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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
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夢の中

「寄越せって…どうやって…?」


酸素が切れかけ息も絶え絶えの中、目には見えないが確実にそこに居るキッズさんに質問を投げかける。すると彼はにんまりしている顔が目に浮かぶような、緊張感の無い声色で答えた。


『ぼくの魔法は知ってるね?触れた者と身体を入れ替えるものだ』


「はい…」


『君と被検体二十三号の豚はぼくがミィにその魔法を使わせようとしていると想像した。確かに、それもやり方の一つだ。けどね…この魔法、タグにはもう一つの発動条件がある』


「もう一つの…発動条件…?」


『その発動条件とは…《ぼくが相手の身体に触れている事》』


「え…?いや、もう一つもなにもそれは元々そうじゃ…」


『ぼく、というのをどの範囲で捉えるかだ。ぼくの精神が入った肉体がぼくなのか?元々のぼくの身体がぼくなのか?答えとしては両方ぼくだ』


「ケホッ…という事は、ミィさんに触れれば…」


『魔法は発動する。その場合、入れ替わるのはぼくと君の精神だがね』


「でも…それで一体何が解決するっていうの…?」


『ご想像にお任せするよ。けど、どの道今は他に方法がないんじゃないかな?君の決断が遅れたせいで全生命体が死ぬなんて嫌だろう?』


「………」


視界がぼやけて頭がふらふらするが、何とか一歩を踏み出す。向かう先はじゃらもんちゃんの手だ。ミィさんはじゃらもんちゃんに押し潰され、手の下でぺしゃんこになっている筈だ。恐らく、もう原型は留めていないだろう。


そうして私が移動している事に気付いたのか、じゃらもんちゃんは首を傾げた。


「きゃろぉ?どうしたの?」


「じゃらもん、ちゃん…その手…退けて…!」


「んあー、いいよ」


そう言うと、じゃらもんちゃんの腕は宙を舞った。突然自身の腕を切断するという奇行に本来は驚くべきなのであろうが…先程頭を生やしたりその頭を切断していたばかりなので然程衝撃は激しくなかった。問題は手の下に居るミィさんだ。


何と、彼はぺしゃんこどころか怪我一つ負っていない。その理由は彼の肉体にあった。何とミィさんの肌がまるで水のような質感に、つまりはスライムのようにぶにぶにとしていたのだ。その結果多少形は歪んだが、それでも無事に済んだようだ。


「そうか…身体が違くても姿を変える精霊の力は使えるんだ」


そう納得していると、ミィさんは私の方を見る。そこで彼は私が接近している事に気が付いた。


「おや、その目は…空気となった彼に何かを吹き込まれた顔だヘム」


「っ…!」


「成程、酸素が薄くなっているね。にわかには信じ難いコケが…どうやらあのじゃらもんという魔人は常識を遥かに超えた力を持っているらしいにゃあ。まさか空気が死にかけるとは…驚きだワン」


「人間の姿を借りている以上…このままではミィさんも呼吸が出来なくなって…死にます。だから、今はキッズさんの言う事に従うしか…」


「粗方読めたピヨ」


そう言うと、彼は私の手を握った。彼は冷静に、何を考えているのか分からないような穏やかな笑みを浮かべて私の目を真っ直ぐ見つめる。その得体の知れない余裕に少し寒気がした。


そんな中、脳内にキッズさんの嬉しそうな声が響く。


『でかした!これでタグの魔法が発動できる!』


「キッズさん。…信じるよ」


『あぁそうだな。では…』


準備が整いキッズさんが魔法を発動しようとしたその瞬間…もう一つの声が重なった。


「『タグ』」


『《タグ》』


「…え?」


気が付けば、目の前には私が居た。入れ替わりの魔法を発動したのだから当たり前だろう。だが…問題はそこではなく、空気となる筈であった私は今、成人男性の肉体を得ている。いつもより目線が高くて少し変な感じがするが、冷静に今の状況を振り返る。


声からして入れ替わりの魔法、タグを二人の人物が同時に使ったのだ。片方は当然キッズさん、そしてもう一人は…ミィさんであった。つまり、二人ともタグの魔法を発動したのだ。


声の順番からして先ずミィさんが魔法を使った。するとその結果私の意識はキッズさんの肉体へと入り、ミィさんの魂は私の身体へと移った。その後キッズさんが魔法を発動した事により、キッズさんの肉体に触れているミィさんと空気であるキッズさんが入れ替わったのであろう。


早い話…私がキッズさんの肉体を得て、キッズさんが私の肉体を得て、ミィさんが空気となった。つまり全体を見てみれば私とキッズさんが入れ替わっただけだ。だが…その状況はあまりにも悪い。


