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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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助けて

「…何とか撒けたようだな」


担いでいたタクさんとロナウドさんを降ろし、扉に鍵をかけながらアガリさんは呟いた。そしてそれと同時にバタリという音を立ててリィちゃんが倒れ込む。


「はぁっ…はぁっ…疲れた…」


「リィちゃん、大丈夫?」


「何っでキャロは…元気なの…はぁ…」


「二人とも、そんな事よりこれを見てくれ」


手招きしたアガリさんの視線の先には生徒会室の床に寝そべるタクさんとロナウドさんの姿があった。


「とりあえず…ロナウドの方は心配無い。自前の鍛え抜かれた腹筋に遮られた影響により、内蔵が傷つかずに済んでいる」


「良かったぁ…ロナウドさん、生きてるんだね」


「問題はタクの方だ。何か見ていて違和感を感じないか?」


「違和感?」


その言葉に、意識を失うタクさんの身体をじっくりと観察する。しかし特段不思議な事は無い。強いて言うならば外傷が無い事と、恐怖と焦りにより心做しかやせ細っているように感じるだけだ。


そんな私の考えを見透かしたのか、アガリさんは倒れるタクさんの右半身に触れる。すると…アガリさんの指はタクさんの身体の中に沈んだ。


「え…!」


「…試しに、魔法で炎を付けるぞ。そうすれば何が起こっているのか分かる筈だ」


そう言うと、アガリさんはタクさんに触れた手で小さな炎を出す。そして次の瞬間、タクさんの右半身は崩れ去った。いや違う、小さく分解された右半身達は地面を這いずって炎から逃げて行くのだ。その奇っ怪な状況に思考が止まっていると、その光景を見たリィちゃんが苦い顔をした。


「これって…」


「気付いたか」


「…『景色虫』だ」


景色虫。天敵に襲われないように、自身の身体の色を変えて擬態する虫だ。そんな景色虫達が集まり、タクさんの右半身に擬態していたのだ。景色虫が居なくなり、その場に残されたのは右半身の無いタクさんの姿であった。


そんな彼を見ながらアガリさんは言う。


「これは早く対処しなければ命に関わる。幸いにも、かじった程度だが医療の心得はある。適切な道具を得る為に俺はタクを連れて医務室へと向かう。それまでお前達は大人しくしていてくれ、と言いたいが…」


「こうしてる間にも他の人達は危険な状況に晒されてるかもしれない。だから私達はタクさんが残した日誌を読んで、一刻も早くこの騒動を終わらせるよ」


「子供は真っ直ぐだな。…分かった、許可しよう。だがもし少しでも危険な状況に陥りそうになったならば、迷わず逃げろ。それを約束出来るなら俺はこれ以上何も言わない」


「うん。約束する」


「絶対に無理はするな。では後程また会おう」


アガリさんはそう言い残すと、タクさんとロナウドさんを担いで生徒会室を後にした。そうして二人残された私達だったが…リィちゃんはずっと苦い顔をし続けているままだ。


「どうしたの?」


「…キャロが居なくなった時、周りには無数の景色虫が居た。そして今も、景色虫がタクにびっしりと張り付いていた」


「それは…確かに怪しいね。景色虫を操る術を持った人が居たとして、その両方に関わってる可能性が高い」


「それを踏まえて…タクが何を伝えようとしていたのかが分からない。何でタクは最後、気を失う直前に自分の眼鏡を壊した?」


「んー…言われてみれば何でなんだろう…」


思考する私達の間にしばしの間沈黙が走る。しかし答えが出ないと割り切り、私はリィちゃんから離れて本棚の方へと向かった。


「とりあえずタクさんの日誌を読もうよ。間違いなくここからは情報を得れる筈」


「そうしよう」


しかし、本棚の上の方には手が届かない。なので会長さんの席にある椅子を本棚まで引き摺り、私はタクさんの言葉通り上から二番目の列を見る。すると生徒会員の趣味と思われる小説の中に混じり、無題の本が一冊だけあった。


