頑固者共
「…これも駄目、か」
城の横に建てられた他の建物と比べ一回り大きい建造物の中で俺は唸った。ここは俺とアカマルとグロテスクが集めた書物を集めた図書館。流石のグロテスクの手入れも行き届いていないのか埃を被った本達の中から気になったものを読み漁るが、真に欲しい情報は一向に手に入らない。
「ホワイト・ボグレー…どの本を見ても若手ながらの卓越した実力で隊長まで上り詰めた男、としか記載されていない。しかしこいつは必ず、何かを隠している筈だ」
キャロが飲み込んだ白の魔石を所持していた事、そして不治の病にかかった王子、ヨハンの症状を和らげていた事。根拠というにはあまりにも材料は少ないが、普通の騎士とは思えないのも事実である。…それに、こいつはノミの心臓を持っている事以外は良い事しか書かれていない。心底善人だったとしても悪い噂の一つや二つはあっていい筈だ。それでも何も書かれぬのは彼が相当人目を気にしているという事であろう。
「もう少し詳しく調べる必要はある、か…」
手に持っていた本を本棚に戻し、深いため息をつく。本来ならばただの騎士など放っておいても良いのだ。しかし、俺の勘はこいつについて調べるべきだと告げている。
いずれ更なる情報の為に直々に人里へ降りなければならないと考えながら図書館の扉を開いた時であった。俺の目の前を一つの影が通った。
「あ…?」
顔を上げ、その物体の方を見る。するとそこには全体的に黒色をした子供の竜と、それに乗った白髪の少女の姿があった。そんな彼女の頭には何をとち狂ったのかキノコが生えている。
「うわっほーい!風が気持ち良い〜!」
「ギャウギャウ!」
「…何やってんだアイツ」
暫く楽しんでいる馬鹿を見ていると、こちらに気付いたキャロがこちらに向けて手を振った。
「あ、プラントさん!…竜さん、降ろしてくれる?」
「キッ!」
竜はキャロの言いつけをやけに素直に聞き、ゆっくりと下降しながら地に足をつけた。そんな中キャロは竜の背中から飛び降りる。
「ただいま!無事に戻ってきたよ!」
「そうか。…それで、他の奴らはどうした」
「さっきこの子に聞いてみたんだけどね、直ぐに着くって!」
「ギャオギャオ〜」
「ね〜」
懐いたように顔を擦り合わせてくる竜に、キャロは微笑みながら顎を撫でた。妙なペットを連れ帰ってきた馬鹿に頭を抱えながら俺は口を開く。
「で、どうだった。お目当ての情報は手に入れたか?」
「うん。私の村を襲った魔鋼達とその目的は分かった。満足だよ」
「無駄足にならず結構だ」
話を切り上げ、俺はその場を立ち去ろうとする。しかしそんな俺の手をキャロは掴んだ。つくづく…会った時から手を掴んでくる餓鬼だ。
「…何だ。まだ何か話し足りないのか」
「私ね、ユウドである人に会ったの」
「あ?」
「私とリィちゃんを助けてくれたし、使用人さんにも慕われてる良い人だったよ。でも…その人は心の傷を晒した時、別人のような目をしてた。見えない何かを憎むような、そんな目を…」
「わざわざそんなつまらない話をする為に呼び止めたのか?」
「…私はその目を知ってた。それは、プラントさんの目にそっくりだったの」
そう言ってキャロは俺の目をじっと見つめる。様々な経験を経たのか、初めて会った時より遥かに強い光を持った目だ。そんな彼女に、俺は一瞬言葉を失う。
そして、顔を逸らした。
「それがどうした」
「プラントさん…」
「あの夜、話した筈だ。俺はこの世界全てを憎んでいる。どうしようもないこの世界をな」
「その時私は言った筈だよ。私の信じた世界にはプラントさんの居場所はある。辛い事があるなら何でも聞くよって」
俺はその言葉に舌打ちをし、握られた手を払う。彼女を見ないまま城の方へと歩き始める。
「これ以上人の過去に踏み込むのはよせ。俺を救おうとでも思っているならお門違いだ」
「でも…!」
「グロテスクやアカマル、リィハーは誰かを恨むことなく生きようとしている。だが、俺は別だ」
「別…」
「この憎悪は消えない。俺の目標はただ一つだ」
俺は顔だけ動かして振り返る。そして引き攣った顔をした目の前の少女に、最低の感情が混ざったドス黒い声で脅すように言う。
「人間を滅ぼす。それだけが俺の存在価値だ」
「………」
「話は済んだな。あばよ」
再び目線を前にやり、黙り込んだキャロをその場に置いて俺は立ち去ろうとした。自分の持てる悪意や恨み、包み隠さずにまだ幼い餓鬼に突き付けてやったのだ。彼女は今、恐らく俺の事を軽蔑か畏怖するような目で見ているだろう。
だがそんな予想とは裏腹に、俺を呼び止める彼女の声は強かであった。
