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少女は魔族となった  作者: 不定期便
機械は人間となった
23/123

兄と、妹と、娘と

「犯人は兄さん…って…」


僕の発した言葉に、サエルさんはかなり動揺した様子で顔を引き攣らせていた。彼女は邪念を祓うように頭をブンブンと振ると、僕の方を向く。


「そんな筈ありません!イヴさんは記憶を失っておられるので覚えてないかもしれませんが…アダム様は正義感を持つ立派な領主様です!平和を第一に考える、そんな…!」


「…僕が覚えている数少ない思い出の中の兄さんはどんな時でも堂々としていて、皆んなの為を想って行動していた。僕の知っている中で、最も気高い人物だ」


「なら…!」


「確信や証拠がある訳じゃない。けど…僕が覚えてる兄さんは、全てを抱え込んでいた。家族の幸せ、町民達の幸せ、悪人以外の全人類の幸せを…願っていた。自分がやらなければと、重すぎる使命感を抱いていた事も」


「………」


「兄さんは世界一の善人だ。けど…その善性が自身の心を蝕む事もある。兄さんは賢いから、やろうと思えばなんだって出来る。…悪が蔓延る世界を見て、兄さんはそれを変えようとしたんじゃないか?」


兄さんは目を伏せたまま黙り込む。先程言葉にした通り、根拠も何も無いただの妄想だ。ただ、僕の残された記憶が告げる彼の人間性は…危ういものであったと僕に知らせる。


だが…それ以上、踏み込む気にはなれなかった。


「…ごめん。今の話は忘れて。兄さんが無実だろうと、有罪だろうと、魔族と人間なんて関係性になった僕らには関係の無い事だよね。記憶にある美しい兄さんの姿を…邪推でわざわざ汚す必要も無い」


そう言い残し、椅子から立ち上がる。すると兄さんは顔を上げてこちらをじっと見た。


「イヴ」


「…何?」


「お前の人柄は俺が一番良く知っている。お前が魔族であろうが、俺達は永久に兄弟だ。…それに、穢れているのはお前より、俺の方だ」


「兄さん…」


「お前が居なくなってから起こった、失踪事件。その犯人は…俺だ」


彼の自白に、僕は目を細めた。横に立つサエルさんは現実が理解出来ていないように呆然と立ち尽くすが、そんな事はお構い無しに彼は話を続ける。


「いくら策を講じようが、一向に無くならない犯罪。増え続ける被害者。この世界に蔓延る人間の悪意、そして殺意の塊である魔族。…俺はそんな世界が許せなかった。可能な限りの時間を努力に費やし、人々の平穏を守ってきた。だが、お前の死で…俺の中の何かが壊れた」


「………」


「先程、俺はお前に嘘をついた。駆け付けた時にはもう既に、お前は死んでいたと。だが事実は異なる。俺は…お前が死ぬその瞬間を、この目で見た。そして同時に…お前を殺した犯人の姿もな」


「僕を殺した…犯人…?」


「…俺達の、父だ」


「…!」


予想だにしていなかった単語に、瞳が震えた。


「父さんが…!?」


「俺も信じられなかった。父は聡明で、慈悲のある人だ。俺は自分の目を疑いながらも、生まれて初めて父に怒鳴った。そして父から帰って来ていた言葉に、俺は深い絶望へと落とされる」


「何て言ったの…?」


「『イヴは人類の為に殺さなくてはならない。アダム、お前は賢いから分かるだろう。こいつの頭脳は世界を滅ぼす』と言っていたな。俺はたったそれだけの為に、父が家族を殺したなどと信じる事が出来なかった。最愛の者が最愛の者を殺害したという事実に…俺は正義が信じられなくなった」


「………」


「…お前のその類稀なる頭脳と、白い瞳。それが何を意味していたのかは分からないが…父はそれを危惧していた。当然、俺は許せなかったさ。だが同時に父の存在は無数の民を救っている事も知っていた。ここで俺が罪を告発すれば、不幸になる者も必ず居るのだ」


「じゃあ父さんは…今、何処に…」


「お前なら分かるだろう。俺が今、領主である意味を。…父の仕事を全て継いだ上で、計画に利用させてもらった」


「…教えて。その計画って何?」


兄さんは静かに指を組む。


「かつてお前が作り上げた…『プルア』という機械人形があった。何故そんなものを作り上げたのか、俺は知らない。だがその機械は対象の使う魔法と魔力を奪い取るという…この世の物とは思えないような、まさに神の産物とも言えるような代物であった。だが、それには致命的な欠陥があった」


「欠陥…?」


「魔法を奪う時、対象の命さえも奪うという事。希望に満ち溢れた顔でお前が町中にプルアの存在を伝え、実践した時の泣きじゃくった顔は今でも忘れない。自分の発明品が、他者の命を終わらせたのだ」


「魔法を奪う…命を終わらせる…」


ハッとして僕は思わず机を両手で叩いた。


「まさか今回の事件にプルアを介入させていたのか…!?護光砲を流行らせたのも、魔法を持つ人とそうでない人の選別の為…!そして失踪した人が帰って来ないのは…もう既に死んでいるから…!?」


「その通り。お前の死後、厳重に保管されていたプルアに俺は命令を与えた。プルアをより強力にする為、世界で最も力を持つ存在にする為。俺が世界で最も力を持つ者になれば…この世に蔓延る悪を、全て排除する事さえ可能だ」


