悪戯っ子
カランコロンと、木製の車輪が道で跳ねる度に軽快な音が鳴る。気持ちの良い風の強さはこの馬車の出している速度をそのまま私達の肌に伝えてきた。巧みに馬車を操るアカマル、そして知っている道だが進行方向のせいか目新しく感じる帰路。私達は今、馬車に乗って私達の国へと帰ろうとしている。
だが、来た時と決定的に違う事がある。それは私の対面に座る灰色の肌をした女性、プルアさんだ。彼女は馬車の後ろをチラチラと気になって仕方ないように見る。
「のう…本当に彼奴を連れて行くのか?」
彼奴。彼女の言うその者はご機嫌に四足の茶色い足を動かして馬車の後を着いてきていた。そのもふもふの背中には気持ち良さそうに寝息を立てるリィちゃんの姿もある。
「何だかんだで馴染んだみたいだし、仲間は増えるに越した事ないよ!」
「そうなんじゃが…ワシはどーにも彼奴が苦手じゃ」
「どうして?顔や体格は怖いけど…良く見たら可愛いよ?」
「いや…何と言うんかのう…」
苦虫を噛み潰したような顔をするプルアさんだったが、そんな彼女と熊さんの目が合った。すると熊さんはグルルと唸りながらプルアさんの方を睨む。
「…これじゃろうな。ミチバが駆除しようとしておったからか、ワシは奴に嫌われとる。ワシ自身は関係ないとはいえ自分の半身のようなもんが殺そうとしたというのが妙に気まずい…」
「あー、確かに宿敵みたいなもんだもんね。あの肩に生えてるキノコもミチバさんに負けてから生やしたものだし…」
戦闘時ではないからか、ユウドの町で見た時より小さく萎んだキノコを眺めながらプルアさんはため息をついた。
「やれやれ…どうしたもんかのう」
そんな風に沈んだプルアさんの肩を、横に座るグロテスクさんが叩いた。
「きっと生活を共にしてるうちに仲良くなれるよ。万が一の事があったらお父さんに任せておいて!」
「…お父さん?」
「そりゃあ僕がプルアを造ったんだよ?ならお父さんでしょ」
「いやいや待て待て。ワシの半身はウェハヤじゃぞ?ワシがお主の父じゃ」
「でも今はお父さんじゃなくてプルアなんだから僕がお父さんだよ」
「馬鹿言うな。ミチバの年齢とウェハヤの年齢を合わせればワシはお主より何倍も人生を送っとる」
「でもプルアとして産まれてから数えるなら僕の方が年上だよ」
「ぐぬぬ…じゃがな…」
「二人とも!」
私は手をパンと叩き、終わらない議論に水を差した。
「もう話は終わり。これ以上ヒートアップしちゃったら収拾つかないよ」
「むぅ、仕方あるまい。イヴよ」
「あぁ。…この話はいずれ決着を付けようか」
「そうじゃな」
「やれやれ…」
そんな争いを小耳に挟みながら御者であるアカマルは笑った。
「まぁどっちもポンコツ同士同等でも良いじゃねぇか!」
「「誰がポンコツだ!」」
「機能の大半を失ったロボットと記憶を失った魔族だろ?十分ポンコツだろーが」
「アカマル…後で覚えておいてよ…」
恨めしそうに睨まれるアカマルだったが、彼女は痛い視線にも気を停めず鼻歌を歌いながら馬を操っていた。この状況に、先程まで置かれていた死と隣り合わせていたのがまるで嘘みたいだと感じる。
そう、安心しきって空を見上げた時であった。私の目は何か黒い影のようなものが高速で移動していたのを見逃さなかった。
「何だろ、鳥かな…?」
そう呟いた時であった。前に座るアカマルは突然驚きの声を漏らした。
「うおっ!?お、おいお前ら!」
「アカマル、どうしたの!?」
「前見てみろ!前!」
私とグロテスクさん、プルアさんの三人は言われた通り前を見る為に身を乗り出した。そして目の前で起こっている異常事態に一人残らず目を見開く事となった。
「これは一体…」
