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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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人間らしく

何も無い空間が目の前に広がる。四方八方何処を見ても見える闇、いや違う、闇ではなく完全なる『無』が広がっているのだ。上も下も何も無い。光や闇、酸素という概念すらないこの空間は僕が魔法で作り出した世界だ。


そんな世界にて、自分の他に二つの存在があった。橙色の髪をしたおっとりとしたような女子生徒、そして顔の代わりに大きな口が貼り付けられた巨大な狐の魔獣。彼女らは困惑したように周りをキョロキョロと見渡していた。


「ここは…?」


橙髪の生徒、シラツラが口にした疑問に僕は答えた。


「この空間は僕が作り上げたものだ。…シークイ、君の野望を終わらせる為に」


「何…?」


僕は手に持った本のページを一つパラリと捲った。


「ウニストスで異変が起き始めた時、僕は直ぐに理解した。それがシークイ、君の仕業だという事を。だから幽霊に関する本を読み、知識を蓄えた」


「………」


「地下室が消えた。…君が自分の命を終わらせた場所だ。だからこそ、僕は生徒会長として君の魂を鎮めると決めた」


その事実に、シラツラは辛そうに目を伏せた。そんな彼女とは裏腹に、怒りを全面に出してシークイは叫ぶ。


「私にとって…シラツラは全てだった!何も無い私が、何も守れなかった私が唯一守り続けてきたものだったんだ!けど、汚れた人間共がシラツラを…だから私は!」


「………」


「お前を殺してでも悲願を達成する。お前も同罪だ…!何でシラツラの存在にもっと早く気付いてやれなかったんだよ!!!」


「…それに関しては僕が悪い。タクに全てを語られた瞬間まで、僕は何も知らなかった」


「死ねぇ!!!」


ポトポトと、黒い雨が辺りに降り注ぐ。そしてその雨に呼応するかのように複数の黒い鬼が突然その場に現れた。数にして、六体。腹に空いた風穴、そして彼らの持つ短剣は…彼女の最期を鮮明に表していた。


そんな六体の鬼はこちらへと寄ってくる。そしてそれを見たシラツラは涙ぐみながら声を張上げた。


「駄目っ…!ねぇシークイ!もうやめて…!」


「ハハハ…!今更辞めてたまるか…!復讐を願うこの想いこそが私なんだよ!その為に私は再び蘇ったんだ…!」


「それでいい。僕は君の全力を受け止める為に、この空間を生み出した」


「…寝言は死んでから言え!」


鬼達による、六つの刃先がこちらへと迫って来る。しかし…それによって僕の身体が傷付く事はなかった。彼らの持つ短剣は全て僕の身体をすり抜けたのだ。まるで、水面を切っているかのように。


「馬鹿な…何で死なないの…!?」


「物理的な方法では、命を奪う事は出来ない」


「まさか…オマエ…!」


彼女が理解すると同時に、僕の身体はふわりと宙に浮かぶ。その光景を見て確信したのか彼女は焦ったように叫んだ。


「オマエ…幽霊になったのかぁ…!?」


「本を読んで研究し、努力の末に一時的に魂だけの存在になる事が出来た。この空間は肉体を持つ者は介入出来ない、魂だけが入る事を許された場所なんだ」


「ナメやがってぇ…!」


「幽霊を倒すには浄化させるか、成仏させるか、より強い思念で取り込むか。シークイ、君に僕を消し去る事は出来るか?」


「ふざけろッ!!!」


すると突然、身体がロープで縛られた。これは先程の短剣のように物理的な実体を持つものではなく、魂そのものを束縛する旨のものだ。よっていくら霊体の僕でも抜け出す事は叶わない。


そんは僕の前に、例の黒い鬼が四体現れた。


「シラツラはなぁ…こうやって魔法の実験台にされたんだよ…!」


黒い鬼達の手から、各自別の魔法が放たれた。それらの魔法は乱暴で、上品さが欠ける。強いて言うなればただ傷付けたいという意思だけが伝わるような魔法だ。炎が僕の身体を燃やし、氷が僕の腕を貫く。霊体であるが故に身体に影響そのものはない。しかし僕の魔法は不完全なもので痛覚そのものは機能しているようだ。


