ケイトの三分間
「…動きが止まッタ。終わったな、ウェルフルセンセイ」
セクシーは床に落ちている死体から視線を外し、私の方を見る。
「んじャ、再開カ?」
「………」
彼の問いには答えず、私はただただ目を閉じたウェルフルの顔を見ていた。そんな私に彼は大きな溜め息をつく。
「なァ、いい加減元気になッたらどうダ?意気消沈してる奴は弱くて適わねェんだヨ。そもそも、これはお前の望んだ事だろウ?」
「…あぁ、確かに私様…いや私はウェルフルを殺そうとしていた。自分が本物となる為に。自分の罪から逃げる為に」
「それで良いじャねェカ!分かるぜェ…負けているうちの俺は名も無いマンキー、何者でも無かッたんダ。オンリーワンの本物であるッてのは気分が良いぜェ!」
「けど、私は気付いてしまった。ウェルフルが命を落とそうが、私は依然変わらず偽物であったと。…すげぇよあいつは。これから死ぬってのに、自分を裏切った私を鼓舞したんだぜ?アイツは誰にも真似する事が出来ない、本当におかしい奴だった。世界に一人だけのウェルフルなんだ」
「だからこれからはお前がウェルフルッつう話だロ?精々頑張りナ!」
「あぁ…そう思ってたよ。けど馬鹿らしいよな、親友が居なくなってようやく気付くなんてさ。どう足掻いても私は何も無い、ただの空っぽのケイトなんだ。憎しみしか胸に抱いていなかった、最低の人間だ」
「そうクヨクヨすんなヨ!ナ!?もッと元気出そうゼ!?」
「悪ぃな…」
私は目の前のゴリラに、掌を向けた。
「お前を潰すまで、笑えねぇんだわ」
「オウ!来るカ!?」
「親友を…いや、もうそう呼ぶ資格もないか。ウェルフルを殺した張本人をこのまま見逃してやれねぇ。私はお前を倒して、ウェルフルの遺言通り彼女の亡骸を地下室へと運んでやる。それが…今の私の存在意義だ」
「オイオイ…ソンザイイギとか言ッてねェでもッと人生を楽しもうぜェ?」
「そうだな…楽しませてもらおうか。『人生最期の時間』を」
私は無詠唱で目眩しの火炎を彼の顔に放ち、その隙にもう一方の掌を彼の腹部に向けた。
「『ロックホエール』」
そう言うと、私の掌からは天井から床まで届くような寸大の岩が放たれた。その岩は目眩しとして放った炎をかき消しながら進み、セクシーの全身を押し潰す。…いや、厳密には違うか。
棒立ちしていたセクシーの身体を、岩は貫通したのだ。くっきりと彼の形の穴を残しながら飛んで行く岩を見る事もせず、彼は笑う。
「俺様の頑丈なボディーにはダメージを与えられねェゼ?」
「へぇ…これはどうかな?」
私が手をクンッと回転させると、廊下に爆音が響く。そう、セクシーに効かず通り過ぎた岩が大爆発を起こしたのだ。そしてそれと同時にビュンという空を切る音がする。そう、爆発した岩の中に空気で作った魔法の槍を仕込んでいたのだ。爆風に乗り、本物の槍以上の強度と鋭さを誇る十二の槍はセクシーの背中に飛んでいく。
だがしかし、カチンと音を立てて槍は弾かれた。形を保てなくなって消滅する槍にセクシーは笑う。
「無駄だぜェ?俺様の鍛え抜かれた肉体には傷一つ付けられねェ」
「ま、確かにお前にはどの道大した有効打は与えられなかっただろうな。だがもう一つの要因があるだろ?」
「ホォウ!気付いたカ!」
「たりめぇだ。こちとら魔法のプロだぞ。違和感ぐらい感じる」
セクシーはその太い指で自分の体毛を撫でる。
「俺様の毛は魔力を受け流す仕組みなのよォ。何とオドロキ、お前の魔法の威力は半減になッちまッタ」
「こうも自分の魔法が効かないとなると少しショックだな。初期のプルアにも魔法が効かなかったしよ」
「自信を持テ!生半可な魔法だッたら百パーセントカットだッタ!お前の魔法が優れている証拠ダ!」
「へいへいありがとよ。んじゃ、早い話近接戦しかねぇって事か…」
「筋肉が全てを凌駕するんダ!殴り合おうぜ♡」
私は先程と同じように彼の元まで駆け出す。…いや、違う所はある。それはあの時とは違ってすこぶる冷静であるという事。暴走する馬鹿な私をウェルフルは止めてくれたのだ。だからこそ、今回は前程隙だらけではない。
彼の微量な動きさえもじっくりと観察し、私は距離を縮めた。そして私が右の拳を握ると彼は私の腹部に視線を合わせて拳を振りかぶった。その動作を見て、私は姿勢を低くする。彼は私のパンチに対するカウンターを仕掛けようとしていたみたいだが、突然しゃがみこむ私に呆気を取られ、私の突き出したハイキックを彼は顔で直に受けてしまった。
