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少女は魔族となった  作者: 不定期便
機械は人間となった
22/123

ある日の話

『…イヴ。お前、やっぱりここに来てたのか』


心地良い、聞き慣れた声に僕は振り返る。するとそこには日光を背に、扉を開け放つ一人の少年の姿があった。まるで鏡を見ているかのように僕によく似た風貌、しかしその目は翡翠色に輝く。


『兄さん!』


『全く…お前という奴は研究所に入り浸りやがって。ここは六歳の子供が来る場所じゃないぞ』


呆れたように溜息をつく兄に、僕を囲んでいた研究員達は嬉しそうに口を開いた。


『いえいえとんでもない!我々では考え付かないようなアイデアを次々に生み出し、形にしていく。こんな興味深い体験は初めてです!』


『えぇ、本当に!むしろ毎日にでも入り浸って欲しいぐらいですわ!』


『…偉く人気者なようだが、今日は帰るぞ。お父様が心配している』


『んー…分かった』


兄の言葉に散らばっていた備品達を一纏めに自分専用の箱へと詰める。研究員達は名残惜しそうにこちらを見ていたが、家族の事が最優先だ。トタタと軽快な足音と共に僕は兄の元へと駆け寄った。


『およよおよよ…また来てくださいね…イヴ様…』


『クルミ…父の影響だか何だか知らないけどその変な泣き方止めなさいよ…』


『皆んな、ありがとう!また来るね!』


『はい、お待ちしておりますね。イヴ様』


研究員達が手を振る中、兄さんは扉を閉める。彼と手を繋ぐ帰り道。兄さんは前を向いたまま話しかけてきた。


『そうだ、サエルはどうした?一緒じゃないのか?』


『よく分からないけど…用事があるから先に帰っててだって』


『…用事?従者が主より他の事を優先するとは、何を考えているんだ』


『変だよね。今までこんな事なかったのに…』


『………』


『兄さん?』


急に黙り込む兄に、思わず顔を上げた。その時の彼は何かを思案しているかのように目を細め、どうにも優れぬ顔色だった。


『イヴ、サエルが《普通の家系ではない》事は知っているな?』


『うん』


『まだ幼いお前に話すつもりはなかったんだが…以前からお父様の元へとある方がよく来訪していたんだ。詳しい事は分からんが、その方は何処かの町の領主らしい』


『そうなんだ…知らなかった…』


『お前は研究所に出掛けてばっかりだったからな』


『というか子供扱いして…兄さんとは三歳しか違わないんだよ?』


『俺が何歳だろうが、お前は子供だ』


『むぅ…』


『そんな事より、本題だ』


こほんと小さく咳をし、彼はこちらの目を見る。


『例の領主だが…基本的には他愛も無い世間話をするだけだ。だが、ある程度話すといつも決まってとある要求をする』


『要求?』


『子供のメイドをうちに引き渡せ、と』


『子供のメイド…サエルの事!?』


『お前と同じ、六歳だ。他にそんなメイドは居ないだろうな』


汗がだらだらと止まらない。自分は恐る恐る兄に聞いた。


『それで…どうなったの?』


『当然、お父様は断った。サエルは訳ありだ。今自分の手中に収めておくのが最も安全だと、そう判断したのだろう』


『良かった…』


『残念だが、良くはない』


『え?』


『その領主は月に一度来訪するのだが…先月は姿を現さなかった。しかもその代わりに不審者の報告も相次ぐようになっている。あまりにも出来すぎてないか?』


『どういう事…?』


『つまりだ。…中々サエルを差し出さないお父様に痺れを切らし、強硬手段に走ったという事だ。あの下品な性悪の事だ。恐らくこの一ヶ月でサエルの近辺について調べあげ、何らかの材料で脅迫でもしたんだろう』