「プラントさん」
「………」
「嘘だよ」
「…は?」
意味が分からずキャロの方を振り返ると、そこに立っていた少女は一点の曇りもない覚悟を決めた表情で俺の方を見ていた。
「何を…」
「パールマッドから私を助けてくれたり、私の身を案じて白の魔石を売るように勧めたのはなんだったの?人間をそんなに憎んでるなら何でリィちゃんを王様として認めたの?」
「お前らには利用価値があったからだ。人間の餓鬼は人間共に敵として認識されないからな。都合のいい手駒だ」
「どうしたの?さっきまであんなに声に感情を乗せてたのに、何を慌ててるの?」
「…チッ」
「今は無理だとしても…私はいつか絶対プラントさんの心も救うよ。諦めの悪さならプラントさんに教わったんだもん」
ブレない、力の籠った彼女の言葉にそれ以上俺は何も言えなかった。思えば、ずっとそうだ。ただの餓鬼なのに…俺はこいつに逆らえない。まるで自分より上位の存在と対峙しているかのような、そんな錯覚を覚えてしまうのだ。
俺は目を細め、深いため息をついた。
「好きにしろ。だが俺の心は変わらん。生まれた時からな」
「私の方は色々と変わったよ。だからプラントさんの心も変えてみせる」
「ほざけ。じゃあな」
「うん。また後で」
止まった足を再び動かし、俺は空を見上げる。その時の俺はもうキャロの事など考えていなかった。ただ一つ、鮮明に覚えている記憶が蘇っていた。
『大丈夫だよ、父上達には気付かれていない。辛かっただろう?もう安心だからな!』
「…ヨハン」
どうしようもないこの世界でたった一人、汚れていなかった少年の姿を思い返していた。
〜〜〜〜〜〜〜
「プラントさん…行っちゃった」
去り行く寂しい背中を見送り、私はその場に立ち尽くす。頭上には慰めるように根っこを伸ばすキノコさん、そして横には心配するような目でこちらを見る竜さんが居た。私はそれぞれの顎と帽子を撫でると、ある声が聞こえてくる事に気付いた。
そしてその声のする方向、つまりは背後を振り返る。するとそこには馬車に乗った仲間達と大きな熊さんの姿があった。
「おーい!キャロー!」
「アカマル!それに皆んな!おかえり!」
「妙な体験だったぜ。突然世界が光に包まれたと思ったらいつの間にか目的地に着いてんだからよ」
「ありがとうね。私達を連れて来てくれて」
感謝をしながら竜さんの顎を指で撫でる。すると彼は気持ち良さそうに目を閉じ、ゴォゴォと喉を鳴らし始める。
そしてそれを見たグロテスクさんは馬車から降りながら言った。
「その竜はね、ディメンションドラゴンという種族だ」
「ディメンションドラゴン?」
「そう。過去から未来、未来から過去。そして亜空間から亜空間へ、世界の端から端までを移動する不思議な生物だ。竜の中でも特に生態が謎に包まれる、希少種だね」
「世界の端から端まで…その移動手段に私達は巻き込まれたのかな?」
「そうだね。まぁ悪戯をする為にわざと巻き込んだ可能性もあるけど」
グロテスクさんがそう言うと、竜はわざとらしく目を逸らした。その様子にグロテスクさんはやれやれと言わんばかりに苦笑いを浮かべている。
そんな話をしていると、神妙な面持ちでアカマルが口を挟む。
「まーでもよ、いくらそいつが希少種だからってこんな簡単にこの世界へ侵入されたんじゃ適わねぇぜ」
「うーん…」
神妙な顔をしたアカマルに釣られ、グロテスクさんも苦い顔をする。どういう事かと首を傾げていると私の気持ちを代弁するかのようにプルアさんが尋ねた。
「何じゃ?何をそんなに悩んどる」
「元の世界から分離されているこの世界はプラントとリィハーが創ったものだ。そして、部外者が侵入出来ないように元の世界とこの世界の間に結界魔法を施してある。仲間の証である出入り専用の魔石を持たない限り、本来はどうやっても入れないんだ」
「だがあの竜は亜空間をあーだこーだするんじゃろ?それに謎に包まれている希少種なんじゃ。そんな事もあるじゃろう」
「確かに相手が悪かったとは言えるな。とある学説によると人間は魔法で小さな世界程度なら創れるが、人間が暮らすこの世界は人間より上位の存在が創り、そして同じような世界がいくつもあると云うんだ。そして世界と世界が繋がらないように人間の知能では解読出来ぬ、高度な結界魔法がこの世界を包んでいると」
「早い話、ワシらが生まれた世界も人工の世界と同じように結界魔法で包まれとるんじゃな」
「だが、ディメンションドラゴンを含めこの世界から脱する術を持つ者は居ない。つまり強固な結界魔法は本来どんな手段を用いても破られない筈なんだ。だからこうしてコイツが侵入している時点で、魔族の国を守る結界は軟弱であると言える」