ドスンと鈍い音が鳴る中、彼はギロリとこちらを見る。
「お前…嘘だよナ?」
「………」
「さっきよりパワーが落ちていル…!何故ダ…!」
彼は目をかっぴらき、少しづつ細くなっていく私の手足を見ながら憤る。そんな彼から足を引っ込め、私は冷静に答えた。
「答えは単純だ。私の身体は今、魔族から遠ざかっている」
「何だト…!」
「魔族は自分のなりたい姿へと変化する。だが…私は自分がウェルフルではない事を強く自覚してしまったんだ。だからこそ、徐々に人間へと戻っていっているんだよ。元の弱い私に」
「だが、一度魔族になッてしまえばもう二度と元には戻れヌ。人間の仲間にも戻れず、人間よりも弱いだけの雑魚になるんだゾ…!?」
「構いやしねぇよ。どうせこの戦いで命を捨てる腹積もりだ」
「グ…ググ…!」
地面にしゃがみこみながら私はセクシーの動きを待つ。そんな彼は歯を強く食いしばりながら鼻の穴を大きくして私の方を見下ろしていた。
「ふざけるナ!!!俺ァ強ェ奴と戦いてェんダ!何弱くなッちまッてんダ!?潰し甲斐がねェだろうガ!」
「んな事言われても知らねぇよ。私の意思でこうなった訳じゃねぇんだから」
「オイ!今すぐ考え直セ!そうだ、酒でも飲むカ!?パーッと飲んで色々忘れてよォ、自分がウェルフルッて事にしとこうゼ!ナ!一緒に楽しい時間を過ごそうゼ!」
「しつけぇな…今更どうしたって覆らねぇよ。私はケイトだ」
「クッ…この魅惑の筋肉隆々セクシーボディーの俺様の誘いを断るとはナ…」
「あ?どう考えてもしなやかな身体に程よく筋肉のついたウェルフルの方がセクシーだろ」
「…チョット待テ。お前もしかして結構ウェルフルセンセイに対してガチ?」
「うるっせぇな…そんなん今はどうだって良いだろ」
私は彼の言葉に眉を顰めるが、すぐにニッと歯を見せた。
「だが…何だか気分が良いぜ。今までは自分がウェルフルって事にしてたから気持ちを吐き出せずにいたが…こうなってくると開放感があるなぁ!自分が自分で居られるってこんなに気持ち良いのかよ!最高だぜ!」
「フン、俺様としては強いウェルフルのままで居て欲しかッたがナ…」
「安心しろよ。こっからはケイトがお前の事を楽しませてやるぜ」
次の瞬間、彼の腹筋に私の拳がぶつかる。しかしあまりの強度にロクに沈まず、私の拳は止まった。
「良いパンチダ…!」
「ちっ、やっぱ硬ぇな…」
「速度は力。身体能力が低下していく中、後方に炎魔法を放ッてその反動で自分の動きを早めたカ!」
「魔法が効かねぇんなら直接腕力でねじ伏せるしかねぇからな…!」
「ハッハッハ!そうだゼ!この体毛は直接殴り合う為に得た特性だァ!」
「こちとら魔法が大の得意だっつってんのによ…!」
「ほんなら、ここいらで本物のパンチッてもんを見せてやるカ!」
彼は私の腕を振り払い、迅速且つ無駄の無い動きで私の腹に拳を沈めた。その圧倒的な減圧に私は口の中の空気を全て吐き出すと、廊下の突き当たりの壁にまで叩き付けられた。アイツは初期プルアと違って物理攻撃は効くのだ。しかしそれでも、彼女との実力差を考えればセクシーの方が絶望感がある。
そんな私に追撃を仕掛けるように、彼はドタドタと廊下を駆け出す。
「拳を受ける寸前、風魔法で勢いを弱めると同時に服の下に岩魔法と水魔法を生み出して衝撃を弱めたカ!スゲェ!」
「畜生…魔法三つ使っても防ぎ切れねぇのか…!化け物が…」
「気になるゼ!お前はどれくらい耐えれるカ!」
彼と私の間に八つの岩の壁を生み出すが、それらを肩で砕きながら彼はどんどんと迫って来る。そしてそのそのまま私にまで到達した彼により私が叩き付けられていた廊下の壁は破壊され、私達は宙を舞う。まるでウェルフルと友達になった日のように。
当時の思い出がフラッシュバックしていると、落下しながらセクシーは指を三本立てた。
「三分ダ!今まで三分死なずに居られた奴は居ねェ!三分間耐え切れたらお前の名前を生涯忘れずに居てやル!」
「三分耐えれたらこっちの勝ちとかはねぇのな…」
「当たり前だロ!獲物が成長するのを待ッてやれる程世界は甘くは無イ!狩るか狩られるか何だぜェ!バトルッてのはヨ!」
「狩るか狩られるか…あぁ、そうだな。今までの私は確かに狩られる側の存在だった」