「おぉ…!これが獣人の肉体…!」


空気が無くなっていっているというのにも関わらず、目の前に立つ白髪の少女は目を剥いて興奮したように自分の身体を抱きしめる。


「素晴らしい生命力だ…!この力を封じ込める余計な魔力を全て放出すればぼくは…この肉体であの王直騎士団さえも敵に回す事が出来る…!」


白髪の少女はくるりとこちらに背を向けると、そこに佇むじゃらもんちゃんへと目線を合わせた。するとその瞬間、彼の周りの空気感が変わる。


「あぁ、脳裏にこの魔法の使い方が浮かんでくる…!なんて最高なんだ、殺意が増せば増すほど火力が上がるなんて!コイツの故郷を焼き滅ぼしてこの魔法を生むきっかけを作ったアダムには感謝しかないよ…!」


彼はゆっくりと、掌をじゃらもんちゃんに向けた。


「きっず、きゃろのからだを…」


「『ロブ』」


慣れ親しんだ、私の魔法。だが…あの時キッズさんに放った時と同じ、いや、それ以上の光をその魔法は放っていた。瞼を閉じても光が痛い程感じ、巻き起こった強風によって立つのもままならなくなっている。あまりにも圧倒的なその光に…


脳が限界を迎え、私は意識を失った。


〜〜〜〜〜〜〜


諸説あるが、夢というものは人の記憶から構成されているというのが一般的な見解だ。過去に起きた出来事や現在の心境によって夢の内容は変わり、実際私も寝る前に読んだ本の内容が夢に現れたりする事がある。


そう考えると納得ができる。今…私はあの眩い光によって意識を失い、夢を見ているのだ。しかし肉体、つまり脳はキッズさんのものである。よって今私は彼の記憶を元にした夢を見ている筈だ。


そして…夢にしてはあまりにも鮮明なその光景が、実際に過去起こっていた出来事だということも理解した。


『すご…』


まるで当時の状況を再現するかのように、夢の中での私の身体は勝手に動き、喋り始めた。幼い声や背丈からしてキッズさんがまだ私以上に幼かった頃の思い出であろうか。彼は草むらに座り込み、草の中で涼んでいた一品の昆虫を拾い上げる。


『足が沢山ある!それにこんなにも小さいなんて…!同じ生き物なのに人間とは全然違う!凄い…!』


興奮が冷めきらない様子でそう独り言を漏らしたキッズさんだが、彼は頭上を影が通ると手に持っていた昆虫から目を離した。そして代わりに、大空を羽ばたく大きな鳥に集中した。


『何あれ!空を飛んでる!?一体どうやって!?ぼくも頑張れば飛べるのかな…!』


すると今度はぽとんという音に彼は意識を奪われた。音のした方を振り向くとそこには木から落ちた一つの果実が地面に転がっている事に気が付いた。


『果物…今なんで落ちたんだ?果物って動かない筈だよね?一体どうやって動いたんだろう…!』


夢であるが、ひしひしと伝わる。キッズさんはこの世界の事象全てに感動を覚えるような、好奇心旺盛なただの子供であった。彼にもこんな純粋な時代があったのかと考えたが…すぐにその考え方が間違っている事に気が付いた。


『ねぇねぇ皆んな!見てよ!』


夢の中でよく起こるような前触れのない場面転換が行われた。あれから数年は経ったのか、キッズさんの背丈は少しだけ伸びていた。そんな彼は目の前に居る友達のような子供達に向けて自身の掌を見せていた。


だが…嬉しそうな彼とは裏腹に、子供達は怪訝な表情を浮かべていた。


『きゃー!』


『キッズ、お前気持ち悪いよ!』


『え…?何で…?』


『何でって…お前どうしてネズミの死体なんて見せびらかしてるんだよ!』


『気になったんだ。どうして生物って動くんだろうって。そしたらほら!コードみたいなのが体内にあって、それが頭の中と繋がってたんだ!それにそれだけじゃなくて他にも色々と興味深い器官があって…』


『ねぇ、もう行こ!キッズくんとはもう遊びたくない!』


『あぁ…行こうぜ!』


その子供達の反応は実に自然で、真っ当なものであった。だがキッズさんはぽかんとしたまま立ち尽くしていた。彼は決してネズミの命を軽んじていた訳でも、子供達に嫌がらせをしたかった訳でもない。


ただひたすら…好奇心によって突き動かされていたのだ。そして好奇心によって得た真実を、皆に伝えたかっただけなのだ。たったそれだけの、歪んだ子供であった。


『ねぇねぇ、お母さん』


場面が切り替わり、今度は何の変哲もない小さな民家の中に居た。そんな中テーブルに突っ伏する一人の中年女性の袖をキッズさんは引っ張っている。


『あのさ、聞いて』


『………』


しかし中年女性は死んだように何の反応も見せない。そんな彼女に彼は続けて言葉を投げかけた。


『何でお父さんはよく若い女の人の所に行くの?なんで前にそれをお母さんに言ったら二人は喧嘩しちゃったの?一体どうしてお父さんは…』


『っ…!』


バチンと、嫌な音が部屋に響いた。するとその音と共にキッズさんは尻もちをつき、腫れた頬を押さえた。


そんな彼を前に母であろう中年女性は立ち上がる。


『キッズ!キッズキッズキッズ!あんたがいけないのよ…あんたが!!!』


『ぼくが?』


『あんたが何度も何度も何度もずっと四六時中質問ばっかりしてくるせいで私はもうノイローゼよ!それに動物を解剖したり人の気持ちを考えないような事ばっかりして…あんたみたいな気持ち悪い子産まなきゃ良かった!そのせいで私は皆んなに笑いものにされているし、あんたの父さんだって日に日に疲れていく私を見限った!そしてその決定打となったのが、お前みたいな悪魔の子と関わらずに済むからだって!』


