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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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裁き

俺はタク。冴えない自分が嫌で努力して生徒会へと入った、地味でモテないただの男子だ。だからこそ、時折嫌になる。どうして人は自分と不釣り合いな憧れを持ってしまうのだろう。俺は目の前の少女に、つまりは俺には勿体なすぎる程の高嶺の花に恋をしてしまった。


彼女の多い毛量のツインテールが目の前で揺れる度、ドキドキとした甘酸っぱい感情が溢れ出てくる。彼女、メアリーは礼儀正しくもどこか遠慮の無い、しかしながら可愛さだけは溢れ出ている天使のような存在だ。当然、そんな彼女は男子生徒から注目の的であり、俺自身これは叶わぬ恋だと諦めていた。


しかし、どうにもムカムカが収まらない。俺の目の前で気取っているイケメンがメアリーにベタベタ触れているのを見るだけで虫唾が走る。そんな彼、テンメイはメアリーに話しかけていた。


「恐れる事は無い。ボクが付いているのさ、直に騒動は収まる」


「励ましてくれてるんですね…ありがとうございます」


「なぁに、良いんだ。そうだな…不安な時は人と寄り添うに限る。どうだい?ボクの胸に飛び込んでくるかい?」


「いや、そういうのはいいです」


「…そうか」


少ししょんぼりとした様子で歩く速度が遅くなるテンメイに、俺は内心ざまあみろと言ってやった。そしてテンメイと入れ違いになるようにメアリーとの距離を縮める。


「とにかくそう怖がる事もないさ。メアリーは生徒会室でゆっくり休んでろって。グレーさん達と合流して全て終わらせるからさ!」


「タクさん…私の事子供扱いしてませんか?私だってれっきとした生徒会の一員なんですよ?」


「う、まぁそうなんだけどさ…なんというか…」


「二人とも私の事下に見て〜!ふーんだっ」


リスのように頬を膨らませ、彼女は拗ねたようにズコズコと先へ先へと進んで行った。やはり乙女心というものは難しいもので、あえなく撃沈した俺達二人はとぼとぼと彼女の後をついて行く。


そんな時、何かを思い出したかのようにメアリーは口を開いた。


「あ、そうだ。そういえば…ホリー先生って学校に居るかな?」


ホリーという名を聞き、俺とテンメイは顔を見合わせた。


「ホリー…完全に忘れていたな。授業をする事もなく学校に住み着いている教師だ」


「クビにしようにも潜むのが得意で退職させる事が出来ないんだよな…話が通じない変人度合いはテンメイにそっくりだ」


「ボクが?ホリーと?馬鹿を言え。芸術というものはその姿を表さなければ意味が無いんだ。人目に付かないように隠れ住むホリーは芸術家としての心を一欠片も持っちゃいない。ボクは彼女を軽蔑するね」


そうしてぶつぶつと小言を漏らすテンメイに、メアリーは餌を欲しがる小動物のような上目遣いで近付いた。


「テンメイさん、何とか魔法でホリー先生を探し出せませんか…?今は戦力が欲しいんです!…駄目ですか?」


「君にそこまで言われては、渋るのは無粋というものだ」


彼は照れたように顔を背けると、懐から小さな瓶を取り出した。


「それは?」


「髪の毛の入った容器だ。校内に落ちていたものを採取した」


「げぇ…テンメイお前気持ち悪いな…」


「新作の魔法に必要だったんだ。相手の身体の一部を所有していた場合、その者の居場所を示してくれる。当然髪も対象内だ」


「…お前、その魔法使ってメアリーをストーキングしてないだろうな!?」


「心外だ。その言葉は生徒会の副会長に言ってやれ」


そんな事を話しながらテンメイは瓶の中から一本の髪の毛を引き抜く。彼がその紙に息を吹きかけると、指から離れて宙を舞うその毛は少しずつ大きくなっていった。そしてやがてただの髪の毛は緑色の紙飛行機へと変貌した。


