仲間
「あ、会長!それにキャロちゃん!」
例の地下室の前にて。こちらに気付いたのか、前方に見えるグレーさんはブンブンと手を振って私達に挨拶してくる。それに対し会長さんは眉一つ動かさずに軽く手を上げた。そして会長さんにおぶられた私も同じく彼女に手を振り返す。
グレーさんは元気にこちらへと駆け寄り、私達に語り始める。
「無限に広がってた地下室だけど、ウニストスで異変が起こる前の地下室に戻ったわ!多分、会長達が何とかしてくれたのよね?」
「………」
「あ、はい。会長さんが幽霊騒ぎを終わらせてくれました」
「という事は…後はあの赤いウェルフル先生さえ何とかすればいいって事?」
「それが…」
「うん?どうしたの?」
「その…」
私は言葉を発そうとするが、どうにも言うべき事が纏まらない。彼女にとってスイミさん、いやメアリーさんは苦難を共にした生徒会の仲間だ。それがまさか魔族で、自分達を裏切っていたとなると彼女はどう思うのであろうか。私だって、リィちゃんに襲われた時は悲しかった。私とリィちゃんが過ごしていた以上の月日を過ごした彼女達ならばより深く傷付くかもしれない。
言うべきかどうかで悩み、ふとグレーさんの顔色を窺った時であった。何故だかグレーさんは全てを理解したかのように目を伏せながら苦笑いをしていた。
「会長の事だもん。隠し事をする時の仕草ぐらい分かるよ」
「………」
「今の会長、凄く悲しそうな目をしてる。それにキャロちゃんだって言うのを躊躇ってるね。その様子を見るに、きっと私の心を傷付けないようにしてる」
「それは…」
「こんな非常事態なんだから、全てを知っておかなきゃならない。だから聞かせて、何があったの?」
そうは言っても、私も会長さんも中々言い出せずにいた。そんな私達を見て、グレーさんは深いため息をついた。そして自分の顔が見えないように、くるりと背を向ける。
「分かってるのよ。どうせ…メアリーの事なんでしょ?」
「どうしてそれを…」
「やっぱり」
グレーさんは鼻をグズグズと言わせ、震えた声で言った。
「私ね…知ってたんだ。メアリーが魔族って事」
「…知ってたんですか?」
「ずっと一緒にやってきた親友だもん。同じ生徒会の女子同士遊ぶ事も多くてさ…気付いちゃった。彼女は虫の集合体なんでしょ?」
「ならどうしてそれを黙っていたんですか…?」
「…本気で思ってたんだ、メアリーは友達だって。きっと彼女は魔族だとバレてしまうのを恐れて人間として暮らしているんだろうなって。だから彼女が魔族である事は私の胸の中にだけ仕舞って、今まで通り仲間として過ごそうとしたんだ」
「グレーさん…」
「けど、二人の反応で確信した。メアリーの方は私の事、友達だと思ってなかったみたい。あーあ。私ったら本当に馬鹿だね」
言葉でこそ強がっているが、彼女が無理をしているのは誰の目から見ても明らかであった。背を向けたまま震える彼女に、会長さんは一歩前へと踏み出す。
「グレー」
「…何?会長?」
「メアリーは僕達の仲間。それは今も昔も、ずっと変わらない」
「でも…」
「話し合うべきだ。メアリーが本当の自分を曝け出したなら、その上で語る事がある筈」
「………」
グレーさんは何も答えず、ただただ黙り込んだ。そしてその沈黙の中で答えを出したのか、彼女は自分の顔を袖で拭くと振り返ってその真っ赤になった目でこちらを向いた。
「ありがとうシズカ。私、弱気になってた。そうだよね、まだ諦めるには早いもんね!メアリーの本音を全て聞き出すまで、あの子はまだ生徒会の一員なんだから」
