表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は魔族となった  作者: 不定期便
想いが彼女となった
53/123

ドッペルゲンガー

「成程なァ、そんな事があったのかヨ」


一部始終を話し終えた時、ロナウドは両腕を組んでうんうんと頷いていた。そして話しているうちに切らした息が正常に戻り、話せるようになったグレーが口を挟む。


「正直、今のままもう一度地下室へ行くのは悪手だと思う。あの地下室の化け物についての情報があまりにも少なすぎるわ。それに…何だか触れちゃいけないもののように感じたの」


「ガッハッハッ!俺様のパワーは奴と互角!必ず倒せるゼ!」


「会長とアガリが音も無く連れ去られたのよ?底が知れない以上、そう簡単に事が進む訳ないじゃない」


「むゥ…!」


言い淀むロナウドを横目に、メアリーが口を開いた。


「それじゃあ、どうするんですか?会長が居ない今、判断するのは副会長であるグレーさんですよ」


「そうね…とりあえずウェルフル先生に協力を求めるわ。切り札があるのよ」


「切り札…」


「残念だけど、皆んなには秘密。今から取りに行って来るから生徒会室で落ち合いましょう」


そう言い残してグレーはこの場を去って行った。彼女の言う切り札とは恐らく逆さの砂時計の事であろう。私からすれば目的の品を取ってきてくれるというのは有難いが、今はそんな事を考えている場合ではない。人が二人も消えた以上、今は彼らの安否を優先すべきだ。


そんな事を考えていると、グレーが居なくなって生まれた沈黙をタクが破った。彼はメアリーの両手をガシッと掴んで言う。


「し、心配しないでメアリー!会長とアガリは俺達が絶対に連れ戻すから!」


「タクさん…」


そうして見つめ合う二人だったが、メアリーの背後から伸びる一つの手が二人を引き剥がした。


「メアリー君、一度生徒会室に戻ろう。色々気疲れがある筈だ。このボクが紅茶を淹れてやる」


「あ、ありがとうございます」


「ま、待てよ!俺だって美味い焼き菓子が…!」


メアリーを引っ張りながらタクとテンメイは生徒会室の方へと歩き始める。騒がしく言い争う彼らを見て、私は確信した。


「成程…あの二人もメアリーの事が好きなのか。アガリも居るし、随分とモテるな奴め」


確かにメアリーは可愛らしい。だがそれと同時にグレーという犯罪者一歩手前の思考回路を持つ引き立て役が居るからこその人気なのかもしれないという考えが頭に過ぎった。確かに私が男子生徒なのだとしたら間違いなくメアリーを選ぶであろう。


そして、唯一メアリーに反応を示さないロナウドは私の横に立つ。


「アイツら何やってんダ?誘拐カ?」


「あながち間違いじゃない。この学校では好きな子を無理矢理連れて行くのが正解って教えられてるの?」


「ンー…センコーの話聞いてねェから分からねェ」


恋の争奪戦をする彼らの後を、やれやれと言いながらロナウドと共に追いかけた。


〜〜〜〜〜〜〜


「ウェルフル先生…今怒られてるんだろうなぁ」


オコテル先生に怒鳴られるウェルフル先生の姿が思い浮かぶ。実際、ウェルフル先生は教師の中で最も破天荒な人物だ。不良を拳で正したり、酔っ払った勢いで他人の授業に乱入したり、薬学で使う貴重な植物を平らげてしまったり。例を挙げればキリがない。副生徒会長である私の方が素行が良いぐらいだ。


だが…そんな彼女は誰よりも生徒に寄り添い、彼らの将来を大切に思っている。人としては最悪だが、先生として誰よりもあるべき心を持っている。そして何より、他の魔法使いより魔法についての理解が深い。よって生徒からの信頼と実力故に学校側は中々彼女の事を手放せないのだ。よってその分オコテル先生が彼女に説教をする羽目になっているのだが。


「二人の行先は…きっと教師専用の会議室ね。オコテル先生を丸め込んでウェルフル先生を借りるにはどうすれば…」


そう、独り言を呟いた時であった。ワォンという聞き馴染みの無い音と共に色鮮やかな廊下は突然真っ赤な世界に変わり、鼻の中に以前授業で習った毒草の匂いが入り込んでくる。聴覚、視覚、嗅覚に語りかける危険の知らせ。障害のある子が居ても分かるように、三段構えでの通告なのだ。


これは学校側が常に発動している探知魔法によって起動した危険を生徒達に知らせる為の魔法。つまりは学校に生きている魔族が入り込んだ時に発動するものである。私も三年間この学校に通ってきたが、こんな非常事態は初めてだ。


「こういう時、生徒達は迅速な避難を…!」


私は生徒会員として、生徒の模範となるべき行動をするべきである。よって本来ならば自分の安全を確保しつつ、他の生徒の避難誘導に勤しむべきである。実際、今私はそんな正しい行動を取ろうとしていた。


