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少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
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目覚めたあの子

「ぅ…ん…?」


目が覚めると、そこには知らない天井があった。錆びて緑色になった青銅で作られた薄暗い部屋の中、年季の入ったマットから起き上がり目を擦る。


「何してたんだっけ…あぁ、そうだ。確かリィちゃんとアカマルと一緒にムッテを目指してて…途中で瞼が重くなったんだ。気付かないうちに寝ちゃってたんだなぁ」


うぅんと声を漏らしながら伸びをする。この感覚、どうやら私はかなりの時間眠ってしまっていたようだ。だが、それにしたって状況が妙だ。何故私は馬車の上ではなく、このような見覚えのない部屋に居るのだろうか。


「変な部屋だなぁ。部屋の真ん中に横に長いステージみたいなものがあって、上にはテラスがあって…何なんだろう」


「ここは決闘に使われていた部屋です」


か細く控えめな声。その声は頭上から聞こえた。釣られて上を見てみるとテラスからこちらを覗く二つの光と目が合う。


まるで夕焼けのような色をした短髪に魔女のような大きな帽子を深く被った、グレーのローブの女の人。彼女はそのとろんとした黒い右目、そして白い左目でこちらを見つめていた。その瞳からは感情を読み取る事が出来ない。


とりあえず私は最初に浮かんだ疑問を口にしてみた。


「決闘?」


「怪我や痛みを感じない結界魔法が完成する前、つまり今の体制になる前までに使われてたんだよ。魔法を使って真ん中のステージから相手を落とせば勝ち。最後まで勝ち残った人は校舎に名前が刻まれる。けど狭い場所で魔法を撃ち合うのは危ないし、結界魔法の方が何かと便利だからこの部屋はもう封鎖されちゃったんだ」


「校舎…もしかしてここってウニストス?」


「そうだよ。生徒達が足を踏み入れる事を禁じられている、ウニストスの九階だよ」


「あなたは?」


「私はシラツラ。ここの生徒だよ」


「シラツラさんはどうして禁じられた決闘室に居るの?」


「ここ、誰も来ないから。一人でゆっくりするのに適してるの」


「大人しそうなのに結構大胆だね!」


「そうだね。私、あんまり人と居るの好きじゃないから…だからいつもここに居るんだ」


彼女との会話も程々に、私は今自分が一番気になっている事を問い質す事にした。


「私、寝てたみたいなんだけど…シラツラさんがここへ連れて来たの?」


「そうだよ」


「どうやって…?リィちゃんとアカマルが近くに居た筈なんだけど…」


「…リィちゃんとアカマル?それらしい人は見当たらなかったなぁ」


「私を連れて来た時、どんな状況だったの?」


「君が悪い人に連れて行かれそうだったから助けてあげたんだよ。他に匿う場所も無いし、こうするしかなかったんだ」


「悪い人…?」


「そう、悪い人」


「本当に?」


「本当だよ」


少し違和感を感じる物言いに、私は一歩後ろへ下がる。そしてそれを見てシラツラさんは眉を顰めるが、顔色は少しも変えなかった。


「逃げてもいいよ」


「いいの?」


「どうせ、出られないから」


その言葉の意味が分からずに私は首を傾げたまま黙ってしまう。そんな私を見かねたのか、シラツラさんは続けた。


「君が寝てる間にね、良くない事が起こっちゃったんだよ」


「良くない事?」


「そう。率直に言えばこの学校から出られなくなったんだ」


「それは…どういう…?」


「ウニストスの周りには侵入者を探知する結界魔法がある。けどその結界魔法の効力を何者かに上書きされて、ただの探知魔法から出入りを許さない魔法になっちゃったんだよ」


「私が大道芸でお金持ちになる夢を見ている間にそんな事が…」


「大半の先生や生徒達は結界が上書きされるより前に外に行っちゃったから、内部からどうこうするのは難しいんだ」


「うーん…それでもきっと解決の糸口はある筈。少し出歩いてくる!」


「気を付けてね。いつでも戻ってきていいから」


彼女は友好的に手を振ってくる。それに対し私も元気良く手を振ると、外へと続く扉に手をかけた。するとその瞬間、背後から再びシラツラさんの声がした。


「そうだ、言い忘れてたよ」


「うん?」


「今、学校の内部に赤い肌の化け物が徘徊してる。出会ったら殺されちゃうかも、気を付けて」


「赤い肌…分かった!ありがとうシラツラさん」


「それと、もう一つ」


彼女は真剣そうな表情を浮かべ、口を開く。


「『シークイ』という人を見かけたら、私に伝えて。お願い」


「シークイ…その人はどんな人なんですか?」


「私と同じ、女子生徒。見かけたらで良いからお願いね」


「分かった!」


「それじゃ、行ってらっしゃい。…幸運を祈ってるよ」


彼女のやけに落ち着き払った声を背に、私は部屋を出た。すると随分と寂れた様子の廊下へと出る。普段は立ち入り禁止なだけあって、清掃をする必要が無いから放置されているのだろう。思えば先程の決闘室も手入れこそされていたが、人手が足りていないのか随分と壁や床がぼろぼろであった。恐らくよく立ち入るシラツラさんが軽く掃除をしているのだろう。


「とりあえず…今はリィちゃんとアカマルを探さないと。変な事に巻き込まれてないと良いんだけど…」


何の当てもなく、私はただ適当に歩き始める。こんなに暗くて寂れた廊下も、月明かりが照らしてくれている。光というのは安心するものだ。もし月が出ていなければ暗闇が恐ろしくて大泣きしてしまっていたかもしれない。