『でも…本当の事は知りたいよ。ぼく、悪いことした?』


『〜っ…!』


目の前が真っ暗になったと思いきや、再び場面は切り替わった。身体中が赤く腫れたキッズさんがとぼとぼと道を歩いていると、周りに居た人々は彼を指差しながら一斉に口を開いた。


『ねぇねぇ見て、あの子』


『あらぁ、ノマルさんのお子さんじゃないの』


『嫌だわぁ…気色悪い。あんな頭のおかしい子供を持ってノマルさんは可哀想ねぇ』


『でもその分利点もあるんじゃない?見てご覧なさいよ、あの包帯』


『確かにサンドバッグにするには爽快でしょうねぇ。私は愛する子供達にそんな事出来ないけど、あの出来損ないだったら話は別だものね』


『あんな子供誰も愛さないわよ。ほんと、あの子が私の息子じゃなくて助かったわ』


そんな声を背に彼は歩き続けた。一歩、また一歩と重い足取りで進む彼の足にはもうあまり力は残されていなかった。そのせいで泥に足を掬われ、彼は泥水の中に倒れ込んだ。


だが呼吸をする為に仰向けになった彼は…笑みを浮かべていた。


『どうしてなんだろう?どうしてぼくは嫌われてるのかな。何で皆んなは真実を知りたがらないのかな。あぁ、面白いよ。本当に面白い!この世界はぼくの知らない事ばっかりだ!最っ高だ!』


強がりでもなんでもない、本心から出た大笑い。泥に塗れながら彼は空に向かって笑い声をあげた。そう、キッズさんは変わってしまったのではない。昔からずっと…変われなかったのだ。変えてくれる、本当に大切なものを教えてくれる人が居なかったから、ずっと子供のままなのだ。


微妙な心境でビターな気持ちになる私だったが、そこで私は気が付いた。先程までどうにもできなかった身体が自由に動かせる事に。もう記憶の再現は終わったのかと身を泥の中から起こそうとしたその時であった。


ふと左腕を見てみると、その手の甲には青い顔が浮かんでいた。その妖精のような顔を私は知っている。


「じゃらもんちゃん…?どうして夢の中に…?」


「きっずののうみそにきせいしたんじゃ。だからわちゃもここでのできごとはぜんぶみた」


「じゃらもんちゃん、口調が…」


「いまきせいしてるわちゃはれいせいでおだやかなじゃらもん。して、じゃらもんのゆういつのりょうしんだびゃ」


「唯一の良心…」


「きゃろ。わちゃはな、びっくりした。わちゃもきっずとにたようなきょうぐうだったんじゃ。わちゃはおとうさんとふたりでくらしてて、きっずとおなじようにきもちわるいからってなぐられた。だから…きっずのこころもちょっとはわかるんにゃ」


「うん。私もちょっとだけだけど…なんとなく分かってきた」


「わかってくれりゅん?さすがのきゃろだべ!ならこうつごうだにゃ」


「好都合?」


「きゃろ。ここからはわちゃ、邪魔者じゃなくてじゃらもんじしんのおねがいだびゃ」


彼女は目を伏せると、小さく口角を上げた。


「もしゆめからさめたらわちゃときっず、そのふたりをたおしてほしいのよ」


「倒すって…」


「わちゃときっずはね、もうもとにはもどれない。だからせめてきゃろのそのてでたましいをかいほうしてほしいの。わちゃときっずはもう、あくいでしかうごけないさいあくのそんざいなのん」


「そんな事出来ないよ!絶対にじゃらもんちゃんを守るって約束したんだから…!じゃらもんちゃんもキッズさんも何とかする!」


「はは、きゃろはやっぱりやさしさなんだなぁ」


手の甲から生えた彼女の手は少しづつ伸び、私の頬を優しく撫でた。その手はまるで死体のように冷たく、体温を感じさせない。


「きゃろ。このせかいにはね、うけいれきゃいけないこともあるの」


「………」


「わたしはきゃろにたおされるのをうけいれてる。だからおねがい、わたしを…」


「じゃらもんちゃん…」


「…さて、そろそろおきるじかんだわさ。きゃろ、いっしょにいれてたのしかったぬん。ほんとうに、ありがとう」


「待って…!」


「じゃあね、きゃろ」


〜〜〜〜〜〜〜

虐げられた生活の中、キッズさんは自分を曲げずに真実を追い求めるという信念を胸に生きてきました。対してじゃらもんちゃんは他者の思考を奪う事が正義だと信じ、魔族となりました。同じ境遇でありながらも相反する思想の彼らですが、何を犠牲にしてでも正解を求める姿は同じでした。

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