だが、目の前の光景に私の思考は止まった。ドゴンと大きな音を立て、天井が崩れてきたのだ。そして瓦礫や砂埃の中に見える二つの人影に、私は息を飲んだ。


「ウェルフル…先生…?」


「はぁ…はぁ…」


「何で…!?どういう事なの…!?」


瓦礫と共に降ってきた人物は間違いなくウェルフル先生だ。それは最早疑いようもない。この二年間ずっと彼女の姿を見てきたのだから。


だが…そんなウェルフル先生は、二人居た。二人とも全く同じローブを身に纏い、互いに睨み合う。危険を知らせる真っ赤な空気の中では二人とも、まるで鬼のように私の目に写った。


「ウェルフル先生が…二人!?」


「グレー、逃げろ!」


どちらかがそう叫んだ瞬間、二人の拳はぶつかり合う。そして突然行われる格闘戦に私は目をぱちくりとさせるしか出来なかったのだ。同じ人間が戦う異常事態に私の鼓動は酷く早まった。


「チッ…中々手強いな」


「私様がウェルフルだ!偽物はすっこんでろ!」


「馬鹿言え!ウェルフルは私様だ!」


「一番確実な証明方法があるな…!」


「あぁ…ウェルフルは最強だ!よって勝った方が本物だ!」


「『デスウィンドカッター!』」


「『デスエレクトロ!』」


校舎を破壊しかねない、強力な魔法が飛び交った。凄まじい速度の拳と、災害のような魔法。まるで本物のウェルフル先生が二人居るみたいだ。


私は、どちらに加勢すれば良いのであろうか。


「あーもう知らない!本物のウェルフル先生ならこれぐらいでは死なないわ!『ヘヴンズフレア!』」


しかし、私の放った渾身の一撃も彼女らの魔法によってかき消される。そう、私とあの二人ではあまりにも次元が違うのだ。どちらが本物か分かった所で、私に出来る事など何一つ無い。


彼らの格闘と魔法の入り交じる激戦を私は息を飲んで見守る。しかし、片方の胸に刺さった氷の槍によって決着は着いた。血を流して跪くウェルフル先生の首根っこをもう一人のウェルフル先生が掴む。


「終わりだ。お前が生きている限り、私様はウェルフルではいられない」


「か…はぁっ…!」


「ウェルフルは一人、この私だ」


そう言うと彼女は胸に刺した槍を引き抜き、そしてその矛先を瀕死のウェルフル先生の喉元に向けた。今勝ったのが本物なのか、偽物なのか。そんな事は分からない筈なのに私の身体は動いていた。


私は槍を持っている方のウェルフル先生に掌を向ける。


「殺さないで…!」


「………」


「私達の大好きな…ウェルフル先生を殺さないで…!」


「………」


「撃つ…!」


きっと、私なんかの魔法じゃ彼女には通用しない。そんな事は分かっているのだ。今私がしているのは何の意味も無い、ただの悪足掻きだという事も。


しかしそんな正論は、手を止める理由にはならなかった。


「『ヘヴンズフレアッ…!』」


全ての神経を集中させた悪足掻き。その火球は空中でどんどんと温度を増していき、今まで放った事の無いような高火力でウェルフル先生の元へと飛んで行った。これが私の出せる、最高火力だ。


それに対し、ウェルフル先生もこちらへ掌を向けてくる。すると次の瞬間、魔法を詠唱する間もなく生み出された水の壁により私の炎はかき消された。私の全力は無駄だったのだ。


そう思った次の瞬間、槍を持ったウェルフル先生が吹き飛んだ。拳の跡が付いた頬、そして拳を突き出す瀕死だった筈のウェルフル先生。そう、私の魔法が隙となり、形勢を逆転すべく負けていた方のウェルフル先生が不意をついたのだ。


そして、彼女は槍を持ったウェルフル先生に掌を向けた。


「『デスクリムゾン』」


一瞬だった。放たれた豪炎は膨張し、壁を溶かしながら槍を持ったウェルフル先生を外へと吹き飛ばした。普通の人ならば間違いなく即死、しかし相手が手練だと理解しているからこそウェルフル先生は追い打ちとして外へと飛び出そうとしていた。


そんな彼女を私は引き止める。


「待って…!」


「…悪ぃな。決着を付けなきゃいけねぇんだ」


「ウェルフルせ…!」


そして、人間離れした跳躍力で彼女は外へと出た。慌てて空いた穴から彼女らの姿を確認しようとするが、その素早い動き故に目で追うのさえ困難であり、見失ってしまった。脱力した私はへなへなとその場に座り込む。


「あれは…何だったんだろう」


脳裏に浮かぶのは激しい殺し合いをする二人のウェルフル先生の姿。あまりにも狂気じみた光景に、そして迫力に足の震えが止まらなかった。


「私が助けたのは…本物?それとも…」


明らかな日常の崩壊を表すかのように、押し合いながら校門から出て行く生徒達の行列が見えた。

誰しもが生まれながらに本物です。しかし…本物でありたいかどうかはまた別の話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