不意打ち
全身から魔力を抜き、私は静かに格闘の構えを取る。そんな私を目の前に居る彼らはただ静観していた。こちらの手の内が分からない以上、様子見をするのが最も安全だからだ。そして私の手の内が分からないのはリィちゃんも同じで、彼女は腕を組みながら私の方を見つめている。
「目が赤くなった時、キャロの身体能力が上がるとは聞いた。けどそれがどの程度なのかはまだ分からない」
「へへっ、見たらきっとびっくりするよ。これからのリィちゃんとのかけっこは負け無しになっちゃうね!」
「見せてもらおうか。我が下僕達よ!行け!」
「誰が下僕だ!」
リィちゃんに怒ったように返事をすると、タクさんはこちらに掌を向けた。
「先ずは小手調べだ。『ファイア!』『アイス!』『ウィンドカッター!』」
彼の掌からは火球、氷塊、鎌のような風が順番に放たれる。しかし、今までに見た魔法と比べると実に小規模である。その事に彼があまり魔法を得意としないのを私は理解した。
そんな魔法を前に、私は駆け出した。ジグザグに跳ねる事により魔法を簡単に躱すと、私は一瞬で彼の懐へと入り込む。
「早…!?」
「…ごめんねタクさん。怪我人なのに」
私は彼の腹に飛び膝蹴りを食らわせる。そしてそれにより彼がよろけると、私は降り曲がった足をピンと伸ばして彼の頭部を横から蹴った。そのあまりの衝撃に彼は地面へと叩き付けられ、タクさんは動かなくなる。意識を失ったのだ。
「そういえばタクさん半身を失ってたけど…どうやって治したんだろ」
「その身体に教えてやろうッ!」
アガリさんがそう叫んだ瞬間、私の手足は動かなくなる。その理由は明白で、私の身体に植物の根のようなものがぐるぐると巻き付いていたのだ。その根からは棘が生えており、私の肌に軽く食い込む。無理矢理引き剥がそうとすれば更に刺さるので無理に動く事は出来なかった。
そんな私を見て、アガリさんは笑う。
「その植物は『イショクソウ』と呼ばれる非常に珍しい代物だッ!主に治療目的に使われるが、扱い方を間違えれば命を落としてしまう、素人には扱えぬ物だ」
「イショクソウ…初めて聞いたよ」
「このイショクソウは触れた生物の肉体を分解させて吸い取るという性質を持っている。そして分解した他者の身体を溜め込み、それを再構築して自身の身体を更に成長させる。この上なく危険な毒草だ」
「でも治療目的に使われてるんだよね?」
「その通り。こいつに人の遺体を分解させ、その後身体の一部分を欠損した人物に巻き付ける。その後イショクソウにバターを塗り込むと、イショクソウは判断が狂って分解した遺体を再構築し巻き付いている者の欠損した部位を治すという性質を持つ。人間がアルコールで酔っ払うように、イショクソウはバターで酔うんだ」
「へー、つまりバターでイショクソウを酔っ払わせてタクさんの身体を治したんですね?」
「そういう事だ。そして今、そのイショクソウは取り込んでいた成分を全て使い切ってしまった。よって…貴様を吸いつくそうとしているッ!」
「そうなると私は…?」
「跡形もなく消えてしまうな」
「そんな!?」
そんな事を言っている間に、棘が刺さっている箇所が何だか痒い事に気が付く。その事実に私は分解が進んでいる事、そして暴れれば暴れる程食い込んで分解されてしまう事を察した。身体能力を上げる為に魔力も使い果たし、どうしようかと頭を悩ませていた時であった。
「『フリー』」
静かな声と共に巻き付いていた植物は粉々に砕け散る。ふと後ろを見てみればこちらに掌を向けた会長さんの姿がある。
「むぅ…拘束する物を無条件で破壊する魔法かッ…!」
「会長さん、ありがとう!」
「………」
