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少女は魔族となった  作者: 不定期便
機械は人間となった
37/123

『頼んだぞ。俺が愛し、憎んだこの世界を…救ってやってくれ』


その言葉がずっと頭の中で鳴り響く。エネルギー切れの影響か機能を停止する怪物達、倒壊する建物、そして随分遠くに見える僕らの屋敷に過去との決別を強く感じる。僕は全てを失い、兄さんの願いだけを連れてきた。…兄さんはこれからどうなるだろうか。


「…前に進まなきゃ」


ディンガが崩れる音を聞きながら僕は正門の方へと歩み続ける。兄さんを失い、サエルさんを失い、自分の作った町が壊れる。過去の自分が持っていた全てのものが否定されているような気分になってきた。


だが…兄さんは想いを託し、サエルさんは命を託してくれた。イヴじゃなくて、グロテスクとなった僕を。自分達とは交わらない道を往く僕を。


…本当に、良い人達だった。


「叶えてみせるよ。僕は…誰も苦しまずにいられるような、そんな世界を作る。兄さんもサエルさんも父さんも、皆んな深い闇を心に抱いていた。…僕が不可能を可能にする天才だっていうなら、皆んなが苦しむようなこの世界を変える事だって出来る筈だ」


そう決意を固めていると、ふと脳裏に二人の少女の顔が思い浮かぶ。魔族の幸せを願う黒髪の少女と、人類の幸せを願う白髪の少女。それぞれ目指すべき夢は壮大だなぁと何だか笑ってしまう。


「行こう。仲間達が待ってる」


崩れ去る町の中を僕は駆けた。振り返らず、前だけを向いて。僕のするべき事は決まったから。これ以上迷えば、兄さんとサエルさんに合わせる顔がない。


そう思って走っていた時であった。曲がり角を曲がるとその先にふと見覚えのある人物が見えたのだ。彼女は悪魔のように鋭い歯を見せながら笑う。


「よーやっと見付けたぜ。心配して探してたんだぞ、腐れヤロー」


嬉しそうに笑う人物、アカマルはそう言った。それに対し僕も安心からか笑みを浮かべてしまう。


「あはは…何だか随分久しぶりに会うような気がするよ」


「互いに色々あったしなぁ。私達が別れた時はまだ日暮れ前だったが、ぼちぼち暗くなってきてやがる」


「本当だね」


「んじゃ、行くか?他の奴らはもう馬車に集合してるぜ」


「うん。行こう」


アカマルと会い、二人で走っていた時であった。走るのに集中していた僕らだったが彼女は突然口を開く。


「なぁ、そのよ。お前…大丈夫か?なんつーかこう、故郷滅んでるけどよ」


「あれ、アカマルって人の心配出来たの?」


「んだと!?私様は人に優しい鬼様だぞ!」


「ふふっ、ありがとうアカマル。僕は大丈夫だよ。辛い事も全部受け入れた」


「…へへっ、その顔なら問題なさそうだな!前よりずっと良い顔してるぜ!」


兄さんにも言われた言葉に、僕は切なくなりながらも小さく笑った。そしてそれに気付いていないアカマルは思い出したかのように話題を変える。


「そうだ。お前、正門近くまで行ったらおんぶしてやるよ」


「何で…!?急にどうしたの…?コアラに憧れてるの?」


「憧れてねぇわ。正門近くに人がうじゃうじゃ居るからめんどくせぇって話だよ!お前変装してたからあんま気付かれなかったけどよ、サエルみてぇにイヴ様だってなる奴も居るかもしれねぇだろうが」


「分かった、幼児のフリすれば良いんだね!」


「馬鹿かよ!てめぇみてぇな成人男性どう足掻いても幼児には見えねぇわ!お前を背負って気付かれないように城壁から跳んで移動すんだよ。ったく…何かやけにふざけてんな?」


