生徒会
コツンコツンと二つの足音が誰も居ない廊下に響き渡る。窓際に配置されたいくつもの観葉植物や、壁に飾られた様々な名画はこの建物の上品さを物語っている。外から見れば煉瓦作りで赤いこの学校も、内側は落ち着いた色をベースとした目の癒される場所である。
そんなウニストスにて、グレーに抱き抱えられた私はそのまま何処かへと連行されていた。とりあえず原初の目的である学校への侵入には成功したが…グレーの力に敵わずに腕の中でもがく事しか出来ない。何なら道すがる生徒達に見られて恥ずかしいというおまけ付きだ。
だがそんな時間もついに終わりを告げた。両開きの他の部屋とは雰囲気の違う扉の前でグレーと会長は立ち止まったのだ。そして両手の塞がったグレーの代わりに会長が扉を開け放つ。
「ごっめーん!ちょっと遅れちゃった!」
グレーは明るく声を張り上げる。だが部屋を見渡す限り人は居なかった。部屋の奥に見える会長のものと思われる机、書類が大量に積み上がる二つのテーブル、様々なフォルダが入れられた棚とここの人達の趣味と思われる本が入った本棚、部屋の隅で天井まで伸びる針葉樹。そこに人の影は無い。
と、思いきや書類の後ろから二人の人物がひょこっと顔を出してこちらを見てきた。片方は赤い角刈りの男らしい顔をした男子生徒、もう片方は桃色のツインテールをしたぱっちりとした目の女子生徒だ。
私達の姿を見るや否や女子生徒は口を開いた。
「あ、グレーさんが子供誘拐してる」
「してない!!!」
グレーは全力で否定するが、桃髪の女子生徒の代わりに赤髪の男子生徒が追撃を仕掛けた。
「副会長、見損なったぞ!俺達生徒会は人としての見本になるような存在でなければならないッ!そんな生徒会役員が犯罪を犯してどうするんだッ!」
「だからしてない!誘拐と決め付けないで!?」
「えぇ〜?子供を見る時目の色が変わるグレーさんがぁ〜?本当にぃ〜?」
「それはっ…否定はしないけど……でも違うもん!」
普段の言動が余程酷いのか、否定しようにも否定しきれずに涙目となっている。これは私が彼女の味方をすれば穏便に事が進む状況だ。だが、面白そうなので私は黙ったまま事の成り行きを見届けようとしていた。
「ねぇ、従姉妹ちゃんも何とか言ってくれる!?」
知らん振りしようとしていたが無理だったみたいだ。
「お願い〜。このままだと私の尊厳が破壊されちゃう…!」
「分かった。えっとね、この人、とうもろこしくれた」
「あららぁ…完全に物で釣ってる」
「ちっがーう!!!ねぇ会長!何とか言って…!」
「……っぁぅ」
「声が小さくて聞こえないよ!あぁもう…!」
流れを知っている二人が味方をしなくなり、グレーは完全に詰んでしまったようだ。軽蔑の目を向ける二人の生徒を前にグレーは頭を抱える。
「この子は会長の従姉妹!お母さんが居ないから一時的に預かってるの!分かった!?」
「まぁ…そういう事にしときますよ」
「うむ…だが副会長が怪しい事をしないかよく目は光らせておこう」
「信用が無さすぎる…!」
「自室の天井に隠し撮りした子供の写真を貼り付けてる人だもん」
「違うの…!カメラなんて不思議な物が販売されたから使いたくなったの…!」
「だからと言って普通はそんな犯罪紛いの事はしないッ!」
「すみません…」
縮こまったグレーを横目に、書類の影から現れた二人はこちらへと歩み寄る。そして笑顔を浮かべながら顔を私に近付けると、口角を上げながら人懐っこそうに話し始めた。
「初めまして。私の名前はメアリー。よろしくね!」
「俺の名前はアガリだッ!心細かったろうが、案ずる事はないッ!俺達がお前の事を副会長の魔の手から守ってやる!」
「うむ、苦しゅうない。私はリィハー」
「リィハーちゃん!改めて見てみると顔は似てないけど、雰囲気はちょっとシズカさんと似てるかも?」
「シズカ…?」
「あ、会長の事!親戚といえどやっぱり血の繋がりみたいなのはあるんだねぇ〜」
その言葉に否定も肯定もせずに会長、シズカはスタスタと部屋の奥に見える会長用の机に向かっていった。会話に参加せずに黙々と机に置かれた書類に目を通す彼を他の面々は特に気にしない。こういう行動もいつもの事なのであろうか。
そしてそんな中、私を抱き抱えているグレーは周りをキョロキョロと見渡した。
「あれ、タク来てないじゃん。どうしたのさ、遅刻?」
「いえ…それが…」
メアリーは困ったように横目でチラリとアガリの方を見る。すると彼はその視線に顔が赤くなるのを誤魔化すように咳をし、彼女の代わりに語り始めた。
「ど、どうやら『例の異変』が校内で起きたみたいでな。会長と副会長が到着するまでの間にタクが様子見してくれるみたいなんだ」
「異変…?」
