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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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最強

「よう、調子悪そうだな」


暗い廊下で蹲る友人に私様は話しかける。私様にそっくりな風貌の彼女、ケイト。…いや、最早そっくりとも言えないであろう。


彼女の筋肉が肥大化し、全身の血管が浮かんでいるのも相まって人間としての原型を失っていた。その二本の角は以前と比べ太く、まるで猛獣の牙のようだ。そんな角は彼女の腕、足、背中にびっしりと生えている。青かった瞳も墨が侵食しているかのように真っ黒だ。


完全なる怪物と化してしまった彼女は歯を食いしばりながらこちらをギロリと睨んだ。


「まだ生きてたのかぁ…偽物ぉ…!」


「知らねぇみてぇだから教えてやるよ。ウェルフル様は不死身なんだぜ!」


「殺す…殺さねぇと私は永遠にウェルフルにはなれない…!」


彼女は人の腕のような太さの指で地面を押すと、苦しみながらも立ち上がる。生まれつき背の高い私様でも見上げるような体格。彼女は息を荒くしながらこちらの事を見下していた。


「この世界から…消えろ…!」


私様に向けてその大きな腕が振り下ろされる。あの歪な程に肥大化した筋肉から放たれる、必殺の一撃。満身創痍となった私様にそれを避ける程の脚力は残されていなかった。


しかし、私様の心は穏やかであった。


「『デスウィンド』」


「ぬぅ…ぬぅぅぅぅう!!!」


私様の魔法により吹き荒れる強風はケイトの拳の速度を減少させた。本来ならば腕が千切れてもおかしくないような風、それでも少しずつ前身している様は見事としか言う事がない。正真正銘、怪物だ。


だが、私様はあの時に真の怪物を目の当たりにしたのだ。当時はその怪物と相対していたのは他でもないこの私様だ。だからこそ、あの恐ろしさと強さをこの私様が一番よく知っている。


「『デスサンダーアロー』」


「グッ…!」


少しずつ前身するケイトの右足に私は電撃を纏った一本の矢を撃ち込む。それにより片足が痺れて重心を左足に移したのを確認したと同時に、私様は追撃を加えた。


「『デスクール』」


次の瞬間、ケイトの全身を支えていた左足が私様の魔法によって凍らされた。痺れた右足を浮かしていた彼女は当然バランスを取る事も出来ずにそのまま滑って両足が地面から離れた。


そんな彼女に、掌を向けた。


「『デスストーブ』」


宙に放り出された無防備なケイトの腹に私様の掌から出現した火球が放たれる。そして更に追い打ちをかけるかのように無数の小石が火球の後に続いた。その結果、吹いていた強風も相まってケイトの巨体は数メートルまで吹っ飛び、地面にヒビを入れながら床へと叩き付けられた。


そんな彼女はむくりと立ち上がろうとする。しかし、勝負である以上私様はとことん悪魔となった。


「『デスサンダーボルト』」


床、壁、天井、ありとあらゆるものを焼き尽くしながら放たれた電撃はケイトに迫っていった。しかし彼女が地面を蹴ると、電撃の合間を縫って私様の方へと接近してくる。


「ふざけてんのか…てめぇ…!何故基礎魔法しか使わない…!」


「ふざけてなんかないぜ。私様は一歩も動かず、基礎魔法だけで完封する。お前が私様にやった事と同じだ」


「舐めるな…!」


「…舐めてんのはどっちだ?そういうお前は何故魔法を使わない?」


「私は…自分の力を証明する…!魔法を使わずとも、最強の肉体がある…!だから負けない…!誰にも負けちゃならないんだ…!」


「私様も自分が最強だと信じていたよ。お前に負ける、あの時まではな」


「死ねぇ!」


次の瞬間、私の左腕が無くなった。魔法の使用が間に合わない程の速度で彼女は動き、その正拳突き一つで私の腕を消し飛ばしたのだ。今まで感じた事の無い苦痛にも、この状況だからこそ耐える事が出来る。