「闇…か」


闇を扱う友人の姿が脳裏に浮かぶ。私が居なくなって、彼女は今どうしているのだろうか。リィちゃんは強いから、きっと前向きに解決へと向かっている筈だ。だがそれでも、先程告げられた赤い肌の怪物が気になって仕方がない。今は学校から出入り出来ないらしいが、リィちゃんも閉じ込められてなければ良いのだが…


そんな事を思いながら歩いていると、一つの人影が近くの部屋から出てきた。


「こんにちは!」


元気良くそう挨拶した時であった。部屋から出てきた生徒と思われる女の人は私の方をギロリと睨み付ける。


「美しくない」


「え?」


「あぁ、あの人は何処なの。あの美貌だけが私の罪を洗い流してくれる…」


そう言い残し、ふらふらと彼女は去っていった。出会い頭に容姿を馬鹿にされたのは少し引っかかるが、それ以上に彼女の生気の無い表情や動きの方が気になった。まるで抜け殻のようなその姿にはある種の恐怖さえ覚える。


「シラツラさんといい、何だか変わってる人が多いなぁ」


独り言を呟きながら去り行く女子生徒の背中を眺めている時であった。突然、彼女はパタリとその場に倒れ込む。まるで今まで毒が回っていたかのように。


突然訪れた非常事態に私は慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「うぅ…」


呻く彼女に触れようとした時であった。私は倒れた彼女の元に行く寸前で、動きを止める。遠目からでは分からない、月明かりによって姿を現した『何か』がそこにあったからだ。


私は天井を見上げる。しかし穴のようなものは見当たらない。もし仮にあったとしても、『黄色の雨』が室内に降り注いでいるなど普通じゃない。見た所、黄色い雨の中に足を踏み入れたからこそ彼女は倒れ込んだように見える。


「危険な物質なのかな…とにかくこの人を安全な所に移動させないと…」


少し濡れてしまうのを覚悟し、彼女の足を引っ張ろうとした時であった。私は倒れ込んだ女子生徒の向こう側、真っ赤な二つの瞳と目が合う。


「え…!」


暗闇と雨でよく見えない。だがそこには確かに、真っ赤な瞳と弧を描くように上がりきった口角の口があった。生物と言うにはあまりにも異質なその存在に、ぞくりと身体を震わせてしまう。


そんな浮かぶ顔は、ゆっくりとこちらへ近付いてきた。


「どうしよう…!と、とりあえずこの人を連れて逃げないと…!」


「触るな!!!」


あまりの大声に驚き、思わず一歩下がってしまう。その怒号を放ったのは他の誰でもない、例の女子生徒であった。


「触るなって…早くしないとあの怪物が!」


「こうなって当然…あぁ、私を裁いて…もう疲れた…」


「裁いて…?だめだよ!逃げないと!」


「私を…どうか…!」


「…事情は分からないけど、させないよ」


怪物が居るのはこの黄色い雨の向こう。魔法で応戦こそ出来るかもしれないが、この距離なら避けられるだけだ。しかし、あの怪物も運が悪い。夜じゃなければ…『暗闇』もなかったであろう。


「『ナイトステップ』」


魔法を唱え、闇の中に溶ける。ナイトステップの使用条件は私自身が暗闇だと判定する事だ。よってリィちゃんが生み出した闇と比べれば明るいこの場所でも、私は自由に動く事が出来る。


そして私は怪物の背後へと回り込んだ。近寄ると見える、四足歩行の獣のようなシルエット。そんな怪物に私は両手の掌を見せた。


「ロブは破壊の魔法、だから壊したいって強く思えば威力も上がる。けど今の私は清めたい。あの邪悪な笑みを見て、この魔法が一番効くと確信した」


両手に流れるような感覚が来る。それは冷たくもあり、暖かくもある不思議なものであった。そう、アカマルと共に何度も感じた感覚。


私は言い放った。


「水魔法、『オアシス』」


そう唱えた瞬間、掌から人一人包めそうなサイズのシャボン玉が放たれた。不純物を極限まで取り除き、自身の持てる魔力を限界まで込めた清水。そんなシャボン玉はふわふわとゆっくり宙を動きながら怪物の方へと飛んでいく。


そしてシャボン玉が怪物の背中に触れた瞬間、廊下に爆音が響いた。そう、触れたシャボン玉が破裂したのだ。それと同時に怪物はごろごろと地面を転がりながら数メートル先へと吹き飛んで行く。


「シャンさんの魔法をこの身で感じて、アカマルに鍛え上げられたこの水魔法!リィちゃんの生チョコのお陰で疲れも取れた以上並大抵の魔族じゃ受け切れないよ!」


「…ハァー」


怪物は形勢不利と見たか、息を吐くと背を向けて廊下の闇の中へと消えて行った。残された私達の間に静寂が訪れる。


「あ、いつの間にか黄色い雨が消えてる…」


そう呟いた時であった。立ち上がった女子生徒は私の事を恨めしげに睨み付けた。


「私は…赦されたかった!なのにどうしてあんな事したの!」


「理由は分からないけど…そう簡単に殺されていい理由なんてある筈ないよ!」


「あぁもう頭がおかしくなりそう…そうだ。あの御方を探そう。目の保養は心の保養。少しは安らぐ筈…」


「あっ、待って!」


しかしそんな私の声も気に留めず、女子生徒は全力で走り出した。追いかけようとするだけ無駄だと判断した私は一人暗い廊下へ取り残されてしまう。


「何だったんだろうあの人。それに、あの怪物…」


いつの間にか空気が冷えている事に、私は気付いた。

目の保養…可愛い動物でも見に行くんでしょうか。それともあの御方とは目を凝らすと3Dに見える、視力回復をする為だけに生まれた存在なのでしょうか。

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