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少女は魔族となった  作者: 不定期便
箸休め編
44/123

チョコレート

「キャロ…」


日が経つのは早いもので、とうとうムッテへの出発の日が訪れた。ユウドと比べてここから行く場合ムッテの方が遠い。だからどの道野宿は確定で、無理に早い時間帯には行かず朝に十分準備をしてから昼に出発しようという事で話は纏まった。ディドを移動に使おうにも、彼はムッテへの道程を知っている訳では無いので使えない。


そして身支度を終えた私は自室の窓から城の後ろにある空き地を眺めていた。そこではいつものように、アカマルとキャロが魔法の特訓をしている。努力をするのは良い事だが、彼女の姿を見ていると何だか痛々しい気持ちにもなってくる。


早朝からアカマルによる厳しい訓練に耐え、夜はプラントによって身体にいくつもの生傷が出来る。そして一日の疲れを癒す為に寝たかと思えばろくに寝る事も無く早朝に起きてアカマルとの特訓を開始する。明らかに頑張りすぎな彼女に私は溜め息をついた。


「いつ結界が破られるか分からないから出発は早い方が良いけど…そのせいでキャロは焦ってるのかな…」


今もアカマルによって水責めに遭っている友人に私は同情の目を向ける。これは勿論、彼女が望んだ事だ。しかしこのままではいけない。そう強く感じた。


「出発までまだ時間はある。…最終兵器を出しちゃおう」


…………………


「え?キャロちゃんにお菓子を作ってあげたい?」


グロテスクがそう聞き返すと、私はこくこくと頷く。そんな私を横目に彼は手馴れた様子で朝食の準備をしてた。


「うーん、それは素敵な事だけど…リィハーちゃん料理した事ある?」


「ある」


「一回だけだよね?…それも材料全部燃やしちゃって放火事件になりかけたやつ」


「うん」


「これは…中々骨が折れるな…」


絶望したように青ざめながらグロテスクは調理を中断する。まるで目でピーナッツを噛めという無理難題でも押し付けられたかのようにむむむと唸り、調理室の戸棚から何かを探し始める。


「何探してるの?」


「レシピ本だよ。最初のうちはレシピ通りにやった方が料理は上達するからね。それに余計な事さえしなければ完成する筈だから」


「でも…安定択を取り続ける人生より、私は面白可笑しくオリジナル料理にチャレンジしてみたい」


「リィハーちゃん。放火は料理とは呼ばないんだよ」


「私は情熱的な人だから火事が起こっちゃうのは当たり前。この迸る心の熱さは止められないの」


「じゃあ心は熱くても良いけど火事が起こらないようにレシピ本通りに料理しようか」


「はい」


棚からレシピ本を取り出したグロテスクはそのまま本を開く。そして何が良いかとページを捲る中、とあるものが目に入り彼は頷く。


「そうだね。それじゃあお菓子作りの入門として、簡単な生チョコとか作ってみようか」


「生チョコ…」


「余っ程の事が無い限り失敗はしない筈だよ。一緒にやってみようか」


「うん」


私の返事を聞くと彼はにっこりと笑い、手際良く戸棚から大きさの異なる二つのボウル、サイズの小さなへら、長方形の容器を取り出した。そして次に冷気を帯びた魔石によってうんと冷やされた戸棚からチョコレートと牛乳を取り出す。


「材料はこれだけだよ。誰でも簡単に出来るから安心してね」


「本当?燃えない?」


「燃えたら逆に褒めるよ」


「じゃあ褒められたいから燃やす」


「褒めた後に何されても文句言えないよね?」


「ごめんなさい」


そんな無駄話をしている間に、グロテスクは私に大きめのボウルを手渡してきた。


「それじゃ、そこにお湯溜めて」


「成程。キャロは贅沢言わずお湯でも飲んどけって事か」


「もしそうなら今机に出した物達は何だったのさ」


「待って。考えるのに二日頂戴」


「話がどんどん変な方向行っちゃうから!いいからお湯溜めてって」


「うむ、仕方あるまい」


机に届かない私は置いてあった足場に乗り、机の上を注意深く観察する。そして調理台の付近に目的の品がある事に気付き、ボウルを置いてそれらの物を手に持つ。そう、左手には布に包まれた椛色の魔石、右手には空色の魔石が握られる。


