帰れ
「ねぇ、キャロ」
暗く不気味な廊下にて、隣を走る友人が話しかけてくる。つい先程様子のおかしいアカマルを見たからか、彼女の表情はいつになく真剣だ。
「なぁに?リィちゃん」
「あのアカマル…本物だと思う?」
思いもよらぬ言葉に私は目をぱちくりとさせる。
「どういう意味?」
「この学校にはウェルフルって名前のアカマルと同じ見た目をした人が居る。それを踏まえて、あれはアカマルだと思う?それともウェルフルだと思う?」
新しい情報を得た私は彼女の疑問に対し少し黙り込む。だがやがてすぐに結論は出て、私は思うままに口を開いた。
「今私達が戦ったのは多分…アカマルだと思う」
「その心は?」
「私が魔族の仲間になってまだ日が浅かった時、私は違和感を感じたんだ。アカマルは何かを隠していて、着丈に振舞ってるけど何処か闇があるんだって。けど今の私じゃどうにも出来ないから、見て見ぬ振りをしてた」
「………」
「多分…今が向き合う時なんだと思う。アカマルが本当はどんな人なのか、私は知りたい。プラントさんやアダムさんから感じたような嫌な気をアカマルから感じたんだ。きっと…アカマルは今苦しんでる」
「私も同意見。私もあれはアカマル本人だと思ってた」
「ねぇリィちゃん、アカマルの過去について何か知らない?私なんかより付き合いは長いでしょ?」
「私も詳しくは知らない。けど…」
リィちゃんは遠い昔を懐かしむように目を細める。
「正常じゃないのは確かだった。アカマルと初めて会った時…驚いたよ。彼女の通る道に気絶した野生動物や魔族が何匹も倒れていたんだから。ただひたすらに暴力を振るうその様は…まさに鬼だったよ」
「そう…アカマルが…」
「その時は何とか長い時間をかけて打ち解けた。けど…今のアカマルはあの時に戻ったみたい。理性ではなく、鬼としての…魔族としての本能に従っている」
「どうすれば元のアカマルに戻るかな…?」
「決まった方法はないにせよ、アカマルの事をもっと良く知らなきゃいけないのは前提条件。彼女の過去を知った上で、私達が何を出来るかになってくる」
「そっか…そうだよね…」
「もし、もしだけど…アカマルが元に戻らなかった場合…アカマルを…」
「アカマルを…?」
「…今この話はやめておこう。とりあえず全力でアカマルを元に戻そう。大事な仲間を独りにはさせたくない」
「そうだね…!やろう!」
アカマルに対する方針が決まった所で、私はある事を思い出した。
「そうだ。そういえばリィちゃんはシークイさんって人知ってる?」
「シャックリ…?」
「知らなそうだね」
「その人がどうかした?」
「一人の生徒さんに頼まれたんだよ。シークイさんって人について何か分かったら教えてって」
「生徒…その人は普通だった?」
「え?ちょっと変わってるけど…普通だよ?」
「そう…」
リィちゃんは少し考え、言葉を続けた。
「今この学校ではアカマルと闇に浮かぶ顔、そして黒い鬼達が徘徊している」
「黒い鬼は分からないけど…顔の人ならさっき会ったよ」
「そして、私達と同じようにこの学校に取り残された生徒達が居る。けど…大半の生徒の様子がおかしい」
「様子がおかしい…?」
「ある者は許しを乞い、ある者は暴れ始め、ある者は幻覚を見始める。生徒会のメンバーとその協力者を除けば今正常な思考能力を持っている生徒は居ないの」
「そういえばさっき会った人も裁きがどうたらって言ってた。あとは美しさが何とかって…」
「そんな生徒達による暴動が起きてるんだよ。私は生徒会の人達と行動してたんだけど暴れる生徒達のせいで散り散りに…」
「…どうやら、噂をすればみたいだよ」
前方に見えた影を私は指さす。そう、廊下の向こう側から銀髪の髪をした女の人、そしてゴリラのような背格好をした大柄の男の人が走ってきたのだ。その目に宿した光を見るに、その二人は正気なのだろうと一目で分かる。
二人が私達の近くまでやって来ると、銀髪の女性の方は突然私とリィちゃんを抱き締めてきた。
「良かった、リィハーちゃん無事だったんだね…!それに誰だか知らない白くて可愛い女の子も…」
