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少女は魔族となった  作者: 不定期便
機械は人間となった
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白の少女と地上の流星

「キャロ、よく聞いて」


全速力で黒い町を走る私に並走するリィちゃんが話しかける。彼女はちらりと追っ手の不審者を見ると、そのまま言葉を続けた。


「さっきも言った通り身体的にも魔法的にもあの人は格上だから私達じゃ勝てない。しかもさっき使った魔法はあれが最大火力だったから魔力も枯渇、もうしばらくは殺傷能力のある魔法は使えない。アカマルに助けを求めるにも何処に居るかが分からない」


「じゃあとりあえず逃げる事に専念して、通行人が居たらその人に助けを…」


「無理だよ。ちょっと鼻を効かせてみて」


意味は分からなかったが、素直に彼女の言う通りにする。すると確かにこの場一面に妙な匂いが充満している事に気が付いた。今まで嗅いだ事の無い匂い、形容するならば甘酸っぱいジャムの中に毒物を混入させたかのような、何処か不快感のある嫌な匂いだ。


「この匂いはあの人が魔法で生み出したもの。この匂いを嗅いでいる者は一時的に脳の処理が曖昧となり、自分の存在さえ正しく認識出来なくなるの。そして自分を認識出来ない者は他者からも認識されないという『理屈』」


「そんな事が有り得るの…?」


「有り得ない事を現実にするのが魔法だよ。自分が信じる『真実』を魔力というものに乗せて放出する。魔導書で勉強するのは新しい知見を得て自分の中の真実の解釈を拡大する為」


「自分が信じる…真実…」


「でも考えるだけじゃ駄目で、魔力の感覚も掴まなきゃ魔法は使えない。哲学的な持論と技術を併せ持ってこそ初めて使えるのが魔法なんだよ」


「そっか…ありがとう、リィちゃん」


「何でわざわざこんな事説明したと思う?…キャロがわっるい笑顔だからだよ」


「悪いは余計だよ」


さも私を悪人かのように扱う友人に私は頬を膨らませる。そんなやり取りをして走っていたが、やがて頭上から声が聞こえた。


「逃げてもぉ…無駄だよぉ…?この匂いがあるうちはぁ…俺達は誰からも認識されないぃ…」


「!?」


思わず上を見てみると、シンシャと名乗ったあの人は空を飛んでいた。何か道具を使った訳でも羽ばたく為の羽が生えた訳でもない。まるで空を泳ぐように彼は私達を追跡しているのだ。ただ、そんな彼の輪郭がぼやけてよく見えない。まるで煙にでもなったかのようだ。


「俺は何でも出来るぅ…!自分が何なのかすら分かんねぇからぁ…この空間であれば何でも出来るぅ…!何にでもなれるんだぁ…!」


「シンシャさん…私達よりも強く匂いを嗅いじゃったのかな」


「シンシャぁ…?誰だぁ…俺は神だぞぉ…!うだうだ言わずに諦めろぉ…」


そう言い、彼は両手を広げる。すると彼が伸ばした両腕は青色の蛇へと変貌し噛み砕こうと私達の方へと伸びる。それに対しリィちゃんは闇の魔法を使って蛇の視界を奪う。標的を見失った蛇達は私達に触れる事無く地面に激突してしまった。


「ナイス!リィちゃん!」


「ありがと。でもどうする?この調子だといずれは追い付かれる」


「大丈夫。私に良い考えがあるの」


「本当?」


「私が合図したら、あの人に魔法を放って。賭けになるけど何とかする」


「信じるよ?」


「うん、信じて」


そんな事を言っていると気絶した蛇を切り離し、新たな腕を生やしながらシンシャさんはこちらへ飛んでくる。彼はその銀色に輝く両腕を向けながら叫ぶ。


「蛇が駄目ならぁ…ギロチンだぁ…!」


「リィちゃん!また魔法で真っ暗にしよう!広範囲を暗くする事って出来る!?」


「出来る!」


「よし、やっちゃおう!」


「『ダーク』!」


彼女がそう叫ぶと辺りは真っ暗となった。私達の姿を目視出来なくなったシンシャさんは刃物となった腕を振り回しながら声を張上げる。


「どこ行ってもぉ…!時間稼ぎしても無駄だぁ…!ガキは俺の餌でしかないぃ…俺は神だぞぉ…!」


「………」


「この空間では誰も俺の命を脅かす事など出来ないぃ…!」


何の前触れも無く、彼の姿はカッと光を放つ。その光に照らされリィちゃんの生み出した闇は消え、とうとう私達を隠してくれていたものも無くなり姿が顕になった。彼の身体はゆっくりと光を失い、数メートル先に立つ私達をジロッと睨む。


「そろそろぉ…終わりにするかぁ…」


「リィちゃん、魔法を」


「はいよ」


キリッと真剣な眼差しを向け、リィちゃんは叫んだ。


「『ダーク』!」


少女の掌から放たれる黒い球体を見てシンシャさんは鼻で笑った。そして一歩横へとズレると、そのまま私達の方へと駆け出す。


「残念だったなぁ…!最後の大技だろうがぁ…直線にしか飛ばないなら無意味だぁ…!」


勝利を確信した笑みをシンシャさんは浮かべる。そもそもとして魔力が枯渇したらしいリィちゃんはもう殺傷能力のある魔法すら使えない、当たった所で何も起きないのだ。そんな闇魔法に目もくれずに彼は私達の方を見る。


