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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
72/123

約束を果たそう

「『トライアタック!』」


私の頭上に火炎、雷、冷気で作られた三つの球体が生まれ、そしてそのまま迫り来るゴリラの魔獣へと放たれる。だがしかし彼はいとも簡単に腕でそれらの魔法を弾くと、握った拳を腰に落としてアッパーの構えをとる。


「まずっ…」


「ヒィィィホォォォオオ!!!」


アンダーからの拳は私の腹に食い込み、私は身体を折りながらそのまま宙へと浮いた。そうして無力に落下していく私に彼は蹴りを入れ、私はそのまま近くにあった大木を折りながら校舎へと叩き付けられる。


そんな血反吐を吐いてその場に倒れ込む私を、彼は首を掴んで持ち上げた。


「ガッカリダ…」


「ぐ…!う…」


「お前にはもう、アポーを握り潰す程の力も残されちャいなイ。それに魔法の威力も下がッていル。魔法を使い過ぎた事により魔力が枯渇しかけているのだろウ」


「ハァッ…正解だよこんちきしょう…!」


「俺様は本当に楽しんでたんだゼ?お前のような強者と戦えテ。だがしかし…こんな結果に終わるなんてナ」


そう言いながら彼は首を握る手を強める。振り払う事も、呼吸も出来ずに私はただ無駄に足掻くだけであった。


しかし、まだ可能性はある。そう思った私の考えを見透かすように彼は笑った。


「お前はきッと、こう思ッているだろウ。最後の魔力を振り絞ッて魔法を使ッたとしても、俺様の体毛が邪魔をして効かないト。だが幸いにも俺様はお喋りさんダ。だから口を開いた時、体毛の無い体内へと魔法を放てば勝機はあるト」


「………」


「残念だッたナ。お前の唯一の勝ち筋ぐらい、想像つク。俺様はさッきからそれを最大限警戒しているゼ!」


そう言うと、彼はニヤァといやらしく笑う。彼は今、勝ち誇った気でいるのだろう。だが優位に立った者は慢心をするものだ。だからこそ、私は言う。


「私は死ぬが…お前は勝てねぇぞ…」


「ン?どういう事ダ?」


「さっき…私はウェルフルの死体に魔法をかけた。それは身体を強制的に成長させ、誰にも手の負えない化け物として動かすという魔法。そしてその魔法が発動する条件は…私が死ぬ事だ」


「………」


「どうする…?私を見逃すか、私を殺して自分も殺されるか。どっちか好きな方を選べ…」


セクシーは真顔になり少し考える。だが直ぐにニヤリと笑い、腕を振り上げた。


「面白ェ!ならお前を殺して、そのバケモンと戦ッてやるぜェ!!!」


そうして私にトドメを刺そうと、彼は振り上げた拳を強く握り締めた。だが次の瞬間、彼は目を剥く事となる。


彼の握った拳からビシャリと血液が溢れ出たのだ。慌ててセクシーが手を開くと、そこからは血液によって真っ赤になったウニのような形の岩が落ちる。


「痛ッてェ!掌が貫かれちまッタ!」


「お前ならそう来ると思ったぜぇ!まだ見ぬ強敵と戦えるってなっちゃ乗らねぇ訳ねぇもんな!?まんまと嘘に乗りやがって!」


「だが…それが何だァ!」


彼は再び拳を握ろうと手を動かす。だがそれよりも先に私は彼の手に向けて指を刺していた。指が指す方向は…彼の掌に空いた穴だ。


「お前が言った事だぜ!パワーで負けていたとしても自分のペースに持ってけば勝機は訪れるってな!」


「ム…!」


「別に口からじゃなくても、体内に侵入さえ出来りゃあこっちのもんなんだよ!その点毛の生えてない掌には穴が開けやすかったぜ!」


「まさカ…!」


「『アイスエイジ!』」


私がそう叫ぶと、セクシーは歯を食いしばって目を大きくする。パキパキという音が鳴る度に彼は震え、カチカチと歯を鳴らす。表面上彼に何か変化があった訳では無い。それでも、彼の行動は明らかにおかしかった。