冷静に言い放つ兄とは対照的に、僕の心臓は鳴り止まなかった。血の気が引いていくのを感じる中、僕は叫ぶ。


『じゃあ早く…!早く助けないと…!』


『かと言って、俺達子供には何も出来ない。一旦屋敷に帰ってお父様に報告するぞ』


『でも…!その間にもサエルが酷い目に遭っていたら…!』


『…否定はしない。だが、今の俺達には…』


『…っ!』


兄さんから手を離し、自分は駆け出す。突然の出来事に目を丸め、兄さんはこちらへと手を伸ばした。距離がどんどんと空く中、彼は叫ぶ。


『待て!戻ってこい!イヴ!!!』


『…今助けないと、サエルが!』


その思いが強まれば強まる程に、周りの景色と兄の声は届かなくなって行った。当てがある訳でもない。一心不乱に自分はサエルを求めて走っていた。


そして…後頭部に激痛が走った。


…………………


『…柄だ。よくやった』


『ありがとうございます。この餓鬼も奥へ?』


『そうしよう』


意識が戻った時、自分の手足は上手く動かなかった。拘束されている訳でもないのに…手足の感覚が無くて動く事が出来ないのだ。恐らく、何らかの薬物でも使われたのだろう。服を捕まれぷらんぷらんと鞄のように持たれている現状、明らかな異常事態に恐怖が湧いてくる。


『おや?目覚めたか』


その言葉に、思わず反応して視線を動かす。すると目の前には紫色の貴族服を着た長い金髪の男が立っていた。彼は青色の瞳でこちらを冷たく見返している。


『おじさん…誰?』


『これは失礼。私はラヴィという町で領主をやらせて頂いている、ウカイと申す者だ。以後お見知り置きを』


『領主…』


この現状、そして領主という言葉。嫌でも先程兄さんから教えられた話が思い浮かぶ。


『サエルを…返せ…!』


『ふぅむ?どうやら我々の犯行はバレているようだな』


『ウカイ様、どうしますか?』


『まぁいいだろう。こうなればもう目的は達成されたようなものだ。今更バレても不都合は無い』


ウカイは顎で合図をする。するとガチャという扉の音と共に、僕を持っていた方の男は僕を部屋の中へと放り込んだ。硬い床にぶつかった痛みを我慢し、僕は二人の大人を睨む。


『サエルを返せ…!サエルをこれ以上…!』


『…イヴ様?』


驚いたような高い声。その声に思わず振り向くと、暗闇の中に縛られた一人の少女が座っているのが見えた。その少女、サエルは信じられないものを見たかのように目を見開いていた。


『どういう事…!?イヴ様には手を出さないって、約束した筈じゃ…!』


『………』


『ウカイさん!』


訳も分からず混乱する僕を他所に、ウカイは嘲笑うような笑みを浮かべた。


『これが大人というものだよ、お嬢ちゃん』


『ふざけないで下さい…!私はイヴ様の誘拐を実行しないのを条件に、身を委ねました!こんなのっ…』


『何だって…!?』


思わずウカイの方を向き直すと、彼は笑みを崩さずに言った。


『嘘も方便だよ。天才的な頭脳を持つ少年、そして忌むべき血を引いた少女。その両方を欲さない訳が無いでしょう』


『全部…嘘だったんですね…』


『この二つが揃えば…私の地位はより確実となる。着実に武力を増やし、いずれは王にさえ宣戦布告を…!』


『…っ待て!』


身体が上手く動かない中、僕は出来る限りの大声を出した。その騒音が気に入らなかったのか、ウカイは不機嫌そうに僕の腕を踏みにじった。


『何だ?餓鬼』


『…もしサエルに手を出せば、僕はお前の望む物なんて何も造らない!連れてくなら僕だけにしろ…!』


『イヴ様…!?』


『条件はこっちが決める。こいつを殺して欲しくなければ、言う事を聞け』


『欲しいのは…武力だろ?』


『ん?』


『動き出せば対象を滅ぼすまで止まらない…そんな最悪な兵器のアイデアがある。今まで恐ろしくて誰にも言えなかったけど…生まれてからずっと、頭の片隅にあったアイデアだ。それさえあればサエルは必要無いだろう!?』


『…とても興味深いな。おい、この二人を早く我が屋敷へと連れて行け』


『はい』


そう命じられ、男は僕達の方へと近寄る。


『待て!サエルは要らないだろ!?』


『あぁ、要らない。だが売れば儲かるだろう。呪われた血は…皆が欲しがる』


『…っ!』


その時、僕はようやく理解した。目の前の男に、慈悲というものは無いのだと。彼は自身の利益のみを考えて動く…人情や思いやりが欠如した鬼畜であるという事を。それが分かった瞬間、頭の中が真っ白になった。


