陽気で豪快、それが赤色
「けほっ…こほっ…!酷い煙…!」
目の前にそびえ立つ、雄大な黒い城。だがそれよりも無限に溢れ出てくる煙の方に意識は奪われた。高さや他の窓の位置から察するに、爆発が起きた部屋は二階。そこから出る煙は空へは上がらず、まるで滝のように外へと溢れていた。その時点で普通の煙では無い事を察する。
「二階に行って煙の発生源を何とかしないと…!でも煙が充満してる部屋に飛び込んで大丈夫かな…?そもそも城門も巨人専用なのかってぐらい大きいし、私の腕力じゃ中には入れない…どうしよう…」
一向に収まらない煙に私は内心焦っていた。どうしようもない、何処へ行ったかも分からないプラントさんを呼ぼうかと考えたその時であった。
目の前に広がる煙。その中から声が聞こえた。
「ぬぅ〜…効くなこれは…!ケホッケホッ!」
それはハッキリとした女の声だった。物静かとは正反対の力強い豪快な喋り方の彼女はそこまでこの状況に危機感を持っていないようだ。
「えーっと、大丈夫ですか?」
「んあ?誰ん声だ?」
「私は…その……入居希望者です」
「そうか!んじゃ、待ってろ。今そっちに行くからな」
『よっこいせ』と言いながら彼女は立ち上がり、やがて足音がこちらへ向かってくる。何だか頼り甲斐のありそうな姉御感溢れる人だが、一体どんな見た目をしているのだろうと気になってくる。だが彼女は私が想像していた人物像の上を行った。
煙の中から見える人影は、あまりにも大きい。成人男性以上はありそうなその身長に驚いていると、煙の中から彼女は姿を現した。
先ず目に付くのは彼女の真っ赤な肌。全身を火傷したかのように真っ赤なその肌は彼女が人間では無い事を表していた。そして赤茶の髪の毛の間生えた真っ赤な二本の角。その鋭利な角はいとも簡単に人の心臓を一突きに出来そうだ。彼女は青い瞳で私を見ると、尖った歯を見せて笑みを浮かべる。
「何だ、誰かと思ったら人間のチビ助じゃあないか。ここが何処か分かってんのか?ん?」
「ま、魔族の国だと聞きました。プラントさんって人からの紹介で…」
「あー?あのチクチク骨野郎が?お前を?ハッハッハッハ!何だよ、アイツ幼女趣味でもあったのかよ!こりゃ傑作だ!ヒヒヒ…!」
そう言って彼女は大笑いをする。偏見無い目で見れば彼女は威圧的ではあるものの、陽気で明るい人だ。だがその『鬼』を思わせる風貌には少し恐怖してしまう。機嫌を損ねれば死。まるで破裂寸前の風船を相手にしているかのような気分になった。
「その…駄目だった?人間の子供がここに来るの…」
「おいおい、私様はそんなちっちぇえ事気にしねぇよ!忌み子だろうが悪魔だろうが何でも来いだ!」
「本当に…?」
「万一、どうしようもないモンを引き入れちまった場合の最もクレバーな対処法をがあるからな!」
「そんなのがあるの…!?」
「クレバーオーガと呼んでくれてもいいぜ?ハッハッハッ!」
やはり彼女はその見た目通り、鬼の様だ。茶目っ気のあるウィンクは鬼の威厳など感じさせないが。
「それで、その方法とは…?」
「簡単だ。全力で叩き潰す!」
「…自分より強い相手だった場合は?」
「死んでも死なずに食らいつく!そして叩きのめす!」
「駄目だこの人」
「あ?んだと?」
「ごめんなさい口が滑りました…」
思わず内心を漏らしてしまい、彼女に威嚇されてしまう。縮こまる私をしばらく見ていた彼女であったが、直ぐにまた明るい笑顔を浮かべる。
「生意気な奴だな!気に入った!てめぇの名前は何だ?無いならこの私様が付けてやろうか?」
「いや、ちゃんとあるよ。私はキャロ」
「私様はオーガ!よろしくなキャロ!」
「…オーガ?そのまま?」
「私様は鬼の中の鬼だからな!わざわざ他の有象無象の鬼共と区分する必要も無いぐらい、高貴なる存在なのだ!」
