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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
58/123

唯一の味方

一寸先も見えないような、深い暗闇の中。無限に続くかのような錯覚を覚えてしまう程のこの闇を、足元に立つ小さな妖精さんが照らしてくれる。その二頭身の私のような風貌の彼女は手から小さな光を放ち、私達の前を歩いた。


「再び来たわね…地下室…」


少し怯えたようにグレーさんはつぶやく。どうやら私以外は皆一度ここへ足を踏み入れているようで、何だか疎外感を感じてしまった。そんな心を見透かしたのか、リィちゃんは私の手を掴む。


「行こ」


「…うん」


それ以上何も言う事もなく、私達は先導する小さな妖精の後に続いた。何も無いような、平坦な道。妖精さんが照らしてくれる床だけが唯一見えるこの状況、何だか妙な胸騒ぎが止まらなかった。


ナイトステップを使えば何処へだって行ける、言わば私にとっての安全地帯。しかし…重苦しく張り詰めるこの空気感は私に安堵の感情など与えてはくれなかった。もしかしたら照らしていない場所にびっしりと人の死体が転がっているんじゃないかと思う程に、空気が毒々しいのだ。


そしてそんな闇の中の散策は…突然終わりを告げた。突然目の前に転がってきたものにグレーさんが叫び声をあげる。


「ひゃあっ!?ににににに人間っ!?」


そう、突然目の前に転がり込む人を私達は驚いたように見つめた。ぴくりとも動かずその場に倒れ込むその人を観察し、私は言った。


「どうやら…気を失ってるみたい。息があるよ」


「と、というか…これってアガリじゃない!?」


そう言ってグレーさんは倒れ込む赤髪の生徒に駆け寄った。さすさすと気絶した彼を揺さぶるグレーを横目に、ロナウドさんが呟く。


「何でコイツは突然転がり込んで来たんダ?」


「確かに…まるで私達に向けて転がされたかのような…」


「…どういうつもりか、あの人に聞いてみよう」


そう言ってリィちゃんは前方を見つめる。釣られて私達もそちらの方向を見てみると…光によってうっすらと浮かぶ人型の輪郭があった。そして妖精さんが一歩更に踏み出すと、その人物の姿がはっきりと見えるようになる。


眼鏡をかけた、青いツーブロックの男の人。彼は他の生徒達と同じようにグレーのローブを身に纏い、こちらをじぃっと見つめていた。そんな彼の姿を見てグレーは驚いたように言う。


「会長…!?」


「………」


会長と呼ばれた男の人は、何も答えなかった。まゆで『そいつはやるから早く帰れ』と伝えているかのような、そんな感覚を覚えた。それ程までに、彼の目の光は強く輝いていたのだから。


そんな彼にロナウドさんは声を張上げる。


「分かったゾ!シズカ…てめぇが犯人だったんだナ!この俺様の目は誤魔化せねェ!」


「ロナウド!?」


「その態度、机の引き出しに入れていた幽霊の本!お前がこの事件の黒幕なんだろゥ!」


「ちょっと待って!会長がそんな事する筈が…」


「そんなもんコイツを拘束してみりゃあ分かル!ウォォォォォオ!」


雄叫びと共に、ロナウドさんは会長さんへ向かってタックルをお見舞いしようとする。だがしかし、会長さんが何かを小さく呟いたと同時にロナウドの動きが止まった。そう、まるで固定されたかのように不自然な体制のまま動かなくなったのだ。ロナウドさんはぷるぷると唇を動かして何とか言葉を絞り出す。