私様は接近してきたケイトの首筋に手を当てる。


「見せてやるぜ…最強をな!」


「最強は私だ…!」


「『デスボルケイノ』」


ケイトの首筋に大爆発が起きた。しかし彼女は効いていないのか顔色一つ変えず、再び拳を振るう。その結果、私様は右腕をも失う事となる。だが右腕がころころと地面を転がっていても、私様は笑みを絶やさなかった。それに対しケイトは顔を歪ませる。


「両腕を失ったのに何を笑っている…!」


「いやぁ、嬉しいんだ!」


「あ…?」


「あれはもう…七年前になるか?その時からずっと願ってたんだよ!こうしてお前とまた会話をするのをさ!」


「………」


「お前は随分と変わっちまったがよ!こうしてお前の怒りを一身に受けているとお前の本心を聞けたような気がして満たされるんだよ!両腕を失ってんのにここまで嬉しいなんて、やっぱり私様はマゾヒストかもしれねぇなぁ!?」


「いい加減閉じろ…!その口を…!」


「嫌だね!もっともっと話そうぜぇ!?ケイトォ!」


「話す事はもう何も無い…!」


「こっちはあんだよ!」


「直ぐに話せなくしてやる…!」


彼女はもう一度拳をお見舞いしようと構えをとる。しかし彼女が動くより先に、私は口をカパッと開いた。


「『デスドラゴンズブレス!』」


口から炎が放たれ、視界が炎に包まれたケイトは一瞬動きを止めた。そんな彼女の隙をつき、私は更なる魔法を使う。


「『デスウィンドカッター!』」


空気を固めた刃が右、左、右と交互にケイトへの襲いかかる。その結果彼女の肉体に切り傷は出来るが、それでも大した深手にはならない。


彼女は足を振るい、私の左足に蹴りを入れる。すると両腕と同じようにその勢いに私の左足は身体から離れた。ついに一本足となってしまい私様は眉を顰める。


「足一本だと…これから跳びながら移動しなくちゃいけねぇのかよ?めんどくせぇな…」


「ならもう一本も失わせてやる…!」


ボキンという音を立て、もう一方の足も彼女の重い蹴りによって吹き飛んでしまった。そうして四肢を失った私様を、ケイトは地面に叩き付ける。その勢いに私様は口から血を吐いてしまった。


しかし、そんな私様を前にしてケイトは困惑したように目を揺らしていた。


「何故だ…!何故消えない…!何故その瞳にはまだ…光が宿っている…!?お前はもうすぐ死ぬんだぞ…!?」


「お前な…人の話を聞かねぇのは昔から変わらねぇんだな」


「何だと…?」


「嬉しいからっつってんだろうが!夢のようだよ!お前とこうして戦えてさ!もう一度会話してさ!私様はずぅっっっっと待ってたんだぜ!?お前が顔を見せるのをよぉ!」


「正気か…!?」


「お前はまぁ、ずっと私様を殺したがってたみてぇだけどよ。私様にとっちゃ…お前はいつまでもかけがえのない小さな宝物なんだ。だからお前にどんな風に扱われてもよ、手の届く所に宝物が居てくれるのが嬉しいんだ」


「………」


「ま、届かせる手はもう無くなっちまったんだけどな!ゲホッゴホッ…」


あまりにもテンションを上げすぎたせいか私様は再び血を吐き出した。そんな私様を、ケイトはただただ黙って覗き込んでいる。


だが次の瞬間、ケイトは私様の視界から外れた。彼女は地面をゴロゴロと転がりながら少し離れた場所に倒れ込んでいたのだ。その状況に、一瞬理解が追い付かなくなる。


「ウェルフル先生がボロボロにやられてらァ!こんな事もあるもんなんだナ」


「お前は…」


倒れる私様の傍に立っていたのは…拳を突き出したロナウドであった。恐らく、彼がケイトを殴ったのだろう。彼はこれ以上無いぐらいに口角を上げると、その真っ白な歯を見せた。


