生存本能と死にたがり
「うん、止めよう。アダムさんを」
町が崩壊していき、悲鳴と轟音が響く中、リィちゃんは私の言葉に覚悟を決めたような不敵な笑みで返す。そんな私達を前に、アダムさんは自暴自棄になったように笑った。
「俺を拘束しようが、殺そうが、ディンガは止まらない。一度起動させてしまえば…もう手遅れだ」
「アカマルが昔、言ってた」
「ん…?」
「『押しても引いても何ともならない時は何かしらがぶっ壊れるまで押してみろ!』って。…魔族の王様として、彼女の教訓はちゃんと学んでる」
その言葉に、アカマルらしいなと私は微笑んだ。確かに彼女は最初に出会った時、倒せない相手が居たとしても根性で倒すと言っていた。何があっても諦めないその姿勢が、私達に勇気をくれる。
私達は同時に、アダムさんに背を向けた。
「何を…」
「アダムさん。私の村を滅ぼした事…恨んでますよ。けどあの辛い出来事があったからこそ、私はこうして変わる事が出来た。新たな生活が始まって、外の世界を見て、夢が出来た。人生が全くの別物に変わったの」
「………」
「あの日の私と同じように…唯一の拠り所を消す。そうでもしないときっと、アダムさんは変われないから。だから私達でアダムさんの計画に必要な物を全て無くす。ディンガを元に怪物が大量発生しているなら一つ残らず壊すまでだよ」
「不可能だ。あの数の巨兵共をたった二人の子供が倒すなどと…」
「おうおう、うちのキャロに口答えするんじゃねーやい。おめぇはせいぜいそこで指咥えて見てやがれってんだい」
「そうだぜ。私達に不可能は無いんだぜ!がははだぜ!」
「………」
「お願い、反応して?恥ずかしい…」
私達の茶番劇を前にしたからか、アダムさんは口を開こうとしない。…いや、それが理由ではないだろう。彼の翡翠色の瞳には私達の目的に対する、困惑の色が浮かんでいたのだから。
「行こう、キャロ」
「うん。頑張ろう」
それ以上何かを言うでもなく、アダムさんをその場に置いて私達は走り始める。呆然と立ち尽くす彼の姿がどんどんと遠のく中、対照的に巨兵達の破壊音がどんどんと大きくなっていく。
そしてついに、逃げ惑う人を追う巨人の元へと辿り着く事に成功した。その巨体故か、速度はあまり無い。だが反撃する事すら許さない圧倒的な体格、一撃必殺の光線、次から次へと生まれてくる新個体。安心出来る要素など一つもなかった。
そんな一巨人の背中を前にし、リィちゃんは構える。
「キャロの魔法は私の闇と相性が悪い。だからかわりばんこにやるよ!その方が魔力の節約にもなるし、長く戦える」
「分かった!でも本当に一人であの巨人を倒せるの…?シンシャさんにも防がれてたのに…」
「あんなのでも、実力は一流だった。完璧な防御魔法を備えてたから真価を発揮出来なかったんだよ」
「あんなの呼ばわり…」
「でも私の魔法は…防御手段を持たない相手には無類の強さを誇る」
こちらの存在に気付いたのか、ゆっくり振り向く巨人にリィちゃんは掌を向けた。
「『ダーク』」
彼女がそう口にした瞬間、巨人の周りを大規模な闇が包んだ。巨人は藻掻くが、徐々に縮小していく闇を物理的に対処する事は不可能であった。溺れるかのように暴れていた巨人は…闇と共に、消えていった。
「ガッチャ。やってやったぜ」
「改めて見ると怖い魔法だね…あの巨人さん、何処へ消えちゃったの?」
「さぁ?身をもって試してみる?」
「やだ」
「とにかく。魔法で対処出来る事が分かったのは大きい。私達二人じゃ魔力の限界があるけど、多分アカマルも暴れてるであろう事を考えれば十分現実的」
「だね。町丸ごとを相手にしてるって考えたら心許ない気もするけど…」
「…いや、心配は要らなそうだよ」
遠い何処かを見ながら、リィちゃんはそう言う。何の事だろうと私も同じ方角に目を向けた時…リィちゃんの言っていた言葉の意味が分かった。
いくつかの通りを越した先、そこでは複数の巨人達が豪快に破壊される光景があった。丸太のようなものが勢いよく巨人に衝突し、巨人はバラバラに砕け散る。あまりにも強いその茶色の戦士を、私達は知っている。
一言で表すならば、二足歩行の哺乳類。全身に生え揃った茶色の毛を肉のような物で作られた鎧が纏い、包帯の巻かれた右肩からは人並みの大きさをしたキノコが生えている。会った時はキノコこそ無かったが…見知った顔に私ははしゃいで手を振った。
「ミチバさんが撃った熊さん!助けに来てくれたんだ!でも…城門もあったのにどうやって町まで来たんだろう」