そして首を握る手の力が無くなり、彼はそのまま地面に倒れ込んだ。


「…空いた穴を通じてお前の体内を凍らせたんだ。血管、筋肉、神経、全てを凍らせた以上お前は生命活動を維持出来ない」


「………」


「つっても、お前みたいな怪物ならこれぐらいじゃ死なねぇだろうな…どうせ動いて温まった筋肉が全身を解凍してくれたとか無茶苦茶言って生き残るだろ。だがまぁ、今はこれで十分だ。私程度じゃお前に勝つには力不足ってこったな」


「………」


「そんじゃ、勝負はお預けにしてやるぜ。私はウェルフルに地下室へと連れて行くように頼まれてんだ。あばよ」


動かないセクシーをその場に残して私は立ち去る。もうほんの少しも魔法が使えない程に全力を出し切った上に、身体もボロボロだ。これ程までに腕力と魔力を使い切っても倒せないなんて、セクシーは本当に強すぎる魔獣だった。


そんな事を思いながら、私はふと彼の発言を思い出す。


「『魔族の帝国を作る』…か。あの変態筋肉野郎の臨む未来ってのはどんなんだ…?」


嫌な予感がする中、私はウェルフルの元へ急いだ。


〜〜〜〜〜〜〜


「『ヘヴンズフレア』」


グレーさんがそう言い放つと、彼女の赤と白の炎に巻き込まれて何人かの生徒達は倒れる。気絶した生徒達で廊下が埋め尽くされる中、彼女はやれやれと息を吐きながら胸を張る。


「やれやれ…こうも敵対する生徒達の数が多いとはね」


「学園生活を送っている最中に様々な人に寄生していたんだろうね。だからこうして皆んなスイミさんに操られてるんだよ」


「元々様子のおかしい生徒は多かったけど、少し前と比べて明らかに統率が取れている。メアリーの寄生に加え、二人の言ってたシークイとやらの恐怖の板挟みになっていたのが、メアリーの寄生だけになったからかしら」


「そうだね…最初に会った様子の変な生徒さんはシークイさんの恐怖から逃れる為にスイミさんに依存しているように思えた。けど余分な事を考えなくなって、単純にスイミさんの為に働くようになってる」


「全く…メアリーったら困った子ね」


そうして三人で錯乱する生徒達を薙ぎ払いながら進んでいた時であった。私達の前に見覚えのある姿達が立ち塞がる。


真っ赤な角刈りの男らしい男子生徒。茶髪で先程壊したものとは違う眼鏡を掛けた控えめな風貌の男子生徒。気品を感じさせる金の長髪にベレー帽を被せた男子生徒。…そして、黒曜石のように真っ黒の髪と瞳をした女の子。


