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少女は魔族となった  作者: 不定期便
機械は人間となった
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拾われた者と捨てられた者

「キャロ?もしかして泣いてる?」


何時間も走り回り、疲れ果てて適当な建物の屋根上でリィちゃんと座り込んでいる時であった。思わず流れる涙に彼女は心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。涙を拭き、私は答えた。


「大丈夫。ただ…びっくりしてさ。今まで私は小さな村でしか生きてこなかった。けどこの世界には魔族の国があって、黒い箱で作られた最先端技術の町があって、そしてまだまだ私の知らない景色がある。この町に来て改めて人間って沢山居るんだなって思い知らされたし」


「そうだね。私もここに初めて来たけど、凄い所。通行人を見た感じ旅人も結構な数来てる」


「…ずっと考えててさ。友達や家族、皆んなでこの広い世界を見渡したかったなって。あの日私だけが生き残って、私だけがこんなにも恵まれてるなんてさ、ずるいなって。どうしてよりにもよって私なんだろうって考えちゃったの」


「………」


「テトは…立派な夢を持っててさ。ニオンは皆んなに優しいし何でも出来て。ロコも抜けてるけど可愛いし皆んなに愛される子だった。けど残されたのは私だけ…」


それに対し、リィちゃんはただただ私を見ていた。重い空気にしちゃったと慌てて涙を拭き、急造の笑顔を見せる。


「ごめんね。変な話しちゃったね」


「キャロが考えてる事、間違ってると思う」


「え?」


「誰が生き残るべきか、どうして生き残ったのか、そんなのに意味は無い。きっとキャロ以外が代わりに生き残ったって同じ事を考える筈だよ、どうして自分なのかって。こんないつ誰が死ぬか分からない世界なんだから、キャロだけでも死なずに済んだ事を喜ぶべき」


「…リィちゃん」


「それに…私はこうしてキャロと会えて嬉しいよ。まだ会って日は浅いけど、ここまで気の合う友達なんて初めてだったから。だからキャロ。私の存在こそが、キャロのもたらした幸福の象徴。私が居る限りキャロは無価値な人間じゃないんだよ」


何故だろう。拭き取った筈の涙が、どんどんと溢れて止まらない。確かに、人間達を幸せにするという生きる上での目標は出来た。けど私が欲しかったのは…それを成し遂げる上での自分への肯定だったのかもしれない。自分じゃなくてもよかった、脳裏に焼き付いていた言葉は目の前の少女が消してくれた。


気持ちがどんどんと高ぶる中、嗚咽と共に私は言葉を零した。


「悲しかった…寂しかったよぉ…!急に一人になっちゃって…皆んなが居なくなって…本当にッ……心細かったんだ…」


「…分かるよ。私もキャロと同じ」


「リィちゃん…死なないよね…?これからもずっと一緒だよね…?」


感情的になり、我ながら無茶苦茶な事を言っていた。自分の運命など預言者でも無い限り分かる筈がない。そんな無意味な問答にも、リィちゃんは笑って答えてくれた。


「死なない。たとえ世界が滅んだとしても、私はキャロの傍に居るから」


「私も…リィちゃんが居てくれるなら絶対死なない…!」


「二人揃えば不死身だね」


「…うんっ!」


思えば、ここまで泣いたのは村を滅ぼされた時以来だ。それからは目まぐるしく新しい出会いがあって、全てが目新しくて、弱音を吐く暇さえ無かった。だがずっと強い自分を演じていた反動なのか、リィちゃんに内情を吐き出した時…凄く安心出来たのだ。