「これがタクさんの日誌かな…」


「でかしたキャロ。一緒に読もう」


「うん」


椅子から飛び降り、見付けた日誌を机の上に置く。そしてリィちゃんと共にパラパラページを捲り始めた。


「凄い…ウニストスで起きた問題や、生徒達の暮らしに関する改善点が色々纏められてる」


「…その中に混じって『メアリーへの告白の方法』やら『メアリーの素敵な所』とかいう題名もあるけど」


「それは…見なかった事にしよう」


そんな日誌を捲り続け、とうとう目的の文字を私達は見付けた。


「『シラツラについて』、これだね」


「読もう」


〜〜〜〜〜〜〜


早いもので、ウニストスに入学してから一年の時が過ぎた。俺のようなへっぽこでも生徒会の一員になる縁が出来て、校内の問題解決に関われている事を誇りに思う。時折自分以外の者が適任だったのではと思ってしまうが、二年生となりこれからは先輩になるのだ。そんな卑屈な考えは捨てた方が良いだろう。


そうして先輩として、更には生徒会の役員として新入生達を見ていると…何だか今年の生徒達はやけに血気盛んなように感じた。態度は悪く、まだまだ青いなと感じさせる。誰にでも優しいメアリーを見習って欲しいものだ。


だが、そんな彼らは目立ったような問題は起こしていない。そう、たった一人を除けば。短い橙色の髪をした、あの女子生徒。シラツラが問題だ。


彼女はこの場において少し、いやかなり浮いた存在となっている。礼儀や作法で言えば同年代の下級生達と比べかなりマシな方だ。だがしかし、問題なのは彼女の頭に生えている『それ』であろう。


彼女の頭には…二つの耳が生えているのだ。普通の事のように聞こえるが、そうではない。普通の人間は頭部の側面に耳が生えているものであり、シラツラ自身もそうである。しかし、それだけではない。彼女の頭頂部に…更に二つ、耳が生えているのだ。しかもそれは人間のような耳ではなく、獣のような耳である。


そう、彼女は獣人なのだ。獣人、つまりは人間と魔族両方の血を受け継いだ者である。望んで魔族の子を産む者は居ないが…恐怖と暴力が支配するこの世では稀にある事である。何が起こっても不思議ではないものだ。


だが…そんな彼女の存在を疎ましく思う者は多い。誰しもが魔族に関する辛い思い出を持ち、魔族を恨んでいるのだ。だからこそ、半分魔族であるシラツラの存在が許せないのであろう。そしてそれは生徒だけではなく、一部の教師陣も例外ではない。かく言う俺も…獣人という存在に対して不快感を覚えている。


そんな目障りな存在を前に、人間が取る行動は至って単純だ。生徒達は彼女へと嫌がらせ…いや、いじめを始めたのだ。彼女に行われた全ての仕打ちを把握し切れている訳では無い。しかしとても人が着れるようなものでは無い、ローブと言えるかも怪しい傷付いた布切れを不格好に着ながら助けを求めるように涙を浮かべるあの顔を見れば、想像を絶するような事をされたのであろうと察する事が出来る。


生徒会の一員として、俺はそれを助けなければならなかった。しかし…それが出来なかった。俺は彼女を無視したのだ。俺は…魔族によって尊敬していた父を失った。まだ赤ん坊だった弟もだ。そしてその忌むべき魔族は奇遇にも、シラツラと同じ魔獣であった。だからこそ、彼女が酷い目に遭っているのを見て何処か喜んでいる汚い自分も居たのだ。


そうしてシラツラが虐げられ続けて三ヶ月の時が過ぎた頃だ。先生に頼まれて魔道具の詰まった箱を彼の元へと持って行こうと人通りの少ない廊下を歩いていた時であった。俺は通り縋った四名程の生徒達が小声で話している内容を聞いてしまった。


その内容は…シラツラを殺害しようというものであった。確かに、魔族への恨みを思えばそんな事を思うのも当然だ。俺も何度夜中に魔族への恨みつらみを吐いたか分からない。しかし…その話を聞いて、俺はいつの間にか持っていた箱を床に投げ捨てて彼らに掴みかかっていた。俺もシラツラは嫌いだ。しかし、命を奪うという行為が許せなかったのだ。


そして結果として大喧嘩となり、俺は後に療養を受けなければならない程にこっ酷くやられた。そうして動けない俺は廊下に倒れ込んでいたが、それを発見して医務室まで連れて行ってくれたのが会長だった。