先程まで何の変哲もない道だった筈が、まるで星一つ無い夜空のような暗黒空間が目の前に広がっていたのだ。そして何も見えない闇の中に伸びるぐにゃぐにゃとした道はまるで幻覚でも見ているのかと思ってしまう程に歪である。
まるで夢の世界に来てしまったかのような光景に、アカマルは息を飲んだ。
「まずい、馬も興奮状態だ。私は何とかこのぐにゃぐにゃした道を渡りきる!お前らはその間に何とかしろ!」
「何とかって言われても…」
「これは明らかに魔法による攻撃だ!必ず近くに魔法を使っている奴が居る!」
その言葉に私は先程見た黒い影を思い出した。そして空をキョロキョロと見渡すと、暗黒空間に混じって一つの物体が飛行している事に気付いた。
「皆んな!魔法を使ってる人は空を飛んでる!」
「空だって…!?」
「任せろ、ワシの剣で貫いてみせるわい」
プルアさんは立ち上がり、目標を目で見定める。そして右足を分解しコードに繋がれた三本の剣へと変形させると右足を振るった。遠心力で大剣を操り、空を飛ぶ目標を攻撃する為だ。
しかし、突然揺れた馬車に足元が狂い、大剣はあらぬ方向へと飛んでいく。
「おい!もっと安全運転は出来んのか!」
「暴走してる馬を操ってこんな変な道を安全運転しろって方が無茶だろうが!私様も必死なんだ、お前らはお前らで何とかしろ!」
「まずいね…リィハーちゃんを起こそうにもここから熊の方へは飛び移れない。僕達三人で何とかするしかないよ」
「この調子じゃ手元が狂って魔法も当たらなそうじゃな…」
彼女がそう言った時、私はある事を思い付いた。
「そうだ!ここが闇に包まれてる空間なら私のナイトステップで好きな所に行ける!」
「まるで底が無いかのように闇が広がってるんだよ?キャロちゃん、危ない橋を渡る事になるよ」
「大丈夫!任せて!」
「キャロちゃ…!」
「『ナイトステップ』」
私はこの空間を構成する闇の中へと身を溶かした。そのまるで空を泳いでいるかのような感覚に感動さえ覚えるが、今はそれどころではない。こんな状況を生み出した主を見つけ出さねばならぬのだ。
そうして目線を動かした時、闇の中にある一つの動きを私は捉えた。
「見つけた!」
闇の中を泳ぎ、動くその物体を掴む。ゴツゴツとした感触のその生物は触れられた事にギョッとし、ギロリとその黄色の瞳を向けた。
闇の中を飛び回っていた者。それは黒と黄色が交互に生え揃った子供のように小さな竜であった。私の半分程の全長を持ったその竜は小さな翼で闇の中を滑空していたのだ。
「竜なんて初めて見た。何て神秘的な…」
「ギャウ!」
竜は悪戯っ子のように歯を見せ、ぐるぐるとまるでドリルのように自分の身体を回転させる。
「あわわわわ!落ちる落ちる落ちる!」
「グッギャグッギャ!」
何とか振り落とされまいと鱗にしがみついてはいるが、私の握力では限界も近い。段々と指が離れていき、ついに全ての指が彼の鱗から離れた。
「ギャオ〜」
「まだ!『ナイトステップ!』」
闇の中を移動し、彼に近付いて今度はその短足を掴む。振り払った筈の相手が戻って来た事に竜はあんぐりとしていたが、直ぐに歯を食いしばって飛行の速度を上げた。
「何をする気…うん?」
彼が速度を上げた理由。その理由は前方を良く見れば直ぐに理解出来た。何と彼は熊さんの方へ向かって飛行していたのだ。そしてこのまま行けば寝ているリィちゃんに私は凄まじい勢いで叩きつけられる。そうなってしまえば二人ともお陀仏だ。
「まずい…!リィちゃん!起きて!」
「んあ〜…キャロ…それは食べ物じゃなくてテーブルだよぉ…」
「駄目だ起きる気配がない!一体どうすれば…」
迫り来る死を前に頭を悩ませている時であった。私の元へ一つの物体が飛んできた。その見覚えのあるものに私は驚きで目を見開いた。
飛んで来たのはそう、熊さんの肩に寄生していたキノコであった。そしてそのキノコは私の頭に絡みつく。