「リィちゃん、これからもよろしくね!」


自分が出せる、最高の笑顔だった。それに反応したのか普段は無表情のリィちゃんも目を細めて笑う。


「こちらこそよろしく、家来」


「家来!?」


「私は魔族の王様だよ?ならキャロは家来だよ」


「何か…立場上の格差があって嫌だよ…」


「じゃあ…私は王様だし、キャロは女王様にでもなる?」


「何で!?結婚しちゃったよ!?」


「何でって…キャロは女の子でしょ?」


「リィちゃんも女の子だよ!」


「そう見える?」


「え…?嘘でしょ?」


「キャロの目に狂いはないよ」


「何なの!」


先程までの真面目な空気は何処へやら。淡々とふざけるリィちゃんに怒りながらも、思わず笑ってしまった。その様子を見て彼女は満足そうに微笑んだ。


「それじゃ、結構遊び回ったしそろそろグロテスクとアカマルの所に帰る?」


「そうだね!…ってあれ?」


「どうしたの?」


「…あの人達って今何処に居るの?ミチバさんがお家に招待するって言ってたし、多分もう馬車から離れたよね?」


「まずい、それどころか現在地すら分からない」


「もしかして終わった…?」


「終わったね…」


私達の計画性の無さが露呈したところで、打つ手は完全に無くなってしまった。戻ろうにも緑のディンガを使いまくったせいで帰り方が分からない。闇雲に進もうにも適当に動いてどうにかなる程この町は小さくもない。気が付けば太陽も段々と沈んでいる。行くべき場所も知らない。どうしようもないとはこの事だ。


「キャロ…今日から一緒にここで暮らそう」


「最終手段すぎるね…かと言ってもどうしようもないんだし、何とか動き回って見覚えのある場所へと出るしかないよ」


「道ぃ…分からなくなったのかぁ…?」


ねっとりとした話し方の低い声。それはリィちゃんの声ではなかった。背後から突如として聞こえたその声に私達は驚いて振り返る。先程まで何の気配もしなかった。それなのにここまでの至近距離に接近しているという事実に身震いまでしてしまう。


そこに立っていたのは、人型の何かだった。首から下を見れば平民の服を着たなんてことの無い平均的な成人男性。ただ、問題はその頭部であった。まるで腐り溶けたカボチャのような緑色の頭部に充血した目は人間である事を感じさせなかった。彼はぷるぷると震える口を動かしながらどもったような声を出す。


「俺ぁ…魔族じゃねぇぞぉ…?この顔はぁ…事故で負ったものだぁ…」


「そ、そうなんですか。そうなるなんて余っ程大きな…」


そう普通の日常会話を交わそうとした時であった。目の前の男の真っ赤な目、その目は少しも笑っていない事に気が付いたのである。その目はまるで…獲物を見つけた猛獣のような色を含んでいた。


私はリィちゃんと手を繋ぐと、一歩後ろへと下がる。


「そんなにぃ…警戒すんなよぉ…?どうせ帰れないんだろぉ…?人生どん底のお兄さんの話ぐらいぃ…聞いたって良いだろぉ…」


「リィちゃん。こいつはな、不審者ってやつだ!俺この前本で読んだから知ってるぜ!」


「キャロ…口調変だよ?」


「ごめん、友達の真似。でも早く逃げた方が良いのは本当!何だか悪い予感がするの!」


彼女の手を引いて近くにあった緑のディンガを踏もうとした時であった。男は息を荒くして人形のようにぎこちなくこちらを見た。


「逃げるなぁよぉ…俺はぁ…俺はよぉ…あの有名な魔法学校、ウニストスの教師だったんだよぉ…!でもよぉ…クビになっちまってさぁ…!なぁんでだよぉ…」


そんな彼のうわ言を無視し、私とリィちゃんは同時に緑のディンガへと飛び込んだ。そしてその勢いで宙へと飛んだ瞬間、身体が固まる。だが落下はしない。完全に空中にて停止しているのだ。


「魔法学校の教師って言っただろぉ…?魔法は得意なんだぁ…逃げるんじゃねぇよぉ…」


身体が、動かない。四肢も、指も、内蔵も、そのどれもが固まっているのだ。不思議と苦しくはない。いや、全ての感覚すら失っているのだ。人形の気持ちはきっとこんな感じなのだろうと呑気な事を考えるぐらいしか、私に出来る事はない。


