生きる意味
「ホワイト…さん?」
私がホワイトさんと呼ぶ者はもう、そこには居なかった。目の前に見える血の池は人間と呼ぶにはあまりにも原型を維持していなくて、ホワイトさんという人間がこの世から消えた事を私に伝えていた。
「何で…?どうして…!?」
無意識に出たその言葉に答える者など居ない。この場には私以外に、ホワイトさんを殺した巨人しか居ないのだから。
「こんな簡単に…皆んな死んじゃうの!?村も消えた、お母さんにだってまだ親孝行出来てないよ!私なんかよりも凄い、友達が居たんだよ!消えちゃ…嫌だよ…」
「………」
「皆んなを返してよ!馬鹿ぁ…!」
しかしいくら嘆いても、目の前の巨人は何も答えない。ただ目の前の生き残りを処理しようとこちらへ向かってくるだけだ。ホワイトさんだったものを踏み、着実に私を仕留めようと歩みを止めない。
「やだ…」
「………」
「来ないで…!」
「………」
「帰って!君が来なければ…皆んな幸せだったの…!」
私の言葉は届きやしない。恐らく、彼の前には全ての命が平等なのだろう。ほんの少しも動きが鈍らないのだ。私への殺意、それだけで動いているのだ。
「ひっ…!」
「…そう喚き散らかすな、黙ってろ」
その言葉は巨人のものではなかった。背後から突然聞こえたその声に脳の理解が追いつかなくなる。もし誰かが近付いて来たのならば直ぐに分かる筈だ。それなのに、その低い声の主が接近した事に全く気付かなかった。
だがそんな事はどうだっていい。フードで素顔を隠した黒い貴族服を着た見知らぬ人に私は縋りついた。誰でも良い、誰かに頼りたかった。
「お願い…助けて…」
「…チッ」
返事の代わりに舌打ちだけを残し、彼は跳んだ。無謀にもあの硬そうな巨人に接近したのだ。私が彼に何か言葉を投げかける前に、彼は更なる行動をした。
「補助魔法…」
「…!」
「『エルマタドール』」
次の瞬間、巨人の身体は粉々に砕け散っていた。何が起こったのかは私にも分からない。男の拳が巨人に触れた瞬間、まるで爆発したかのように大きな破片となって巨人はバラバラになったのだ。その一瞬の出来事に私は呆気にとられた。
男は着地すると、何事も無かったかのようにその場を立ち去ろうとする。
「…あのっ!」
「………」
「その…ありがとうございました!」
「お前」
「え?」
「お前に一つ、問う」
こちらに背を向けたまま、彼は話す。その重々しい雰囲気に何を求めるのか不安になっていると、男は再度口を開いた。
「バター、持ってるか?」
「えぇ?…普通の人はバター持ち歩かないよ」
「そうか。…チッ、クソが」
理不尽に悪態をつき、彼はそのままこの場を離れようとする。あまりにも自然な流れに一瞬見送りそうになるが、慌てて直ぐに彼の袖を引いた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何だ?」
「その…助けて欲しくて…」
「あ?」
「…私、生まれてからずっと過ごして来た故郷を失くしたの。だから外の世界について何も知らないし、護衛の術も無いんだ。お願い、何処でも良い。私をしばらくの間連れて行って!」
「餓鬼は自分の要求に素直な分、遠慮を知らない。見ず知らずの他人にそこまで尽くすと思うか?」
ローブの影から覗かせるその珍しい金色の瞳は冷ややかに私を睨んでいた。その瞳は他人に興味が無いような、厄介事は受け付けないと言いたげな冷たい光を放っていたのだ。そんな相手にいくらせがんでも、迷惑なだけだ。だが唯一頼れる相手を前になりふり構ってはいられなかった。
「お願いです!頼れる人が居ないんです!私に出来る事なら何でも…!」
「…お前、何か勘違いしてるな」
「え…?」
「一体何処に、頼れる『人』が居るんだ?」
彼のその言葉の意味が、まるで理解出来なかった。困惑する私を前に溜め息をつくと、彼は徐ろにフードを外す。そして晒された素顔に私は思わず目を見開いてしまった。言葉が、出てこない。
そう、晒された彼の顔には肉など無い。その白い顔は何処からどう見ても動く頭蓋骨でしかなかったのだ。ただ唯一生気を感じさせる黄金の瞳は反応を待つかのように私を見つめている。
彼は、人間ではなかった。
「魔族…なんですか…?」
「お前をこの場で殺す事も容易いんだ。分かったら消えろ、餓鬼が」
「………」
思わず、彼の袖から手を離した。他に頼る相手なんて居ないのに、悪魔にでも縋りたい気持ちがあるのに、どうしても村が焼き払われたあの光景が脳裏に浮かぶ。皆んな殺したのは、別の魔族。それでも私の身体は震えていたのだ。