「この紙飛行機は対象の者に到達するまで何があっても墜落しない。ボク達はただこの紙飛行機の後をついて行けばいい」


「凄いです!流石テンメイさん!」


「ボクは芸術家であり、魔法の天才だ。これくらい造作もない」


ドヤ顔を披露しながらテンメイは飛んで行く紙飛行機の後をついて行く。やはり、あの歳でここまでの魔法を使えるなんて、テンメイはかなりのやり手だ。俺とは違い役に立つテンメイに、キラキラと輝くメアリーの瞳に、俺は心底悔しくなった。


冴えない俺だって…生徒会に入ったんだ。ただの肩書きで終わらせる気はない。俺も何かしなければな…


そう決意し、拳を握り締めていた時であった。飛んでいた紙飛行機は突然右折し、何も無い壁に突き刺さる。冷静にその光景を見つめるテンメイとは対照的に、俺とメアリーは不信感を持ったような顔をする。


「何だ?魔法が失敗したのか?ま、いくら魔法が得意って言ってもそんな事もあるよな」


「違う。ボクは失敗なんてしない」


「あのなぁ、認める事も人生においては大事…」


「そうじゃない。この壁の向こうに、空間があるんだ。ホリーはそこに潜んでいる」


その言葉に、俺とメアリーは顔を見合わせた。


「そんなのどうやって…」


「簡単だ。物理的に空間を掘り起こし、自身の魔法で作った壁で蓋をしている。ボクの紙飛行機は本来岩石程度なら砕いて先に進むのだが…貫通出来ずに刺さっている以上普通の壁ではない事は確かだ」


「成程なぁ。それ程の強度を誇る壁をどうやって取り除くかだな…」


「『ラブスウィートアタック!』」


その声が聞こえた瞬間、メアリーの指先から西瓜程の大きさをしたハート型の光が放たれた。そしてその光は凄まじい速度で空中を進み、爆発と共に壁を粉々に破壊する。そう、岩石でも壊す紙飛行機でさえ壊せなかった壁をだ。


メアリーは自慢げに胸を張る。


「どうですか?これでもまだ私を戦力外扱いしますか〜?」


「…ごめん」


「薔薇には棘がある。しかしこれはあまりにもバイオレンスだ」


「とにかく!進みますよっ」


こうして躊躇無く壁を破壊したメアリーと俺達は強引に作られたその空洞への道を進んだ。そして、そこで目の当たりにした光景に俺は目を丸くする。


そこは机、本棚、ベッド、風呂、吊るされた洗濯物、シャンデリアとあまりにも生活感のある空間であったのだ。どう見ても壁と壁の間にある何も無い場所でしかないのに、住めるように魔改造されたその部屋に俺は驚いた。


「何だここ!?」


「そのクエスチョンに対するアンサーとしてはマイルームよ、坊や」


落ち着き払った女性の声に、俺は声のした方向を見てみる。するとそこには長い金髪に赤い口紅が大人らしさを感じさせる、見知った顔ではあるが久しぶりに見る女の人の姿があった。


「ホリー先生…!」


「まさかここがバレて、しかも壁まで破壊して来るとはね…中々情熱的じゃないのよ」


「ま、全くだよね。ハハハ…」


床に座り込むホリー先生の隣に、一人の男性が座っていた。小柄で鼻の長い、頼りなさそうに眉をぺしゃりと曲げる中年男性。オコテル先生にそっくりなその人物を見て思わぬ誤算に胸が踊った。


「ナイテル先生も居たんですね!」


「ハ、ハハハ…一人で化け物達から逃げていたらホリーさんが匿ってくれたんだよ。ひ、一人だと怖かったよ。ハハハ…」


そう言ってナイテル先生は頼りなさそうに笑う。彼はオコテル先生の弟にして、同じく教師を務める魔法使いだ。実力はあるが、その気弱な性格が災いして普段から生徒達に舐められている。今回もナイテル先生が本気を出せば危険は無いと思われるが、小心すぎてろくに抵抗もせずに逃げていたのだろう。