ただやがて、止まった身体に変化が訪れた。私の意志とは反対に身体が勝手に動き始めるのだ。その妙な身体の動きに私は全てを察する。これは『対象の動きを巻き戻す魔法』なのだと。現に飛び出した時と同じ動きで私は離れた筈の男の元へと戻っていっているのだ。


「俺はぁ…人が溶ける姿が大好きなんだよぉ…身分の低い平民の子を攫ってはなぁ…魔法で溶かしてたんだぁ…素敵だろぉ…?」


「…!」


「そうだなぁ…今口動かせないもんなぁ…?お前らもぉ…溶かしたいんだよぉ…学校から追放された俺にとっちゃあぁ…お前らみたいな小さな女の子だけがぁ…生き甲斐なんだよぉ…」


あの人に捕まるのだけは絶対に阻止しなければならない。だが、どうしようもない。彼の言う通り、恐らく今彼が使用している魔法はかなりの高等な魔法なのであろう。魔法を教わる立場でもなく、魔法を使おうとした事すらないただの子供に、魔法の達人を相手するのはあまりにも荷が重かった。段々とあの男の姿が近付く。


「生徒を手にかけてた事がバレてぇ…俺ぁ指名手配犯になっちまったよぉ…だからぁ…付き合ってくれよぉ…」


「…!」


「社会から捨てられた人間をさぁ…!助けてやってくれよぉ…!」


「…社会から捨てられたんじゃない。それは自分から望んで道を外れただけ」


「はっあぁ…?」


男は目を丸くする。突然聞こえた聞こえる筈の無い声に、驚いているのだ。その声の主である黒髪の少女、リィちゃんはぐるりと身体を回転させて男の方を見る。


「高度な魔法故に、拘束力が弱い。少し魔力を使えばすぐに切れる。ほつれの無いグロテスクの服を見習って欲しい」


「…お前ぇ…まさかぁ…」


リィちゃんは男に手を翳す。


「魔法をぉ…使えるのかぁ…!?」


「攻撃魔法…」


リィちゃんの言葉に、空気が重くなった。


「『ダーク』」


彼女の掌から底の見えぬ黒い球体が放たれた。それは目の前にある全ての物を包み込む、深い深い闇。何も無い屋根上にて闇の中に吸い込まれる対象となるのは見知らぬ男ただ一人であった。


「油断んぅ…したぁ…!」


男の身体は段々と闇に飲み込まれ、最後に伸ばしていた腕もついには闇の中へと消えていった。そしてそれと同時に私の身体の自由も戻る。だが、身体は相変わらず動かない。それはあの人の魔法由来ではなく、別の理由だ。


私は本能で感じ取ったのだ。リィちゃんが今使った魔法。それは…全てを終わらせる魔法なのだと。決して生物が軽々しく扱って良い魔法ではないと。そう心の奥で感じた。


動けずに腰が抜ける私に、リィちゃんは手を差し伸べる。


「キャロ、早く行くよ」


「ごめん待って…ちょっと、びっくりして…」


「それどころじゃない。早く逃げよう」


「え?」


「私の魔法の組み方もまだまだ未熟。…さっきのドロドロ頭、防御魔法で自分の身を守ってる。つまりいつでも闇の中から抜け出せる状態なの。だから今のうちに」


「う、うん!」


リィちゃんに手を引かれ、私はそのまま彼女の後を走った。そして先程と同じように緑のディンガにて空中へと飛び出した時、背後にあった闇の球体が消えている事に気が付く。


「待てよぉ…!」


「やっぱり無傷。私の魔法じゃあの人には勝てない。だから出来る限り遠くへ逃げるよ」


「そうだね…!アカマル達と合流さえ出来ればなんとか…」


「待てって言ってるだろぉ…!」


遠くなっていく私達の背中を見て、男は叫んだ。


「このシンシャ・ドーマのぉ…養分となれぇ…!」

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