「む…あまり部外者の居る時に話す事ではなかったな。会長、俺達は別室に行くのでその間この子の面倒見ておいて下さい」
アガリがそう言うと、心底嫌そうにシズカは眉間に皺を寄せた。私と二人きりが嫌だなんて失礼な奴だと憤っていると、私を抱える腕に力を込めながらグレーは言った。
「良いの。この子にも説明しましょう」
「グレーさん!?大丈夫なんですか…?」
「えぇ!好奇心旺盛な子供の気持ちを踏みにじるなんて私には出来ないわ!」
「…もしかして自分と同行させる為に全て話そうとしてます?」
「してないわ!」
「動揺が顔に出てますよ」
「とにかく!話すわねっ!」
こほんと小さく咳をし、彼女は語り始めた。
「いい?前提として生徒会っていうのはね。校内の問題解決、教師陣の手伝い、生徒の悩み相談、様々な経費の計算、そして生徒達の手本となる行動を義務付けられたエリート集団の事よ!」
「エリート…?」
「どうしてそんな目で私を見るの?」
「…続けて」
「う、うん。…こほん。そして最近、校内で問題になっている事がある。それが『怪奇現象』なのよ」
「どんなの?」
「生徒達が気絶している状態で発見されたり、ありもしない幻覚が見えるようになったり、酷く体調を崩したりしているのよ。そしてそれらの被害者達に共通するのが、『全身が濡れていた』という事」
「濡れる…」
気絶や体調不良に関しては分からないが、幻覚という言葉が少し引っかかった。ムッテへと辿り着く前の事。私は確かに隣に居るキャロを視認していた。しかし、アカマルはキャロの姿が見えていなかった。つまり私は何らかの方法で幻覚を見せられていたのだ。それとこれが関係の無い話とは考えずらい…だが同時に違和感もある。
あの時、私は濡れてなんかいなかった。もし校内で起こっている怪奇現象が同一のものなら、私も濡れていなければおかしい。それとこれとは関係が無い…のか?
難しい顔をする私を他所に、グレーは話を続ける。
「で、私達生徒会はその原因解明の為に動いてたの。けど結局大した手掛かりを得る事もなく、被害報告を受けるばかり。それで埒が明かないからこの広い校舎の中を歩き回って、実際に遭遇するまで辛抱強く耐えようっていう話になったの。そして今日がその決行日なのよ」
「必要な単位を事前に取っておけばその分授業に参加しなくても良いですからねぇ〜。優秀な我々は全員今日の為に単位を取っておいたのですよ!」
「そう。それで全員集まったら行く予定だったんだけど…」
と、グレーがそこまで言った時であった。突然生徒会室の扉が大きな音を立てて開け放たれる。
「あ、タク。戻ってき…」
全員の視線が扉を開いた人物へと向けられる。しかし、そこに立っていた者の様子がおかしい事を私達は一目見て理解した。ボサボサの茶髪に、丸眼鏡の男子生徒。彼の顔は真っ青に青ざめており荒い呼吸が目立った。
「タク!一体どうしたんだッ!?」
「み、みんな。今すぐ一緒に来てくれ!大変な事が起こっているんだ!」
「大変な事…?」
「校内に…魔族が侵入しているんだ!保健室の生徒達が狙われている!」
「何だと!?今すぐ助けに行くぞ!案内しろタク!」
「あ、あぁ!」
そうしてアガリはやって来たタクという生徒と共に何処かへと走り去って行った。そしてそんな彼らの背中を見送りながらグレーは自身の顎に手を添える。
「おかしい…ウニストスは外部から入り込んでくる魔族の反応を探知する結界がある筈。もし何者かが侵入してきているなら先生達が速攻で処分しているだろうに…」
「結界を掻い潜って侵入してきたって事ですかー?」
「分からないわ。でも、何かがおかしいのは確か。私達も行くわよ!」
「はい!グレーさん!」
そうしてアガリとタクの後を追うグレーとメアリーたったが、何故か当たり前のように私を抱き抱えたまま目的地へと向かっている。いい加減そろそろ離して貰いたいのだが、一向に手放される気配はない。
そして彼女の腕の中で揺れている時、私はとある事が気になって口を開いた。
「会長は来ないの?」
「あの人は自分が必要かどうか勝手に判断するわ!それに私達生徒会役員が四人も居るんだもの、何とかなーる!」
「そっか」
グレーはそう言うものの、何だか私の胸のざわめきは止まらなかった。キャロとアカマルが居ない不安もあるのだろうが、妙に嫌な予感がしてならないのだ。まるで『死』に近付いているような、そんな予感が。
何だか…肌寒い。
最近私生活が慌ただしくて投稿頻度が落ちてきています。いずれ前のようなペースには戻ると思いますが、しばらくの間は数日に一度といったゆっくりめのペースになりそうです。普段から読んで下さっている方々にはご迷惑をおかけしております。