「そっか、このキノコも魔族なんだっけ…!」
「………」
「お願いキノコさん!力を貸して!」
私の言葉が通じたのか、キノコはその根っこを私の頭の中に埋め込む。痛みや不快感はなく、何だか妙に安心した。そして、それと同時に私は体内から湧き上がる信じられない程の力に驚きを隠せなかった。
「これなら…!えぇい!」
「ギャウッ!?」
足を引っ張るあまりの力に竜はバランスを崩す。そしてその影響で進行方向が変わり、今度は馬車の方へと飛んで行った。
そんな私達を見るや否や、馬車に乗るグロテスクさんが叫んだ。
「顎だ!竜は顎を撫でられるのを好む!それで一度落ち着かせるんだ!」
「顎!?分かった!」
しかし、足にぶら下がっているこの状態ではとても顎に何て手は届かない。そう思っていたのだが…竜は突然その頭を私の方へと下げた。どうしてだろうと首を傾げた時、私はどうして彼が頭を下げたのかを理解する。
私の頭に生えているキノコから伸びた根っこが竜の頭に絡みつき、そしてそのまま頭を下へと引っ張ったのだ。竜は突然絡み付いてきた根っこに苛立った様子で頭をぶんぶんと振るう。
そんな彼の顎に、私は触れた。
「良い子だから、大人しくして…!」
指先を使い、さすさすと優しく撫でる。すると竜の動きは段々と落ち着きを取り戻し、やがて完全に止まった。そんな彼は無邪気な笑みを浮かべている。
「ギャオッギャオッ!」
「良かった、喜んでるみたい」
彼の行動に安心していると、彼は突然もう一方の足で私の身体を掴んだ。そして空中に放り投げると、私を背に乗せる。
「良いの?」
「ギャウッ!」
「ふふっ、ありがとう。竜に乗ったのなんて初めてだよ」
「ギャオギャオ!」
馬車から軌道を逸らし、彼は縦横無尽に空を飛び回った。その様子に危機は去ったと判断したのか、キノコも絡み付かせていた根っこを引っ込める。
「キノコさんもありがとう。私を助けてくれたんだね」
「………」
「それじゃあ三人で空の旅を楽しもう!」
「ギャオ〜〜〜!」
彼は楽しそうに笑い、更に速度を上げた。すると突然周りを包んでいた闇が晴れる。
闇が晴れた先には…見覚えのある景色があった。赤黒い建物群、灰色の道、青色の草木、黄色い空、そして大きなお城。それはまさに、魔族の国そのものであった。
「どうなってるの…?馬車でユウドまで行くのに二日はかかった筈なのに…もうここまで…」
「ギャウッギャウ!」
「それにプラントさんが使ってた魔石無しで国内に…?君は一体…」
私を乗せた竜は魔族の国の上空を飛びながらただただ笑っていた。
前回言った通り、これからしばらく誰が興味あるのか分からない設定集を後書きへ書き記します。
『ユウド編』。魔族達が主軸となる話になる以上、人間が持つ闇を早いうちに描写したいと思い始めた物語でした。ユウド編のテーマとしては『悪人』であり、私利私欲の為に行動するネブーさんや過去編に出てきたウカイさん、実の息子にレッテルを貼って殺害に至ったウェハヤさん、それらの人物を見たせいで価値観が狂い道を踏み外したアダムさん、あまり深く描写出来ませんでしたがサエルさんに深い傷を残した前の主、そして騎士としては間違っていないが無情に魔族を殺すシャンさん。勿論善人も少なからず居ましたが、人間から離れキャロが魔族と共に暮らすという意識を強めるには十分だと思います。この箸休め編が終わった後に考えている章とユウド編、どちらを先に出すかは悩みましたが…人間の闇の描写とあまりキャラが立っていない(作者目線)グロテスクさんの深掘りとしてユウド編を先に書く事にしました。結果、折角のファンタジーにも関わらず化学化学した魔法要素の少ない町を最初に持ってきてしまいました…