誰にでもある望み
「…そんなに僕の周りをうろちょろして、どうしたのかな?」
グロテスクさんの姿をした機械人形に先導され、私達は暗い通路をひたすらに歩く。先程私達に迫っていた迎撃用のロボットもその姿を現さず、ただただ何事もなく長い道を歩いているだけだ。…強いて言うなら、プルアさんが先導する彼を囲って隅から隅まで観察している事ぐらいだろうか。
「むむむ…確かに見れば見るほどイヴそっくりじゃな。機械故か、ほんのりと動きはぎこちないが」
「勘弁してよ。これでも自分でアップデートを繰り返したんだよ。普通の人間の動きの九割は再現出来てる」
「うーむ。ワシにとってイヴは息子でありお偉いさんであり創造主…そんなイヴの機械化した姿というのは何とも見ていて心が…」
「まぁいいじゃないの。イヴの亜種って事で」
「亜種で処理出来ると思うか?」
「じゃあ二人ともイヴさんでややこしいし…アシュさんって呼ぶね!」
「それでいいよ。いい加減オリジナルとの差別化は図りたいと思っていたところだ」
「それでいいのか…グロテスクの名といい、イヴもお主もセンスが終わっとるの」
「君のボディーはセンス良いでしょ?あんまり創造主様の事を馬鹿にするなよ。…っと、そんな話をしていたら」
アシュさんは足を止め、突然壁に向き直る。彼が見つめるのは何の変哲もないただの壁。その行動に私とプルアさんは首を傾げた。
「どうしたの?」
「目的地だよ。この壁の向こうに例の物はある」
「まさか…壁を壊して移動なんて言うのではあるまいな?」
「そんな脳筋は科学者になれないよ。まぁ見てて」
見ててとは言うが、彼は一向に何かをする気配が無い。動力が尽きたのでは、と心配していたが直ぐに異変は起こった。何かを操作した訳でもないのに突如として目の前の壁は動き、私達を歓迎するかのようにそこには新たな道が出来た。その道に一歩踏み入れながらアシュさんは笑う。
「特定の箇所に数秒視線を送ると仕掛けが起動するんだ。中々に便利だと思わない?」
「凄い!その仕組みがあれば…こっちを見てくる人全員を起動した装置で返り討ちにする夢のお洋服も作れちゃうんじゃ!?」
「それは本当に夢の洋服か?」
「回路と反撃用の武器を取り付けると見栄えが悪くなる上に重量が凄まじい事になるけど…大丈夫かな?」
「アカマル先生のお世話になって何とか筋肉モリモリになる…!着こなしてみせるよ!」
「不純な動機で筋トレを始めるな。…っと良いから早く行くぞ!ワシらには時間が無いんじゃ」
「こっちの発明品について語ってくれるのはこちらとしては面白いけどね。やれやれ」
不服そうに彼は足を再び動かす。そんな彼の後を二人でついて行くが、新たな景色が映るまでそう時間はかからなかった。闇に慣れた目に光が入り、眩しさで自身の腕の影に顔を隠した。そうしてゆっくりと光に慣れ始めた時、私は再び目の前に広がる光景を見る。
今まで誰にも認知されていなかったとは思えない程広大な、ドーム状の部屋だった。そんな広い部屋にも関わらず…物どころか、照明すら無い。何も無い空間が広がっているだけだ。…たった一つ、部屋の中心点にて輝きを放つ『それ』の為の部屋である。七色の輝きを放つ、小さな物体の。
「眩しい…あれがこの町の動力…?」
虹色に輝く小さな魔石。ガラスのケースの中でふよふよとひとりでに浮くその魔石の光は部屋を構成するディンガ達に影響を与え、ディンガは外部へとその光を伝えていた。間違いない。あの虹色の魔石の力を引き出しているのだ。
アシュさんはふふっと笑い、虹色の魔石の元へと歩き始める。
「どう?これがイヴの作った最高傑作、無限の光を放つ魔石だ。ディンガはあらゆるエネルギーをそのまま全く別のエネルギーとして変換出来る。無限に放たれる光という力が人々の暮らしを豊かにしてくれふんだよ」
「魔石…一部の例外はあれど、魔族からしか採れない物じゃ。それを作ったのか…?」
「魔法、魔力、魔石、魔族。…イヴはそれらのものが何なのかを既に解明していた。人類はおろか、魔族ですら知らないであろうそれらが持つ本当の意味を…」
「それは…どういう…?」
「長話している暇は無いんじゃなかったっけ?君達は目的を果たしに来たんじゃないのかい」
意味深な言葉を残し、魔石が飾られるガラスに触れながら彼は私達の方を見た。そして…歯を剥き出しにする。
「さて。…それじゃ、始めよう」
「始めるって…何を?」
「君達はこの夢の魔石を破壊しようとしている。そして僕は二度も作れるか分からない、この最高傑作が惜しい。まぁ、つまるところ僕達は敵対してるよね?」