そうして魔法がしばらく続いたと思いきや、僕は縛られたままシークイによって生み出された固い石の床に叩き付けられた。そんな僕の上に、冷たい何かがかけられる。


「もしあの時シラツラを助けるのが遅くなっていたらと考えると恐ろしくなる。普通思い付かないよね?縛った女の子を水の中に沈めるなんてさぁ!」


彼女がそう言っている間にも注がれる水の勢いは強まり、やがて僕は水の中に閉じ込められたのであった。呼吸という概念が無い幽霊でも、この増悪の込められた水により窒息の苦しみを嫌な程味わう事が出来る。どうしようもない、生物的な恐怖だ。


そんな苦しむ僕を見て満足したのか、シークイは水を消して次の魔法の準備をした。


「シラツラ、よく引っ張られてたんだぁ。腕、足、髪の毛、耳、鼻、唇、肌。馬鹿みたいだったなぁアイツら!何かが満たされる訳でもないのにさぁ!」


縄が消えその場に放り出される僕を、無数の宙に浮かぶ腕が囲んだ。その腕は彼女の言葉通り僕の全身のありとあらゆる箇所を掴み、そして持てる限りの全力で引っ張った。痛みは勿論、全ての関節に血が集まるような不快な感覚であった。もしかしたらもう人間の形には戻れないかもしれないと思う程に身体の全ての部位が外れそうになるのだ。


そんな僕を見て、シークイは高笑いをした。


「さぁ…まだまだあるぞ!シラツラが受けた苦痛はこんなもんじゃない!精々意識を保つ事だなぁ!?」


「…勿論だ」


「あ?」


「全ての痛みを受け入れてやるさ…その為に僕はここへと来たんだ…」


「…テメェがよぉ!偉そうな口聞いてんじゃねぇ!」


自分を引っ張る腕の力がどんどんと強まる。そう、シークイの怒りが伝わって腕の腕力が上がっているのだ。本気で僕を殺そうとしているのが、伝わる。


「あの絶望をさぁ…!オマエが理解出来んのかよ!えぇ!?」


「出来ないっ…」


「はん、ようやく自分の愚かさが分かったかよ」


「理解なんて…出来る訳ないだろう!」


「あ?」


僕は全身に力を込めた。


「人それぞれ…他人とは違う痛みを抱えている。違う存在なんだから本当に理解する事なんて出来ないのは当たり前だ…!例え今のようにシラツラの受けた痛みを全て再現したとしても、彼女の持つ本当の苦しみを分かち合う事は出来ない」


「………」


「けど僕は…寄り添いたかった。心の底から理解は出来なくとも…君達の姿が僕に似てると思ったから…」


「あ…?」


「僕も、人間じゃないような扱いを受けてきた。ちっぽけな自分じゃ歯向かう事も出来ず、逃げる事も叶わず、自分を押し殺してばかりだった。誰にも頼れず、僕という存在はどんどんと衰退していったんだ」


「………」


「そして同時に、助けたいとも思った。あんなのでも…家族だったんだ。道を外していても両親なんだ。だから助けたかったんだよ…助けたかったんだ…」


グググと僕の腕の力が更に強まる。全身に血管が浮かび上がり、身体がぷるぷると震えるのだ。


「けど僕はグレーに助けられたあの日、思い知った。自分が今まで知らなかった、『特別な存在』を。僕は確かに親を愛していた。けど彼らは結局ただの人間で、既に闇に飲まれていた。そんな中、グレーは本当の輝きを持っていた…」


「何を…」


「人を思いやる、真の人間としての輝きだ…!誰が何と言おうが、誰が何をしようが、その輝きだけは絶やしてはならない…!世界中が敵に回ったって、その輝きは間違いなく正しいんだ…!」


「あんまり偉そうな口きくなよ…!」


「偉そうな事だって言う!僕はグレーという輝きに救われた、一人の人間だ!ほんの少しだけだけど、その輝きを分けて貰っただけの…!だから、僕はこんな…こんな悪意に満ちた腕なんかには…負けない…!」