「城門も巨人になったから外壁が無くなったんじゃない?それで侵入出来たとか」
「なるほど…でもそもそも何で来たのかな?」
「…アレが呼び寄せたんじゃないかな」
リィちゃんが指さす先、熊の背中に乗るアレと呼ばれた者は楽しそうに高笑いしていた。
「がはは!良いぞ熊公!中々のパワーだな、気に入ったぜ!このアカマル様の部下にしてやりたいぐらいだ!」
「ガルルルルル…!」
「そうだ!闘争心がある奴の方が強い!よー分からん変な箱人間共になんか負けんな!」
「ガウッ!ガウッ!」
「何してるんだろうあの人」
熊に乗って大はしゃぎする自称お姉さんのアカマルはどこからどう見ても子供そのものであった。彼女は暴れ回る熊さんを激励しながら魔法を使って援護をする。その二騎当千の戦いにより巨人達は次々に破壊されていった。
「意外と…そんなに町の危機でも無かったのかな?」
「いや、あれはアカマルと熊が強すぎるだけ。町の住人達は皆んな護光砲を持っているのに逃げ惑ってるって事は効かなかったって事だよ。そんな怪物を相手にしてるあの一人と一匹…いや二匹が普通じゃない」
「しれっとアカマルを動物扱いしないで?…でも不思議だね。熊さんはミチバさんが撃退出来るぐらいの魔獣なのに、こんなに強いんだね」
「…あの肩に生えてるキノコ、あれも魔物。熊は寄生元の筋肉を増幅させる魔物を自ら受け入れ、パワーアップしたんだよ。ただのおじいちゃんに負けたのが悔しかったんだろうね」
「力を得る為に寄生を受け入れるなんて…凄いね」
「自然界において弱いのは致命的だからね。死ぬ事と比べたらそれぐらいの代償は安いものだよ」
「そっかぁ」
「そこまでして力を得ろうとするとは、評価出来るな!」
その言葉と共に、アカマルが頭上から降ってくる。私達の存在に気付いて熊さんの上から飛んで来たのだろう。やはり凄い身体能力だと感心していると、彼女の痛々しい左腕が目に入る。私が見ている事が分かったのか、彼女はにやにやしながら乱暴に縫い付けられた左腕を上げた。
「心配すんな。さっきも言ったが、しばらくこうしていれば直ぐ治る」
「そっ…か」
「何だ?私も損傷した腕をキノコに変えた方が良かったか?」
「いや…少し怖くて」
「ん?」
「どうしてアカマルは…あんな簡単に自分の腕を切ったの?治るとしても、異常だよ」
「がっはっは!魔族と行動を共にしている奴に異常者扱いされるとはな!」
「アカマル、私は真剣だよ。何で?」
茶化していたアカマルだったが、私の眼差しを見てバツが悪そうにそっぽを向く。そして彼女は元気の無い声で呟いた。
「そんなんどうでもいいだろ。それよりあの暴れてる奴らをどうにかするぞ。話はその後にいくらでも出来る」
「そうだけど、でも…」
「離して下さい!!!」
私とアカマルの会話を一つの怒声が遮った。そちらの方を見てみると避難する人々から少し離れた所に、二人の人物が立っていた。大声を出した白衣を着た高身長の男性の腕を、同じく白衣を着た緑色の髭の男性が引っ張っている。それを見てアカマルは目を細めた。
「あの緑髭の野郎は…」
どうやらアカマルに心当たりがあるようだが、彼女は動こうとせず遠くから傍観していた。そんな中二人の研究者と思われる男性達は言い争う。
「ラッソーさん、止めないで下さい!私は家族を探さなければ…!」
「待ちたまえクルミ!貴様の妻が心配していたぞ!家族の命が心配なのは分かるが、先ずは貴様が助からねば…」
「まだ小さい娘と、ボケ老人なんですよ…!?誰かが助けなければ絶対に死んでしまうに決まってるじゃないですか…!」
「騎士団に連絡はしてある!きっと直ぐに…」
「待てませんよ!今この瞬間倒壊する建物の下敷きになってたらと考えると…!」
彼らの言い争いを見て、アカマルは黙ったままだ。しかし彼女のその瞳は辛い現実を受け止めているかのように暗く輝いていた。彼女は私とリィちゃんの頭をぽんと叩くと、二人の方へと歩き始める。
「二人共、悪ぃ。少し行ってくる」
「アカマル…?」
研究者達に近付き、アカマルは話しかけた。
「なぁ、アンタ」
「ん…?何ですかあなたは…!」
「あっ!貴様…研究所を襲った…!?」
「よっ、緑髭。今はそっちの方に用事があんだ。少し待っててくれるか」
「私に…?」
見知らぬ者の乱入に動揺しているのか、少し落ち着いた様子でクルミと呼ばれた男性はアカマルの方を見る。そんな彼に対し、覚悟を決めたようにアカマルは言った。
「一目で分かったぜ。お前、アイツと目がそっくりだ。血の繋がりっつうんだろうな」