せめてサエルだけでも。昔、彼女と『約束』をしたんだ。彼女だけでも…逃がさなければならない。でも、どうしようもないのだ。身体も動かない。魔法も使えない。絶望に打ちひしがれるしか…出来ないのだ。


『ごめん…ごめん…!サエル…!』


『イヴ様…』


『僕には…何も…!』


『…良いんです。大丈夫ですよ』


『大丈夫って…何も大丈夫じゃ…!』


『イヴ様だけでも、逃がします』


『え…?』


そう言って、サエルはにっこりと笑った。涙を浮かべた、強がった笑顔。そんな彼女の手には…一つのボタンが握られていた。見間違える筈もない。あれは僕が昔興味本位で作った…爆弾のボタンなのだから。


男がサエルに触れた瞬間、彼女は言った。


『イヴ様、今までありがとうございました。どうかお幸せに』


彼女は、ボタンを押す。


『サエッ…!』


…しかし、何も起こらなかった。理解が追い付かないようにサエルは何度もボタンを押すが、何も起こらない。意味の分からない状況に困惑している彼女に、一つの声が語りかけた。


『はぁ…念の為イヴの爆弾を偽物にすり替えておいて良かった。お前ならそんな馬鹿げた事をするだろうなと、事前に手を打っておいたんだ』


『…!?』


暗い部屋の入口には…兄さんが立っていた。彼は冷たい瞳で二人の大人を見つめると、今まで聞いた事のないような怒りの籠った低い声で脅す。


『俺の弟と、大切な使用人に何をしている』


『兄さん!駄目だ、逃げて!』


『…ははっ、こりゃあいい。本来予定にはなかったが、兄の方を使って身代金を要求出来るな。思わぬ臨時ボーナスだ』


『お前、何か勘違いしていないか?』


『は?』


『ここはユウドの町。そして…貴様の目の前に居るのはただの子供ではない。次期領主の、アダム・ヴゥイムだ。俺の弟を連れ去った罪…領主として裁く』


そう言い放つ兄さんの姿は…子供とは思えない程に貫禄があった。無意識に一歩後退るウカイだったが、彼は直ぐに手で部下に合図した。


『こいつを殺せ』


『ですが…身代金は?』


『良いから殺せ!生意気だ…見るのも不愉快だ!』


『かしこまりました』


男はサエルから手を離すと、兄さんの方を向く。彼は怪しくにやりと笑みを浮かべ、そのまま兄さんに掌を向ける。


『坊主…魔法を受けた事があるか?』


『………』


『先ずは手始めだ…《ショットガン!》』


彼がそう叫ぶと、掌からは無数の銃弾が放たれる。その予備動作のお陰で兄さんは何とか回避する事が出来たが、いくつかの弾は兄さんの手足を貫通する。


『ぐっ…うあぁぁぁぁぁ!!!』


『子供は痛みに慣れていない…直ぐに楽にしてやるよ』


泣き叫びながら床を転がる兄さんに、男は人差し指を向けた。


『《ライフル》』


『兄さ…』


指先から放たれた一発の弾。それはドゴンと嫌な音を立てて兄さんの胸を貫いた。着弾箇所から血がどくどくと流れ、口から血を吐く。力無く兄は倒れ、あまりにも現実味の無い残酷な現状に僕はぽかんと口を開ける事しか出来なかった。