かつて仲間だった彼らは私達を通さないと立ちはだかった。


「リィちゃん…!」


「アガリ!タク!それにテンメイまでも…!」


私とグレーさんの呼び掛けに対し、彼らを代表してリィちゃんが応える。


「キャロ、こうなっちゃってごめんね」


「ごめんねって…謝るくらいならいつものリィちゃんに戻ってよ!」


「ごめん、それは出来ない。スイミ様の姿を見た時、私は気付いた。彼女は私達の女王となるべき存在。あの人の望む事なら何でも叶えてあげたいって思うようになっちゃった」


「…大丈夫だよ、絶対リィちゃんを元に戻す!そしてまた前みたいに私を崇めるようになるんだ!」


「記憶を捏造しないで?」


そうして言い合いをする私の肩に、グレーさんが手をポンと置いた。そんな彼女は今、真剣な眼差しで廊下の先を見ている。


「二人とも、ごめん。ここは任せてもいいかな?」


「グレーさん…スイミさんの事で焦ってるの?」


「まぁね。一方通行でも私の中じゃ親友だったから、だから出来るだけ早く会いたい。それに彼女は目的を達成しちゃったんでしょ?なら、早く追わないと逃げられちゃう」


「グレーさん…」


「もしかしたら、これがメアリーと話せる最後のチャンスかもしれないんだ。だから身勝手なお願いだけど、私は先に進みたい」


私と会長さんは顔を見合せ、こくりと頷いた。


「行ってあげて。大切な人達と二度と話せなくなるって、辛いから」


「ありがとう…!キャロちゃん!会長!」


グレーさんはくるりと私達に背を向ける。そして掌を天井へと向けた。


「『ヘヴンズフレア!』」


魔法によりガラガラと音を立てながら天井が崩れてくる。そうして出来た瓦礫の山を利用してグレーさんは一つ上の階へと移動した。それを見てリィちゃんの隣に立っていたアガリさんは後を追おうと駆け出す。


しかしそんな彼の進行方向に突然現れた青い炎の壁が彼の行く手を阻んだ。あまりの業火にアガリさんは立ち止まり、会長さんの方を睨む。


「会長…いくらあなたでも邪魔をするなら容赦はしないッ!これも全て、メアリー君の為だッ!!!」


「………」


会長さんが答えずにいると、タクさんとテンメイさんは一歩を踏み出す。


「会長にはシラツラを俺の代わりに救ってもらった恩がある。けど、それでも…俺にはメアリーが全てなんだ。メアリーがこんな俺に期待しているのに、何もしない訳にはいかないだろ…!」


「ボクは芸術家だ。だからこそ考える、芸術とは何か?それはそう、人の心を満たすものだ。何の意味も無いただの形、色、音、匂いに人は惹かれ、感動する。人間が健やかに生きるには芸術が必要なんだよ。そして、メアリー君は芸術そのものだ。彼女に従う事で、ボクは満たされている」


彼らはそれぞれ同じ思いで私達に敵意の目を向ける。そんなやる気を出す彼らを前に、会長さんは私に耳打ちをした。


「この中で最も警戒すべき存在は恐らくテンメイだ。魔法において彼程の才覚を持つ者はそういない」


「なるほど…」


「だが、この場にロナウドが居ないのは好都合だ。彼が居れば厳しかったが、今なら十分勝機はある。好きなように動いて。それを僕がサポートする」


「分かった」


彼からの伝令を聞き入れ、私は息を吐いた。全身の空気を抜くイメージ。不要なものを捨てて空っぽにするのだ。そうして必要の無い魔力を体内から出し切る。


数秒かけて魔力を枯渇させた私は、この真っ赤な瞳で目の前の彼らを見た。


「よし…」


この身体が軽い感覚も随分と久しぶりに思える。ムッテへと出発する前は毎晩プラントさんに稽古を付けて貰っていたものの、ここへ来てからは一度もこの手法を使っていない。思えば思いっきり羽を伸ばして戦うのもアカマルと遭遇した時以来だ。


タンタンと音を立てながらその場でジャンプし、身体を慣らした私はそのまま構えた。


「ふぅ…『てめぇの骨をバキバキに折ってやるから覚悟しろ』。『甘ったれたらその顔面を潰してやる』。よしよし」


訓練中にプラントさんの言っていた言葉を繰り返す事で闘志を漲らせ、向こうに威圧感を与える作戦だ。そうしてウォーミングアップの終わった私はニッと笑う。


「やるか…!プラントさん仕込みの格闘術!」


ようやく特訓の成果を見せる時が来たと、私の心は熱く燃え滾っていた。

アカマルは地下室へ連れて行くというウェルフルとの約束を、

セクシーはアカマルを倒すという仲間との約束を、

リィアガリタクメイは邪魔者を消すというスイミとの約束を、

グレシズカはメアリーを止めるとウェルフルとの約束を、

キャロは甘ったれたら顔面潰すというプラントとの約束を胸に戦っています。

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