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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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咆哮

初めて見る学校というものを見て、改めてお城のようだなと感じる。例の九階から降りて校内を探検する私はあまりにも見慣れぬ、不思議な建物に何だかワクワクした。綺麗に整えられた廊下に、見慣れない道具のある様々な間取りの部屋の数々。十六になった者の半分は学校に通い始めると言うが、毎日ここへやって来る彼らの気持ちはどんなものなのであろうか。


「いつか、私も学校に通う時が来るのかな。その時はリィちゃんと一緒に…」


今の姿のまま、びよーんと伸ばして頭身が高くなったリィちゃんを想像して少し笑いが出てしまう。我ながら失礼な妄想に気を取り直すと、私はある事に気付いた。


「あ、また変な色の雨…気付くの遅れてたら濡れちゃってたなぁ」


あれからというもの、色こそ違えど至る所で例の雨が降っていた。その度に私は来た道を戻り、別ルートから先へ進む事となる。雨の正体が分からないだけに、何だか不気味だ。ナイトステップで乗り越える事は出来るが、万が一に備えあまり魔力は消費したくない。


そしてその万が一は、私の前に立ちはだかった。


「あなたが…」


「………」


「赤肌の…化け物…?」


目の前に現れたその人物は、ただただ光の無いその青い瞳で私の事を見下していた。彼女は何も言わない。だからこそ、シラツラさんの言葉が現実味を帯びてくるのだ。考えたくもない上に、理解の出来ない事実に私は狼狽していた。


「何で…?」


「………」


「アカマル…?」


いつもの眩しい笑顔は何処へ消えたのか、アカマルは無表情に私の事を見つめていた。そしてその青い瞳をほのかに揺らし、掌をこちらへ向けてくる。疑いようもない、殺意の表れだ。


「アカマル…何とか言ってよ…」


「………」


「何で何も言わないの…!」


「…お前、強いだろ」


「え…?」


「だが、私様はもっと強い。だからお前は死ぬんだ」


次の瞬間、アカマルの掌が輝き出す。それが魔法の予備動作であると察した私は叫んだ。


「『ナイトステップ!』」


回避する為、私は闇の中へと逃げ込んだ。だがしかしその行動を予期していたのかアカマルはぐるりと回転する。


「闇は照らされるんだぜ」


そう、アカマルの掌から放たれた電撃は周囲を照らし、周囲の闇を照らしたのだ。その結果潜んでいた筈の闇も無くなり、私は地面から飛び出してしまう。そんな格好の餌食である私を見逃す筈もなく、アカマルはギロリとこちらを睨む。


そして、鋭い蹴りによって私は地面に叩き付けられた。首の骨が折れるかと思う程の衝撃に動く事もままならないまま、私はうずくまった。


そんな私に、アカマルは再び掌を向けた。


「終わりだ」


「くぁっ…アカマ…ル…」


「私様が世界最強なんだ」


アカマルの掌に小さな火球が握られる。それはその小ささからは想像もつかない程に熱く燃えたぎり、近くに居るだけで凄まじい魔力量を感じる。喰らえば間違いなく、死だ。


そんな火球は、アカマルの手から離れた。


「『オアシス…!』」


シャボン玉を生み出し、火球と相殺させようと試みる。しかしシャボン玉は彼女の炎を前に一瞬にして蒸発してしまった。迫り来る死に、心臓が締め付けられる。


そんな時であった。聞き馴染んだ強い声が私の耳に入ってくる。


「光線をこっちに!キャロぉ!!!」


「…ぁ」


その声に、何だか涙が溢れた。そしてそれと同時に、胸の中に安心感が広がった。死の瀬戸際だというのに思わず上がってしまう口角で、私は叫んだ。


「お願い…相棒!『ロブ!』」


声の主へと向けられた掌から、眩い光線が放たれた。そしてその光線を前に声の主は覚悟を決めたような顔をしていた。


「『ライトステップ』」


「む…!?」


次の瞬間、光線に巻き込まれた彼女は一瞬にして私とアカマルの間にまで移動していた。彼女は迫り来る火球に掌を向ける。


「『ダーク』」


そして、唱えた魔法に火球はたちまち闇に包まれてその姿を消した。彼女の得意技がアカマルの魔法を消したのだ。それが余程意外だったか、アカマルは焦ったように歯を食いしばる。


