ありがとう、思い出した
はぁはぁと息を切らしながら黒髪の少女と並走する。魔法の匂いが無くなり、町の住人達の姿が見えるようになっても構わず機械人形は一目散に空を飛んでいた。人々が彼女に興味の目を向けている中、私達はひたすらにそれを追いかけた。
そして人の多い通りを抜け…次第に通行人の姿は減っていく。だがそれと同時に機械人形との距離も離されていっていた。遠くなる背中を必死に追いかけ、ついに私達は見覚えのある場所へと出る。
「ここって…アダムさんの御屋敷?」
「私達が外出してたからさっきと違ってバラバラになってないね。…だからこそ、侵入された」
そう言ってリィちゃんは屋敷の一部分を指差す。するとそこには確かに何者かによる破壊の跡があった。…いや、何者かだなんて考えるだけ無駄だ。機械人形が屋敷の中へ無理矢理入り込んだのだ。
「中にはグロテスクさんもアダムさんもサエルさんも居る…!早く追いかけよう!」
「だね」
そう張りきって屋敷内に向かった私達は…自分達の行動があまりにも遅すぎた事を理解した。床に寝そべるは原型が無い程至る所が凹まされた機械人形。そしてその横には一人用ソファーに座りながら煙草を吸うアダムさんの姿があった。煙草を持つその手は出血している。
彼は私達に気付いているのか、煙を吐きながらこちらを見ずに話し始める。
「元々喫煙は好きではなかったが…歳を重ねるにつれ、段々と身体が求めるようになってきた。こんな健康に悪いものでも…使わなくては、精神が耐えられない。この世には苦しい出来事が多すぎる。…そうだ、イヴとサエルなら今この部屋には居ないぞ」
「…この機械人形は、アダムさんが?」
「あぁ…怒りで我を忘れた。こんな忌々しい機械でも、目的の為には利用しなければならないのが残念だ。後で修理するとしよう」
「目的…」
「この町で起こった誘拐事件、その犯人は俺だ。…魔族を製造し、お前の村を襲ったのもな」
意外な言葉に、私は目をぱちくりとさせる。
「私の事を知ってたの?」
「いつだったか…昔父と共にたまたま来訪した事があった。当時弟と同じ白い瞳の子供がやけに気になったものだ」
「…言いたい事は色々あるよ。でもこれだけは聞いておく。何で…私の村が滅ぼされなきゃいけなかったの?」
アダムさんは再び煙を吐くと、汚物を見るような目で虚空を見つめた。
「あそこは…俺が見た中で最も腐っていた場所だった。権力を手にしたら早いうちに消そうと、そう決めていた」
「………」
「お前もこの広い世界を見て、直ぐに分かる筈だ。あそこは滅ぶべき場所だったと。自分が育った環境は普通では無かったんだと」
「………」
「…キャロ?大丈夫?」
心配そうに、リィちゃんは私の手に触れる。その暖かい感触にハッとした私は彼女に安心させる為の笑顔を向け、アダムさんへ言葉を発する。
「私は、村の皆んなが大好きだった。…だからどんな理由があろうと、滅ぶべきだったとは思えない」
「…悲しいな。それがお前にとっての当たり前か」
「だから…もしアダムさんがまだ悪事を働きたいなら、私はそれを止める。私は決めたんだ。不幸に大事なものを失うような人達を増やしたくないって。きっと今あなたと会えたのは、その為の第一歩だと思う」
「それで、どう止める?」
「…誘拐する。私達は世間から見れば邪悪なる魔族なんだから、今更世間体なんて気にしないよ」
「強引だな」
「強引でもいい。心を癒すには、一度執着しているものから無理矢理にでも離さなきゃいけないから」
「………」
「リィちゃん」
「合点」
私とリィちゃん、それぞれアダムさんから貰った護光砲をアダムさんに向けて構える。あくまでも脅し、本当に撃つ気はない。彼が素直に言う事を聞かなければ命は無いという警告だ。
そんな私達を前に、アダムさんは鼻で笑う。
「脅迫というのはどう転んでもおかしくない状況で行うものだ。人を撃てないと分かっている連中に銃口を向けられても、何とも思わない」
「な、何を言う。このリィハー様は人の心が無い極悪犯罪者だぞ。殺人の十や百ぐらい…」
「わ、私は故郷を失った怒りで何でもやる復讐鬼だよ。撃つのに躊躇いなんてないよー」
「…茶番は終わりか?」
「どうしようキャロ、この人強い」
「脅すのは意味ないみたいだね…どうする?」
アダムさんに背を向け、私達は作戦会議を行う事にした。こそこそ小さな声で案を出し合っていたその時、突然アダムさんは椅子から立ち上がる。
「分かった」
「え?」
「もう抵抗はしない。俺を誘拐してみろ」
そう来るとは思わず、私もリィちゃんも思わず固まってしまう。しばしの静寂が訪れた後、恐る恐る私は口を開いた。
「それって、どういう…?」