男はふうと息を吐くと、ウカイの方を向く。


『始末しました』


『よろしい』


『う…嘘だ…兄さん…兄さんッ…!』


『アダム様…!起きて下さい!死なないでっ…!』


歩み寄ろうにも、動けないこの身体じゃ兄の亡骸に触れる事さえ叶わない。近いのに絶対に届かないのだ。自分は…うずくまって涙を流す事しか出来ない。


『兄さん…僕のせいで…こんな事に…!』


『…誰が…お前のせいだと……責めた?』


『…!』


まるで不死身のゾンビかのように…兄さんは立ち上がった。僕とサエルが声にならない歓喜の声を漏らす中、大人達は魔族を見るかのような目で動揺している。


『馬鹿な…確かに始末した筈じゃ…!』


『…普段、子供を標的にする事は中々無いんだろう。内蔵をかすりさえしたが…直撃は免れた。見誤ったな』


『ぐっ…』


『何をしている!生きていたならとどめを刺せ!』


『は、はい!《カットネット!》』


男が指を十時に組むと、兄さんの胴体に網目状の切り傷が出来る。血が吹き出す中、兄は怯まずに目の前の敵へ一歩を踏み出した。


『ひっ…!化けも…!』


『言っただろう…身内に手を出した以上、貴様らを裁く!世界でたった一人だけの我が弟を…貴様らなんぞに奪わせてたまるか…!』


怯え、魔法を連打する男。だが魔法を受けながらも兄さんの動きは少しも止まらなかった。兄さんはそのまま拳を握り、目の前の男を何度も殴る。


『…!…!』


『何をしている!そんな餓鬼、魔法を使わず肉弾戦で倒せ!』


『…気絶だ。こいつの意識は失われた』


『なんっ…』


『次は、お前だ』


兄さんの一歩に合わせ、ウカイは一歩下がる。しかしやがて壁に阻まれ、ウカイは後退出来なくなった。迫り来る子供を前に、彼は固唾を飲み込む。


『ただの小僧が…何故ッ…!?』


『…全人類、誰にでも使える魔法を知っているか?』


『は…?』


『誰かを本気で守りたいと想った時…人はどんなに傷付いても倒れなくなる。おっと、己の事しか考えないお前には無縁の話だったな』


『………』


『精々牢獄で楽しく暮らせ』


『待っ…』


鈍い音と共に、兄さんの拳がウカイの腹に深く突き刺さる。その鬼気迫る覇気から放たれた重い一撃に…ウカイの意識は無くなった。兄さんが拳を抜いたと同時に泡を吹いて地面に倒れ込む。


二人の大人を前に、たった九歳の子供が完勝した瞬間であった。彼は僕達の方へゆっくり歩むと、手を差し伸べる。


『帰るぞ、二人と…も……』


『…兄さん?兄さん!?』


あまりの出血量に、兄さんはその場へ倒れ込む。その後彼が目覚めたのは病院のベッドの上であった。医者からは『生きている事が奇跡』とまで言われる程、死の瀬戸際を彷徨ったギリギリの生還であったのだ。


それが僕の知る…アダム・ヴゥイムという男だ。


〜〜〜〜〜〜〜


「兄さん、さっきから胸抑えてるけど…もしかして心臓が痛いの?」


「ん?あぁ…お前にそんな事を言われるのは慣れないな。俺は齢九歳にして、心臓に障害を患った。…まぁ、この程度平気だがな」


兄さんは強がるように胸から手を離す。ここまで、僕は自分が消えた後の町の現状について、色々語られた。良い事も、悪い事も。久しぶりに会う弟だったのだ。思わず必要の無い事さえも兄さんは口にした。


そんな彼に、僕は切り出した。


「ねぇ、兄さん」


「どうした、イヴ」


「…今から言う事、答えられないんだったら答えなくてもいい」


「何だ?話してみろ」


言い出しずらくて、僕は思わず目を逸らす。隣に立つサエルさんはどうしたのかと言わんばかりに首を傾げ、兄さんは真剣な眼差しでこちらを見つめていた。言わなきゃならない。絶対に、言わなくては。そう思っていても中々に言い出せない。


だが…弱虫な僕はようやく、その言葉を口にした。


「今…ユウドで起こってる失踪事件…」


「………」


「犯人は、兄さんなんじゃないのか?」

グロテスク「冷蔵庫から…無くなっていたプリン…」

アダム「………」

グロテスク「犯人は、兄さんなんじゃないのか?」

アダム「…全人類、誰にでも使える魔法を知っているか?」

グロテスク「は…?」

アダム「プリンを食べたいと本気で想った時…人はプリンを食べてしまう。おっと、もうプリンを食べれないお前には無縁の話だったな」

グロテスク(これが僕の知る…アダム・ヴゥイムという男だ)


こんな展開にしなかった私を褒めて欲しいです。

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