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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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小さな宝物

『おー…?つまりダッショクソウの毒をトケバナの蜜が相殺してくれるって事…?』


『ちげぇよ馬鹿。トケバナはダッショクソウの毒を活性化させんだよ』


『難しい…』


ケイトと知り合って早一年。毎日のように彼女に猛アプローチをしていた私様にケイトは少しづつ心を開いていき、いつの間にか私達は親友とも言える仲となっていた。最初はあまり学校に来なかった彼女も、段々と学校に通う時間が増えてきている。相変わらずのポンコツだが思考力も以前と比べて向上しているようだ。


そしてそんな彼女の自宅にて、私様は今薬学についての授業を行っている。こうして彼女の元へ勉強を教えに来るのは何度目であろうか。最初ケイトが領主の娘と知った時は驚いたが、彼女のこの広々とした屋敷にも慣れつつある。


そうして授業を続けていた私達だったが、私様は持っていた参考書を置いた。


『んじゃ、結構長くやってたし休憩にすっか?』


『やった』


『あんまり一度に詰め込んでもパンクするだけだしな…私様はツウの婆さんのとこ言ってお茶でも貰ってくるぜ』


『………』


『あー…また思考停止したか。まぁ戻る頃にゃ目を覚ましてるだろ』


椅子に座って放心する彼女を横目に私様は立ち上がる。こうなるのはもう慣れっこではあるが、それでもまるで人形のように固まる彼女を見ていると不安になってくるものだ。


私様は使用人のツウを探す為に部屋の扉を開ける。そして一歩踏み出した時、誰かとぶつかった。


『お、すまねぇな』


『………』


『あ…?あんたはまさか…』


扉の先でぶつかった人物、それは見覚えのある黒い髪を短く切りそろえた中年の女性であった。彼女は血色が悪く、モップのように細い手足をふらふらとさせながら大きなクマのある青い目でこちらを見ていた。


そのやけに既視感のある姿に私様は察する。


『もしかして…ケイトの母ちゃんか?』


『…えぇ。ケイトと仲良くしてくれているようね、ツウから聞いたわ』


『ここに通い始めてから結構経つけど初めて会ったな』


『普段私は仕事をしているから』


彼女の様子を見るに、何の仕事をしているかは知らないが明らかに仕事をしていい状態ではないのは明白だ。今すぐにでも医者に診てもらった方が良さそうである。


と、そこまで考えた所で私様はある疑問が思い浮かんだ。


『なぁ…あんたの旦那は何してんだ?領主なんだろ?何でケイ母が働かなくちゃならねぇんだよ』


『今は私が領主よ。だから休む訳にはいかないの』


『あぁ?』


『ケイトの顔を久しぶりに見に来たけど…もうあまり時間が無いわね。私は仕事をしてくる。じゃあね』


『あ、おい…』


そう言い残し、ケイトの母ちゃんはスタスタと急ぎ足で廊下の奥へと消えてしまった。その様子に疑問を抱いていると背後から突然声がする。


『すみません。デリ様…ケイト様のお母様はあまり愛想がよろしくなくて』


『うぉっ!?んだよツウの婆さんかよ…驚かせやがって』


バクバクとする心臓を抑えながら私様はツウに聞く。


『なぁ、前々から思ってたけどよ…ケイトんちっておかしくねぇか?何かツウの婆さん以外の使用人がケイトと話してるのなんか見た事ねぇし、親も放任主義な印象を受けた。何でなんだよ?』


『この一年でウェルフル様が信用に足る人物であるのは承知しています。なのでお話するのは構いません』


『おう、聞かせな』


『かしこまりました』


ツウの婆さんはゆっくりと話し始める。


『デリ様の旦那様、ボールダン様は元々ムッテの領主の正当なる後継者として生まれました。そんなボールダン様は若くして魔族によって親を失い、幼少ながらも何とか領主としてムッテの町を守ってきたそうです』


『あー、じゃあこの屋敷も元々はケイトの父ちゃんの物だったのか』


『そしてボールダン様が二十五を迎えた頃、彼はある仕事の為にムッテの外へと出向く事となりました。その町の名はヤーパン。彼はヤーパンの資源を得ようと取引しに行ったのです。そしてそこで出会ったのが、ヤーパンの領主様の一人娘であるデリ様でした』


『二人とも領主の家の生まれだったのかよ?』


『貴族は血を絶やしてはならない、なので結婚を急ぐものです。しかし両親も居らずあまり結婚に頓着の無かったが為に二十五まで独身でいたボールダン様でしたが…デリ様に一目惚れをなさったのです。そしてデリ様もボールダン様の紳士的な立ち振る舞いに惹かれており、御二人が恋仲になるのにそう時間はかかりませんでした』


『ヒューヒュー!』


『しかし、問題がありました。デリ様には既に許嫁が居たのです。そしてデリ様のお父様は支配欲が強い御方であり、自分の決めた筋書き通りに事が進まなければ癇癪を起こすような御方です。なので御二人の交際には声を荒らげて反対していました』


『んだよ、頭が硬ってぇな』


『ですが愛し合っていたデリ様とボールダン様はどうしても諦め切れず、どうしたものかと困り果てておりました。そこで元々デリ様の侍女であった私めが御二人の逃走の手助けをし、御二人は無事にムッテにて結ばれたのです』


『よくやった婆さん!ナイスアシストだったぜ!』


『しかし、御二人の幸せは長くは続きませんでした。月日が流れ、デリ様が身篭った時の事でした。何とデリ様のお父様はムッテへと何十人もの暗殺者を送り込んだのです。理由は自分の元から逃げ出した娘と娘を唆した男を殺す為。その計画を知った私はムッテへ行く知り合いを通じて御二人に逃げるよう伝えました』