とにかく、ホリー先生だけでなくナイテル先生という戦力が増えて俺はガッツポーズをした。


「良いぞ…!これでもう勝った!先生が二人も居るならどうとでもなる!」


「ハ、ハハハ…僕は頼りにならないかも…ハハハ…」


後頭部を掻く彼を他所に、ホリー先生は口を開いた。


「そう安心は出来ないわ。相手はあまりにも未知数、油断は命取りよ。だからここは最終兵器を出しましょうか」


「最終兵器…?」


「逆さの砂時計、っていうアイテムがあるの。それは魔法を増幅させるグレイトな魔道具。それさえあればベイビーが放った水鉄砲さえ大滝のようになるというわ」


「逆さの砂時計…噂で聞いた事あるけど本当にあったとは…」


そうしてホリー先生と言葉を交わす俺を押し退け、テンメイが割り込んだ。


「御託はいい。その砂時計があるならば早く寄越し給え。ボクは多彩な魔法こそ扱えるが、魔法量は極めて平均的だ。それさえあればボクは誰にも負けない究極の魔法戦士となるだろう」


「言われなくとも非常事態だから渡すわよ。それで良いですわよね?ナイテルさん」


「ハ、ハハハ…君がそう言うなら良いんじゃないかな…」


「との事よ。逆さの砂時計を手に入れる条件はイージー。二人以上の教師が立ち会う中、『ジニーはイケメン』と言えばいい」


「フン。ボクの方がイケメンだろうが、仕方ない。『ジニーはイケメン』だ」


嫌々ながらもテンメイは合言葉を言う。だがしかし…沈黙が続くだけで何も起こりはしなかった。テンメイは勿論、ホリー先生やナイテル先生でさえ困惑したような表情を浮かべている。


そんな気まずい時間を破り、俺は声を荒らげた。


「逆さの砂時計は…!?」


「…妙ね。無いわ」


「無い…?」


「もう既に誰かが入手した後、って事よ。非常事態でも無い限り教師が生徒に逆さの砂時計についてはなすのは禁じられている筈なのだけれど…」


「まさか…閉じ込められている他の生徒の誰かが俺達と同じ流れで先生に協力を求めたのか?」


「かもしれないわね。まぁ、私達の出る幕ではなかったって事ね」


「…そんな事も言っていられないようだ」


テンメイの声に、俺達の視線は彼の方へと集中する。冷や汗を垂らすテンメイが見つめる先、つまりは出入口に…不穏な影が生まれていたのだ。暗闇に紛れながらもその真っ赤な口角を隠さない怪物に、俺は腰を抜かす。


「で…出た…!これが校内を徘徊してるっつう化け物…!?」


「ホリー、ナイテル、協力を求む。ボクの戦闘のサポートをしろ」


「あくまでも自分が主役って事ね。良いわ、迎撃の手伝いをしてあげる!」


「あわわ…が、頑張るぞぉ…!」


怯える俺とは正反対に、三人は勇気を胸に戦闘の構えを取る。あの化け物の実力は分からない。しかし確かに、この三人が揃えば敵無しである筈だ。そう確信していたのだ。


だが、この状況に不釣り合いな甘ったるい声がこの場を支配した。


「ねぇねぇ皆んなぁ!」


「ん…?」


その声は…メアリーの声であった。あまりに緊迫感の無い声にメアリーの方を振り返ると、そこには生徒の証であるローブの代わりに上品なチャイナドレスを身に着けた色っぽいメアリーの姿があった。