生み出した風魔法でふわりと宙に浮くと、私は落ちていくセクシーを見下ろした。
「だが今は違うぜ。狩ってやるよ、猿」
「ほォ…何をする気ダ?俺様には効かなかッただろう!お前のヘナチョコパンチはヨ!」
そう言って、彼は近付く地上を見た。
「このまま着地し、お前の方に跳んでやル!いつまでも安全にふわふわしてられると思うなヨ!地上に足付きャその瞬間、俺様の勝ちダ!」
「…足付けば、の話だろ?」
「ン?」
落ちて行く彼に私は掌を向けた。
「地面に到達するまで、死なずにいられるかな?」
「お前…まさカ…!」
「魔法を半減するんだったか?…上等だよ。いつもの倍当てりゃあ良いだけの話だ…!」
「魔力が枯渇するゾ!夢見んナ!」
「叶わない夢を叶えるのが魔族だろうが!ケイトに戻りかけているにせよ、私は依然変わらず魔族だ!魔族は夢見る存在だぜ…!」
「ヌゥ…!」
「精々堪能しな…『ケイトフルコース』」
その時、辺りの色が変わった。いや違う。放たれた数々の魔法が放つ様々な光に世界が七色に変化していったのだ。炎、風、氷、岩、水、雷。これはオリジナルの魔法ではない、ただの基礎魔法を乱打しているだけだ。そう、たったそれだけの誰にでも出来る魔法。
だがそれらの魔法はそれぞれ、まるで天翔る龍のような形と変化しながら空気を揺らして突き進む。きっとセクシーの目にはまるでこの世の終わりかのような景色が写っているであろう。
全てを燃やし尽くす炎龍、周りの物を全て吹き飛ばす竜巻のような風龍、全身が凍っていくような冷気の氷龍、人の生きる大地以上に頑丈な岩龍、穢れなく純粋に魔力を通す水龍、終わりの訪れを伝えるかのような轟音を響かせる雷龍。
その全てが、たった一匹の魔獣に襲いかかるのだ。
「こいつァ…スゲェ…!!!」
「………」
「バケモンじャねェカ…!最ッ高に…面白ェ…!!!」
六つの龍が集まり、一点へと集中した。セクシーを中心として六つの輝きが交差する大爆発が起こり、視界が光で包まれた。その様は実に美しく、魔法というものの可能性、芸術性、神性、そして残酷さの全てを物語っている。
そんな光が止んだ頃…そこにあったのは校舎や校庭を消し飛ばしながら生成された直径五十メートル程のクレーターであった。私は身体を浮かす為の風魔法を解くと、ふわりとクレーターの中へと着地する。
「随分と派手にやっちまったな…壁壊して説教されてたウェルフルの比じゃねぇや」
そうして殺風景なこの地を見渡していると、一つの黒い影が立ち上がるのが見えた。
「…まじか」
「最高だぜェ…!もッと…もッと殺るゾ!」
そこに立っていたのは…セクシーであった。あの神の一撃とも言えるような私の全力を受けても尚、彼は立っていたのだ。彼は両手を広げて真っ白な歯を見せる。
「ここまでスゲェのは初めてダ!興奮するぜェ…!俺様、お前の事が大好きダ!ドタイプ!!!」
「うげぇ…おめぇきめぇな…」
「だから見せろよォ…!お前の魔法ヲ!壊れて動かなくなる前になァ!」
その言葉に、私はぴくりと眉を動かした。
「…お前、何か勘違いしてねぇか?」
「ン?」
「三分間生き延びてみろって言ったよな?でも、それ逆だぞ」
ゴキッと腕を鳴らし、私は構える。
「私の前で三分間…お前が生き延びてみろ」
「ハッハッハ!確かにスゲェ火力だッたが、俺様はまだまだ死なねェゼ!?今のレベルの魔法をもう一回は耐えれル!」
「安心しろよ。トドメを刺すのは魔法じゃねぇ」
「どういう事ダ?」
次の瞬間、私は彼の背後に回り込んでいた。そして彼がその事実に気付くより先に彼の頭を地面に叩き付ける。そんな私の身体は青白い光をキラキラと放っていた。
「お望み通り、腕力で潰してやるぜ」
「…ッ!」
「使わせてもらうぜウェルフル。お前の…『ステップアップ』」
そこには最早、基礎魔法しか使えない弱いケイトの姿は無かった。
ウェルフルの一人称は全て私様で統一されており、アカマルの一人称は時と場合によって私だったり私様だったりとどっちつかずでした。しかし、自分がケイトであるという自覚を得た彼女の一人称は全て私へと統一されました。
…正直に言うと私様は書いていて違和感があったので私になってくれて嬉しいです。変な一人称にして後から普通に変えようとは最初から思っていたんですが、思いの外時間がかかりましたね。