「今度こそ二人纏めて消してやるよ…!」


アカマルは魔法を唱えようと、口を開く。しかし、結果として彼女は言葉を発する事が出来なかった。突然隣に現れた私に酷く動揺し、冷静さを乱したからである。


「…そうかっ!ダークの魔法で生み出した闇を使い、ナイトステップで移動したのか…!火球を消す為の闇、そして不意打ちの為の闇の二つを出現させていた…!」


「キャロなら私の考えそうな事、分かってくれると信じてた」


「私も、リィちゃんなら逆転の一手を生み出してくれると信じてた…!」


私はアカマルに、掌を向ける。アカマルには生半可な攻撃は通じない。だからこそ、私は全身全霊の一撃を彼女に放つ。


「『ロブ』」


近距離から放たれた光線を避ける事も防ぐ事も出来ずに、アカマルは光線に巻き込まれる。そしてそんな中、追い打ちをかけるようにリィちゃんは叫んだ。


「召喚魔法、『サモンフェアリーズ!』」


彼女が魔法を唱えた瞬間、光線に巻き込まれるアカマルの周りに何体もの小さくなった私のような存在が現れる。そして彼女らは今の私と同じようにアカマルに掌を向ける。


「『ロブズ!』」


彼女の号令により小さな私達はアカマルにロブを放つ。各方面から放たれた光線を一身に受け、アカマルは悲痛な叫び声をあげた。


そして、光が消えた。壁や床や天井は魔法に巻き込まれてぼろぼろに壊れたというのに、彼女は原型を留めながらその場に立ち尽くしていた。


「やっぱり、アカマルは強い…!」


「ハァッ…ハァッ…!負けてたまるかよ…この私様が!」


「…キャロ」


リィちゃんは私の手を握り、下がる。


「これ以上…刺激しない方がいい。一緒に逃げよう」


「うん…」


「待てよ…待てよ!てめぇらぁ…私様はまだ負けちゃいねぇんだよ…!」


アカマルの身体が少しづつ肥大化していくのが見える。彼女が力む度に血管が体内で動き、髪の毛の間から見える二本の角はより太く、鋭く変化していくのが見えた。


ほんの少しの間だけど、私はアカマルと共に過ごした。自信を持ったような、その横顔が好きだった。そんな彼女は私に家族だと言ってくれた。


だから…これ以上見たくなかった。いつも無邪気な彼女がまるで化け物のように、変貌していく姿を。そしてそれはリィちゃんも同じだったようで、彼女は力強く私の腕を引く。


「行くよ」


「アカマル…」


私達は悶えるアカマルを置いて、暗闇の中に走り出した。


〜〜〜〜〜〜〜


「ハァッ…あぁぁぁぁぁあ!!!」


胸の底から溢れ出てくる気持ち悪い感覚に苛立ち、拳を地面に叩き付ける。軽快な音と共にひび割れる床さえも今は腹立たしい。見える物全てが、鬱陶しい。


「くそが…くそがァ!ふざけやがって…私様はまだ本気を出しちゃいねぇ!勝ったと思うなぁ!」


ダンダンと両方の拳を地面に叩き付ける。


「違う…違うだろ…!?私様は最強でなくちゃいけねぇ…!何で良いようにしてやられてんだ…!?なぁ、何やってんだよ…!」


拳から流れる血さえも、思考の外であった。この黒い感情を前に痛覚や正常な思考など機能してはいないのだ。


「あの偽物の私様には勝ったんだ…!私様が本物だ!最強なんだ…!負ける筈ねぇんだ…!」


カタカタと震えた身体は歯を鳴らす。


「次こそは殺す、次こそは…次こそは…!」


そう息巻く私様の視界に、誰かの足が入り込んだ。あまりにも痩せ細った白い肌の足。その光景に視線を上げるとそこには車椅子に乗った長い黒髪の少女がこちらを覗き込んでいた。


私様はゆっくりと身体を動かし、拳を振りかぶった。


「ケイト…てめぇのせいで…!」


しかし彼女に向けて放った拳は空を切る。そこでようやく、ケイトがその場に居ない事に気が付いた。そこに居ると思っていた少女は自分の幻覚であったのだ。


「何だよ…何なんだよ…!」


私の咆哮が五月蝿く響いていた。

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