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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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ケイト

ズンズンと廊下を進んでいるとやけに周りの視線が痛い事に気が付く。これは私様の完璧なる推測だが、恐らく学校一のイケメン女子であるこの私様が廊下の真ん中を血走った眼で鼻息を荒くしながら大股開いて歩いているからであろう。だがそんな事はどうだっていい。


未だに興奮が冷めきらないのだ。午前中、毎年恒例の決闘イベントに初参加した。生まれてから挫折を味わった事がない私様なら余裕の優勝と思っていたが…そこで私様は生まれて初めての完敗を味わったのだ。


その相手とは…脳の障害を患った一人の少女、ケイトである。明らかな格下だと思っていた相手は、私の想像を遥かに超える化け物であったのだ。基礎魔法のみで完封されたのにこんなにもワクワクしているとは、マゾヒストの才能があるのかもしれない。


そうして廊下を進んでいると、前方に目的の人物が見えた。使用人の服を着た風格のある老婆に車椅子を押される、黒髪の少女。横顔から覗かせるブルーベリーのような青色の瞳は静かに地面を見つめていた。


獲物を捕捉した所で、私は全速力で廊下を走った。


『オラァァァァァァァア!!!』


目ん玉をかっぴらき、少し動けば触れられる距離まで私は顔を近付けた。そして歯を剥いて彼女に話しかける。


『ケイトてめぇ!さっきはよくもボッコボコにしてくれたな!?気に入った!お前は今まで私様が戦った中で最も強い!友達になろうぜ!!!』


ここまでの至近距離にも関わらず、ついつい興奮のままに私様は大音量で叫んでしまう。ケイトや彼女の従者は勿論、廊下を歩いていた人々にもバッチリ聞こえているであろう。そんな中、あまりの迫力に圧倒されたのかケイトは眉一つ動かさずじーっとこちらを見ていた。


そして目をぱちくりとさせたと思うと、小さく口を開く。それは彼女らしいほんの少しの雑音にでも掻き消されてしまいそうなか細い声であった。


『あれ…いつの間にか人が居る…?』


『あ?』


『えっ…と……何の用?』


彼女の疑問の意味が分からず、私は呆然と立ち尽くした。するとそれを見兼ねた従者の老婆が補足をしてくれる。


『ケイト様の脳機能は生まれながらにして人より劣っています。その影響で時々思考が完全に止まってしまわれる事もありますが、ご了承ください』


『あぁ…何だそういう事かよ。私様の爆音ボイスも聞き取れない程の難聴なのかと思ったぜ…』


『ねぇツウ。この人は?』


『ケイト様、この方はケイト様のお友達になりたいそうですよ』


『え…』


ケイトはきょとんとした顔で瞬きをした。


『私と?ツウとじゃなくて?』


『ケイト様とですよ』


『あー…』


『そういうこった!どうだ?あの私様とお近付きになれるなんてそうそうないぜ?』


『あーーー…』


『…おい?』


『あーーーーー…』


『…失礼しました。友人など初めてな経験のもので、ケイト様はまた思考停止してしまったようです』


『めんどくせぇなこいつ!』


私様はおでこに手を当てると、溜息をつきながら使用人の方を見た。


『なぁ…ツウだっけか?こいつこんなんで生活は大丈夫なのかよ?』


『失言を承知で申し上げますと、ケイト様に生活能力はございません。なので常に私めが傍に居るのです』


『難儀なもんだな…』


『軽蔑しましたか?』


『あ?何でだよ』


彼女の問いに答えると、ツウは豆鉄砲を食らったかのように呆然とした。


『今まで、ケイト様の才能や容姿、富に惹かれてお近付きになろうとした人達は何人か居ました。しかし彼らは皆、ケイト様と少し会話をすると見限って去って行きます』


『過去に何人来ようがそいつらと私様は別人だろうが。ま、才能に惹かれたってのはそうだがよ。友人になる以上それなりに大事にはするぜ?』


『…失礼ですが、お名前は?』


『ん?おう、ウェルフルってんだ。よろしくな婆さん!』


『ウェルフル様。ケイト様に友人が出来るのは、私めとしても大変喜ばしい事です。ですが、同時に大切な主であるという事も事実。なのでケイト様を本当に大切にしてくれると誓えるならば、友人となる事を許しましょう』