「…今までずっと心の奥に引っかかってたものが取れたからかな。悲しい気持ちはあるけど、ちょっと楽になったんだ。だから気が楽なのかもね」


「へぇ、そうかい。ま、何か成長してそうだし深くは触れないでおくぜ。そんな事より私の背に乗れ」


「ありがとうコアラさん」


「違うっつってんだろうが」


そうして僕はアカマルのがっしりとした背中におぶられる。人一人背負ってる割にまるで何一つ表情を変えずに彼女は平然としている。


「それじゃあ行くぜ、お姫様」


「せめて王子様が良かったかな…」


アカマルは助走をつけ…地面を蹴った。するとまるで無重力状態であるかのように彼女は僕を連れてどんどんと上昇していき、そしてついに城壁の上へと立った。あまりの現実離れした身体能力にも見慣れたが、それでもやはり時折恐ろしくなる時がある。やはり鬼の力は伊達ではない。


そしてそのまま、彼女は休む暇もなく城壁を蹴った。下に見える大人数の避難民達を見下ろしながら跳躍の飛距離はどんどんと伸びていく。そしてついに、僕達が馬車を停めた林の真上にまで来た。木々の間から皆んなの姿が見える。


「おーい!」


はしゃいで手を振る僕を他所にアカマルは軽く馬車の元へ着地する。そこにはリィハーちゃん、キャロちゃん、プルア、そしてここへ来る道中に治療した大柄な熊の魔獣が居た。何故魔獣が皆んなと一緒に居るんだ…?という疑問はあったが、それよりも別の事が気になった。


「プルア…何してるの?」


キャロちゃんを座らせ、その前に屈んだプルアはキャロの瞼を指で開いてじーっと彼女の目を見ていた。苦笑いする少女に向けてする奇行を横目にリィハーちゃんが代わりに答える。


「さっきキャロの目が赤かったから原因を確認してるんだとかなんとか」


「あんな騒動があったんだ、そりゃあ目にゴミぐらい入るよね」


「違うわい!そんな事でわざわざこんな変な事せんわ!」


「あ、自覚あったんだ…」


キャロちゃんから視線を外すと、半目で怒りながらプルアは言った。


「今は元通りの白に戻っておるが、さっきはまるで染められたかのように真っ赤だったんじゃ。その後しばらく不自然な程に身体能力が向上し…もう意味が分からんわい」


「もうその力は無くなったんだけどね。でもあれは多分…私の魔力が切れたから起こったんだと思う。どうして魔力が切れたらそうなるかは分からないけど」


「うーん…不思議な事もあるもんだね。アカマルは何か知らない?」


アカマルに話を振ると、彼女はぎょっとした顔でこちらを見た。


「何で私なんだよ?」


「だってほら、アカマルは魔法に詳しいでしょ?キャロちゃんの事何か心当たりない?」


「そうだよ。マジックオーガなんて名乗ってるぐらいなら分からない?」


「いーや…聞いた事ねぇな。魔力で肉体を補強して身体能力を向上させる…なんてのは聞いた事あるが、魔力が無くなったから強くなるっつうのは私でも知らねぇぞ」


「そっか…」


この中で最も魔法に精通している人物でさえ首を横に振る事態。そんな中他のメンバーが仮説を提示出来る訳もなく、結局この場は沈黙に包まれた。先程まで皆んなから羨望の眼差しを向けられていたアカマルはその空気感にバツが悪くなり、後頭部をかきながら言い出した。


「まぁ私の方が魔法に詳しいとはいえ、プラントの馬鹿骨野郎も魔法に精通している者だ。もしかしたら何か知ってるかもしれねぇし、帰ったら聞いてみようぜ」


「そうだね。とりあえずもう帰ろうか。…ここでやるべき事は終わったしね」


「あの…」


話が纏まったかと思えば、キャロちゃんが遠慮しがちに口を開いた。彼女は眉を下げ、その言葉を口に出すのを躊躇うように言う。


「グロテスクさんは…残らなくていいの…?」


「言ったでしょ?魔族である以上、僕は人間の仲間にはなれないって」


「でも…!この町には相手が魔族だろうと受け入れてくれた人が何人も居たよ…!?グロテスクさんが望むならきっと…」


「キャロちゃん」


僕は彼女の頭を撫で、にっこりと笑った。彼女の自分とよく似た白い瞳を真っ直ぐに見つめながら。


「いつまでも過去に縋る必要はないんだ。人間だった頃の自分の姿を追いかけてもどうにもならない。今の僕は今の僕、昔の僕は昔の僕。今は今で出来る事がある」


「グロテスクさん…」


「…それに、二名の社会不適合者を放ってはおけないからね?」


意地悪にそう言うと、僕はジロっと横目で例の二人の方を見る。するとアカマルは両手を後頭部に当てながら口笛を吹き、リィハーちゃんは責任を押し付けるようにため息をつきながらプルアの方を見ていた。何が何だか分からないプルアが気の毒である。