「そんな心配せんでも今回は例外じゃろう」
「いーや。この調子だと結界を破る者が少なからず出てくるだろう。特に…ユウドで出会ったあの騎士は必ず、入ってくる。それ程の実力を持った奴が人間側にはいるんだ」
「うむぅ…」
事態を理解したプルアさんは口を尖らせながら腕を組む。確かに外敵から身を守る事が出来なければ国を作る以前の問題だ。いくら繁栄したとしても、滅ぼされてしまう可能性が出てきてしまう。
そんな中、明るい声色でグロテスクさんが口を開いた。
「安心して。結界を強める方法が無い訳ではないよ」
「そんな方法があるの?」
「方法は二つ。一つ目は結界魔法を得意とする魔法使いを仲間に引き入れる事だ。だが結界魔法は扱いが難しく、強固な結界魔法を扱える存在は数えられるぐらいしか居ない。しかもその大半は人間だ。だからこの案は没だね」
「何じゃい、自己完結しおってからに」
「そして二つ目の方法は『逆さの砂時計』を手に入れる事だ」
アカマルの眉がぴくりと動く。ただでさえ真剣な表情をしていた彼女の顔が更に強ばるが、それに気付かずプルアさんは首を傾げた。
「逆さの砂時計ぃ?何じゃいそれは」
「魔石を使った道具、つまりは魔道具と呼ばれる物の一種だよ。昔とある魔法使いが作ったもので、設定した魔法の効力を向上させるという」
「成程のぅ。それで結界魔法を強めると言う訳か」
「そういう事。今は帰ってきたばかりで皆んなお疲れだし、数日休んだら取りに行こうか」
「それで、その砂時計は一体何処にあるんじゃ?」
プルアさんが尋ねると、グロテスクさんの代わりにアカマルが答えた。
「…ウニストスだよ。いくつかある魔法学校のうち、最も有名なうちの一つだ」
ウニストス。それは確か、シンシャさんが以前働いていたと言っていた場所である。あの時は魔法学校をよく知らなかったからあまりピンとは来なかったが、ここでまさか行く事が決定するとは思わなかった。
アカマルは続ける。
「遠い昔にウニストスに在校していた天才生徒が作り上げ、それ以来学校側は貴重な品として保管しているんだよ。噂程度で本当にある確証も無い上、あったとしても悪用されたくないから警備は厳重だろうよ。そんなんを盗みに行こうってのか?」
「交渉で貰えるに越したことはないけど…でもこうなっちゃ四の五の言えないよ。どうにかして奪うしかない」
「…お前、本当の目的を言えよ」
「「本当の目的?」」
声を揃えて私とプルアさんはグロテスクさんの方を見る。すると彼は悪さがバレた悪い子のように悪戯っぽく笑った。
「ウニストスのある町、ムッテの町はアカマルの故郷なんだよ」
「えぇっ!?そうなの…!?」
「アカマル。自分が人間だった時の事、決着付けるべきなんじゃない?」
その言葉に、アカマルは目を閉じて舌打ちをした。
「今更私様がどう言っても、ムッテに詳しいっつう理由で同行しなきゃいけねぇもんな」
「そうだよ」
「わーったよ!その日が来たら行ってやるよ。ったく…」
「それじゃ、決まったね」
私達の顔をそれぞれ見ると、グロテスクさんは言った。
「四日後、ムッテに行こう」
ユウド編について語る時間の続きです。
『ミチバ』。実は当初は後に強敵となる存在にする予定でした。『ワシが若い頃は…』という台詞を口癖にしている穏やかなお爺さんですが、壊れかけたプルアを利用し魔法で若返ったと同時に溢れ出る力と共に本性を現す…なんていうのを想像しておりました。しかし色々話を考えているうちに結局その案は没となり、口癖も消えてしまいました。最初の方に一度若い頃発言をしているのはその名残ですね。
『サエル』。当初、ミチバさんではなく彼女がプルアに吸収される予定でした。アダムさんは心優しいサエルさんの人格を残せば町民達の魔力を奪うのは不可能だと考え、魔法の使える町民達を全て犠牲にしてから仕上げとしてサエルさんを吸収させようとしており、サエルさん自身もそれを知ってその運命を受け入れていました。しかしグロテスクさんとの再会でまだ生きたいと心が揺れますが、彼女は結局プルアに吸収されてしまう。そしてそんなプルアと化したサエルさんをキャロとグロテスクさんが終わらせる、というのを考えておりました。ですが本編のような展開にした方が彼女の人間性が分かり、感情移入出来るだろうという事で却下しました。それにその場合プルアはプルアさんとして仲間になりませんでしたね。
そして私事ではありますが…いつの間にかブックマークが新たに付いている事に気付きました…!ハァッ…!(歓喜の声) ありがとうございます…泣