「俺様、丁度退屈してたんだヨ。殺り合おうゼ!?」


「ロナウド…お前…?」


「ン?残念だッたな先生。俺様はロナウドじャなイ」


彼がそう言うと、メキメキと音を立てながら彼の身体は巨大化していった。彼は今のケイトと同じぐらいの体格になり、全身から茶色の毛が生え始める。顔にもかかった体毛から覗かせる真っ赤な瞳をギラギラと輝かせ、彼は今まで以上に鼻息を荒くさせた。


その姿はまさに…ゴリラの魔獣であった。


「自己紹介するゼ!俺様の名前はセクシー。スイミと共に魔族の帝国を作るのを目的とした、スーパーアルティメットゴリラだぜェ…!」


「ロナウド…お前魔族だったのか…!?」


「いずれは正体を明かして先生とも殺り合おうとしてたぜェ?けどこうなッちャ終いだナ」


やれやれと言わんばかりのポーズを取るロナウドを前に、ケイトは言葉を荒らげた。


「てめぇ…何私様を殴ってやがんだ?この私様を誰だと思ってやがる…!」


「ン?ターゲットのうちの一人だと思ってるゼ?逆さの砂時計が今回の目的だが、お前らリィハー一行は見かけ次第殺して良いと言われていル」


「誰が殺されるか…!相手を見て喋れ!」


そう言うと、ケイトはロナウドに向かって走り出す。それを見てロナウドはニヤリと笑い、一歩を踏み出した。


「力比べかァ!?おもしれェ!来いよオーガ!」


「喰らえぇぇぇぇえ!!!」


二人の拳が合わさった瞬間、空気が弾けた。そしてそれと同時に辺りには血が飛び散ったのだった。そう、拳がぶつかり合った時、ケイトの腕から血が溢れ出たのだ。そしてそのままロナウドが拳を押し込むとケイトはまたもや地面を転がる結果となる。その事実に、ケイトは青ざめた。


「嘘だろ…?この私が…力比べで負けた…?」


「ウォッホッホウゥ!中々良いパワーだッたぜェ!」


ロナウドは両手を後頭部に当てて女性であれば欲情的であろうポーズを取ると、そのまま語り始めた。


「俺様はジャングルの王者になろうと他の生物と切磋琢磨していた、ただのちっぽけなマンキーだッタ!だが俺様は魔族となる事で究極のパワーを手に入れ、この世で最もパワフルな存在となったんだゼ!」


「私だって…最強の存在になろうと…!」


「ノンノン。見た所、オマエはウェルフル先生になるッつう願いもあッたんだろウ?だが俺様は純粋に力を求めた、それが全てなんだゼ!」


「認めてたまるか…認めてたまるかぁ!!!」


ケイトは冷静さを失ったようにロナウドの元へと再び駆け出す。その様子を見て嬉しそうに高笑いをしながらロナウドを自身の腹をポンと叩いた。


「ガッハッハッ!我武者羅なのは良い事ダ!好きだぜェ、そういうノ!」


「私様より強い存在なんて…居ていい訳がねぇ…!」


「行くぜェ!」


「ウォォォォォオ!!!」


ロナウドは笑いながら拳を握る。そしてそんな彼にケイトは叫びながら向かった。しかし…結果は火を見るより明らかだ。ロナウドの方が力もあり、冷静さを欠いていない。先程は吹き飛ばされるだけで済んだが、今度は…


展開を察知した私様は唱えた。


「『デスミニウィンド』」


私様が魔法を唱えると、生み出した風によって四肢を失った私様の身体は浮き上がった。それを見てこれでもかというぐらいに目を見開いたケイトは叫んだ。


「ウェルフル!!!」


本来、この一撃はケイトが受けていたものだ。しかし私が目の前に飛び出してロナウドが距離感を見誤った事、そしてケイトの中に迷いが生まれて失速した事によって最悪の結果は避けられた。


私様の身体をロナウドの拳が突き破るぐらい、どうって事はない。ケイトが無事で良かった。


全く…何処までも世話を焼かせる親友だ。

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