そう言って笑う彼女に、会長さんはこくりと頷いた。そんな彼らの姿は何だか微笑ましく、素が出てシズカと名前で呼んでしまう様はまるで兄妹のようだ。きっと深い絆で結ばれているのであろうと空気感で分かる。
そんな彼らに茶々を入れるように、聞き馴染みのある声が割り込んできた。
「ラブラブしてる所悪いな。邪魔するぜお二人さん」
その力強く何処か落ち着いたような声は地下室の方から聞こえてくる。そしてコツンコツンと階段を上がる音と共に姿を現したのは…アカマルであった。しかし、アカマルとは違い肌が赤くない。よって彼女がアカマルとは別人であるという事、リィちゃんの言っていたウェルフルという人物である事を理解する。
そんな彼女には…左足が無かった。ウェルフルさんは階段の手摺りに寄りかかりながら静かにこちらを見ている。
「ウェッ…ウェルフル先生!?安静にしてなきゃ…!それにラブラブじゃないですから!!!」
「もう大分動けるようになったんだから良いだろ?出血も止まったしよ」
「あの…先生、本当に大丈夫ですか…?」
「生きてんだから大丈夫だろ。ま、アイツには相当こっ酷くやられたけどな〜」
重症の中、そんな軽口を叩きながら大笑いするその姿はアカマルそのものであった。見た目も性格も声もここまで一致していると、まるで本当に彼女がアカマルなんじゃないかと思えてくる。
そんな彼女はへらへらとした態度から一変し真面目な表情へと変わると、会長さんの背中に居る私の方を見た。
「お前、さっきの黒チビ助の仲間か?」
「黒チビ助…あぁ、うん。キャロと申します」
「って事はアカマルって奴の仲間でもある訳だ」
「そうですね」
「成程なぁ」
ウェルフルさんは納得したように頷くと、目を閉じながら言った。
「ま、もう黙っておくのは難しいな。お前らに教えてやるぜ、アカマルってのが何者なのかをよ」
「知ってるの…!?」
「初めてアイツと対面した時、嫌な予感がした。そして戦っているうちにその予感が的中しているのを確信した。言うなれば、アイツは私様自身なんだよ」
「ウェルフルさん自身…?」
「そこんとこ詳しく説明するにゃあ、私様の昔話を聞いてもらうぜ。『ケイト』という生徒についての話だ」
彼女はコホンと小さく咳をし、過去について語り始めた。
〜〜〜〜〜〜〜
「らんらんらーん、たっのしいな〜♡」
私はご機嫌に廊下を堂々と闊歩する。あのシークイとかいう怪物が居なくなり、もう何かに怯えながら行動しなくても良くなったのだ。このスイミちゃんの可愛さにメロメロとなった生徒達に視線を向けられる中、悠々自適に歩くのは気持ちがいい。しかもリィハーちゃんという可愛くて使える下僕を手に入れたのも良かった。
「やっぱり私は大天才だね〜。こんなにも全てが思い通りに行くなんて!長い期間潜入してきた甲斐があったね!」
世界中の追い風が自分に吹いているのを感じる中、私は一つの扉の前で足を止めた。その部屋の名は医務室。寄生先のリィハーちゃんを通じて、アガリくんがタクくんとゴリラを連れて向かっているのを聞いていたのだ。
私はこほんと喉を整えると、医務室の扉を開け放った。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
私が清楚にそう言うと、医務室の中に居た三人の視線が一斉にこちらに向けられた。様々な医学用具を傍の机に置いて懸命に治療を試みるアガリくん、意識を取り戻したのかベッドに横たわりながら半目でその治療を受け入れる半身の無いタクくん、治療済みなのかお腹に包帯を巻いてベッドの上に座り込むゴリラ。その三人だ。
こちらに気付くとアガリくんは顔を赤らめながら動揺したように言った。