「か…金縛り……」


「………」


「うぉおっ!?」


会長さんが手を翳すと、突然吹いた強風にロナウドさんは吹き飛ばされた。宙を舞う巨体はドガンと大きな音を立てて私達の背後に叩き付けられる。


「クッ…俺様の筋肉が…」


「…どうやら、私達と一緒に行くつもりはないみたい」


リィちゃんのその言葉に、グレーさんの頬が汗で濡れた。


「会長が黒幕だなんて…そんな事ある筈が…」


「グレー!テメェ目を覚ませ!そいつは…!」


「私は…私は……」


アガリさんに触れていた手を引っ込めてグレーさんは立ち上がる。私達の視線が集中する中、彼女はゆっくりと歩き始めた。…そう、会長さんの隣に。


「私は会長を信じる…!会長が悪い事なんて…する筈ないから…!」


「グレー…!」


「会長にここでやる事があるのなら…私は一緒にそれを手伝う…!」


「クソッタレ…!こうなりゃ無理やりテメェらを連れて行くゼ!」


「いや」


状況を飲み込めない私、そして憤るロナウドさんとは対照的にそのリィちゃんの声は落ち着き払っていた。彼女はロナウドさんを手で制止し、会長さん達の方を見る。


「多分、今の私達だけじゃこの二人には勝てない。アガリを連れてここを離れよう」


「でもヨ…!」


「私とキャロの腕力じゃアガリを担げない。私達、明かり担当が勝手に帰ったら困るでしょ?だから協力して」


「チッ…」


ロナウドさんは二人を睨み付けると、渋々倒れ込むアガリさんを担ぎ上げた。そして彼らに背を向ける。


「いいカ!?勝ったと思うナ!俺様が本気を出せばお前ラなんか一瞬でけちょんけちょんにしてやるんだからナ!」


「………」


「あばヨ!」


去り行く私達に、会長さんとグレーさんは何も言わなかった。


〜〜〜〜〜〜〜


『うるっさいわねぇ!あんたの意見なんか聞いてないのよ!』


『で、でも…』


『黙れって言ってんのよこの馬鹿!』


嫌な言葉、嫌な表情、頬に残る嫌な痛み、心に残る嫌な傷。それは我が家では当たり前の事であった。


僕はただ、万引きは良くないとお母さんに伝えただけだった。けど…いつも通り僕が何かを口にするとお母さんは怒り狂った。僕が人に意見してはいけないと、そう言われてきたから。一体いつからこうだったのだろう。僕の持つ最も古い記憶でも…彼女による暴力は行われていた。


そしてそれが嫌になってお父さんの元へ助けを求めても…彼は何もしてくれなかった。僕の言葉に何かを返す訳でもなく、不機嫌そうに顔を歪ませて別の部屋へと移動するだけだった。思えば彼が口を開くのは、毎晩お母さんと口論をする時ぐらいである。


そんな毎日が続き…いつの間にか僕は十六歳にまで育ってしまった。外界に触れる事もなく、両親の怒号に囲まれて育った僕は学校でやっていけるのだろうか。そんな不安が過ぎっていた頃、お母さんが僕に言った。


『学校!?この馬鹿!そんなお金のかかる所になんて行かせないわ!』


魔族の蔓延るこの世界にて、魔法を扱える者が増えるのは全人類にとって好ましい事である。よって普通の学校と比べ、魔法学校の学費は安いのだが…それでも両親は一銭たりとも払うつもりはなかった。安心したような気持ちと、家から出る理由を得る事が出来ずに絶望した気持ちの二つがあった。


そして、入学の時期から二ヶ月が過ぎた。隣の部屋から聞こえてくる両親の喧嘩に耳を塞ぎながら、僕はいつものように電気の付かない自室でうずくまっていた。下手に仲裁へと行けば、待っているのは拳だけであったから。


しかしそんないつもの日常は…勢い良く開かれた玄関の音にて終わりを告げた。普段来客など無いこの家に響く扉の音に動揺し、僕は自室の扉を少し開けて恐る恐る身を乗り出した。


すると…そこには呆然と玄関の方を見る両親と、堂々とした佇まいの妙な格好をした男の人が居た。その男の人は純白のシルクハットに、純白のローブを身に着けた全身白色の背の高い男の人であった。彼の素顔は深く被ったシルクハットによりよく見えない。


そんな彼に、お母さんは叫んだ。


『何よあんた!人様の家に勝手に上がり込んで…!』


『こ…』


『…こ?』


『………』


シルクハットの彼は顔を背け、後ろに居る誰かに向かって話しかけた。


『無理だよグレー!お兄ちゃん人見知りすぎて上手く話せない…!』


『お兄ちゃん騎士でしょ!?人と話すぐらいしてよ!』


『無理だ…!心臓が潰れる!言いたい事は纏まってるのにさ…!』


『はぁ…分かったよ。お兄ちゃんの代わりに私が言ってあげる』


そう、騎士と呼ばれたその人が話していた相手は…僕と同じぐらいに見える銀髪の女の子であった。彼女は騎士さんを押し退けて、胸を張りながら僕の両親にビシッと指を指した。


『端的に言うわ!あなた達に虐待の容疑がかけられてるのよ!』


『虐待!?ふざけないでちょうだい!あんたみたいな子供が出しゃばる事じゃないのよ!』


『出産記録はあるのに、この家から子供が外出している所が九年も目撃されてないのよ。そしてそれ以前は子供に町中で怒鳴ったり、暴力を振るっているのが確認されている』


『そんなのただの噂よ!正義の味方のつもり!?』


『噂は確信に変わったわ』


『何…?』


『その子の顔を見れば誰だって分かるわ』


そう言う彼女の視線の先には、身を乗り出して事の顛末を見届けようとする僕が居た。彼女の目には、僕の顔は一体どう写っていたのだろう。…きっと、腫れた頬を抑えながら正義の味方に目を輝かせる僕が居たことであろう。


反論が思い付かず言い淀む両親に、彼女は声を張上げた。


『同行を願うわ!息子さんへの教育について、じっくりと話を聞かせてもらうから!』


『…良い気になりやがって、餓鬼が』


その低い声に僕は思わずぞくりと身を震わせた。その声の主、お父さんは青筋を立てながら来客者二人に掌を向ける。


『俺は昔、ウニストスを優等生として卒業したんだ。半端者の魔法使いよりずっと優れている』


『………』


『消えろ…俺の目の前から!』


お父さんの怒りが全員に伝わった時、彼の掌から眩い何かが放たれた。家具を破壊しながら他者の命を奪おうとするその電撃に、グレーと呼ばれた人の表情は険しくなる。父が殺人を犯そうとしている状況に僕も思わず目を見開いた。