「疲れた。二度も大切な者を失い…心が折れてしまった。何だっていい。今は何も考えない時間が欲しい」
「………」
「さぁ、連れて行け」
予想していなかった状況に戸惑いを隠せず、私達は何も言わずただお互いの驚いた顔を見ていた。拍子抜けと言うべきか、幸運と言うべきか、兎に角目の前で起こっている事実が信じられないのだ。
戸惑いを隠せないまま、声を出そうとした時であった。喉に妙な感覚が伝わる。
「…っ!?」
息苦しく、痛みもある。そんな感覚に私は自分の首が背後から何者かによって絞められている事に気が付いた。目線を横に居るリィちゃんに向けるが、彼女の首にも大柄な男性と思われるような大きな手が巻き付いていた。その手の主を見ようとするが、まるで蛇のように長いその腕は屋敷の外から伸びていた。
そしてそのまま、乱暴に私達は外へと引き寄せられた。勢い余って硬い地面を転がりついに止まったと思った時、地に伏せる私達の頭上から野太い声が聞こえてきた。
「素晴らっしい。上出っ来だ、貴様っら」
やけに抑揚のある、震えた声であった。視線だけを動かしてその声の主を見てみると…それは肩幅の大きい少し焼けた肌をしたスキンヘッドの男の人であった。彼は研究者と思われるような白衣を身にまとっており、何故かその身体は一定のリズムに合わせて上下していた。
そんな状況にて、屋敷の中からアダムさんが駆け付ける。
「貴様、ネブー…!」
「アダッム様。お久しゅっうございまっす」
「その汚い手を離せ。恩知らずが」
威圧的にアダムさんは言うが、対するネブーという人は笑みを浮かべていた。
「恩知らずだっなんてとんでもなっい。病気で身体がっ不自由な私の生活っを支援し、職を与えってくれたアダム様には感謝しておりまっすよ」
「機材を盗み、姿を現したと思ったら幼い子供に手荒な真似をするのが感謝している人間のやり方か!」
「私っは本当に感謝しているんですっよ。ですから、まだまだっ利用させてもらいます」
「何…?」
ネブーさんは歯をニィと見せて言い放った。
「領主のっ証である、朱色の魔石をっ下さい。それさえあれば、ディンガでっ作られたこの町を…意のままに操れる…!」
「………」
「私はっその事実を知ったからぁ…だかっら貴方に離反したんですっ。この町全っ体が兵器になるなんてっ、素晴らしい!…アダム様なっら分かりますよね?これはこの子供達の命っを人質にした取引です」
「…下衆が」
何を言おうにも、喉を締め付けられて声が出ない。魔法を使おうにも、酸素不足で頭が真っ白になり上手くいかない。そんな状況にて、私達を見ながらアダムさんは迷う素振りを見せずに朱色の魔石を懐から取り出した。
「約束だ。これを貴様にやる。だからそいつらから離れろ」
「…!」
「はは!知ってましったよぉ…アダム様は弱き者を見捨てられないと!」
ネブーさんは私とリィちゃんをアダムさんの方へと放り投げる。そして同時に、蛇のように異常な長さを誇るその手でアダムさんの持つ朱色の魔石を取り上げた。それに対しアダムさんは抵抗せず、飛んできた私達を捕まえる。
抱き抱えるアダムさんに、私は目を向けた。
「どうして…?あの魔石は、領主の証って…」
「か弱い子供を助けたいから、なんて親切心じゃない」
「じゃあ…何で?」
「…お前の白い瞳が一瞬、弟と重なった。幼い頃の弟が俺に助けを求めているようで…放っておけなかったんだ。だから勘違いするな」
そう言ってそっぽを向くアダムさんの頬を、リィちゃんは拳でぐりぐりする。
「じゃあ私はおまけで助けられたって事か〜?グロテスクの付属品扱いするな〜」
「五月蝿い。助けられただけマシだと思え」
「確かに。ありがとう」
「俺はお前の情緒が怖い」
そんなやり取りには目もくれず、魔石を手にしたネブーさんは一人で高らかに笑っていた。まるで自分の最愛の者を見つけたかのように、うっとりとした瞳でその朱色に輝く宝石を見つめている。
「素晴らっしぃ…これをっ売る事が出来れば私の人生は保証されたのっも同然…!だが、念の為っ効果の程を…」
「ネブー」
「ん?どうされっました?アダム様」
「その魔石はこの町全体を思いのままに操る事が出来る。…それを使用した瞬間、どうなるか分かっているな?」
アダムさんはそう言うと私達を地面に下ろし、懐から護光砲を取り出した。銃口が向けられる中、ネブーさんは変わらずニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
「まさっか私をっ殺すつもりですか?あなたが自っ分で助けた病人を」
「人助けはするものではないな。この世界は汚い。自分が信じられるものにだけ手を差し伸べねば」
「アダム様。…私が唯一信じているものは、金ですよ」
