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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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運命の人

「っ…!」


突然、頭上に影が出来る。その事に嫌な予感を感じた私は数歩下がると、バリィと木材が折れるような音と共に私の目の前でベンチが一つ壊れた。そう、何の前触れもなく上から降ってきたのだ。あのまま棒立ちしていれば巻き込まれて大惨事となっていたであろう。


しかし、安心するにはまだまだ早すぎた。ベンチによる奇襲を凌いだと安堵の息を漏らした瞬間、ビュンという風を切る音がした。考えるより先に身体が動き屈んだ結果、背後の壁に四本のナイフが突き刺さる。


だが屈んだ結果、先程まで無かった筈の吊り下げられたロープが首に絡まってしまい、呼吸が難しくなる。何とか炎魔法でロープを焦がして解こうとすると、その一連の流れを見たメアリーはくすくすと笑う。


「そのロープを解いた後、次は何が起こるんですかね〜」


「はぁ…はぁ…時を止める魔法っていうのは嘘じゃなかったみたいね。けど、その魔法には欠点もある」


「そうだね」


メアリーは伸びをしながら答える。


「時を止めている間、私は生物に触れられなくなる。加えて時を止めるなんて繊細な魔力のコントロールが求められるから時を止めている間に別の魔法を発動する事は出来ないんだ」


「さっきから直接攻撃をしてこないのはそういう事よね」


「まぁ、それを加味してもこちらだけが一方的に動けるのは強すぎますけどね。グレーさん、あとどれくらい持ちますかね〜」


「こちらも反撃といかせてもらうわ。『ヘヴンズフレア!』」


そう、言い放った瞬間であった。左のふくらはぎを襲う突然の激痛に私は思わず跪いた。痛む箇所を見てみるとそこには深く突き刺さるナイフ。そして視界の端には目の前に居た筈なのに、いつの間にか背後へ回り込むメアリーの姿もあった。


「魔法を躱しつつ、気付かれる事もなくカウンターを入れられる。目標を目で補足して魔法を放たなければならない関係上、魔法使い相手だとあまりにも強力すぎるわね…」


「魔法って面白いよね。シークイが生み出した配下の黒鬼にすら勝てなかったグレーさんは覚悟を決めただけで私を追い詰めるまで成長した。けど…何一つ変わらない、逆さの砂時計を手にしただけの私に敗北する。魔法には人の気持ちが大きく関わってくるのに、この砂時計はそんな常識を一笑するかのように私に最強の力を与えてくれた」


「…人の、気持ち」


「さぁ!勝てないよねぇ!?グレーさん!」


「………」


楽しそうに笑う彼女を前にして、私は静かに刺さっていたナイフを抜き取る。そしてカランコロンという音を立ててナイフを捨てると、私は力の入らない足でゆっくりと立ち上がった。


酷く無様な私を見てメアリーはニコニコと笑みを浮かべ続ける。


「グレーさん、さっきの大技でもう魔力も残ってないですよね?それなのに立ち上がっちゃって…大人しくうずくまって震えていれば良かったのに」


「…負けられないよね」


「うん?」


「過剰評価かもしれないけどさ…あの日、あの家の扉を開いた私は確かにヒーローだった。実際はお兄ちゃんのお陰だったけど、それでも立ち向かおうとしたんだ」


「…何の話ですか?」


「あの暗い家から、シズカを出してあげられたんだ。そして、そのシズカは今、私にメアリーとの決着を託してくれている」


「………」


「期待を背負ってるんだからさ…負けられないよね」


私は掌をメアリーに向ける。だがそんな私をメアリーは嘲笑し続けるばかりだ。


「今更何が出来るっていうんですか〜?まさか、精神論でとてつもない魔法が放てるようになる、って信じてる訳じゃないですよね?」


「…私の魔法を受けてみなよ。そしたら分かるから」


「…さっきの大技の時とは状況が違うんだよ?さっきは魔力が余っている状態でとにかく火力を上げただけ。今はそもそもとして魔法を使う為の魔力が無いんじゃん。それに仮に使えたとして、私は時を止めて逃げられるんだから」


「そう思うなら…正面から叩き潰しなさい!メアリー!」


「そうだね。そろそろ鬱陶しくなってきちゃった」


よろよろとよろけながら構えをとる私に、メアリーは指先を向ける。正真正銘、魔法のぶつかり合い。まるで決闘が始まるかのように私達は互いの事を睨み合っていた。


そして、決闘は開幕する。


「『ラブスウィートアタック!!!』」


メアリーお得意の、心臓型の光が人差し指から放たれた。先程は砂時計の加護を受けていない分身の魔法に直撃したから無事で済んだが、今のラブスウィートアタックを受けたら間違いなく死ぬであろう。


「『ヘヴンズフレアっ…!!!』」


対する私も得意の魔法を使用した。しかし、生み出された火球はあまりにも小さい。強風が吹けば消えてしまいそうな、小さな火種は果敢にもメアリーの方向へと飛んでいくのだ。


