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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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開かれた口

「…やぁ、戻って来たんだね」


古い扉を開いた私達を二つの瞳が見つめていた。白、そしてもう片方の黒い目で私達を見下ろす彼女は…目覚めた時に見たシラツラさんその人であった。彼女は相変わらず魔女のような帽子を深く被り、テラスの上からこちらを見ていた。


「お隣さんは…友達かな。ようこそ私の部屋へ」


「うむ」


「それで…シークイについて何か分かった?」


彼女の疑問を前に、私とリィちゃんは顔を見合わせる。そして覚悟を決めて頷き合うと、私はシラツラさんの方を見て口を開いた。


「シラツラさん、一つ質問があります」


「何かな?」


「…シラツラさんは、自分を虐めた人達を恨んでいますか」


その言葉に、シラツラさんは驚いたように大きく目を見開いた。そして諦めたようにフッと笑うと、達観するような目で私達を見つめる。


「知ったんだ?」


「はい。シラツラさんは獣人で…それで虐められていたんですよね」


「…そう、その通り」


シラツラさんは被っていた大きな帽子を取る。するとその橙色の髪には確かに、犬のような立派な耳がぴょこんと生えていた。


「私は狐の魔獣を父に持つ、獣人だよ。そして生まれてからずっと孤独に生きてきた。多分、私を産んでくれたお母さんはお父さんに食べられちゃったんだろうね」


「………」


「えっと…虐めっ子達を恨んでいるかだっけ?正直に言うと、恨んでる。当然だよ、自分を傷付けた人をそう簡単には許せないもん」


「…やっぱり、そうですよね」


「自分でも驚いたよ。今までそんな事を思った事ないのに…自分の中に殺意が芽生えたんだ。もうこのまま全てを壊してやろうかと思った。けど、私はそうしなかった」


「それは…どうしてですか?」


「夢と、友達。その二つの存在が私を私でいさせてくれた」


彼女はこほんと小さく咳をすると、懐かしむように虚空を眺めた。


「私がウニストスに来た理由。それは魔法を覚えて、死んだお母さんと少しだけでも話せるような魔法が使えるようにならないかなって、そう思ったんだ。だから、虐められても頑張れた。諦めちゃえば、ウニストスには居られなくなるから」


「………」


「けどもう、駄目だった。心が壊れそうだった。そんな時、私に寄り添ってくれたのが…シークイだった」


「シークイさん…」


「シークイは獣人の私にも優しくしてくれた良い子なの。虐められてた私を庇ってくれて、励ましてくれて…彼女が居なきゃ私はとっくにおかしくなってた。シークイは私にとってのヒーローなの」


「………」


「だから、私はシークイについての情報を求めていた。不憫な事に私は地縛霊になっちゃってね…この部屋から抜け出せないんだ。けどもう一度会いたい。シークイに…」


シラツラさんは深い溜め息をつくと、こちらの方を向いた。


「お願い。シークイをここへ連れて来て」


彼女がそう言った瞬間、突然背後から大きな音が鳴った。大小構わず壁を構成していた石が背後から飛んで来ており、その様子に出入り口の壁が破壊されたのだと察する。


そんな壊れた壁の向こう側には、嫌な笑みを浮かべる存在が居た。真っ赤な目に真っ赤な口。その姿は私達のよく知る、校内を徘徊する怪物そのものであった。そんな怪物は部屋の明かりに照らされてその姿を顕にしている。


奇妙な程に大きい大学に、全身から生え揃った橙色の毛並み。一振で岩さえも破壊出来そうな太い尻尾、恐ろしく鋭い爪、シラツラさんの頭から生えたものとそっくりな耳。一目見てそれが狐の魔獣なのだと分かった。


突然の事態に慌てる私とは対照的に、やけに冷静なリィちゃんが言葉を発した。


「このニヤニヤは、裁きという名目で生徒達を配下に収めていた」


「リィちゃん…?」


「ニヤニヤがシラツラじゃないなら、後はもう決まってる。この魔獣が…この魔獣こそが…」


「ギシッ…!」


「…シークイだ」


リィちゃんがそう言うと、シラツラさんの目は大きく見開かれる。彼女は動揺したように狐の魔獣を見つめ、自分とよく似たその存在を見て息を飲んだ。自分と同じく狐となり、生徒達に恐怖を与える。まさに自分の代わりに粛清を与えるべく生まれたような魔獣を前に、シラツラさんは俯いた。


「ははっ…あぁ、そうかぁ。そっかぁ…」


髪に隠れ、彼女の表情は読み取れない。しかしシラツラさんの震える口元には笑みが浮かんでいた。


「そうだよねぇ…シークイは優しいもんねぇ…私の為に、自分の手を汚したんだよね…そっかそっか…」


そうして笑うシラツラさんだったが…彼女の頬に一筋の光が伝った。


「違うんだよ…!私が望んでいたのはそんな事じゃなくてさ…!」


「………」


「私の事なんか忘れて、シークイには元気に生きて欲しかったんだよ…!こんな間違った世界の中でさ!ただ一人、私の助けになってくれた正義の味方がさ…こんな風に汚れて欲しくなかったんだよ…!」