「何じゃ、戦うつもりか?」
「いや?僕がするのはあくまでも『観察』だ」
「…っ!」
「プルアさん…?」
突然、プルアさんは目を見開いて動きが止まる。あれだけアダムさんの手によって壊されたのだ、不調でもおかしくはない…という状況でもない事ぐらい、私にも分かる。ニヤニヤと笑みを浮かべるアシュさんを横目に、私はプルアの元から走って逃げた。
すると私の頬を大剣がかする。
「う…馬鹿……な…!?自由が…効かん…!」
「もう一人の自分が作った機械だもの。当然、主導権を握る術は用意してある」
「脳を得て…抵抗、出来る…筈…!」
「プルアの主…アダム兄さんだろ?あの人は制御する術を持たなかった。高い知能で色々と改造したみたいだけど、流石に製作者程理解を持たない」
「く…そぅ…!」
三つの大剣を振り回し、彼女は私の命を絶とうとディンガを破壊しながら私に迫る。やはりグロテスクさんの作った機械人形なだけあり、格闘技の達人でさえ叶わない程の華麗な身のこなし。しかしそれでも私に一太刀も浴びせる事は叶わなかった。彼女の動きが目で追えるのだ。
「やっぱり…魔力が枯渇すればする程、私の身体能力は上がってる…」
独り言を漏らしていると、興奮した様子でアシュさんは叫ぶ。
「さぁ、プルア!見た所様々な機能が破損しているみたいだが…見せてくれ!今君は何が出来る!?」
「うるさいわい…!くっ…すまんキャロ!」
プルアさんが左腕を構えると、彼女の皮膚を突き破って銀色の突起物が生えてくる。その鋭利さに光る銀色のそれはどんどんと生え続け、まるで鱗かのように彼女の腕を支配した。三本の大剣に加え、刃物で覆われた左腕もが私の命を狙う。
「成程、近接戦は強そうだ。あぁ、欲を言えば完全体での強さも見てみたかったが…今はイヴの発明品を見るのが楽しい!」
興奮を抑えきれないのか、彼はギラギラと目を光らせ荒い息使いでプルアさんの猛攻を眺める。その姿はまるで餌を前にした大型犬のようだ。
「もう一人の自分が作り上げたもの…世界最高の科学!あぁ、僕はあれ以上の物を作れるのか?いや、作れる!競う相手が居るからこそ燃えるんだ!絶対にイヴ以上の物を作ってみせる!だから見せろ!イヴは僕が想像する以上の存在であったと教えてくれ!」
「アイツ…完全に目が狂人のそれじゃ。おいキャロ。こうなっては仕方あるまい。一度地上に逃げて増援を…」
「………」
「…キャロ?」
「あっ、何?」
彼女の攻撃を避けるのに夢中で返事が遅れてしまった。そんな私をプルアさんは怪訝な顔で見る。
「お主…今何を考えておった?」
「ごめん…正直に言うとちょっと楽しんでた…」
「は?」
「今、何だか自分の身体じゃないみたいに軽くって…何処まで反応が追い付くのか、試してたの」
「それが操られてる奴を前にしてする行動か…?」
「ごめんなさい」
「全く…」
「呆れるな、プルア」
楽しそうにしていた先程までの姿とは一転し、アシュさんは突然真顔になった。
「好奇心と実験。どちらも人の進歩の為には必要不可欠なものだ。自分の知らないものを知ろうとする気持ち。新たな真実を知ろうと同じ事を繰り返す様。その姿はとても愚かに見えるだろう。けど、それこそが進化だ。進歩だ!無様にもがいてこそ僕らは美しい!」
「…確かに、アシュさんの言う通りだと思う」
「そうだろう!?」
「でも…」
次の瞬間、アシュさんの驚いた顔が私の前に現れる。いや違う、私が魔法を使って彼の元へと移動したのだ。アシュさんの影の中から姿を現しながら、私は唖然とした彼に言い放つ。
「必要な犠牲だと、そう言って人の命を軽視するのは間違ってる」
「間違ってる?君の今の生活があるのだって幾億の犠牲があったからこその…」
「犠牲を無くす為の進歩じゃないの?」
ブオンと、後ろから何かが空を切る音が聞こえる。その音が何の音か察した私は彼の傍から離れた。
「可哀想に…」
「え…?」
「ずっと独りだったから、本当に大切なものが分からないんだね」
困惑した彼の顔が遠ざかっていく中、空を切る銀色の物体はアシュさんへ向かって振り下ろされる。本来は私を狙った行動だったのだろう。しかし肝心の獲物に避けられた後でも、遠心力で振り下ろされる大剣は止まれなかった。
オイルや備品を撒き散らしながら、アシュさんの身体は二つに両断された。
「がっ…は……」
抗う力も無く、アシュさんは地面に倒れる。それと同時にプルアさんは自分の手を見つめていた。
「お、身体の支配権が元に…」
「退いて!」