しかし、グレーの前に白い騎士さんが立ち塞がる。


『《ヘルフレイムゥ!》』


それは…今まで見た中で、一番綺麗な光景だった。騎士さんの掌から放たれた青と黒の入り交じった炎は電撃を打ち消したのだ。光を散らしながらお父さんの目の前で計算したかのように消えて行く炎に、一種の感動を覚える。思えば当然だ。今までの人生、綺麗なものなんて見た事なかったのだから。


そうして怯えるお父さんに近寄り、騎士は彼を押し倒して腕を拘束する。普通ならばここであまりの実力差に諦め、素直に従う所だ。だが、僕の親は普通ではなかった。


お母さんは棚から取り出した猟銃を、グレーに向けたのだ。


『それ以上動いてみなさい!この子の頭を吹き飛ばすわよ!』


『お、お兄ちゃん…ごめん…』


『グレー…!』


騎士さんは拘束していたお父さんから手を離し、急いで彼女の方へと駆け出そうとした。しかし足を掴んだお父さんによって彼は倒れ込む。


『やめろ!グレーに危害を加えるな…!』


『一度、人を殺してみたかったのよねぇ!!!』


そう叫ぶお母さんは不気味な程に高笑いしていた。だがその顔は…直ぐに驚いたような表情へと変化する。彼女は今、人生で初めて見るような光景を目にしていたのだから。驚くのも無理はない、当然だ。


十六年間、逆らわずにビクビクとしていた息子が自分に向かって走り出しているのだ。


『やめろ…!』


久しぶりに聞いた自分の声は、初めて聞くドスの効いた低い声であったのだった。僕を助けに来てくれた、初めての味方なんだ。どうしても救いたいという想いが先行し、動かしてこなかった手足を全力で動かす。


そしてグレーに触れた時…銃声が響いた。その銃口が向く先は…グレーとの間に入った僕である。


しかし…痛みは感じなかった。


『やれやれ…無茶をするな、君は』


『…!?』


ふと振り向くと、そこにはこちらに向けて指を指す騎士の姿があった。そして隣を見てみれば壁には小さな氷柱で貫かれた弾丸が刺さっている。そう、放たれた弾丸を騎士さんが氷の魔法で妨害したのだ。そのあまりにも正確な射撃は神業というしかない。


『若者達の命を脅かした。罪は重くなるだろうね』


『………』


現実味が湧かず、僕はただただ拘束されていく両親を見つめるしか出来なかった。そして二人を外へと連れ出す騎士さんは一瞬こちらを振り向く。


『んじゃ、二人ともごゆっくり』


『え…』


そこでようやく僕は自分がずっとグレーを抱き締めている事に気が付いた。慌てて離れて机に頭を打つ僕を見てクスクスと笑いながら、騎士は扉を閉める。


そしてそんな二人きりの空間にて、グレーは口を開いた。


『ありがとう。死ぬかもしれなかったのに、助けてくれて…』


ありがとう。生まれて初めて伝えられた感謝の気持ちに、何だか胸が熱くなった。夢なんじゃないかと勘違いする程に、全てが新しいのだ。いつも感じていた嫌な気持ちは…抜けていた。


ぼうっとする頭を切り替え、僕は何とか返事をしようとしてみる。


『…ぁ…ぅ』


しかし、上手く言葉が出てこない。今まで、会話をする事を否定されてきたのだ。先程は無意識に言葉が出てきたが、意識してみるとどうやって話せば良いのか分からなくなる。


そんな僕を見てグレーはさっきの騎士のようにクスクスと笑った。


『ねぇ、これからさ…私達の家に住んでみない?両親がああなってさ、行く場所も無いでしょ?』


『…ぃぃ……の?』


『私ね…お兄ちゃんに憧れてるんだ。人々を助ける、カッコイイ正義の味方に。だから困ってる人が居るなら手を差し伸べたいんだ』


そう言う彼女の顔は…まるで太陽のように煌めいていた。人にここまで優しくしてもらった事は無い。目尻が熱くなり、気が付けば頬が濡れていた。


『グ…レー…!』


その日から、始まったのだ。自分の新しい…人生が。


〜〜〜〜〜〜〜


「私は、会長の事を信じてる」


僕が蝋燭に火をつけると、その光に照らされた彼女は笑みを浮かべていた。


「私にとって会長…ううん。シズカは…家族だから」


「………」


「だからシズカが決めた事なら、私は何でも従う」


暗い部屋の中。笑うグレーはこんな蝋燭なんかよりも輝いていた。

誰かが傍に居る、それは最も幸福な事です。そして自分が気付いていないだけで近くには誰かが居るかもしれません。

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