不敵な笑みを浮かべて彼は指をパチンと鳴らす。するとその瞬間、アダムさんの全身から血が吹き出した。膝から崩れ落ちるアダムさんのその身体には…無数の氷塊が突き刺さっている。
「ひゃっはは!油断っしましたねぇアダム様っ!屋敷の周りっに金で雇った魔法使いを数名配置しっていたのですよぉ!」
勝ち誇ったように彼は笑う。だがそんな彼の右半身は…光に包まれて消えた。
「はっ…?」
状況を理解出来ない彼はその目で今の状況を確認する。確かに、目の前には護光砲を構えたアダムさんの姿がある。だが全身を魔法で突き刺した筈の彼が動ける訳がないのだ。しかし、事実としてアダムさんの執念はその動かない筈の身体を動かした。
「信念も正義も無い悪行を消し去る為に…俺は悪に手を染めた。この世界を守る為に、俺は戦う。その想いは昔から変わらないさ」
「ばっ…ゾンビっ…かぁ…?何故死な…な…」
「ありがとう、ネブー。再びやるべき事を思い出したよ」
血を流しながらもアダムさんは一歩、また一歩とネブーさんの方へと向かう。力無く倒れたネブーさんの遺体からアダムさんは朱色の魔石を取り上げると、私達の方を振り返る。
「アダムさ…」
「誘拐の話は無しだ。俺は世界を救う。その目的を再び見失わないように、この町を壊す。…この町に存在する全ての風景が目に入る度、弟が生きていた時の名残りを感じさせる。余計な思い出は心の迷いを誘う」
「壊すって…この町には沢山の人が住んでるんだよ!?それに、弟が生きていた時って…」
「誰かがプルアの犠牲になる度に、存在しない幻覚に悩まされたものだ。責める訳でもなく、被害者が枕元に立って俺の事を悲しそうに見つめるんだ。…だがその程度の苦痛がなんだ。悪行でもいい。人類の進む道が酷く汚れてしまったなら…誰かが汚れてでもその道を綺麗にしなければならない」
「そんな方法で悪が消えたって、それが本当に正しいとは思えないよ。力を手に入れて支配した世界の平和なんて…そんなの表面上が綺麗なだけの紛い物だよ!」
「強い者が支配するのは…いつの世界も同じだ」
アダムさんは静かに、朱色の魔石から手を離す。その魔石は御屋敷が現れた時と同じように地面を形成するディンガの中へと消えて行き、朱色の光が町全体へ伝わっていく。変わり果てた風景は、ゴゴゴという音と共に形を変える。
「うわあぁぁぁぁぁあ!!!」
聞こえてくる、人の悲鳴。地面や建物のディンガは次々に人型の巨人へと変化し、目に見えるもの全てを壊す破壊兵器と化してしまった。その6m程度の巨人達は無尽蔵に出現し、瞬く間にこの町は赤い箱で作られた巨人で溢れかえってしまった。
その光景は私の村が滅んだ時を思わせる。だがあの時よりも大規模に、巨人は人々の居所を奪っていく。平和だった筈のこの町は突如地獄と化したのだ。巨人が拳を振るい、光線が人々の姿を消していく中…アダムさんは無表情にその光景を眺めていた。
「これが…本当にあなたの望んだ事…!?」
「見ているだけで、吐き気がする。だが俺の持つ力を知らしめる為には犠牲が必要だ」
「あなたはっ…!」
「キャロ」
荒ぶり叫ぶ私の手を、リィちゃんが掴む。彼女は覚悟を決めたように鋭い瞳で私の言葉を制した。
「何を言っても、この人は変わらない。心の強い人が壊れた時、曲がってしまった道は変えられないの。彼はもう、救えない」
「でも…そんなの…」
「だから、キャロ」
「…何?」
「せめてこの人の夢を…私達で終わらせよう」
その暖かい手にぎゅっと強く力が込められる。私の手を握るリィちゃんは…理不尽な現実に立ち向かう、英雄そのものであった。
崩壊する町の中で、壊れた人間は何を思うのか。消えていく人を見るのは辛い筈だ。だから…終わらせるべきなのだ。彼の野望を。…彼に残された、唯一の存在意義を。
本日もルンルン気分で後書きを…と思いましたが、皆様に謝罪しなければならない事があります。現在既に修正済みですが、前回の話にて事は起こりました。機械人形プルア、彼女の名前が…途中からパルアになっていたのです。元々没となった名がパルアだったのですが…うっかりパルアのまま記入してしまいました…!普通の誤字ならともかく、登場人物の名前を間違えるという禁句を犯してしまいました。混乱を招くようなミスをしてしまい大変申し訳ございませんでした…!
…そして、謝罪と重なってしまいすみませんがもう一つ報告がございます。この度、宣伝アカウントとしてXの方を始めさせてもらいました。話を更新する度ポストしていく予定なので、普段から読んで下さっている方々は是非フォローして下されば随時更新されている事が分かるので良ければしていってください。不定期便、と検索すれば恐らく出てくる筈です。