「メアリー君ッ!?あー…その…大丈夫だッ!後遺症は残るだろうが、タク君の命の心配は無いッ!だから君も安心してくれッ!」
そう、この反応はいつも通りの反応だ。誰もが私を前にすると恥ずかしがり、あまりのキュートさにデレデレとなってしまう。それは私が望む事であり、そう仕組んだ事。
しかし、タクくんの方は青ざめながらヒステリックに叫んだ。
「あ、アガリ!騙されるな!」
「タク…?どうしたんだ一体」
「メアリーは…メアリーは魔族なんだ!俺がこんな状態なのも、メアリーが襲ってきたからで…!」
「何だってッ!?」
彼の言葉を聞いて、アガリくんは信じられないような目でこちらを見てくる。そんな彼に私は微笑み、可愛くウィンクをしてやった。
「そうだよー?でもでもっ、二人は私の味方だよね?ねっ?」
「アガリ!メアリーの姿を見ちゃ駄目だ!」
「………」
「アガリ…?お前まさか…」
「何を言う!俺はこの先一生、君の味方だッ!君の事を深く愛しているッ!」
「うふふ、アガリくんはストレートだね〜。不器用な男の子も嫌いじゃないよっ」
「く、くそぉ!ロナウド!お前も気を付けろよ!」
そう言ってタクくんは必死に目を閉じた。私の事を見ないように、魅了されないように。私はそんな彼の枕元へとテクテク向かい、親指と人差し指で瞼をこじ開けた。
「ねぇ?何で私の事を見てくれないの?」
「あ…あ……」
「タクくん?私の事、愛してる?」
「…お、俺の初恋の人だ…大好きに決まってる!魔族だと知っても…好きだ…!」
「うっふふ〜。スイミ、嬉しいな♡」
その一連の流れを見て、呑気にベッドに座り込むゴリラは苦笑いしていた。
「マッタク、オメェの恐ろしさには敵わねェなァ!」
「恐ろしくないよ、スイミちゃん可愛いでしょ〜?」
「もう少し筋肉質なら好みだッたかもナ!」
「ふん、ゴリラのいけず」
彼はニタニタと笑うと、ベッドの上から飛び降りた。
「ちャんと持ッてるカ?砂時計をよゥ!」
「持ってるよ。ちゃんと適当な教師二人に言う事聞かせたんだから」
「パーフェクトッ!んじャ、俺らは退散かァ?」
「馬鹿。そんな簡単じゃないよ」
「ウ?」
「オーガの奴が元々あった侵入者探知魔法の効果を書き換えて出入り不可能な結界魔法に魔改造したんだよ。だから普通に逃げる事は出来ないって訳」
「成程なァ…つまりだ」
ゴリラは歯を見せ、両腕の拳をぶつけた。
「そのオーガの野郎をぶッ殺せば良いんだナ!?」
「そういう事♡」
「ウシ!俺様に任せときナ!」
「勝手にどうぞ〜」
「タイマンの邪魔すんなヨ!?」
「場合によるかな。無いとは思うけど、もし君が負けそうになったら…」
私は傍に居る皆んなを眺めながら言った。いつの間にか人が集まってきたようで、アガリくん、タクくん、リィハーちゃん、テンメイくんを中心に生徒達や先生達が保健室に来ていたのだ。
「助けに行ってあげるよ。仲間はいーっぱい居るもんね♡」
シークイが地下室に居た時、シズカとアガリは攫われました。最終的には殺そうとはしていたものの、親友であるシラツラを救ってくれたシズカに温情をかけ、シークイは彼らを見逃しました。そしてそこでシズカは気が付きます。自分と同じくシラツラを救おうとしたウェルフルがシークイによって匿われている事に。
シズカは虫の息のウェルフルを助ける為の治療に専念し、直接的にシークイと関係が無いからこそいつ気が変わって殺されてもおかしくないアガリをキャロ達に預けました。しかしそこはコミュ障シズカさん、結局グレー以外に誤解されてしまいます。そんな彼は決着を付ける為に治療をグレーに任せ、シラツラの居る決闘室へと向かいました。
語るタイミングが無く本編で書けなかった事が多いです…