無口な会長さんは私の感謝に何も応えない。そんな彼から私は視線を外し、アガリさんの方を見た。
「よし、今度はこっちの番!」
「来るッ…!テンメイッ!」
「はぁ…そう大声を出すとは見苦しいよ」
私が床を蹴ってアガリさんの元へ飛び出そうとした瞬間、下にあった筈の地面が私の目の前にまで来ていた。一瞬理解が遅れるが、自分は転んだのだという事を理解する。
「『スリップ』。芸術的ではないが、ここまでスマートに相手の動きを制限する魔法は中々ない」
「今が好機だッ!合わせるぞ、テンメイッ!」
「芸術的に頼むよ?」
「『ロックハンズメンッ!』」
「『フラワーガーディアン』」
魔法を唱えるとアガリさんの腕は膨張し、ゴツゴツとした岩と化した。そしてその巨大な両手を使い転ぶ私に迷いなく左右同時に重い拳を食らわせた。
私は何とか起き上がって両腕で衝撃を和らげようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。アガリさんの巨大な両腕からそれぞれ四本の花が咲き、私に向けて花弁を開く。
嫌な予感が全身に駆け巡った瞬間、会長さんが声を出した。
「『テイクオフ』」
すると突然背後から私の体を複数の半透明な腕が掴んだ。その腕は私を引き寄せ、会長さんの元へと移動させる。そして次の瞬間、先程まで私が居た場所に八本の花が一斉に紫色の光線を放った。あのままあそこに留まっていれば光線の餌食となっていたであろう。またもや会長さんに助けられた形となった。
私は会長さんにサムズアップをし、再びアガリさんとテンメイさんの方を向く。
「どうやら一筋縄ではいかないみたいだね…!」
「俺は生徒会の一員であるアガリだッ!大事な仲間であるメアリー君に仇なす存在には屈しないッ!」
「その紅い瞳は美しく、不気味でもあり、不可解だ。ただの少女が人間離れした動きをするようになったのも相まって実に見ているだけで創作意欲が湧いてくる。だが残念だ。君を殺さなければならないとは」
そうして改めて彼らが臨戦態勢に入った時であった。彼らの後ろに立つリィちゃんが口を開く。
「二人共、作戦変更」
「む?」
「二人は会長の相手をして。見た所、会長は人との連携が強み。だから先ずはその連携を断つ」
「だが、あのキャロという少女はどうするんだ?」
「任せて」
リィちゃんは覚悟を決めたような目でこちらを睨んだ。
「キャロとは一対一でやる」
「本当にやれるのか…?正直、テンメイの力が無ければ俺もタクのように敗北していた。相当強いぞ」
「大丈夫。勝つ」
次の瞬間、私は今まで居た階の一つ下の階で倒れていた。
「え…?」
まるで意味が分からず、呆然とする。いつの間にか足首には噛み跡のようなものが付いており、背中には床に叩き付けられたような感覚がある。だがしかし、大の字で寝そべる私の目に映る天井は壊れていない。まるで床を貫通したかのように私は一つ下の階へと引きずり込まれたのだ。
そんな中上半身を起こすと見える、リィちゃんの姿。私はこの不可解な現象は彼女によって引き起こされたのだと理解した。
「リィちゃん…何をしたの?」
「元々キャロに見せるつもりはなかった。けど、メアリーの為なら仕方ない」
「見せるって…」
そこまで言って、私は気付く。口を開くリィちゃんの歯がやけに鋭く尖っていた事に。例えるならそう、怪獣の歯だ。決して人間のものではない。その妙な違和感に、私はぞくりと身を震わせた。
「リィちゃん…?まさか…」
私に過ぎった考えに答えるかのように、リィちゃんはニヤリとその鋭い歯を見せた。そんな彼女が腕を前に差し出すと、その白い肌は黒一色で埋め尽くされる。まるで黒曜石のように硬く煌めく物体が鱗のようにビッシリと生え揃っているのだ。そしてその鱗は彼女の露出した肌全てを覆い尽くす。