自分に触れていた無数の腕。そのうちの一つの感覚が…消えた。一つ、また一つと身体を引っ張る腕の感覚は消え…そして半数の腕が消えた時であった。


僕は力で無理矢理腕達の拘束を解いた。僕の身体から離れた腕達は皆一様に光となって消えて行く。


「こんな何の意思も持たない腕に、輝きを縛り付ける事なんて出来ない…!」


「あぁぁぁぁあもうっっっ!!!いい加減死ね、死ねよ!いい加減に…!」


「シークイ」


それはやけに落ち着いていて、そよ風のように静かな声であった。声の主、シラツラはシークイの方を向き、その澄んだ瞳で真っ直ぐに彼女の変貌しきった顔を見つめた。


「シークイはさ…私の為に怒ってくれてるけど、違うんだよ。私の願いは…そんなんじゃない」


「だとしても…!私はアイツらを許せな…!」


「今のシークイの姿は、何?」


「私はっ…シラツラの無念を晴らす為に生まれ変わった…」


「違う。今のシークイは私を虐めた、醜悪な存在そのものだよ」


「………」


「暴力と愉悦に訴えかける事しか出来ない、人間らしさを失った存在。会長さんの言葉を借りるなら、シークイも飲まれちゃってるんだよ。かつての輝きが消えて、闇の中へと引き寄せられてるんだ」


「でも…!」


「私は確かに、彼らのした事を許す事は出来ない。今でも人間の事が…大嫌いだよ。でもさ、一種の誇りさえあるんだ。私は彼らと同じにならなかった事に。私は偉いよ、あんなに酷い事をされ続けても耐えてたんだもん。自分の事だけど本当に凄いと思うよ」


「そうだよ、偉いよ!だから私はシラツラの為にその大嫌いなものを壊そうと…!」


「あの日…私が事故で死んじゃう前日ね。ウェルフル先生に言われた事があるんだ」


「ウェルフル先生に…?」


「『お前は強い。だからあんな奴らに心まで負けるな。真のヒーローってのはどんな危機的状況だとしても、悪には屈しないものだ。お前も私様の生徒なら強く、気高く、プライドを持て。誰かが始めた意味の無い暴力に人生を狂わされるな』ってさ。そう言われて私はハッとしたよ。確かに、彼らのしていた事は自分勝手で、子供のようだった。そんな彼らに私は今までビクビクして逆らえなかったんだなって」


「………」


「だから私は決めたんだ。私はもう、弱い自分を演じない。ちゃんと嫌な事は嫌って言って、自分という存在を持つんだって。あの時の弱い私じゃないんだから。…って言ってもまぁ、そう決意した矢先に死んじゃったんだけどね。あはは…」


「シラツラ…」


「今まで、シークイは私を守ってくれた。けどもうそれもおしまい。今度は私がシークイを救いたい。親友として、私に出来る精一杯」


シラツラは儚げでありながらも、何処か堂々とした足使いでシークイの元へと歩いた。目の前に居るのは、悪意の塊と化した異形の友人。そんな彼女の頭を、シラツラは何の躊躇いも無く抱き締めた。


「一緒に、行こう?」


「一緒に…」


「そう。とりあえずはこの人生に一つの答えを見つけた。だからもうこれ以上ここに留まる理由もないよ。そしてシークイも、これ以上ここで本来の自分を見失う必要も無い」


「………」


「きっと、次の人生はもっと素敵だよ。たとえまた獣人に生まれたとしても…その時はもっと頑張れると思うの。その時はシークイ、またあなたと友達になりたい」


「シ…ラツ…ラ…」


その時、シラツラが抱き締めていたのは狐の魔獣ではなかった。彼女の腕の中には…シラツラの胸に顔を埋める、青い髪の少女の姿があった。彼女は震えながらシラツラの事を抱き返している。


「うん…うんっ…!絶対に…約束だよぉ…シラツラ、もう一度…友達になろう…!」


「約束。また会おう、親友」


「シラツラぁ…ごめんねぇ…本当に…!」


「何言ってるのさ。シークイは十分、私の事を励ましてくれたよ。だから来世では私がいっぱいいっぱいいーっぱい、お返ししてあげるね」


「シラツラに会えるなら…何でもいい…」


「まぁ、楽しみにしててね。…それじゃあ」


「うん…」


「ばいばい」


少女達の姿はもう、そこにはなかった。気配すらも何処にも感じない。その意味を理解し、僕は目を細めた。


人は寄り添い合うものだ。片方が不安定な時、もう片方が支えてあげる。それはとても初歩的で、とても大切な事。人間として…普通の事。


最後に見た二人の姿は、人間そのものであった。

人間らしさを失った人間というものは案外多いものです。そんな人達に影響される事なく、あなたはあなたのままでいてください。何がどう転んだとしても悪意が正しい状況は存在しません。人を思いやる気持ちが残っているならば、あなたは失ってはならない光を宿した『特別な存在』です。

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