怪物
爽やかに手を振ってキャロはプルプルと共に地下へと降りて行った、その直後の事であった。避難を任された以上しっかりせねばと穴に背を向けて歩き始めようとした時、私は更なる異変に気が付いた。最初は巨人の出現、そしてその後は蜘蛛の出現。そうやって段々と事態が悪化していっている事に。
目の無い顔で目の前の蛇型のディンガは私を見つめていた。
「…時間が経つにつれて新型のディンガが増えてる。町民の避難どころかそろそろ私も危ないかも?」
そんな独り言を漏らす私に向かって蛇は飛びかかる。何とか残り少ない魔力を振り絞って蛇を闇の中に葬り去る事には成功こそしたが…こんなペースで魔法を使えばアカマルの元に辿り着く前に魔力切れを起こすのは間違いないだろう。
「なんてこったい。どうしようかな」
キャロの前で格好つけた手前、泣きながら『キャロぉ〜!助けてぇ〜!』と彼女の後を追う訳にもいかない。だが闇魔法が使えるだけのただの少女にはあまりにも荷が重すぎる。こんな事なら無理にでもプラントに来てもらえば良かったと嘆くが、過ぎた事はもうどうしようもない。彼に馬車馬のように働いてもらうのはまた今度としよう。
建物が倒壊する音や爆発音が増え、まるで世紀末かのように周りの景色がディンガの化け物で溢れかえっている中で私は空を仰いだ。
「あー。急に空から神様が現れて助けてくれないかな。四つの精霊でも連れて『可哀想なリィハー様。お迎えにあがりましたよ』とか言って安心させてくれないかな」
そうやって楽観的に現実逃避をしていた時であった。次の瞬間、私はとんでもない光景を目にする。
「え…」
空を飛んでいた無数の蜘蛛型のディンガ達。それらの者達が突如現れた妙な物に触れ、次々と破壊されていったのだ。空中に巡らされている、透明な渦のような物に触れた途端に…
状況が分からず呆然としていると、背後から誰かが私の肩に手を置いた。思わず振り返るとそこには茶色のショートヘアの成人したてであろう年齢の若い女の人が立っている。
「ねぇ君、パパとママは近くに居ないの?」
そう言って女の人は水色の柔らかい眼差しを私に向けてくる。話し方や表情から彼女が悪人ではないのは分かる。しかし…どうしても強ばらずには居られなかった。
目の前の女の人は着ている水色のコートの下に騎士団が着るような白い鎧が見えたから。そう、彼女は正義の使者である騎士。すなわち私達魔族の敵だ。
警戒していたのが顔に出ていたのか、困ったように眉をひそめながら彼女は私を軽々と持ち上げる。
「もう大丈夫だよ。お姉さんが助けてあげるからね」
「無礼者。私に易々と触れおって。この私を誰と心得るか」
「ええぇ…!?ご、ごめんなさい…?」
「名を名乗りなさい」
警戒しながら名前を聞き出すと、彼女は無警戒に口を開いた。
「私は王直騎士団、第一部隊の騎士であるシャドだよ。お嬢ちゃんのお名前は何かな〜?」
「…リィハー」
「リィハーちゃんか!保護者…えっと、家族は近くに居ないのー?」
「家族…家族は…えっと、今ちょっと居なくて…」
「えっ、こんな小さな子を置いて居なくなっちゃったの…!?これは後でお説教かな…」
架空の家族が怒られるのが確定した所で、私は今一番気になっている事を彼女に聞く事にした。
「あの空の透明なもの…あれはシャシャの魔法?」
「あはは、シャシャじゃなくてシャドだよ。そしてあれは私の魔法じゃない」
「それじゃあ誰の…」
「あ、噂をすれば」
彼女は持ち上げていた私を下ろして空を見上げる。すると空から一点の黒い影が落ちて来るのが見えた。その影は凄まじい速度で落下していき、地面を形成するディンガを破壊しながら華麗に着地した。
その者は…シャシャと同じく白色の鎧を身に纏った一人の青年であった。彼の金色の髪、自信に満ち溢れたような不敵な笑み、そして格好つけたような着地のポーズは見てわかるキザ男であった。
彼はゆっくりと金色の目を開き、私達の方を見た。
「待たせたね、お嬢様☆」
「死地の真ん中でその態度、恥ずかしくないんですか?」
「フッ…その冷たい所も悪くないぜ」
向けられる二つの冷たい視線も気にせず、彼はポーズを解きながらゆっくりと普通に立ち上がった。そして私を見るなりウィンクして口を開く。
「おっと、自己紹介が遅れたね。僕ちんはシャン。この世に生まれ落ちた最高の王子様さ☆」
「さっきお空にあったのはこのふざけたぼけなすびの魔法だよ〜」
「無視か…そうか…」
「空を覆うほどの魔法…それにあの頑丈なディンガを触れただけで壊すなんて…」
その問いにシャンはまたもやウィンクをして答えた。
「あれはただの基礎魔法。水を渦上にして浮かばせただけさ☆」
「ただの水魔法…?」
「尤も、僕の魔力量が多すぎて並大抵のものは触れただけで大破しちゃうけどね☆」