「あはは…確かにグロテスクさんが居ないと厳しいかも…」


「でしょ?だから前と同じように魔族として皆んなと一緒に暮らすよ。だから改めて、よろしくね」


「うん!こちらこそ改めてよろしく、グロテスクさん!」


「あー…盛り上がってる所悪いんだが…」


アカマルは恐る恐る口を挟む。そんな彼女の背にはリィハーちゃんが隠れていた。


「少し…リィハーと散歩してきていいか?」


「何で?」


「リィハーの奴、どうやらユウドに出発した時からグロテスクがこの町に残る事を覚悟してたみたいでよ。安心からか泣いちまってんだ」


「泣いてない」


「じゃあ顔見せてみろよ?」


「君達に見せるには私の顔は美しすぎる。だから見せられない。でも散歩は賛成」


「やれやれ…んじゃそういう事だから、涙が乾くまで歩いてくるわ」


そう言い残し、アカマルとリィハーちゃんは手を繋いで林の中へと消えていった。まさか彼女が僕の為に悩んでくれていて、泣いちゃうとは想像もしていなかった。何だか嬉しいような、切ないような気もする。


本来、僕は二度目の死を迎えていた。だがこうして皆んなと一緒に居るのは…サエルさんが自分の身を犠牲にしたからだ。僕が死んでいれば、彼女はまだ生きていた。…そう考えるのは彼女に失礼かもしれない。彼女はそれを承知で僕を生かしてくれたのだから。


そんな時、声が聞こえたような気がした。


「…?」


僕はその声を聞いて無意識にポケットに手を入れる。すると何か小さくて硬いものが指先に当たった。何かを入れた覚えはないが、それを確認する為に僕はその物体をポケットから取り出す。


僕の手に握られていた小さな物体はキラリと桜色に煌めいていた。


「………」


「イヴ?どうかしたか?」


「いや…何でもないよ」


何の変哲もない、そこら辺で探せば直ぐに見つかるようなただの小さな真珠。それは何だか真珠が持つ価値以上の、何か特別なものを感じさせた。その真珠を見ていると何だか胸が暖かくなるのだ。


『へへ…じゃあ、友達の証!』


…何だか、心の奥の失っていたものが帰ってきたような、そんな錯覚を覚える。遠い昔に言ったような言葉は誰に、そしてどんな気持ちで言ったのかは分からない。それでも…大切な思い出のような気がして、少し満足してしまった。


「君が誰だったかは覚えてない。でも、ずっとずっと友達だ」


僕の右頬を自然と溢れた涙が濡らした。

これにて長かったユウドの町での騒動は一度幕を閉じます。一区切りを終えて何だかやり切ったような感情はあります。そしてやり切ったついでにやっと章設定もしました。

ですが…まだユウドでの出来事で回収されていない話は多いです。キャロの赤い目、グロテスクさんがどうやって魔族になったか、サエルさんの家系、アダムさんがキャロの村を滅ぼした理由の深堀り、幼少期のグロテスクさんが想像していた兵器、アシュさんの存在、シャンさんの年収。それらの話は作者が書き忘れていた訳ではなくこれからゆっくりと解明させていこうと思っております。こうして見ると色々と説明不足ですね。

さて、これから次の章への箸休めとなる訳なのですが…タイミングも良いのでその時に没になった設定やら何やらを早口で長ったらしく語ろうと思います。興味がある方は是非後書きも読んで下さい。読まなくても支障はないですが。

という事で、長くはなりましたがユウド編を読んで下さりありがとうございました!そして有難いことに前話で初のいいねを頂き舞い上がっておりました…!他の作家さんからすれば普通の事かもしれませんが、ここまで書いた甲斐があるなと感じてニコニコしております。

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