「う、腕の力が強い…!」
「キャロ、この人には気を付けて。危険人物だから」
「危険人物じゃないわ!私はただ小さな女の子と男の子を愛しているだけの真面目な生徒よ!」
そう言いながら彼女は顔を上げる。そして彼女と目が合った瞬間、私はある違和感を感じた。
「あの…えっと…」
「あ、自己紹介が遅れたわね。私はグレー、生徒会の副会長よ」
「グレーさん。失礼ですけど…以前どこかで会いましたか?」
「え?いや、そんな筈ないわよ。私は今まで出会った小さい子の顔は全て覚えているもの」
「うーん…」
「さらっと危険思想を明かしたねこの人」
グレーさんから危ない匂いがしてくるのはともかく、妙な取っ掛りに私は頭を悩ませる。いつ、何処で会ったのかは分からない。ただ…彼女から妙な既視感を感じるのだ。
そんな私達の会話に水を差すように、グレーさんと一緒に走ってきた大柄の男子生徒は口を挟んだ。
「とにかく合流出来て運が良いなァ!俺様、ラッキーマンだゼ!」
「ラッキーマン、他の皆んなは?」
「それがなァ…すっかり見当たらねェのヨ。メアリー、タク、テンメイの三人は一緒に行動している筈だガ…」
「それじゃあ、その三人の捜索を…」
「その必要は無いわ」
グレーさんはそう言い放つと、懐から一冊の本を取り出した。タイトルさえ書いていない質素な表紙の本を自慢げに見せびらかすと、彼女は言う。
「これは幽霊についての哲学的考えや、昔起こった事件を纏めた本よ。会長の机の引き出しから見つけたの」
「会長の?」
「えぇ。今起こっている現象に心霊的なものが関わっているなら…こんな本を普段から読んでいる会長が一番詳しい筈だわ!生徒達の様子がおかしくなったり、雨に打たれたら様子が辺になるなんて怪奇現象以外の何者でもないもの」
「………」
私とリィちゃんは顔を見合わせる。きっと、考えている事は同じであろう。何故そう都合良く引き出しに幽霊についての本が入れられていたのだ?私はその会長さんとやらの人間性は知らないが…違和感は感じざるを得なかった。
そんな私達の様子にも気付かずに、グレーさんは話を続けた。
「それでね、会長は地下室で消えたけど…地下室での捜索を妨害していた例の化け物は今学校の中を徘徊しているじゃない?だから今なら地下室に入り放題って訳よ!」
「ガッハッハッ!他の奴らが居なくても、もぬけの殻ぐらい俺様とグレーが居れば安心だぜェ!お前らも行くか!?」
「地下室に侵入して、会長とアガリを連れ戻す。そして生徒会総動員でこの異変を解決する!それが今の計画よ」
私には何の事やら分からなかったが、それを聞いたリィちゃんは考えるように顎に手を添えた。
「確かに地下室に行くなら今が狙い目…それに会長の魔法と逆さの砂時計があれば正直アカマルをやっつけられる気がする…」
「逆さの砂どっ…!?」
思わぬ単語に驚いて声を出してしまうが、寸前の所でリィちゃんは私の口を押えた。まるで当たり前かのように目的の品の名前を出してくるのだ。そんな不意打ちを食らって驚かない方が変であろう。
リィちゃんは怒ったように私を睨み付けると、何事も無かったかのように二人の方を見た。
「分かった、私達も行く」
「よォし!決まりだナ…!」
やる気に満ち溢れたようにラッキーマンさんは腕を鳴らした。しかし隣に立つグレーさんは彼とは対照的にやる気を削がれたような、生気を失った顔をしていた。
「はぁ…折角女の子二人と一緒に行動出来るのに何で筋肉馬鹿のロナウドも居るのよ。空気読みなさいよ」
「はァ!?俺、助っ人だゾ!?お前らが呼んだんダ!」
「ロナウド、帰ってもいいわよ」
「うるっせェ!俺様も行くったら行くんダ!今更仲間外れにすんなよナ!」
「はいはい…はぁ……はぁぁぁぁぁぁぁ」
「溜め息がデケェ!」
彼らの愉快なやり取りに、つい小さく笑顔を浮かべてしまった。生徒達の遠慮の無いやり取り。やっぱり…学校は楽しそうだ。
クソデカ溜め息を友人によくされます。何かを間違えたり、期待外れの行動をしたり、友人の要求を断った場合に発動します。絶対王政というやつです。