「兄さんのやっている事は悪そのものだ。罪の無い人を犠牲にするなんてやり方は…兄さんが最も嫌っていたやり方だろう!」


「人間の持つ善性、それは真なのか?」


「何…?」


「善と信じ心を許していた父でさえ、最愛の弟の命を自らの手で奪った。人間の底なる悪意など…他者が知る由もない。そもそも生まれた瞬間悪だなんて存在はこの世に居るのか?犯罪者は赤ん坊の頃から犯罪者なのか?否。人生を送るうちに心変わりをし、悪人として生きる。いつ誰が犯罪を犯す?次は誰が犠牲になる?…そんなの、分かりようもない」


「人を疑ってはいけない。全ての人間が悪人な訳でもないだろう…!」


「お前の言う通りだ。だからこそ、俺は世界を救う。善なる魂も、悪なる魂も…世界平和の為の犠牲となるならば、総じて清く尊いものだ。そうして初めて、悪は赦される」


「兄さん…」


ぎろりと、眼鏡越しに兄さんを睨み付ける。


「今すぐ、プルアを停止させるんだ」


「断る」


「どうしてもって言うなら…僕は力づくで兄さんを止めなきゃならない」


「ほう、優しいお前に人を殺せるか?」


「殺さないよ。でも…兄さんが止まるまで、僕はその野望を妨げ続ける」


「見ないうちに強くなったな…イヴ」


兄さんは少し笑うと、肘掛けに手を乗せゆっくりと立ち上がる。兄に対して行った、事実上の宣戦布告。兄さんがどう来るか、全神経を集中させて窺う。


しかし、今まで黙っていたサエルさんが叫んだ。


「嘘です!!!」


「サエルさん…?」


「もしアダムさんが本当に力だけを求めていたなら…何で私を利用しなかったんですか…!?」


「………」


「私は…太古から続く邪悪なる魔力を持った一族の血を引いています。何故一番近くに居た私を…利用しなかったんですか…!?」


「身内に手を出せば疑われ…」


「違いますよね…!?私は知っています。アダム様はイヴさんに接するように、使用人の私にも接してくれた…!アダム様の心臓が悪くなったあの日も、イヴさんだけでなく私の為にも怒ってくれたじゃないですか…!」


「あれは…」


「アダム様は、私の事も家族として面倒を見てくれていました。…本当は、家族を利用出来なかったんじゃないですか?罪を犯したお父様とは違い、私もイヴさんも…自分の為に使う事が出来なかった。だからこそ、騙さず全てをイヴさんに打ち明けたのでしょう?久しぶりにイヴさんと話すアダム様の姿は本当に楽しそうでしたよ…!」


「………」


兄さんは深い溜め息をつくと、僕らに背を向けた。


「…プルアを使用したのは、亡くなった弟の形見で世界を救う為。弟のお陰で世界を平和に出来たと、誇りたかった。それにサエルを巻き込まなかったのは…自分でも意識はしていなかった」


「………」


「お前達の言う通り、きっと俺の考えは間違っているのだろう。…だが、俺は折れない。犠牲者を出した以上、彼らの命を無駄にしてなるものか」


「彼らの犠牲は無駄だったと、認めるべきだ。…これ以上犠牲者を出さない為にも」


「お前とこうして喧嘩をするのは初めてだな」


「全くだよ」


そう言い、僕らは拳を握った。敵わなくたっていい。どんな結果になろうと、僕は弟として兄の暴走を止めなければならない。そう強く思った時であった。


五月蝿い音と共に、部屋の壁が崩れた。


「見つ…け……た」


「!?」


壁を壊しながら現れたのはボロボロになった女の人であった。いや、女の人と言っていいのかすら分からない。その顔にはヒビが入っており、髪の毛は青と赤のコードで構成されていた。人間ではないのは確実だろう。


それを見て、兄さんは叫ぶ。


「プルア…!?どうしてここに…命令はどうした!?」


「ワシはもう…縛られん…!脳を…得た…!」


「何…!?」


「だから…更なる力を…求める…!」


プルアはにっこりと笑うと、サエルさんの方へと飛びかかる。


「貰うぞ…貴様の…魔力…!」


「サエル!」


プルアの背中から先端にドリルの付いたアームが生えてくる。そのドリルはサエルさんの身を引き裂こうと、ギィィと嫌な音を立てて彼女に迫った。


そんな状況に、身体は自然と動いていた。


「え」


全身を激痛が襲った。ドリルによって血肉や内蔵がぐちゃぐちゃとなり、次第に生命活動が終わっていくのを感じる。その感触に、兄さんの言う通り自分はゾンビでは無いんだと察してしまう。


そんな僕に、サエルさんは泣きそうな顔をしながら駆け寄った。


「イヴさん…!どうして…?どうして私なんかの為に…!」


「…から」


「え…?」


「もう…忘れちゃったけど……君は僕の…家族……だった…から…」


「イヴさん…駄目です。死んじゃ駄目です…!」


「イヴ!目を閉じるな、やめろ…二度も俺の前から消えるな…!」


「兄さんも…」


「…?」


「兄さんも…どうか…生き…」


力が抜け、僕は地面に倒れた。

イヴにとって、自分の作品であるプルアも家族でした。

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