椛色の魔石は熱を放出し、空色の魔石は水を出す性質を持つ。私はボウルの上でそれらの魔石をくっ付け、軽く魔力を石に流してやる。するとジャババと良い音を立てて魔石から熱湯が溢れ出た。


「よしよし、良い感じに溜まったね。そろそろやめていいよ」


「了解」


「それじゃ一旦このお湯は放置してチョコレートを細かく切っちゃおうか。包丁持つ時は気を付けてね」


「お湯…冷めない?」


「あっ」


「グロテスク?」


「…僕が魔石で加熱し続けておくから気にせず切ってて」


「グロテスクって意外とポンコツだよね」


「たまに脳みそが正常に働かなくなる時があるんだよ…何でかなぁ…」


そうぼやきながら彼は私から椛色の魔石とボウルを受け取り、ボウルの底に魔石を当てて加熱し始める。愛しいボウルちゃんを奪われた私は足場を引き摺り、包丁とまな板が置いてある場所の真下に足場を置いた。そして足場の上によじ登り、置いてある包丁とチョコレートに手を伸ばす。


「リィハーちゃん、本当に気を付けてね?」


「任せて。泣くのは我慢する」


「手を切る前提!?やっぱり変わろうか?」


「いや、大丈夫。人はピンチから成長する」


「生チョコ作りはピンチではないよ」


そんな会話をしながら、私はザクザクと包丁でチョコレートを切っていた。少しでも間違えれば自分の腕とおさらば。そんな状況に冷や汗をかかずにはいられなかった。こんな怖い思いをさせやがって。キャロに後で何か要求しよう。


そうして真面目に作業をする私の進捗を見る為、グロテスクはこちらに身を乗り出してきた。そして、引き攣った笑いをする。


「あー…あはは…」


「何?」


「一応聞くけどさ…今何やってる?」


「頑張ってチョコレートをキャロの形になるように切ってる。他の皆んなの形も作るつもりだよ。私ったら芸術家」


「…リィハーちゃん。心の底から言い難いんだけどさ」


「ん?」


「今切ってるチョコレートさ…原形が無くなるぐらい溶かすから形作っても意味無い…」


「………」


「リィハーちゃん…形作るの頑張ってたね…」


「これって何かしらの法律で訴える事出来ない?」


「出来ないね」


「悲しい」


私の頑張りが無に帰し、涙を堪えながら私はキャロの形をしたチョコレートを粉々に切り刻んだ。さらば私の努力よ。全ての努力が報われる訳ではないという事を私は今、深く痛感した。


そしてチョコレートが十分に刻まれたのを確認し、グロテスクはまな板を持ち上げてチョコレートを全部小さい方のボウルに注いだ。


「それじゃ、次はこのチョコレート入りのボウルをお湯入りのボウルの中に入れるよ。そしてどろどろになるまでへらでよーく掻き混ぜる」


「あー、その為のお湯か」


「お、気付いた?」


「お菓子の材料とはいえ、チョコレート様はお客様。せめてものおもてなしとしてお風呂に浸からせてあげるんだね」


「そもそもチョコレートもボウルに入ってるからお湯に触れられないよ」


「チョコレートなんかお客様じゃない。お風呂には入れてあげない」


「先ずチョコレートをお客様かどうかで見るのやめて?ただの材料だから」


そう言って彼はチョコレートの入ったボウルをお湯の入ったボウルの中に入れる。そしてこちらに手を伸ばし、私の脇腹を掴んで軽々と持ち上げた。いちいち足場を移動させる様を見て気を利かせたのだろう。しかしこれではまるで子供扱いだ。子供だった。


私は机に置かれたへらに手を伸ばし、加熱されているチョコレートを混ぜ始める。


「いいよー、その調子。もう少しどろどろになるまで混ぜたら牛乳注ごっか」


「…でもこのままだと普通じゃない?」


「そりゃあリィハーちゃんでも作れるように生チョコをチョイスした訳だし」


「私が作ったっていう特別な証が必要じゃない?私の血でも混ぜる?」


「駄目。絶対に、駄目。二度と余計な事考えないで」


「んー、じゃあ何をすれば…」


「料理が苦手なリィハーちゃんがキャロちゃんの為に一生懸命作った。それだけで十分じゃないかな?大事なのは出来栄えじゃなくて、キャロちゃんの為に頑張ったっていう事実だと思う」