彼の言葉にシャシャは補足を入れた。
「彼…こう見えても騎士団長なんだよ」
「えっ…!?」
その言葉に驚いて私はもう一度彼を見る。どこからどう見ても強さの欠片も無さそうなお調子者である彼は、騎士団の団長…つまりは騎士団にて最も実力のある騎士だというのだ。それ即ち、人類最強の…
緊張感で筋肉が固まる中、相変わらずの砕けた態度でシャンはいけしゃあしゃあと話し始める。
「あっはっは!だからこそ通報を受けてこの地は僕ちんに任せてもらう事になったんだよ。それも、僕とシャドの二人だけでだ。実力を認められている証だろう?」
「………」
まずい。本当にまずい。私は今まで増殖するディンガの心配ばかりしていた。しかし、より強大な敵が今現れてしまった。このまま彼が町に蔓延る怪物達を相手していれば…アカマル達と遭遇するのは必至。いくらアカマルが強くても、世界最強の人間を相手にして勝てるか…
心臓が酷く痛む中、シャシャは私を再び持ち上げる。
「それじゃ、お姉さんと一緒に安全な所に避難しようね。見た感じは大部分の避難も終わっているみたいだけど、君を町の外に連れてった後はもう一度町を巡回して…」
「………」
「それじゃ、行こっか?」
「…嫌」
「え?」
「嫌嫌嫌!断る!」
そう言ってシャシャから私はシャンの方へと飛び移った。彼の腕の中で蹲っていると、シャシャはショックを受けたように口をあんぐりとさせた。
「そんな…私よりもこのぼけなすびの方が良い…?えっ、え…?」
「あっはっは!どうやら僕の美貌は子供すらも虜にしてしまうらしい。何て罪な男なんだろうね、僕ちん」
「リィハーちゃん、もう一度考えてみて?こんなろくでもない気持ち悪い男について行っても気分が悪くなるだけだよ?」
「言い過ぎじゃないか…?」
「嫌!私はこのいけ…めん?と一緒に行く!」
「嘘!?」
私の一言にシャシャは膝から崩れ落ちた。確かに彼女の言う通り、優しそうなお姉さんかこんな男の人なら確実にシャシャの方が一万倍マシに決まっている。だが彼が騎士団長となれば話はまた変わってくるのだ。何も手を打たずアカマルに会わせるぐらいならば、私がマークしていた方が余っ程良い。何しろ相手は最強の男なのだ。幸いにも人間の子供という事で私に対する警戒心は薄い。
そんな事を考えていると、シャンは私を持ったままシャドに背を向けた。
「それじゃ、僕ちんは適当に魔鋼討伐でもしとくから。シャドは避難の方を進めといて」
「うぅ…分かりましたよぉ…」
「それじゃ、生きて会おう」
一瞬だった。突然私が見ていた景色は変わり、気が付けば遥か上空に私とシャンは居た。瞬間移動…いや違う。これは彼の純粋な脚力だ。あまりにも超人離れした動きに私はただただ目を丸くする事しか出来なかった。
そんな私に彼をにっこりと笑みを向ける。
「リィハーちゃん。下を見てご覧」
「え…?下…?」
風に吹かれながらも私は恐る恐る飛んで来た方を見る。するとそこには七、いや八体もの輪切りにされたディンガの怪物達が地上に向かって落ちて行く光景があった。驚きで声も出ない。一秒にも満たない一瞬で…彼は鞘から剣を抜刀し、進行上に居た怪物達を両断どころか輪切りにし、元通り剣を鞘に収めたのだ。しかも腕の中にいる私に気付かれる事もなく。
そこで私は理解した。今共に居るこの男こそ、真の怪物なのだと。私が今まで過ごしてきた短い人生の中でも最も現実味の無い、不条理そのものであると。そして、魔族の国を作る私にとって最も大きな壁は…想像の遥か上をいっていたという事を。
顔から血の気が引いていく。もし私が魔族の回し者である事に気付かれればおしまいだ。そう思い震えを必死に抑えていた時であった。
彼の金色の瞳は静かに地上を見つめていた。
「…妙だな。魔鋼に混じって赤鬼と熊の魔獣が居る」
「っ!?」
「角と…獣肉か。角は武具創作に使え、肉は仕事後に食える。…いいね」
そう言って彼は真っ白の歯をニヤリと見せる。まるで少年のように純粋な顔だ。しかし、今の私にはとても恐ろしい悪魔のような表情に見えた。
アカマルは…殺される。
投稿期間が開いてしまい申し訳ございませんでした…!様々な事情が重なり、中々小説を書く暇がありませんでした。読んでくれる人が増えてて嬉しいとほざいておきながらこの様です。すみませんでした。最早後書きでの謝罪が名物になりつつありますね。
という事で、今回ホワイトさん以来の騎士が登場するお話となりました。本来はもっと手早くユウドでのお話は終わる予定でしたが…様々な変更や書く側の技術不足により中々長引いてしまっております。最新話まで読んでくださっている方達にはご迷惑をお掛けしております…!もしユウドでのお話が完結したら変更点を後書きで語りたい気持ちもありますね。