「キ…」


「あんな奴らと同じにならないでよ!シークイ!!!」


シラツラさんに怒鳴られ、魔獣は今まで上げ続けていた口角を下ろした。彼女は復讐に取り憑かれ、魔族となった。しかし死んだ筈の親友の泣き顔に魔獣の動きは止まる。


シラツラさんはぽたぽたと雫を零しながら、彼女らしくない感情の籠った声で続けた。


「お願いシークイ…もう終わろう…?」


「………」


「元の綺麗なシークイにさ…ね?」


「カ…キャ…」


まるで壊れた玩具のように、シークイさんは震え始めた。全身がビクンビクンと動き、その瞳は何も無い宙を見つめる。明らかに彼女の中で何かが起きているのだ。私達は黙ってその光景を見届ける。


そして、何かが割れる音がした。動きの止まったシークイさんの顔を覗いてみると、彼女の顔は剥がれ落ちた。そして剥がれ落ちた顔の奥にあったのは…血が出る程に歯を食いしばる大きな一つの口であった。


その口は叫ぶ。


「何でッ…!」


「シークイ…?」


「何で何で何で何で何で!アイツらは最低だよ、クズだよ!シラツラが何をした?シラツラがどんな人間なのか、奴らは知ってた!?シラツラは自分達の気持ちを発散させる為の道具じゃない!シラツラを虐めるのがそんなに楽しい?何で誰もシラツラを助けなかった!?拘束されてどんなに足掻いても逃げれないシラツラに魔法を当てるのは正しい?得体の知れない薬物を飲ますのは正しい?シラツラの身体を弄ぶのは正しかった!?馬鹿げてる、ふざけるな!それで今更あんな奴らを許せと…!?シラツラの人生を奪っておいて!?都合がいいにも程があるだろうが!アイツらなぁ、シラツラが死んだ後にようやく自分のした事の重大さに気付いたんだよ!なんなら気付かなかった奴らも居た!だがどっちにせよ魔族となった私の姿を見れば一様に恐れ、私が過去から来た復讐者だという事を理解した!そして、償いとしてその命を捧げる事に決めた!私は奴らがシラツラにした事全て、奴らに返してから殺してやる!それが正しい在り方だ!シラツラにした事を思えば当然の報いだ!私はシラツラに危害を加えた者達全て、許しちゃおかない…!」


「…っ!シークイ!」


「私がさぁ…思い知らせてやんだよ!親友の命は軽くなかったって事をさぁ…!」


「キャロ!」


「分かってる!」


ヒステリックに叫びながら、魔獣は私達に向けて爪を振り下ろした。身体の小さな私達は寸前で躱す事には成功したが、先程まで立っていた床が崩れ去るのを見るに、一度でもかすれば死は免れぬであろう。


私とリィちゃん、二人とも同時に魔獣へと掌を向けた。


「『オアシス!』」


「『サモンフェアリー、ロブズ!』」


水の塊、そして複数の私の姿をした小人達から光線が放たれた。それらの魔法は大きな爆撃音を立てながら魔獣の顔に当たるが…それらの攻撃を受けても尚、魔獣は変わらずに動いていた。


「幽霊なんだよ、実態が無いんだよ私はぁ!シラツラが死んだ後、私は彼女の後を追った…!そして、気が付けば魔獣として再び生を得ていた…!知らないうちに体内に清澄の魔石が入り込んでいた!既に死を体験した私には何も効かない!」


「シークイ!お願い、落ち着いて…!」


「シラツラに嫌われても構わない!私は…全てを壊す!」


「早っ…!?」


気が付けば、魔獣の爪はすぐそこまで来ていた。一秒もたたないうちに触れる距離。その鋭利な先っぽは私達二人に死を与えようとしていた。


「死ねぇ!!!」


「…させない」


知らない、低く落ち着いた声であった。その声がしたと思った瞬間、私達に向けていた爪先は行先を変える。逸れた爪はそのまま傍の壁を切り裂いたのだ。その様子に魔獣は困惑したような姿を見せる。


「私の身体を操ったのか!?今!」


「………」


「何者だぁ…!」


一同の視線が声のした方、つまりは出入り口の方へと向けられる。するとそこには眼鏡をかけた青髪の青年が立っていた。彼がこちらに向ける掌にはまるで無理やり合成したかのように三本の蝋燭が埋め込まれている。


その姿はそう、会長さんその人であった。


「会長さん!」


「………」


「シズカ…てめぇ…」


会長さんは相変わらずの無表情で、懐から一冊の本を取り出した。そして栞の挟んであるページを開く。


「創世術…」


「…っ!」


「『ヨモツ』」


「え…!」


会長さんが魔法を唱えた瞬間、彼の姿は消えた。いや違う、彼だけではない。シークイさん、そしてシラツラさんの姿も消えたのだ。一瞬理解が追い付かなかったが、そんな私にリィちゃんは話しかける。


「きっと、会長は今決着を付けようとしてる。私達は信じて待とう」


「そっか、そうだよね。会長さん…大丈夫かな」


「とりあえず私達はここでこのまま待機。彼らが戻って来るまで疲れを癒そう」


「…だね」


いくつもの爪痕を残し、決闘室には静寂が訪れた。

どんな聖人だとしても、人を恨んでしまう事はあると思います。それ程までに不安定な時の人の心は脆いものなのです。

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