「アイツ…?」
「…お前の親父、ミチバの事は諦めろ。アイツはもう、この世に居ない。娘の方もそうだ。もう死んでいるだろう」
「なっ…」
クルミさんは大きく目を見開いた。その瞳は大きく揺れ、彼は口で荒い呼吸をしている。そんな彼を横目に、ラッソーさんはアカマルに怒鳴った。
「貴様…!それが本当だとしても何故そう簡単に言えるんだ!」
「その事実を知らなきゃ、コイツは自分の命を無駄に投げ出すぜ。…ジジイと知り合って日が浅い私でもショックだったんだ。お前にとっちゃ私なんかより相当キツイだろうな…」
「おと…死……ヌイも…?いやいや…え…え…?う、そ…だ…」
「嘘じゃねぇ」
「………」
ラッソーさんの手を振り払っていたクルミさんの腕は…勢いが無くなり脱力していった。彼はプルプルと震え、仰向けに地面に倒れる。その時の彼の瞳は何も見てはいなかった。ただ目の前に広がる、青空だけを見ていたのだ。
「あのボケ老人…居なくなったヌイを探しに行く時いつも『自分は大丈夫』って言ってたじゃないか…!何だよ…何だよそれ…!」
「あぁ…そういう奴だったな。アイツは」
「ミチバさんは義理のお義父さんだったけど…それでも……孤児であった僕にとって、妻以外で初めて僕を受け入れてくれた人だった…色んな事を教えてくれた…!恩人なんだ…!」
「………」
「ヌイは…まだ幼い子供だった…!僕の子とは思えないような魔法の天才で、『立派な魔法使いになってパパとママを楽させてあげる!』なんて言ってた良い子なんだぞ…!?妻とくだらない喧嘩をしちゃった時だって幼いながらに仲裁してくれて…!」
「…分かるぜ。大切な人との別れがいかに苦しいものか。私だって経験はある。完全に過去を過去として受け入れたかどうかと聞かれりゃ、未だに引きずってはいるな」
「…っ!」
「だけどよ。お前が生きなくてどうすんだ?死人の為を想うならお前が生きろよ。涙も出るし、胸だって苦しい。考えるだけで吐き気も止まんねぇ。人生に絶望だってするだろうよ。けど…まだ全てが終わりじゃねぇだろ?」
「何がっ…!」
「お前は生きてる。妻も生きてる。ジジイと娘が生きていた証である、お前らが。お前が命を無闇に投げ捨てれば…それこそアイツらが残したもんが完全に消える事になる。お前の存在、それこそが死んでいった奴らの誇りなんじゃないのか?」
「………」
クルミさんは立ち尽くしたまま、ぴくりとも動かない。抵抗せずなすがままのクルミさんの手を掴み、ラッソーさんはアカマルに言った。
「恩に着る」
「おう。私が折角演説したんだ。お前らちゃんと生き残れよ」
「善処する。貴様こそ、達者でな」
「あぁ。またな」
ラッソーさんは何も言わないクルミさんを引き摺りながら他の人達と同様に避難し始める。そんな彼らの背中を見送り、アカマルは私達の方へと戻ってきた。
「待たせちまったな」
「ミチバさん…死んじゃったんだね…」
「…わざわざお前らに知らせる事じゃないって思って黙ってたんだがな。アイツは死んだ」
「そっか…」
「悲しんでる暇はねぇぞ。この町の魔法使いは皆んな機械人形に吸収されちまってんだ。今この騒ぎを止められるのは私達しか居ねぇ」
「アカマルの言う通り。キャロ、泣くなら後で一緒に泣こう。…私達が生きているのはそういう世界なんだから、仕方の無い事なんだよ」
「…そうだね。今は犠牲者を減らす事が一番大事だもんね」
私はいつの間にか流していた涙を指で拭くと、騒音を立てる怪物達の方へと向き直った。
「行こう、二人共。皆んなを守るよ」
「ヒヒッ…魔族達の恐ろしさ、見せてやろうぜ!」
「熊を入れても魔族は半分しか居ないけどね」
「ぐちぐち言うなよリィハー…良いだろ何だって」
そうやって話す二人を背に、私は最も近くに居る怪物に掌を向けた。
「『ロブ』」
最近辛い話が続いていますね。アダムさんは家族を失い暴走しましたが、それによってクルミさんという同じ境遇の人が生まれてしまいました。大事な存在が消えた時、人はどうしようもなく荒れてしまいます。そうなった後にそのまま壊れてしまうか、大きな傷を胸に前を向くかはその人次第です。心が本当に苦しい時、どっちに転ぶかは分かりません。ですからそんな辛い思いをした上で今日も生きている方々には最大限の賞賛を贈りたいのです。居なくなってしまった者も後追いせずに生き続けているあなたの事を誇らしく思っている筈です。
…重いお話が続いておりますが、もう少しの辛抱です。それまで頑張って下さいね。