彼女はどうやら圧倒的な自信を持っているようだ。鬼というのはその凶暴性や腕力、鋼のような硬度の肉体により魔族の中でも有名かつ、トップクラスに恐れられている存在だ。そんな他の鬼達を『有象無象』と一蹴する彼女の姿はどこか、眩しいものがあった。
「でも…オーガじゃ分かりにくいよ。オーさんって呼んでいい?」
「あだ名か…良いなその考え!でもオーさんはオッサンみたいだから嫌だ。もっと良い感じのヤツ無いか?」
「んー…オーガをひっくり返してガオとかどう?」
「いや、この際オーガから取らなくても良い!何かこう、身体的特徴から取っても良いんだぜ!?そうだマッスルウォリアーとかどうだ!?」
「それはやめとこ」
「そうかぁ」
マッスルウォリアーさんはしゅんとしょぼくれた子犬のようになる。何だか気の毒なその姿に私は急いで頭を回転させる。
「それじゃあ…アカマルとか良いんじゃないかな」
「アカマルぅ?赤は分かるが、マルはどっから来たんだよ?」
「これは死んだおじいちゃんの言葉なんだけどね…丸っていうのは、特別な形なんだって。他の形には角があるけど、丸だけには無い。唯一性を持った形だから鬼の中の鬼を名乗るなら、合ってるんじゃないかなって」
「ほうほう…」
彼女は少しの間、顎に手を添える。彼女は唸り、唸り、更に唸り、そしてようやく決断したように歯茎を見せた。
「気に入った!私様はこれからアカマルを名乗るっ!キャロ、お前天才だな!凄いぞ!」
「へへ…そんなに喜んで貰えるとは思わなかった」
「よしっ!城内に居る馬鹿共にも自慢して来るぞ!付いてこい、キャロ!」
そう言うと彼女は鼻歌を歌いながら城門の方へと歩き出す。そう言えばプラントさんも他の住人の事を『馬鹿』と呼んでいたのを思い出し、皆んなそれぞれをそう思っているんだなと何だかおかしくなってしまった。
一人でニヤニヤしている私にアカマルさんは首を傾げる。
「何だ?何か面白いか?」
「思い出し笑い!…それよりもどうやってお城の中に入るの?」
「んあ?そのまま入れば良いだろ」
「え?城門はこんなに大きくて重いのに…どうやって?」
「こうやってだよ」
アカマルさんは両扉の間にある僅かな隙間に指を入れ込む。まさか…と思っていたが、本当にそのまさかであった。目の前で起きた信じ難い状況に目が飛び出るんじゃないかと思ってしまう。
彼女は巨人用のような大きな城門を軽く力を入れただけで開いてしまう。そのあまりにも強大な腕力に、鬼の恐ろしさを改めて思い知る。
「凄い…!何て力…!」
「ん、弟子入りするか?」
「やだ」
「ちくしょう」
「だって絶対身体壊すもん」
「おいおい…このクレバーオーガの私が初心者用の筋トレメニューを考えていないとでも?お前は子供だからな、先ずは腕立て伏せ二百回に…」
「案の定すぎるよ!やっぱり人間の事分かってないよ…!」
「ん、そうか?悪いな!『普通の人』がどれ程の力なのかよく分かってなくてよ!暇さえありゃ元気に遊び回ってるからてっきり体力はあるのかと」
「…?」
普通に受け取れば今の言葉は力が強い鬼として、人に理解を示さない文章だ。だが、何か違和感を感じる。彼女の声色だろうか、話し方だろうか。何とも言えない妙な引っ掛かりがあるのだ。それはきっと、彼女の核心に迫るような事な気がする。
「あの、アカマ…」
「そんな事より!早く城ん中行こうぜ!アカマルって名前を迅速かつ嫌味ったらしく自慢してぇ!」
「…それよりもさ」
「んあ?んだよ」
「あの煙…どうするの?」
「あ」
私達二人の視線は例の黒い煙へと向けられる。しばしの気まずい沈黙の後、アカマルさんは私の腕を引っ張った。
「あれを何とかするぞ!この私様の仕業だってバレたら怒られちまう!」
「もう多分手遅れだよ…!爆発してるもん!」
「知るか!何とかなる!とにかく行くぞ!」
魔王の城への入場は思っていたよりも慌ただしかった。