『大切にしねぇならそれはもう友人じゃねぇだろ?』


『…心配するまでもなかったようですね』


ツウは満足したようにケイトの頭を指でツンツンと続く。するとその感覚に我に返ったのか、あーっと言い続けていた彼女は発声を止めてツウの顔を見上げる。


そんな彼女にツウはにっこりと笑いかけた。


『おめでとうございます。初めてのお友達でございますね』


『えぁ…?』


『ケイト様もウェルフル様の事を大事にするんですよ』


『どち…あ?何だっけ…ど…と……あぁ、友達だ。もう友達になったの?』


『はい、私が許しました』


『わた、私の意志は…』


『ケイト様に任せると話が進みませんので。ケイト様、友人が出来る千載一遇の好機なんですよ?逃す訳にはいかないじゃないですか』


『でも…私…この人…ツウ…せんざいぐー……何を言いたかったんだっけ…?』


『ま、とにかくそういうこった』


私はツウの手を車椅子からひっぺがすと、代わりに自分でグリップを握る。その行動にケイトもツウも疑問視したような目でこちらを見てくる。


そんな二人に、私はニヤリと歯を見せた。


『んじゃ、婆さん。こいつの事借りてくぜ』


『借り…?』


『じゃあな!後で家に送り届けてくから心配すんなよ!』


『お待ちくださ…』


『出発進行!!!』


足に力を入れると、私様は車椅子を押したまま廊下を全力疾走し始めた。ツウとの距離がどんどんと離れる中、私様という誘拐犯に連れ去られたケイトは涙目で口をぱくぱくとしていた。


『お…落ちちゃう!危ないよ!』


『落ちたら拾えばいい!』


『死ぬ…!死んじゃうよ…!』


『私様を信じろって!』


『信じられな…あわわわわわ…!』


私達の行進に、目の前を通り過ぎる生徒達は慌てて私達の進行ルートから離れる。車椅子の少女を率いてとんでもない速度で走っている事に対し、悲鳴をあげる生徒もちらほらと居た。だが変な目で見られる事になれている私様は気にせずどんどんと速度を上げた。


そんな中、前方に曲がり角が見えた


『うし、ここらでちょっとしたお楽しみと洒落込むか!』


『え…?』


『《デスウィンドカッター!》』


ケイトの目の前に十字にクロスした二つの空気で作られた剣が生み出される。そしてその二つの剣は私達の速度を上回る速さで前へと向かい、曲がり角を曲がらずそのまま真っ直ぐ進む。


そして、校舎の壁を粉々に切り裂いた。その結果勢い余った私達はそのまま空中へと放り投げられる。やはり四階なだけあって中々良い眺めだ。


『落ちる落ちる落ちる落ちるー!!!』


『そんなに泣くなよ。そうだ、キャンディーあるけど食うか?』


『そんな場合じゃないー!』


車椅子から宙に放り出され、ぐるぐると目を回しながらケイトは涙を撒き散らしていた。やはり使用人が一緒に居たからか、今まで四階からのダイブは経験していなかったようだ。お嬢様だから仕方ない。


私様は空中でクルリと軽く回転すると、魔法を唱える。


『《ステップアップ》』


身体能力が向上した私様は空気を蹴り、砲弾のような速度で地上へと飛んでいく。そして両足でしっかりと着地の衝撃を受け止めると、今度は空に見えるケイトの方へと跳躍する。


そのまま、両腕でケイトの事を抱き抱えた。今まで泣きじゃくっていたケイトは小さく私の顔を見ると、赤くなった鼻をグズりと鳴らして呟いた。


『怖かった…』


『悪かったって。普段、ゆったりとした車椅子でつまんねぇだろって思ってさ。だからスリルを与えようとしたんだよ』


『………』


『だからそう泣くなって。な?』


内心やらかしたと思いながら、私様は不器用な笑顔をケイトに見せた。すると彼女は相変わらず鼻をグスグスと言わせながら俯く。


そして、小さく呟いた。


『腕…暖かい』


そう言い終えると、彼女はがっくりと脱力する。気絶したのか、ただ単に寝たのか。瞼を閉じた彼女の寝顔を見ながら私様は独り言を漏らす。


『こいつの身体…あまりにも細いな。ちゃんと飯食ってんのか?それに暖かいだとよ。人の温もりなんだから当たり前だろうがなめんなよ』


不自然な存在である友人を抱き抱えたまま、落下していた私様は着地する。その後やって来たセンコーのオコテルに壁を壊した件と廊下を爆走した件で説教を食らったのは言うまでもない。

私の母は幼少期、木や教会に登るのが好きでよく骨折していたらしいです。ウェルフルと仲良くなれそうですね。

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