その光景に、メアリーはニヤリと笑う。


「隠し球があるかと思ったけど、本当に残りカスの魔力を掻き集めてギリギリ放てただけの雑魚魔法じゃないですかぁ〜」


「えぇ…『私の』魔力はもう限界よ」


「ん…?」


メアリーは確かに、『魔法は人の気持ちが最も大事』と言った。現に私は兄への憧れ、メアリーは愛を求めて魔法を使うのだ。つまりは使用者の願いそのものが魔法なのだ。


しかし、今メアリーが使っている魔法にはその『想い』が乗っていない。彼女が今使っているのは、自分の魔力じゃないから。


『んで、逆さの砂時計なんだがな…入手するには合言葉が必要なんだよ』


ウェルフル先生の言葉を思い出し、私は叫んだ。


「『ジニーはイケメン!!!』」


「え…」


突然の奇行にメアリーは困惑する。真剣勝負の最中、劣勢の相手が突然見知らぬ者を称賛し始めたのだ。私が向こうの立場なら間違いなくドン引きするであろう。


だが…彼女はついに理解した。私の取った行動の意味を。持っていた筈の砂時計が、宙を浮いて自分の手元から離れていく理由を。


「砂時計が私の手から離れッ…!?まさか…!」


「魔道具には魔道具を作った人の想いが込められているんだ…!だから、魔道具の中にある意思がメアリーの元を離れて私の元に来たんだわ!」


「く…ジニーはイケメン!ジニーはイケメン!」


「無駄よ。ジニーはイケメン、なんて台詞を合言葉にするような自愛に満ちた人だもの。…自分を差し置いて世界一の人気者であろうとするメアリーに味方なんて出来ないんだわ」


飛んでくる砂時計をその手に掴み、私は叫ぶ。


「これで終わりよ!メアリー!」


「っ…!」


「『ジニーズフレア!!!』」


今にも消えそうな、小さな炎。その炎は突然空中にてボワッと燃え上がり、先程までの小さな姿が嘘だったかのように膨張した。


そして…メアリーの放った魔法は炎の中に飲み込まれる。


「嘘…」


「砂時計がこっちに移った以上、時はもう止められないわね」


「私の…負け…」


ボウボウと熱く燃える火球はメアリーの目前まで迫る。彼女のその現実を受け入れられないような呆然とした顔が照らされ、彼女は逃げる事もせずただその場に立ち尽くしていた。


そして、火球はメアリーの全身を覆い尽くした。


「…メアリー」


炎が消えると、そこには床に倒れ込むメアリーの姿があった。彼女の皮膚は黒く焼け、上手く形を保てないのかメアリーの周りには無数の景色虫が散らばっていた。虫達は原形を保とうと混乱しながらも右往左往していた。


そしてそんな状況にて、髪で目が隠れたメアリーは小さく言葉を発した。


「完全に…負けた。砂時計を利用して勝とうとしたのに…逆に相手に砂時計を利用されるなんて」


「私は運が良かっただけ。…良い戦いだったわ」


「…敗者は、何も語れない。それでも…私の話を聞いてくれますか」


その声は酷くか細く、今にも消えそうだ。そんな彼女に頷き、私は倒れ込む彼女の隣に座る。


「当たり前よ。だって私達、友達でしょ」


「友達…?私はグレーさんの事、最初から利用して…」


「馬鹿ね。それを言うなら私は同じ生徒会の仕事仲間としてメアリーの事を利用しようとしていたに過ぎないわ。…そしてそのついでに、仲良くなろうとしただけ。それだけの違いよ」


「………」


メアリーは少し黙っていたが、ふふっと小さく笑った。


「実を言うと…私も皆んなとの生活は楽しかった」


「ね?そう感じてるなら友達だって事よ」


「けど…私は皆んなの元には戻れない」


「…どうして?」


メアリーは上がっていた口角を下げる。


「頭でどう思ってても…本能には逆らえないの。人が空気を吸わずに生きられないみたいに、私は食べられる為に目立たなきゃ生きられない。それが、寄生されるって事。脳を支配されちゃった私にはもう何かを決断する事なんて出来ない」


「………」


「だから…お願いがあるんだ」


「お願い…?」


「…私は、変わるつもりはない。一緒に帝国を作るって約束した仲間達が居るんだ。私はメアリーじゃなくて、スイミ。仲間の夢を叶える為に、私は行く。もう人間では居られないんだし」


「メアリー…」


「そして、ここからが本題。お願いっていうのは…」


メアリーはゆっくりと上半身を持ち上げる。しかし少し動く度に景色虫がボロボロと零れ落ち、彼女はまともに動けない。それでも力を振り絞って動く彼女は私に顔を近づけ…


とびきりの笑顔を浮かべ、私を抱き締めた。


「私は食べられる為に生きてる。…私は食べられるならグレーさんに食べられたい」


「友達の事なんて…食べれないわよ。それが虫でも、人でも」


「分かってますよ。つまり、私が目的を達成したら…またグレーさんに会いに来る。そしたらまた今みたいに、私の事を打ち倒して欲しいんだ」


「………」


笑顔を浮かべる彼女とは対照的に、私は目を伏せた。


「嫌よ…メアリー、悪い事するんでしょう?友達として放っておけないわ…」


「私は止まらないし、変わらないよ。どうしても阻止したいなら私の息の根を止めるしかない。…そんなのグレーさんには無理だよね」


「………」


「…いや、嘘。ちょっとだけ変わったかも」


「え…?」


「自分より大事な存在が出来た。私は…ずっと捕食者を求めていたんだ。そして、ようやく出会えた。…その事実に、少し胸のざわめきが落ち着いたかも」


「………」


「ありがとうね。…そして、さよなら」


「待っ…」


メアリーの身体は、崩れた。その場に居るのは私と、人型じゃなくなった景色虫達だけであった。皆一斉に出口へと這う景色虫達を前に、私は手を伸ばす。


「メアリー…!」


床を覆い尽くすような、とてつもない量の景色虫。その去り行く景色虫達の中のたった一匹。そのたった一匹だけの…


虹色に光る寄生された景色虫の後ろ姿を、私は届かない腕で引き留めようとしていた。

どんなに足掻いても本能には逆らえません。

本能の呪縛から解放したかったグレー。本能に従う形で運命の人に出会えたスイミ。二人の目的が重なる事はありませんでしたが、二人は本当の友達になったのです。

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