「…そっか。たまには良い事言うね」


「たまには…?」


「今はこれでいい。いずれキャロに超豪華なお菓子を作ってあげるから、それまでの過程を楽しんでもらう」


「うんうん。…あ、そろそろ牛乳に注いでも良いかも」


「了解」


ボウルの中に牛乳を注ぎ、チョコレートと一緒に混ぜ込む。そして差程時間が経たないうちにチョコレートと牛乳は完全に溶け合い、その場には食欲を注ぐ明るい色をしたチョコレートが残された。


グロテスクは私を床に置くと、チョコレートの入ったボウルを代わりに持ち上げる。そして布をボウルにかけ、魔石によって冷やされた棚の中へと入れる。


「それじゃ、あとはゆっくり冷やせば完成だね」


「長かった」


「お疲れ様。やり遂げた気持ちはどう?」


「まだ分からない。キャロにあげてから判断する」


「そうだね。料理作りにおいて相手に喜んでもらう時間が一番大切だもんね」


「キャロ…喜ぶかな」


「喜んでくれるといいね」


「そう…だね」


私は心配になりながら、チョコレートの入った戸棚を見つめた。


〜〜〜〜〜〜〜


「もう行く時間か。何だか寂しくなるのう」


馬車に乗り込む私とアカマルを見上げてプルアさんは言う。時刻は十時。そろそろ行かねばあまりにも遅い出発となってしまう。


そうしてプルアさん、クママルさん、ゲンキさん、ディドさんに見送られる中、私は周りを見渡した。


「あれ、リィちゃんは?」


「プラントは当然として…グロテスクの姿もねぇな。何処で道草食ってやがんだ」


そんな話をしていた時であった。噂をすれば二つの人影が遠くからこちらに向かってくるのが見えた。


「リィちゃん!それにグロテスクさん!」


手を振りながら呼びかけるが、返事が帰ってこない。そんな状況に首を傾げていると、私はリィちゃんが小さな白い箱を胸に抱き抱えている事に気が付いた。


そんな彼女の背中を優しくさすり、グロテスクさんは彼女に言った。


「勇気出して。これが最後の工程だよ」


「グロテスク…」


「大丈夫。心配する事ないよ。行っておいで」


「…うんっ!」


グロテスクさんから離れ、リィちゃんは駆け足でこちらに向かってきた。そして元気に馬車へと飛び乗ると、私にその小さな箱を差し出した。


「くれるの?」


「べ、別にキャロの為なんかじゃないから!あげる!」


「それでもくれるんだ」


私は笑いながらその黒色のリボンで閉ざされた箱を開封していく。そして箱を開いた時、中に見えた物を見て思わず目を丸くしてしまう。


「これ…生チョコだ!もしかしてリィちゃんが作ってくれたの!?」


「う、うん…」


「ありがとう!すっごく嬉しい!」


笑みを浮かべたまま、私はひょいっと生チョコを一個口の中に放り込んだ。何も特別な味付けのされていない、素朴な味。しかし何故だか噛めば噛む程に幸福感の溢れるそのチョコは私の心を暖かくさせた。


自信が無いのかしょぼくれた顔をするリィちゃんに、私は笑顔を向ける。


「美味しかったよ、リィちゃん」


「本当…?」


「うん!こんなに気持ちの籠ったお菓子、今まで食べた事ないもん。これならいくつあっても食べられるよ!」


「…へへ」


リィちゃんは私から顔を逸らす。だが思わず彼女が漏らした声、そして横顔から見える口角の上がった口は彼女の心境を示していた。どうやら自分の作ったお菓子を褒めて貰えて嬉しいみたいだ。


そんなやり取りをしていると、御者席に座るアカマルが声を張上げる。


「んじゃいいか?そろそろ出発するぜー」


「あ、はーい!リィちゃん、隣に座ろ」


「仕方ないなぁ」


そうして席に座った私達は振り返り、ここへ残る仲間達に手を振った。


「皆んな、ばいばい!」


「三人とも気を付けてねー!」


「何かあったらすぐ戻って来るんじゃぞ!」


「グルル…!ガウッ!」


「ギャオギャオッ!」


やがて、馬車は外の世界へ行く為の手段である、雲で出来た龍のようなものに包まれる。そしてこの国から出て行く直接、私は皆んなに向けて叫んだ。


「行ってきます!」

いつの世も心のこもったプレゼントは嬉しいものです。どんなものであれ、相手が自分の事を想ってくれていると感じる物は特に。チョコレートは疲労回復の効果があるので訓練で疲れていたキャロは二重で嬉しかったでしょうね。

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