プルアさんを押し退け、私は倒れたアシュさんの元へ駆け寄る。ゆっくりと目の光が失われていく彼の手を、私は掴んだ。
「どういう…つもりだい…?」
「痛かったよね、本当にごめんなさい」
「はは…自分で狙ってやったんだろ…?」
「後で絶対グロテスクさんを呼んで直させる。だから…それまで我慢して」
「僕を誰だと思ってる…時間をかければこれぐらい一人でも直せるさ…」
そう言って彼は笑って強がる。しかし、真っ二つになって倒れ込むその姿は強さの欠けらも無い、痛々しい格好であった。口では笑っているが、彼だって心ある存在なのだ。これは空元気でしかない。
「どうしたの…?早く、虹の魔石を壊したいんだろう…?」
「うん。けど、その前に…」
彼の上半身を浮かせると、私はそのまま彼を抱き締めた。
「…出会ったばかりの他人にハグなんて、大胆だね?」
「私には分かるから…貴方の苦しみが…」
「へぇ…どんな?」
「誰にも、見て貰えなかったんだよね。誰かの分身として生まれて、いくら発明を頑張っても誰にも褒められなくて、誰とも関わる事が出来なくて…」
「………」
「私も…家族に真っ直ぐ見られた事がなかった。私はそれが当たり前だと思ってたけど…アダムさんが故郷を滅ぼした理由を聞いて、それ以来少し考えてたんだ」
私は手を自分の目線の先に持っていく。今でも当時の光景は鮮明に思い出せる。この腕は真っ赤に染まっていたんだ。それでも今はこんなにも綺麗になっている。
「まだ赤ちゃんだった頃、私は暗い部屋に閉じ込められて育ったよ。お母さんは私の事愛してくれてたけど…他の皆んなは多分、私を忘れたい過去として扱ってたんだよ。今アシュさんがここで一人ぼっちに生きてるみたいに、私だって孤独だった」
「君は家族を…恨んでる?」
「恨めないよ。だって好きになっちゃったから。そしてそれはアシュさんもそうでしょ?」
「………」
「本当は地上で…皆んなと一緒に暮らしたかったんだよね?」
その言葉に対し、アシュさんは少し黙る。それを見てそれまで何も言わず傍観していたプルアさんも口を挟んできた。
「アシュ。初めての来訪者、もとい初めての理解者じゃ。この先どんなに願ってもそんな存在は現れんぞ。意固地にならずに自分の内情を吐き出せ」
「…ははっ、敵わないなぁ」
「アシュさん…」
涙のような液体が彼の目から溢れた。
「本当はさ…分かってるんだ。何で自分が造られたのか。どうして一人でこんな所に幽閉されてるのか。イヴの考えてる事なら何だって分かる」
「………」
「けど…だけどさ……発明だけが存在意義の僕だってさ…」
言葉を噛み締めるように、彼は言った。
「愛されたかったよ…!」
「…やっぱり、人間を作ったんだね。グロテスクさんは」
「さぁ…話は終わりだ。あの魔石を破壊すれば全てのディンガはその機能を停止する。つまり建物や、この地下空間だって潰れちゃうんだ。けど安心して。僕は死なないから。絶対に生き残って、完全な状態に修復してみせる…」
「…分かった」
アシュさんから手を離して立ち上がる。そして部屋の中心で綺麗な輝きを放つ不思議な光に、私は掌を向けた。
「『ロブ』」
「…目的達成、じゃな」
放たれた魔法に飲み込まれ、虹色の光は消失した。そしてそれと同時に不具合を知らせるかのように全てのディンガ達が不快な警告音を鳴らし始める。アシュさんが言っていた通りもうじき彼らは停止してしまうのだろう。
部屋を出ようと背を向ける私達に、倒れ込んだアシュさんは話しかける。
「実は僕…どうやってイヴが生き返ったのか知ってるんだ。聞きたい?」
「…聞きたいけど、今はそんな時間無いね。だからもしアシュさんの身体が直ったらまた会って話そう」
「ふふふ…そうだね。その時は君の故郷の話も聞きたいな。辛い者同士、傷の舐め合いでもしようじゃないか」
「楽しみにしてるよ」
地下空間全体が揺れ始める中、私とプルアさんは先を急いだ。動けない機械を置いて。
いずれ詳細に何があったのか描写しますが、キャロも普通の環境で育ってはいませんでした。生まれついての当たり前だった環境が崩壊という悲劇の中変わってしまい、彼女は自身の村以外の世界を知ります。
自分の置かれていた境遇を知ったからこそ、彼は似た立場のアシュに寄り添う事が出来ました。そんな彼らのやり取りを見ていたプルアでしたが…
何不自由無い、幸せな家族との時間を過ごしたミチバの記憶。長男のアダムを愛していたが、次男のイヴにはその気持ちを向けなかったウェハヤの記憶。その二つを持ったプルアは二人を見てどう思っていたのでしょうか。