『よくやった婆さん!本当に!』


『そうして御二人は屋敷を捨ててムッテを離れ、逃亡生活が始まりました。御二人は追っ手が迫る中何とか町から町へと移り、命懸けで生き長らえていました。そして何の因果か、逃げているうちに御二人はヤーパンへと戻って来たのです』


『…ほう、んでどうなったんだ?』


『それを知って喜んだデリ様のお父様は町を封鎖しました。御二人を捕らえるよう人相書きと共に町民に御触をしました。そうして逃げる事も叶わずに御二人の一時も休まらぬ苦しい逃走劇が始まったのです』


『町の奴ら全員が敵か…中々きちぃな…』


『そんな状況にて、御二人が限界を迎えるのもそう遠くはありませんでした。最終的に追い詰められたボールダン様は…デリ様を下水道へと逃がし、自分が囮になろうとデリ様を置いて立ち去ったのです。その後、ボールダン様がどうなったのかは誰にも分かりません。ですが良い結果は訪れなかったでしょう』


『………』


『たった一人、下水道へと残されたデリ様は恐怖から下水道を出る事が出来ませんでした。彼女はネズミを食べ、下水を飲む事で何とか命を繋ぎ止めていたのです。出入り口は包囲されている上に、ボールダン様のお陰で逃げ仰せた彼女には一人で逃げ切る自信がなかったのです』


『どうなったんだよ…?』


『幼少期からデリ様を見守ってきた私は、彼女が臆病であるという事を知っていました。ですから必ず人目につかない安全な所に隠れているのだろうと思い捜索した結果…二週間の時を使いとうとうやつれきったデリ様を発見する事が出来たのです。…その時のデリ様は赤子を抱いておりました』


『………』


『私は全財産を全て投げ打って都合の悪い場所を警備する者に賄賂を送り、思うように動かしてデリ様と共に町を逃げ出す事に成功しました。そうしてまた昔のように、私はデリ様の侍女としてムッテで暮らし始めたのです』


『…そうだよな、だから今ここに居るんだもんな』


『しかし…劣悪な環境に身を潜めていたデリ様の体調は悪化しつづけるばかりでした。そんな彼女はボールダン様のお仕事を全て引き継ぎ、何とか生活をする為の資金を得ようと努力し続けました。その時点で心苦しいものではありましたが、デリ様にとっての最大の不幸はこれからでした』


『最大の不幸…?』


『最愛の我が子、ケイト様は…手足を動かす事が出来なかったのです。子供というのは親の栄養を分けてもらうものです。しかし、衛生上問題のある下水にて暮らしていたデリ様から分け与えられるのは栄養ではなく、毒です。よってケイト様は脳に欠陥を抱えた状態で生まれてしまったのです』


『それで…ケイトは…』


『デリ様は働かなければならない使命感と、ケイト様に対する罪悪感によってケイト様と顔を合わせなくなりました。そして暗殺者に狙われた経験から信用に足る私にだけケイト様の面倒を見る事を許し、それ以外の使用人達にはケイト様との接触を禁じました』


『…成程なぁ』


『以上がウェルフル様の疑問に対する答えです。満足していただけましたか?』


『あぁ、満足だ』


私様はうんうんと頷き、口を開いた。


『親友の人生についての大事な話を聞けて良かったよ。けど、その追っ手とやらはもう大丈夫なのか?またこの町に暗殺者が来るかもしれねぇんだろ?』


『御心配なく。内乱が起こり、ヤーパンの領主は変わりました。乱によりデリ様のお父様は命を落としてしまい…』


『…あぁ、そうかよ』


とんでもない話を聞いた私様ははぅっと息を吐く。ふと改めて婆さんの顔を見てみると彼女の表情は心做しか険しく感じた。そりゃあそうだ、彼女にとっても気持ちのいい話な訳が無い。


だからこそ、私は口を開いた。


『安心しろよ婆さん』


『ウェルフル様…?』


『当たり前の事だけどよ、今の話で改めて命の重さってもんを思い知った。愛し合う二人が出会って、命を懸けてケイトを産んで、今も尚ケイトの幸せの為に必死に働いている。人ってのはこの世に溢れ返ってるが…それでも一人一人にルーツがあるんだもんな』


『………』


『だからよ』


私様は扉をガチャリと開く。その先に見えるはわたわたとしながら慌てたように視線を動かしまくるケイト。そんな彼女はこちらに気付くと、ぱあぁと顔を明るくして言った。


『良かった…ウェルフルはもう帰っちゃったかと思ったよ。それにツウももう歳だし、居ないって事は何かあったんじゃないかって思って…』


『ケイト様…』


『そのね、ツウ…何かあったかもって思わないとこんな事言えないのは変だけどさ…』


ケイトは小さく笑った。


『いつもありがとう。ツウのお陰で私は生きていけてるんだ。恩を返すのはまだまだ先にはなるけど…今は言葉だけで精一杯。愛してるよ、ツウ』


『………』


目を細めてケイトを見る婆さんに、隣に立つ私様は言ってやった。


『この小さくてか弱い私達の宝物をよ、一生大事にするって誓ってやるぜ。なんてったって親友だからな!』


『…はい、よろしくお願いします』


『二人とも、何の話?』


よく分からないと言わんばかりに眉を顰めるケイトを、私様とツウの婆さんは微笑みながら眺めていた。

貴方だって誰かの小さな宝物です。

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