その姿に、私は息を飲んだ。
「まさか…リィちゃんって……魔族だったの?」
「違う、人間」
「でもその姿はどう見たって…」
「これには深い訳がある。けど私はキャロと同じ、人間だよ」
「本当に…?正直に言っても良いんだからね?」
「五月蝿い。とにかく詳しく知りたかったら私の洗脳を解いてから聞いて。今は私達敵同士なんだから」
「あ、洗脳されてる自覚あるんだ?」
「私は自分が世界一の美女だと自負してるから。でもそんな私がメアリーの虜になるなんておかしい。だからきっと洗脳されてるんだろうなとは想像つくけど、それにしたってメアリーに対する感情が抑えきれないんだ」
「何か…うん。これ以上何も言わないでおくね」
「とにかく。私は今からキャロの事を殺すから、せいぜい生き残ってみて」
そう言うと、リィちゃんは片足を後ろに伸ばして構えをとる。そうして臨戦態勢へと入る彼女に私もぎこちなくも回避しやすい構えをとった。
そして、リィちゃんは動いた。だが彼女が動いた瞬間…彼女の姿は消えたのだ。どういう事だと困惑していると足元から声がする。
「今の私はどんな物体の中にでも入り込めるんだよ、キャロ」
「っ!」
先程奇襲をかけられた事を思い出し、私は慌てて宙へ跳ぶ。そしてふと下を見てみるとそこには鋭い牙で空を噛み切るリィちゃんの姿がある。…とは言っても、顔まで鱗に覆われリィちゃんである原型もないのだが。
そして空中に居る私に、リィちゃんは掌を向ける。
「私の魔法は知ってるでしょ。防御手段を持たない相手に効果は絶大だって、前に言ったもんね」
「まずい…!」
「『ダーク』」
空中で身動きの取れない私に、リィちゃんは容赦なく魔法を放った。しかし彼女が魔法を発動させるより先に私は片足で自分の足を蹴り、その勢いで回転をする。そうして回転の勢いを利用し、私は思いっきり宙を蹴った。
そしてその結果、蹴りにより生まれた強風にリィちゃんは怯んだ。それにより彼女の放った闇魔法の狙いがズレて私の真隣に闇が生まれる事となる。その隙を付き、私は安全に地面に着地する事が出来た。
だが隙を与えないと言わんばかりにリィちゃんは踏み込み、私の目前まで迫る。私の顔を狙った拳を躱しお返しにリィちゃんの腹に蹴りを入れるが、鱗に遮られ大した威力にはならない。
蹴りを受けたリィちゃんは私の足を持ち上げ、その鋭利な牙で噛み砕こうと私の片足を自身の口に近付ける。だが私は持たれている足を軸に回転する事によりもう一方の足で勢いよく彼女の顔に蹴りをお見舞いする事が出来た。その結果、予想だにしていなかった方向からの蹴りにより彼女は思わず掴んでいた手を離して仰け反る。
「キャロの癖に中々やる…」
「戦闘とは思考力の速さ。とにかく最善手を考えながら身体を動かせってプラントさんに教わったからね!」
「思考力の速さ?それなら今からメアリーの素敵な所を一瞬で十個ぐらい言えるよ」
「じゃあ試しに言ってみて」
「えーっと…可愛くて、綺麗で…それから…」
「今だっ」
まだ話している最中のリィちゃんにパンチをお見舞いしようとする。だがしかし、私の拳はいとも容易く受け止められてしまった。
「キャロ、卑怯」
「へへ…ごめんね。何だか今の私じゃこの身体の力を最大限引き出せないような気がして、このままだとリィちゃんに負けちゃうと思ったから。…だから、卑怯な事だってする」
「勝つ為には手段を選ばない、か。でもそんな不意打ちも私に通用しなかったね」
「そうでもないよ。…不意打ちはまだ、始まってないんだから」