「…あばよ」
固まる私を放置し、骸骨はその場を離れる。どんどん小さくなっていくその背中を見つめたまま、私は思考を止めた。何も考えられないし考えたくもない。何が策がある訳でも当てがある訳でもない。ただそれでも…恐怖に支配された身体は動かなかった。
「私は…もう…」
大自然の真ん中に、ただの子供が一人。危険が伴うこの世界においてそれは最早どうしようもない事だ。実質的な死。最早この身は魔族への供物かのように捧げるのみだ。
だが…それでも良いような気はした。大切な人は皆んな死んでしまった。私は独りだ。たとえこのまま無事に人の住む地へと行けたとしても、この傷はもう塞がりはしない。故郷に住む人々は目的の無い私の人生における唯一の価値あるものだったのだ。天国へ行って、皆んなに会いたい。
もう、寝よう。そう思って目を閉じたその時だった。私の左頬に、何か固いものが当たる。熱も何も感じないそれに疑問を感じた私はゆっくりと目を開く。するとそこには私の頬を触る先程の骸骨の姿があった。
「骸骨さん…?何を…」
「普通の子供ってのはこんなにも弱いんだな。ムカムカするぜ」
「…そうだよ、私は弱い。皆んなを守る事も何も出来やしないの。一人じゃ何も出来ないちっぽけな存在だ」
「へぇそうかい。じゃあ…何も出来ないお前に選ばせてやる」
「選ぶ?」
「良いか?よく聞け」
「………」
「ここで死ぬか、人間としての生き方を捨てるか。どうする?」
彼の言う選択肢が、まるで理解出来ない。何も言わずにただ目をぱちくりとする私を見かねたのか彼は言葉を続けた。
「俺、いや俺達は魔族の国を作っている」
「魔族の国…!?」
「驚いたか?…まぁ、今は俺を含めて住民は四人しか居ない。そこでどうだ、お前が俺達に協力してくれるなら助けてやってもいい。人間はいくらでも使い道がある」
「でも…」
「あ?」
「魔族が結託すれば、人間はどうなるの?人は平均的に見れば魔族より個の力が劣る。魔族の国なんて出来ちゃったら人類は滅ぶんじゃ…」
「っはぁ…めんどくせぇな」
骸骨はその鋭い眼光を更にギラつかせ、私の目の奥をしっかりと見る。
「じゃ、ここで朽ち果てるか?お前みたいな能無しにも分かるように一つ忠告しておいてやろう」
「忠告…?」
「例えそれが自分の正義に背く道だとしても、生き残らねぇと話になりゃしねぇだろ。そんなに魔族の国を恐れているなら精々生き残ってから止めてみるんだな。生きていりゃ可能性は無限にあるが、死ねば骨しか残らねぇ」
「骨しか無いのに生きていますが…」
「脳と眼球ぐらいはあるさ」
「そういう話じゃなくて」
「んなこたぁどうでもいい。もう一度聞こう。死ぬか、仲間になるか。どっちを選ぶ?」
「…決まった」
私は頬を触る骸骨の手を、握った。
「生きる。たった今、私には夢が出来たから」
「随分生意気じゃねぇか。叶わねぇ夢は見るだけ無駄だ。餓鬼」
「いや、絶対に叶えてみせる。…その信念があるからこそ、夢でしょ?」
「勝手にしとけ。…まぁ、とにかく歓迎しよう。ようこそ、魔族の仲間へ」
「よろしくね。暫く、お世話になるよ」
私は強気な笑みを浮かべた。もう終わるしかないと思った命だが、私にはまだやるべき事があったのだ。
『それが…《人間として》の最高の人生だろ?』
最高の人生を送ろうとしている人達を、私は救いたい。私達のようにいとも容易く人生が狂わされるなんて、そんなのは許せないのだ。テトが人を守る騎士になりたかったように、私も人の幸せを守りたい。
たとえ悪魔に手を伸ばしたとしても、私は生き残るのだ。
ご機嫌麗しゅう。この作品の作者でございます。未だ未熟者の新参者ではございますが、御愛読頂ければ幸いでございます。という事で、主人公であるキャロが魔族の仲間になるという決断をした所でキリが良いのでこの場を借りて御挨拶させて頂きます。
作者名である不定期便から察する事が出来るかと思いますが、かなり投稿頻度にばらつきがあるかと思われます。それに加え日本語に関してはとある事情により一般人より幾分か劣っている為、細かい違和感に関しては先に謝罪しておきます。わざわざ興味を持って読んで下さっているのにも関わらず、不便をおかけしております。
さて、あまり作者が出しゃばっても不快だと思いますので後書きは以上となります。人の心の闇や仲間の死と向き合いながらも、楽しく暮らすほのぼのシリアス好きの方々には是非期待して欲しい作品です。是非、気分が乗れば続きを待っていて下さい。ご清聴ありがとうございました。