをする事なら出来る。プラントさんは大切な…命の恩人なんだから」


「はぁぁぁぁぁ…本当に似てるな、お前ら」


「え?」


きょとんとするキャロに言ってやる。


「リィハーの事だよ。さっきから…アイツに初めて会った時の事を思い出しちまう」


「リィちゃんと初めて会った時かぁ、気になる」


「俺がアイツと初めて会った時…リィハーは孤児だった。俺がその場所を通りかかる一週間前に家族ごと村が魔族に燃やされたんだと。丁度お前みたいにな」


「幼い子供が一週間も一人で…?大丈夫だったの?」


「最初はどうせなら俺が殺してやろうと思ったよ。けど、直ぐに分かった。どうして何の力も持たない餓鬼が生き残っていたのかを」


「どうしてなの?」


「『眼』さ。俺はアイツの目を見た瞬間思い知った。…この餓鬼は俺とは住む世界が違う。『特別な魂』を持つ人間なんだと」


「特別な…魂…」


「死神とでも相対してるかのような感覚に陥った俺はそれ以上手出しはしなかったよ。その結果、アイツに良い様に使われて今に至るんだがな」


…まぁ、本当はそんな単純な話ではないにせよ、わざわざ詳細に伝える必要も無い。ただ俺の考えは伝わったようで、キャロは感心したようにその間抜け面を晒していた。


「リィちゃん凄いな…かっこいい」


「じゃなきゃ王としては認めん。そしてキャロ、もしかしたらお前も他人事では無いかもな」


「え?」


ぽかんとするキャロの髪の毛をそっと触る。彼女は何が何だかよく分かっていないみたいだが、田舎育ちの餓鬼が知るような話ではない。


「グロテスクの目、雪みたいに真っ白だったろ。それを見てどう感じた?」


「そう…だね。『私の目と似てる』って思った」


それが何だと言わんばかりに少女はその白い瞳で俺を見つめる。そして同じく雪のような真っ白の髪から手を離し、話を続ける。


「時折居るんだ。お前らみたいに『身体の一部分が白い人間』が。髪だったり、肌だったり、小指の爪だったりでバリエーションは様々だ。まァ、突然変異種みたいもんだな」


「確かにお母さんは髪は茶色だったし目の色は青色だった…でもそれがどうしたの?」


「どうもしないさ。ただ白いだけ」


「うん…?」


「言い換えれば『原因が分からない』って事になるな。何がどうして白くなるのか、判明されてないんだ」


俺は彼女の頭に手をポンと乗せる。


「だがそんな白い連中にはこぞって何らかの『才能』がある。キャロ、お前の才能が何なのかは分からない。ただ…」


「ただ?」


「…妙にお前を見ていると、普通の人間じゃない気がしてならない。俺はお前に興味が湧いた。だから、何かあったら頼れ。気が向いたら助けになってやる」


「…友達!だもんねっ!」


屈託も無い笑顔を彼女は浮かべる。骸骨である俺にそんな事を言う人間は初めてだ。我ながら自分らしさの無い言葉を吐いてしまったと可笑しくなってしまう。


さぁ、見せてもらおうか。この少女の行く末を。彼女が秘める才能とやらを。

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