彼女は満面の笑みを浮かべながら話す。


「これホリー先生の服なんだけど…ものすっごく可愛くない!?私にピッタリ〜!欲しい〜!」


「め、メアリー!今はそれ所じゃ…!」


「タクの言う通りだ。今はこの怪物の対処を…」


そう言ったテンメイを筆頭に、全員がメアリーから視線を外した時であった。彼女は不機嫌そうに拗ねた声色で言葉を発する。


「何で?私はこんなに可愛いのに、何で見てくれないの?私の事…好きじゃないの…?私…皆んなの愛が欲しい!だから見てよ!」


涙目になりながら、彼女は身体でリズムを取り始める。彼女の動く手足はこの空間に不揃いな程軽快に動き、ひらひらと揺れる真っ赤なドレスは彼女の美しさをより鮮明に引き立てていた。その様は、まるで夕陽に照らされた白鳥のように情熱的で、尚且つ美しかった。


そうして踊り始める彼女を見て…俺の感情はぐちゃぐちゃになった。綺麗だ、可愛い、大好きだ。しかしそんな感情も…この背中をじわりと濡らす恐怖という感情によって上書きされるのだ。好きという感情と怖いという感情が混ざり合うその様はまるで好物に毒を盛られたような気分である。


しかし困惑する俺を他所に、部屋の中に拍手が響いた。


「ブラボー!素晴らしいよ、メアリー!私のドレスがここまで似合うとはな…感動したよ」


「う、う、う…美しいっ!何て美しいんだ!女神が降臨したみたいだ!長らく教師をやってきたがここまで素敵な人は見た事がないっ!」


「せ、先生方…?」


「うふふ、ありがとう〜!」


「な、なぁテンメイ!お前も何か言ってやっ…」


俺はテンメイの方に顔を向ける。しかし彼の悦に浸ったような表情を見て、最後の望みも絶たれたのだと理解する。


「綺麗だ…メアリー君…」


「皆んなっ。私から視線を外しちゃ駄目ですよ〜。私、皆んなの大好きが欲しい!」


「な…なんだよこれ…!」


逃げ場も無く、唯一の逃げ場には化け物が立っている。隅に追い詰められた鼠のように絶望的なこの状況にて、あまりにもおかしい行動をする彼らに俺は気が狂いそうになった。意味が…分からないのだ。


しかし、俺はそこで思い出す。思えば現在、この学校にて正常な行動を取っている者の方が少ない。今現在校内で暴動を起こしている生徒達と同じように…この世人は何らかの影響でおかしくなってしまったのか?


なら、どうして俺は無事なんだ?俺なんかより遥かに優秀な四人がおかしくなり、ただの一般人である俺が正常に思考を働かせられているのはどういう理屈なのだ?まるでそんな疑問に答えるかのように、俺はある存在と目が合った。


「お、お前…」


暗闇の中に光る二つの真っ赤な瞳は、俺を静かに見つめていた。


「そうか…やっと分かった…!お前の…正体…」


「………」


「俺は心のどこかで…お前に対するやましさを感じていた…!俺は何となく感じていたんだ!お前の懐かしい気配を…!だからメアリーに魅力されるより先に、お前への感情が勝ったんだ…!」


「……」


「…そうだよな。これは、罰だ。俺はお前に…殺されなきゃいけない」


腰を抜かして座り込んでいた俺は、ゆっくりと立ち上がる。何故だろう、今の心は驚く程に平常心だ。全てを理解したからなのか、それとも俺もおかしくなってしまったからなのか、分からない。だがそんな俺は一歩を踏み出した。


そして、走り出す。


「だがその前に…俺はグレーさん達に全てを伝えなければいけない!皆んなには…何の関係もないんだから…!」


「…イヒッ」


これがせめてもの…俺が唯一皆んなに貢献出来る、最大の行動だ。これから何が起こっても後悔はない。いや、むしろこうなる事を望んでいたのかもしれない。俺は裁きを受けるだけの事はした。


振り下ろされる化け物の爪を前にし、俺は目を閉じた。

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