迫り来るシンシャさんを前に、私は構える。


『なんつーかこう…足が変だったんだよ。まるで水に溶けた絵の具みたいな…』


『希望ある新芽達よ、今は弱くたっていい。いつの日か僕達を超えるぐらい、強くなってくれ』


思い出が私に…行くべき道を示してくれた。


「『ナイトステップ』」


シンシャさんが目を見開いた瞬間、私の視界は闇に包まれた。まるで自分が自分じゃないかのような嫌な感覚だ。足から順に肉体が溶かされ、水の中に引きずり込まれるような感覚。気持ち悪さすら感じるそれに私は『魔法』が成功したと実感した。


「生まれて初めて見た魔法だったから…私の中に魔法のイメージとして刻み込まれてたんだ」


そして次の瞬間、視界に光が戻る。しかし立ち位置はリィちゃんの隣では無い。シンシャさんの背後、つまりはリィちゃんの放った魔法の中だ。


「それはぁ…!?」


「ナイトステップ、闇の中を移動する魔法だよ」


「馬鹿なぁ…たった半年前に完成した魔法だぞぉ…!?何故使えるぅ…!」


彼が投げかけた疑問に、プラントさんの顔を思い浮かべる。


『そいつは…《体内に取り込むと肉体の性質が魔族に極めて近付く》』


「私はもう、純粋な人間じゃないから。リィちゃんの言ってた魔力の動きっていうのが何となく分かる」


「何をガタガタとぉ…殺すぅ…!」


突如背後に現れた私に、シンシャさんは方向転換をした。その光景を見て青ざめたリィちゃんは柄にもなく叫ぶ。


「キャロ!」


「リィちゃん、大丈夫だよ。二人揃ったら不死身でしょ?」


私はリィちゃんに笑いかける。そんな中、シンシャさんはその変貌した両腕で私を切断しようと迫る。そしてあと二歩でも踏み込めばその刃にて千切られる状況にて、私は両手の掌を彼に向けた。すると魔力は私が何をしようとしているのか察するかのように掌へと集まっていく。


『どこ行ってもぉ…!時間稼ぎしても無駄だぁ…!ガキは俺の餌でしかないぃ…俺は神だぞぉ…!』


『この空間では誰も俺の命を脅かす事など出来ないぃ…!』


彼の魔法、つまり彼の思う真実を壊す為には何をするべきか。簡単だ、命を脅かせば良いだけの話。私は『破壊』のイメージを固め、放った。


「『ロブ』」


そう言った瞬間、合わせた掌からは白い光が放たれた。全てを消し去る光、私の大事なものを全て奪い去った光はシンシャさんの顔横を掠めて飛んでいく。あと少しでもシンシャさんが動いていれば顔が消し飛んでいたのだ。


その事実に、シンシャさんは青ざめる。


「ハァッ…ハァッ…!」


「………」


「死…?俺がぁ…?俺は神だぞぉ…!ハッ…?ハァッ…!?」


「違う」


「ハ…」


「あなたはただの犯罪者、シンシャ・ドーマ。たった二人の女の子に負ける、それだけの」


「ア…アァ…?ハァッ…!?俺はぁ…俺は…!?それだけの…」


次の瞬間、嫌な匂いが晴れた。周りを見渡せばこちらに気付いて慌てる通行人達。シンシャさんの真実を砕いた事で、無事に元の世界へと戻れたのだ。


「もう、終わりだよ」


「認めてぇ…たまるかぁ…」


「シンシャさん…」


「捕まる前の…最後の生贄となれぇ!」


彼がそう叫ぶと身体が動かなくなる。その見知った感覚に『しまった』と心の中で叫ぶが、もう既に遅い。対象の動きを巻き戻す魔法を使われたのだ。


ゆっくりと元の場所へと機械的に戻っていく私に、シンシャさんは掌を向ける。


「『ポイズ…』」


「そこまでだ」


シンシャさんが言い終わる前に、こちらに向けた彼の腕を棒状の何かが叩き落とす。その主が誰なのかを理解しようとシンシャさんが顔を動かすと、今度はその顎を棒状のものが下から突き上げた。鈍い音と共にシンシャさんは白目を剥くが、トドメと言わんばかりに白い手袋を着けた拳が彼の顔を地面に叩き付ける。


高身長、そして癖毛な焦げ茶色の髪のその人物を私は知っていた。


「グロテスクさ…」


「愚かな輩だ。白昼堂々暴行とはな」


名前を呼ぼうとし、そこで止まる。声質も姿もどう見たってグロテスクさんそのものだ。だがいつも優しい声色が今は覇気を感じさせ、その身には金で装飾された黒色の服が着飾られていた。どういう事かと混乱したが、振り向いた彼の顔を見て全てを察した。


「目が…緑色…」


グロテスクさんの目が白いのは生まれつき。目の前の冷たい緑色の瞳をした男の人はグロテスクさんとは別人である事を理解するのに、そう時間は掛からなかった。よく見れば確かに別人ではあるのだ。


彼は温かみを感じさせないような声で私に向かって言う。


「親は?」


「あ、えっと…実は迷子で…」


「…直に夕暮れだ。親が見つかるまで保護してやる。ついて来い」


「え…でも…」


私がしどろもどろにたじろいでいると、彼は溜め息をついた。


「余所者の子供だろうとこの町に来た以上管轄内だ。…領主、アダム・ヴゥイムのな」


機械造りのこの町で、アダムさんは鉄で作られたかのように表情一つ変えなかった。

何かの間違いでシンシャさんが超人気キャラクターになる事を祈っております

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