その言葉に、リィちゃんは怪訝そうに眉を顰める。確かに、リィちゃんに勝つのなら恐らくは無理な話だ。しかし、彼女の目を覚まさせるだけならばやりようはある。その為に、私は特訓を重ねたのだ。
「リィちゃんは気付いてないよね。全身を鱗が覆ってるから、感じ取れないんだ」
「どういう…」
その時、リィちゃんは私の目を見て瞳を大きく開く。恐らく、彼女は気が付いたのだろう。私の真っ赤な瞳が、徐々にその紅さを失っている事を。
「魔力を失ったら目が赤くなる…その目が元に戻っていってるって事は、魔力が戻っている…!?」
「シークイさんは雨を降らして怪奇現象を起こしていたよね。それを見て、参考にしたんだ」
「雨…!」
私の言葉に、リィちゃんは慌てて頭上を見る。するとそこには確かに、天井からぽたぽたと滴るいくつもの水滴があった。
「体内から魔力を抜く時、魔力を数蒸気として宙に浮かせたんだ。そして水蒸気は時間が経って雲になり、私の魔力を雨として放出する。アカマルと水魔法の特訓をしなければなし得なかった技術だよ」
「雲が降らす魔力の雨を…キャロは再び体内に戻したって事か…!」
「これで、魔力は供給された」
私はリィちゃんに掌を向ける。
「終わりだよ、リィちゃん」
「っ…!」
「『オアシス』」
私の生み出した巨大な水の塊に、リィちゃんは閉じ込められる。これは本来、魔力を通す事によって全方位から相手に魔力を流し込み、相手の肉体をじわじわと削り取る魔法だ。だがしかし、今の本質はそこではない。
当然だが、生物は水の中では生きられない。そして息が切れて溺死してしまうまでの時間は生物の大きさによって異なる。空気をあまり溜め込めない分小さい生物の方が早く溺れてしまうのだ。
…そう、小さな虫が生き残るには水中はあまりにも過酷すぎる。
「可哀想だけど…これしかなかったんだ。リィちゃんが洗脳されてるのは目に景色虫が寄生してるから、それを取り除かなきゃいけなかった」
そして指をパチンと鳴らすと、生み出された水の塊は破裂した。そんな中リィちゃんは床に放り出される。
私は倒れ込むリィちゃんに手を差し伸べた。
「気分はどう?リィちゃん」
私の問いかけに対し、ニヤリと笑いながらリィちゃんは私の手を掴んだ。
「今再度確信した。やっぱり世界一の美女はこの私だ」
「元に戻ったみたいだね」
「元に戻す為の手段が荒業すぎる。キャロのあんぽんたん」
「だって他に方法思い浮かばなかったんだもん。逆にリィちゃんだったらどうしてた?」
「『リィハー様が一番美しいです』って言わせるまで精神を抉って洗脳するかな」
「良かった、寄生されてたのが私じゃなくてリィちゃんで」
「…それどういう意味?」
そうして親友と無事に戻ったのを喜びあっていると、複数の足音が私達を囲んだ。その音に周りを見渡すとそこには何十人もの生徒達が私達に掌を向けて取り囲んでいた。
「会長の助太刀に、って思ったけどとりあえずは一掃しないとね」
「リィちゃん、背後は任せたよ」
「手に負えなくて泣き喚くんじゃないよ、キャロ」
「分かってるって」
私達は背中を合わせ、敵意を向ける生徒達に目線を合わせた。向こうは魔法学校できちんと魔法を学んだ生徒達。対してこちらはたった二人の少女。それなのに、負ける気はしなかった。
「グレーさん、ウェルフルさん。頑張って…!」
私は小さく祈りを漏らし、目の前の生徒達に魔法を放った。
セクシーさんとの決着がほぼ三話使ったのに対し、リィハーとの戦いは一話で終わりました。セクシー戦があそこまで長引いたのはセクシーさんの人並外れた耐久力をアピールする為でした。ですが、洗脳された親友との戦いが一話でよく分からないセクシーなゴリラとの戦いが三話なのは冷静に考えてみると狂ってますね。