医務室にて、誤魔化しきれなくなった俺は会長の圧力に負けて何が起こったのかを全て話した。みっともない話だ。この三ヶ月の間自分が見て見ぬふりをしていた事を、最も尊敬する会長に話し始めるだなんて。俺はその時、自分がいかに愚かであったかを思い知ったのだ。


その結果…会長はすぐに手を打った。彼は独自の調査によりいじめに加担していた生徒達を集めると、彼らに対して然るべき処置をしたのだ。成績の減少は勿論、普段一言も話さない会長が長々と説教をしてくる様は彼らにとってかなり怖いものであっただろう。その後やって来たウェルフル先生によりシラツラに手を出せば更に重い罰を与えると伝えられ、シラツラの生活は保証される筈であった。


翌日…思い出したくもないあの出来事が起きてしまったのだ。シラツラは他の生徒達から身を隠す為に、侵入禁止の古びた決闘室に入り浸っていたのだ。そんな彼女は決闘室にて、降りていた階段が突然崩れ、運悪く…


俺は最低だ。もし俺が助けを求める彼女の手を取っていれば、もし俺が早急に虐めを終わらせていれば…彼女は傷付く事もなく、危険な決闘室に入り浸る事もなかった。俺が彼女の命を奪ったようなものなのだ。ネガティブな俺でもこんなにも自分自身の事を汚らわしく感じた事は無い。


彼女が俺を許してくれる日は来ないだろう。それでいい、許してくれる筈もない。だけどせめて、お墓参りに毎日出向くぐらいはきっと彼女も許してくれるであろう。何の償いにもならないが、俺は彼女が再び現世に現れるのを待っていた。


彼女が俺を、裁いてくれるのを。


〜〜〜〜〜〜〜


「………」


最後の一文を読み終えた私達は、しばらくの間黙っていた。この騒動の根幹とも言える部分は確かに理解した。しかし…あまりにも重く苦しい内容に胸が傷んでいたのだ。


だが、今は行動しなければならない。私は重い唇を開いて言葉を発した。


「…行こう。シラツラさんの所へ」


「キャロ」


「何?」


「この日誌に書いていたのは、私が嫌う人間の姿そのものだった」


「………」


「だから私は…魔族の国を作ろうとした。人が集まって魔族から身を守るように、魔族も集まって人間から身を守るんだって。人間はあまりにも恐怖心に弱いから…だから安定択を取り続ける。恐怖の原因を物理的に取り除く事で」


「そう…だね。今回の話で言うと、シラツラさんを排除しようとした訳だし」


「そして今、恐怖心に負けているのはアカマルも同じ。キャロ、覚えておいて。どんな存在でも他者からの影響でいくらでも狂えるの」


「…だから、リィちゃんは行くんだよね。『病人が居たら助けたくなる』って、初めて会った時言ってたから」


「よく覚えてるね?」


「私も気持ちの上では同じ。シラツラさんも、アカマルも、ここに閉じ込められている生徒さん達も全員救いたい。皆んなの心はきっと、歪んでるから」


「キャロは欲張り」


「私は常に最高を目指してるからね」


「よく言った。それでこそ親友」


ニコッと笑うリィちゃんの目は、何処か決意めいていた。そんな彼女に頷くと、私は生徒会室の扉の方へと向かう。


ギィィと音を立てて開く扉の先は酷く暗かった。日誌を読む前より、ずっとそう感じた。

私は今まで、過去に虐められた経験がトラウマになっている人間を何人か見てきました。人間というものは群れる生き物です。自然界で生き残る為にはコミュニケーションが必要であり、仲間と協力して繁栄する為には本来嘘をつく必要などありません。だからこそ、人はどうしても自分に向けられた悪い言葉を信じ込んでしまうものです。その言葉に意味があるのかどうかも判断出来ずに。

そういった方々に、私は最後までシラツラさんの話を読んで頂きたいと思っております。トラウマを持っている方々の気持ちを真に払拭する事は出来ないかもしれませんが、これからの物語を読んで自分の中で少しでも何かが軽くなったら良いなと願っております。

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